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プロローグ

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「は……っ、ふ」

 息継ぎもすぐに、フィルロードの中に吸いこまれていく。

「んっ、……ぅ、……やめ…………っ、んんっ」

 リリーシャの制止を遮るように、熱い舌先がリリーシャの唇の内側へ割り入っていった。中で縮こまっていた彼女を見つけて、巻きついていく。

 ビクン、と跳ね上がる彼女の後頭部に大きな手のひらが回され、逃げ場を失った彼女はただただ彼の侵略をその身で受ける。解放された彼女の細い二本の腕が、二人の間を滑り落ちていった。

 じんわりと口内に広がる、独特な苦い味。免疫があまりないそれに、リリーシャの視界がクラリと揺れる。

「……あっ……、ふっ……」

 軽い酸欠も混じって脱力していく細身を、フィルロードの両腕が支える。

 リリーシャの震える両手が、彼の胸元にすがりついた。
 それにはじかれたように、リリーシャの後ろ髪に絡みついていた手が彼女を上向かせる。覆いかぶさってくる貪るような激しい口づけに、リリーシャは翻弄されるだけだった。

「んっ……! ……っ……っ! ……ぅ……ぅんっ!?」

 混じりあった唾液が苦さを増して、リリーシャの喉を流れていく。コク、と飲みこみ、溺れかける意識を必死につなぎ止めながら、リリーシャは力の入らない自身を叱咤する。
 少しだけ離れた唇同士から、銀色の糸が生まれてすぐに消え去っていった。

「は……、ぁ……」
「姫……」

 フィルロードの、かすれた吐息混じりの呼び名。
 繰り返されていたリリーシャの荒い呼気が、再びフィルロードに奪われた。

「んっ! ん……、ふ……」

 どうして?
 どうして、こんなこと……!

 襲われる息苦しさと困惑する頭で、リリーシャは必死に考える。

 彼が『姫』と呼ぶのは、おそらく自分を含めて二人。もう一人の『姫』は、言わずもがな彼女の姉だった。ピン、ときたリリーシャは切なげに淡黄色の目を細めた。

 もしかして――、お姉さまと間違われている?
 この、お姉さまから預けて頂いたベールのせいで? 私をお姉さまだと、酔いが深いせいで間違いにも気づかずに――
 昼間、お姉さまと何かあったのですか?

 それとも――
 お姉さまが結婚される前の最後の夜に、あなたのやるせない想いをぶつけにきたのですか?

 後者のそれは、リリーシャにとって残酷すぎる推論だった。

 もしそうなら、すぐにやめさせないと。こんなこと、お互いのためにもならない。

 フィルロードの熱烈な口づけから懸命に逃れたリリーシャは、乱れた呼吸を急いで整えると、ぼんやりと視点の合わない赤い瞳を真っすぐに見つめて訴えかけた。

「やめて……、お願いですからやめてください、フィルロード。今ならまだ、あなたの罪を不問に出来ますから。だから、これ以上はもう……!」
「不問にされるつもりは、ありません。わたしは、今すぐあなたが欲しい……」
「ですが、それは……!」

 リリーシャは、懸命にかぶりを振る。

 あなたが欲しているのは、『私』じゃない。
 だって。

「私は……っ」

 お姉さまじゃ、ないです……!

 最後まで言うことが出来なくて口ごもってしまうリリーシャの唇が、再度フィルロードのそれに奪われる。
 甘くつむがれる旋律に酔いしれそうになりながら、リリーシャは膨れ上がっていく罪悪感に淡黄色の瞳をゆがませた。

 わかっているのに。
 わかっているのに……!

 止めないといけない。それはわかっているはずなのに、どこかで期待してしまっている自分がいる。
 彼の目に、『私』は映っていないのに。

 浅ましい、こんなことですべてが満たされるはずがないのに。
 それでも――

「姫、わた、しは……」

 アルコールに濡れた彼の吐息が、すごく熱い。

「フィル、ロード……」

 身代わりでも、いい。
 それでもいいから、今この瞬間、この一夜だけ。

 私はもうすぐ、『価値』だけの存在になってしまうのだから。
 ならせめて、見ず知らずのウィンスベルの王に身も心も蹂躙される前に――

「来て……、来て、ください……」

 甘い夢を、最後の思い出を、私にください。

 リリーシャの両腕が何度もためらいながら、最後にはフィルロードの首に絡められた。
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