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5.『10年』よりも『1日』

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「一応ね、肉体的には成熟していたし、美結さんに会いに行くまでに十年分とまではいかなかったけれど、こっちの世界で必要最低限の知識や技、大人としてのふるまいや言葉使い、マナー、そして戦闘の基礎や剣術とかはちゃんと習得していったんだ。クレッシーに、いろいろ教えてもらってね」
「クレスさんに? あ、それで師匠と弟子なんだ」
「うん。クレッシーには他にもいろいろと世話になっちゃって、感謝してもしきれないよ」
「そうだったんだ。それにしても、クレスさんってすごいひとだよね。いったい、何者なの?」
「それが、おれもよく知らなくて。本人に直接きいたら、『わたしはただの、通りすがりの謎な人物ですよ』って言われてさ」
「なにそれ、自分で謎って言っちゃう?」
「ね、おかしいでしょ」
「うん、すごく変」
 そう言って、私と秋斗くんはどちらからともなく足をとめて、笑いあう。
 やっぱりその仕草は、年相応に大人っぽく見える。
 『10年』分って言葉では簡単に言えるけど、彼がこの姿になって戻ってきたのは、あっちの世界ではたった一日後だった。時間の差がどうなっているのかわからないけど、こっちの世界でもそんなに経っていなかったんじゃないのかな。
「――苦労、したんだね」
 なんとはなしにつぶやいたそのセリフに、秋斗くんはきょとんとした表情をむけてきた。
「苦労? いや、全然。むしろ、楽しかったよ」
「え、楽しかったの?」
「うん。おかしいかな? 確かに、量が量だったし大変だったのは認めるけど、一つ一つ学びながら、美結さんにふさわしい男にまた一歩近づけるんだって思ったら、たまらなく楽しかったんだ、おれ」
 ふ、ふさわしい男って。
 そこまでハードルを上げた覚えは、まったくないんですけど……
「……私が今のきみを、お、男として見れなかったら、どうするつもりだったの?」
「見てもらえるまで、努力する」
「そ、即答じゃないの」
「当然。だって、美結さんだから。あきらめる気は、最初からないよ。ねえ、美結さん」
「な、なに?」
「宣戦布告していい?」
「宣戦布告って……、私に?」
「そう、きみに」
 ジッと藍色の瞳に見つめられて、私は小さく息をのんだ。
 なんで、私に?
 困惑する私の両肩に、秋斗くんの両手がそっと乗せられた。額と額が触れ合いそうな距離にまでかがみこまれて、私の時間が停止する。変な体勢でかたまったせいで、首が……
 というか、私がたまにかたまっちゃうのは、秋斗くんの能力のせいなんじゃないの!? そうだ、そうに違いない。まったく……、厄介な能力すぎる。
「本当はね、一緒に踊ってもらったあとにその流れでプロポーズするつもりだったんだ。ちなみに、ダンスをすすめてくれたのはサリューで、ペナルティをつけるのを提案してくれたのは、先輩。騎士の所作やダンスはイレイズに、そして女性の手の扱いを教えてくれたのは、団長なんだ」
 女性の手の扱いって、もしかしてあの手の甲に口づけしてきた、あれのこと?
 エレメンタルナイツ総出で、なにをしているんですか……
 わきおこってきた疲労に、私は目の前の秋斗くんにはお構いなしにガックリとうなだれた。
 肩をつかむ手に、力がこめられる。
「きみが今、だれを好きかわからないけど……。もしかしたらそれは、サリューやルールヴィスかもしれない。でも!」
「は、はい!?」
 声が、思いっきり上ずってしまう。
 あわてて顔をあげれば、怖いくらいに真っすぐな瞳。
「いつか必ず、おれのことを好きになってもらうから。それまで美結さんとの結婚は我慢するけど、絶対に他のだれにもわたさない。だから、覚悟しておいてね?」
 一息にそう言われて、私は目を何度もしばたかせる。
 私から視線をはずした位置で、秋斗くんがグッと拳をにぎった。それはまるで、決意の証みたいだ。
 ええっと……? なんだか、うまくハマってしまったような気もしないわけじゃないけど。
 覚悟もなにも。
「――覚悟なんて、もういらないんだけど」
 ポツリと、勝手にもれてしまう。
「え?」
 不思議そうに見つめてくる藍色の瞳に、私は首をふった。
「ううん、なんでもない。とりあえず、がんばってね?」
「うん!」
 嬉しそうにうなずく秋斗くんに、私もつられてほほえんでしまう。
 こういうところは、幼い『あっくん』の雰囲気が残っているのね。なんだかちょっと、懐かしい。
 ねえ。私はついさっき、なんとなく気づいちゃったけど、きみはいつ気づいてくれる? 私の――ベクトル。
 とはいえ、自分で素直に認めるのは癪な感じがするし、悔しいから絶対に口にはしないけどね!
 そんな風に思いながら、両手を上にあげて意気揚々と歩き始めた背中をながめていると、不意に藍色の瞳が私にそそがれてくる。
 どうしたの? と小首をかしげられて、私の鼓動が跳ねあがった。
 私ばっかりこんな風になって、おもしろくないなあ。もう……!
 顔がうっすらと熱くなっていくのを感じてしまった私は、あわててゴシゴシと頬をこすると、小走りで秋斗くんに近づく。
「美結さん? ……うわっ!?」
 背中を軽く押されてつんのめる秋斗くんにちょっとだけスッキリとした私は、なに食わぬ顔で彼の横をとおりすぎて、そのまま逃げるように駆け出していった。
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