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第四章 隣国ウィンスベル

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 怪しまれないように近づいていき、家屋の影に隠れながら様子をうかがう。

 階段の入口には、鎧に身を包んだ兵士か騎士たちが多数屯していた。巡回、待機、階段に座りこんでゲラゲラと談笑している一団もある。そこを突破するのは、そう簡単ではないことが予測されて、フィルロードはそっと嘆息した。

「どうするか……」

 踵を返して、来た道を引き返していく。

 戦闘になることは、なるべくなら避けたい。どう考えても、こちらの方が不利には違いないのだから。
 内通者を作って連れ出してもらうのも、危険すぎる。

 なら、やはり――

「ん?」

 気づけば、見覚えも人通りもない、裏道のようなところに迷いこんでいた。

 フィルロードは小さくため息をつくと、足を止めた。グルリ、と辺りを見わたした紅の瞳が、雪が積もって枝がしなっている木々を、奥へとまだまだ続いている道を、そして左右に並ぶ家屋へと流されて、とある家と家の間にある細い路地を映しこむと同時に瞬かれた。

「あれは……?」

 今まで通ってきた道をはずれ、フィルロードは惹かれるようにそちらに歩み寄る。訝しげな表情を浮かべながら、彼はその路地へと姿を消した。

 人一人が通れるくらいの幅しかないそこをしばらく進んでいくと、不意に視界が開ける。
 多くの緑に囲まれて、ひっそりとしたそこには一軒のこじんまりとした屋敷が建っていた。それほど大きくはないものの、きちんと手入れの行き届いたその屋敷に近づき、フィルロードは門の前で立ち止まった。

 フードを外し、肩の周りや服にまとわりついたままの雪を軽く払う。

「ここは……」

 門に手を当てると不思議な感覚に襲われて、フィルロードの瞳が細められた。

「誰だ!?」

 突然の叫び声に、フィルロードははっと顔を強張らせた。
 左右から突きつけられた剣と槍の切っ先にゆっくりと両手をあげて敵意がないことを示すと、フィルロードは「すみません」と目を伏せた。

「道に、迷ってしまって……」
「迷うくらいでは、ここまで来られないはずだ!」
「何者だ、貴様! 見た限り、この国の者ではないようだな!?」

 責め立てるように次々と尋ねられて、フィルロードはゆっくりと微笑した。

「わたしは――、ただの旅芸人です。各地を転々としながら、音楽を奏でることで生計を立てている者です。そうだ。お代は結構ですので、一曲いかがですか?」

 前もって用意しておいた自分の仮の肩書を口にしながら、フィルロードは懐から銀の横笛を取り出した。


 ***


「……?」

 どこからか微かな音が聞こえてきた気がして、リリーシャはベッドに突っ伏していた顔をあげた。鉛のように重い身体を引きずって、鉄格子がはめられた窓を薄く開く。

 風に乗って運ばれてきたそれは――

「……笛の、音?」

 懐かしいその音色に、リリーシャは小さく身を震わせる。
 こんなところで、笛の音をきくことが出来るなんて思いもせず、リリーシャの淡黄色の瞳が揺れ動いた。

「どなたが、奏でているの……?」

 確かめる術もなく、リリーシャはただじっとその場で耳を傾けた。

 明るい雰囲気なのに、どこか儚げなその旋律。何かを思い出しかけて、リリーシャは自身に回した腕に力をこめてそれを封じた。

 その時。
 トントントン、と来訪者を告げる合図が響いてくる。

「……っ」

 引きつった息が、漏れる。

 また、あの男が……!
 恐怖が、嫌悪が、リリーシャの全身を粟立たせていく。震え始めた唇を気丈に噛みながら、リリーシャは目を閉じた。その耳に、扉が開く耳障りな音が飛びこんできた。


 ***


 フィルロードの横笛を操る指が、ゆっくりと動きを止めた。
 静かに見守っていた数人が、手を叩き始める。

「いい演奏だった。まだ少し粗削りには感じたが、なかなかの腕前じゃないか」
「ありがとうございます」

 笑顔で返しながら、フィルロードは安堵したように小さく息を吐いた。

 怪しまれながらも、通された屋敷の中。連れてこられたこの広間の中央に座らされ、屋敷に潜んでいたのか何人もの男たちに周りを囲まれたのが、ついさきほどのことだった。
 出入口が一つと、薄く開かれた窓が一つ。どちらも男たちに前を封鎖されていて、逃げ場はないと目で確認したフィルロードは、意を決して演奏を始めた。

 最初は疑い深い眼差しで睨まれていたが、それが徐々に柔らかくなっていき、今は穏やかな顔立ちで溢れていた。

 あれ以上の騒ぎにならなくてよかった、とフィルロードは手にしたままの銀の横笛を懐に戻す。
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