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第四章 隣国ウィンスベル
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ミルスガルズから共にやってきた騎士団の仲間たちを呼びよせ、この屋敷を拠点にすること、ウィンスベルの元騎士たちに協力して貰えるようになったこと、城には正面から近づくのは難しく、隠し通路があること等をフィルロードが一つ一つ説明すると、カリオスたちは一様に驚いた表情を浮かべた。
「あの短時間で、そこまで話が進んでいたなんて思いもしなかったよ」
ヒューゼルから自由に使ってくれと提供された部屋で、寝台の一つに腰かけたカリオスがそう漏らす。
「たまたま、運が良かっただけだ」
フィルロードが苦笑すると、椅子の背もたれを前にして座った仲間の一人が「いやいや」と首を振った。
「運だけでここまで来れないだろう、普通は」
「なら――、姫の導きかもな」
さらりと答えるフィルロードに、「わかったわかった」と両肩を竦めたカリオスが嘆息する。
「今は、それで納得しておくよ」
「元々おまえは、無駄に真っすぐで天然ヒトタラシなところがあるしな」
「無駄に……、なんだって?」
「君が気にすることじゃないですよ、フィルロード」
訝しげに眉間に皺を寄せるフィルロードに、微笑しながら仲間の一人が言ってくる。
どこか納得のいかないといった表情でフィルロードは小さく息を吐くと、三人に順番に目を向けた。
「そちらは、どうだった?」
「さすがに、おまえほどの情報も展開の早さもなかったよ。みんな一様に、今の生活の困窮具合を嘆いていたり、これからの不安を口にしていたり。ミルスガルズと違って、あまり良い環境とは言えないかな」
「そうなのか」
フィルロードの言葉に、仲間たちが頷いていく。
「とりあえず、ミルスガルズから運んできた商売用の物資は全部売り終わったよ。まあ、少しでも役に立てて貰えればいいけどね」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、今日はもう休むとしようぜ。久しぶりに、まともな屋根のある場所で眠れるんだ。明日から、隠し通路とやらを探すんだろ?」
椅子から立ちあがって伸びをしながら一人が言えば、次々に腰を上げ始める。
「だな」
「うん」
最後にフィルロードが背筋を伸ばし、三人に向かって頭を下げる。
「みんな……、ありがとう」
「なんでおまえが礼を言うんだよ、フィルロード。ミルスガルズの騎士として、当然だろ」
カリオスがフィルロードの胸元を叩き、一人が肩に手を置く。残った一人は、無言で口元に笑みの形を作った。
「あともう一息。頑張ろうぜ」
「ああ、そうだな」
フィルロードは微笑すると、視線を一人ずつに配っていく。その途中でジロッと睨みつけられ、彼の紅の瞳が瞬かれた。
「――その前に、おまえはちゃんと休むんだぞ。フィルロード」
「え?」
きょとんとするフィルロードに、他の三人がほぼ同時に嘆息する。
「ウィンスベルに来る道中、おまえがほとんど眠っていなかったことくらい、みんな知っている」
「そ、そうだったのか?」
他の仲間たちにも首肯され、フィルロードはばつが悪そうに口元を歪める。
確かに野営中、夜番ではないときも眠れなくて何回か抜け出したことはあったけれど。
「何のために、夜の見張りを作ったんだか。いざって時に使い物にならなかったら、意味がないぞ」
「まあ、焦る気持ちもわからなくはないですけどね」
口々に言われ、フィルロードは困った表情のままうつむいた。
「まさかと思うけど」というカリオスの声にフィルロードが顔をあげると、ジッと凝視される。
「これから一人で先に隠し通路を探しに行こうとしていた、とかないよな?」
「い、いや、そんなことは……」
フィルロードの赤い瞳が、所在なさげに宙をさまよい始める。
「って、図星かよ」
「ほんとにわかりやすいやつだなあ、おまえ。その度を超すくらいの真面目な働きっぷりは、職務にたいする態度なのか何なのか」
「でも、もう夜もだいぶ晩い。こんな時間からウロウロし始めると、ここの方々にも迷惑になるかもしれませんけど?」
次々に、あきれた風に言われる。
フィルロードは頬を少しだけ引きつらせながら、答えた。
「それは、さすがに困る……な」
「なら、とっとと休め!」
すぐさまそう返され、フィルロードは降参の意味もこめて両手を上げた。
「わかった、わかったよ」
「……たく、先が思いやられるぜ」
「まったくだ」
「まったくです」
両肩をすくめて、深々と息を吐く。同じような動作をする仲間たちを眺めながら、フィルロードはどう返事をしてよいかわからず、曖昧に微笑した。
「少しだけ……、これを嗜んでから寝るよ」
これ、と言ってフィルロードが胸元から銀の笛を取り出す。最近の日課となっていることを知っている三人は、仕方がないといった表情でフィルロードを指さす。
「約束だぞ?」
「約束だからな?」
「約束ですよ?」
