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第一章 彼女の決断

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 サア、と心地いい風が吹き抜けていく。
 揺らされる青みがかった紫の髪を押さえつけながら、リリーは一つ一つ語り始めた。自分の境遇、そしてこれからのことを。

「――へえ。今までずっと、街はずれの教会にいたんだ」

 先ほどまで登っていた木の根元に腰を下ろしたフィルは、同じように隣に座ったリリーに話を振る。

「はい。産まれてすぐに預けられたって聞きました。ようやく八歳になったので、母さまたちのところに戻ってもいいってお許しが出て」
「それで今から、行くところだったんだ?」

 フィルの問いかけに、リリーはコクとうなずいた。

「はい。その途中で風にストールを飛ばされて追いかけていたら、お迎えに来てくださった使者の方とはぐれてしまいました」
「ふうん……」

 相槌をうったフィルは、そのまま空へと目を向けた。赤い瞳に、対照的な青色が鮮やかに映える。

「俺はこの前十歳になったばかりだけど、いつか父上や兄上のような立派な騎士になりたいんだ」

 騎士。
 それは、国に忠誠を誓い、国を護り、国のためにその身を捧げる存在。

 実際に見たことはないが、本で読んだことはある。そのときの内容は詳しくは覚えていないけれど、とある国の姫のために剣をふるったり、嘆き悲しむ姫のために笛を奏でたり、すごく素敵な方だった。

 憧れのような感情を思い出しながら、リリーはうっとりと頬を赤らめた。

「騎士様に? ……かっこいい」
「だよな! だから今、剣の扱いとか馬に乗れるように特訓中なんだ! 馬に乗れるようになったら、リリーも後ろに乗せてやるからな!」

 キラキラとした表情で告げてくるフィルに、リリーもにこやかに答える。

「本当ですか? ふふ、楽しみです。じゃあ、その横笛も騎士様になるためのものですか?」

 リリーの視線が、フィルの腰元に向けられた。

 そこに無造作にぶら下げられている、いくつもの穴が開いた細い筒状のもの。それを手にしながら、フィルは小さく苦笑した。

「ああ、これは――。一応、父上に教えてもらって練習中なんだけど、まだそこまで上手く扱えなくて。母上の形見の品らしいから、いつかちゃんと吹けるようになりたいって思っているんだけど」

 照れたように、後ろ頭をかくフィル。

「……きいてみたい、です」
「え!」
「いけませんか?」

 小首を傾げるリリーに、フィルは「うーん」と困り顔で頬に手を添えた。

「まだ、誰にもきかせたことないんだけどな……」
「そうなんですか? なら、私が初めてのお客さんですね」

 屈託のない笑顔で、リリーが告げる。

 フィルは拍子抜けしたように瞬きを繰り返してから、「そっか」とつぶやいた。

「お客……うん、そうだな。リリーになら、きかせてもいいよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「じゃあ、そこできいてて――」

 フィルは立ち上がると、唇にそっと横笛を当てた。

 息を吸う音と、軽やかな音が重なる。
 ところどころ音にならないかすれた音色を混ぜて、フィルは旋律を奏でていく。

 その懸命な横顔を見つめながら、リリーはまだ拙い中にも心が安らぐようなメロディーに、ゆっくりと目を閉じた。

 二人を取り巻くように、再び心地よい風が吹き抜けていく。

 演奏が終わり、フィルの口元から横笛が離れる。

「リリー、俺たち――」
「フィルロード!」

 フィルの言葉をさえぎって、少年を呼ぶ低めの声が響いてきた。

 先にリリーの方が、フィルの背中越しにこちらへ歩み寄ってくる二十歳ほどの男に気がつく。

 ふり返ったフィルの顔が、パッと輝いた。

「あ、兄上! ごめん、リリー。俺、行かなきゃ」

 手にしていた笛を元の場所に戻しながら、慌てたように告げてくる少年に、リリーは「えっ、あっ」と次の言葉を探す。

 どこに行くんですか?

 ありがとうございました?

 また、会えますか?

 ううん、そうじゃない。

「あ、あの! またいつか、あなたの笛をきかせてくださいますか……!」

 顔を真っ赤にしながら、リリーは声を絞り出す。その声が予想以上に大きくなってしまって、彼女ははじかれたようにうつむいた。

 彼女らしくないその大胆な言動に、フィルは二度、三度と瞬きしてから満面に笑みを浮かべた。

「……もちろん! もっと練習して、上手くなっておくから! じゃあリリー、またな!」
「は、はい。また……っ」

 ハッとなって顔をあげるリリーの視界で、フィルのうしろ姿が徐々に小さくなっていく。
 リリーは、少年が男に連れられて姿が見えなくなるまで、その場でずっと見送り続けていた。
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