語尾は違うが、まったく同じことを念押しされたフィルロードは小さく吹きだしながら、「ああ」と短く返事をした。
それから、三日後――
ウィンスベル城内で、外部からの侵入者たちの手による大規模な暴動が起きたのだった。
「あの短時間で、そこまで話が進んでいたなんて思いもしなかったよ」
ヒューゼルから自由に使ってくれと提供された部屋で、寝台の一つに腰かけたカリオスがそう漏らす。
「たまたま、運が良かっただけだ」
フィルロードが苦笑すると、椅子の背もたれを前にして座った仲間の一人が「いやいや」と首を振った。
「運だけでここまで来れないだろう、普通は」
「なら――、姫の導きかもな」
さらりと答えるフィルロードに、「わかったわかった」と両肩を竦めたカリオスが嘆息する。
「今は、それで納得しておくよ」
「元々おまえは、無駄に真っすぐで天然ヒトタラシなところがあるしな」
「無駄に……、なんだって?」
「君が気にすることじゃないですよ、フィルロード」
訝しげに眉間に皺を寄せるフィルロードに、微笑しながら仲間の一人が言ってくる。
どこか納得のいかないといった表情でフィルロードは小さく息を吐くと、三人に順番に目を向けた。
「そちらは、どうだった?」
「さすがに、おまえほどの情報も展開の早さもなかったよ。みんな一様に、今の生活の困窮具合を嘆いていたり、これからの不安を口にしていたり。ミルスガルズと違って、あまり良い環境とは言えないかな」
「そうなのか」
フィルロードの言葉に、仲間たちが頷いていく。
「とりあえず、ミルスガルズから運んできた商売用の物資は全部売り終わったよ。まあ、少しでも役に立てて貰えればいいけどね」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、今日はもう休むとしようぜ。久しぶりに、まともな屋根のある場所で眠れるんだ。明日から、隠し通路とやらを探すんだろ?」
椅子から立ちあがって伸びをしながら一人が言えば、次々に腰を上げ始める。
「だな」
「うん」
最後にフィルロードが背筋を伸ばし、三人に向かって頭を下げる。
「みんな……、ありがとう」
「なんでおまえが礼を言うんだよ、フィルロード。ミルスガルズの騎士として、当然だろ」
カリオスがフィルロードの胸元を叩き、一人が肩に手を置く。残った一人は、無言で口元に笑みの形を作った。
「あともう一息。頑張ろうぜ」
「ああ、そうだな」
フィルロードは微笑すると、視線を一人ずつに配っていく。その途中でジロッと睨みつけられ、彼の紅の瞳が瞬かれた。
「――その前に、おまえはちゃんと休むんだぞ。フィルロード」
「え?」
きょとんとするフィルロードに、他の三人がほぼ同時に嘆息する。
「ウィンスベルに来る道中、おまえがほとんど眠っていなかったことくらい、みんな知っている」
「そ、そうだったのか?」
他の仲間たちにも首肯され、フィルロードはばつが悪そうに口元を歪める。
確かに野営中、夜番ではないときも眠れなくて何回か抜け出したことはあったけれど。
「何のために、夜の見張りを作ったんだか。いざって時に使い物にならなかったら、意味がないぞ」
「まあ、焦る気持ちもわからなくはないですけどね」
口々に言われ、フィルロードは困った表情のままうつむいた。
「まさかと思うけど」というカリオスの声にフィルロードが顔をあげると、ジッと凝視される。
「これから一人で先に隠し通路を探しに行こうとしていた、とかないよな?」
「い、いや、そんなことは……」
フィルロードの赤い瞳が、所在なさげに宙をさまよい始める。
「って、図星かよ」
「ほんとにわかりやすいやつだなあ、おまえ。その度を超すくらいの真面目な働きっぷりは、職務にたいする態度なのか何なのか」
「でも、もう夜もだいぶ晩い。こんな時間からウロウロし始めると、ここの方々にも迷惑になるかもしれませんけど?」
次々に、あきれた風に言われる。
フィルロードは頬を少しだけ引きつらせながら、答えた。
「それは、さすがに困る……な」
「なら、とっとと休め!」
すぐさまそう返され、フィルロードは降参の意味もこめて両手を上げた。
「わかった、わかったよ」
「……たく、先が思いやられるぜ」
「まったくだ」
「まったくです」
両肩をすくめて、深々と息を吐く。同じような動作をする仲間たちを眺めながら、フィルロードはどう返事をしてよいかわからず、曖昧に微笑した。
「少しだけ……、これを嗜んでから寝るよ」
これ、と言ってフィルロードが胸元から銀の笛を取り出す。最近の日課となっていることを知っている三人は、仕方がないといった表情でフィルロードを指さす。
「約束だぞ?」
「約束だからな?」
「約束ですよ?」
語尾は違うが、まったく同じことを念押しされたフィルロードは小さく吹きだしながら、「ああ」と短く返事をした。
それから、三日後――
ウィンスベル城内で、外部からの侵入者たちの手による大規模な暴動が起きたのだった。
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