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5.『10年』よりも『1日』
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「つまり――、おれと踊ってくださいってこと。こういう所作も、ナイツには必要らしくてさ。少しは、それっぽくできたかな?」
背中を伸ばしながら、茶目っ気たっぷりにそう言われるけど、あまりにもさまになりすぎてて、私はクラクラとしためまいにおそわれていた。
ナイツの団服じゃなくて、まだよかった……けど。
「おど、踊る!? 私、小学校で教えてもらったふれあい音頭とかオクラなんちゃらとか、全然覚えていないんだけど……」
踊りというキーワードで浮かんだ二つを並べてみた私に、秋斗くんが「ああ」と相槌をうってくる。
「ふれあい音頭、か。美結さんのときも踊っていたんだ?」
「ま、まあね。でもあれ、小学校低学年までのお遊戯みたいなものでしょう? 踊るのは嫌いじゃなかったけど、随分前のことだし、記憶があいまいなのよ」
「おれは、結構はっきりと覚えているよ。まあ……、当然なんだけど」
「え?」
私がきき返すと、秋斗くんがほほえんでくる。
「――大丈夫。今おれが誘っているのは、それじゃないから」
「そうなの? てっきり、そういう類の踊りかと思っていたんだけど。私でも踊れる?」
「もちろん。おれが教えてあげるよ」
「う、うん。でも、私が教えてもらう側なのに、これってご褒美になるの?」
「おれが、そうしたいんだ」
「そうなの? じゃあ、お、お願いします」
「よろこんで」
そう言って、秋斗くんが私の手をうやうやしくつかむ。
へ?
クイ、と引き寄せられて、一気に触れ合いそうな距離に私は目を見開く。硬直する私の腰に腕が回され、「いい? 美結さん」と耳元でささやかれる。
「基本は、123のリズムだから。ゆっくりするし、おれの動きにあわせて」
み、耳がこそばゆい……!
これはご褒美なんだから、これはご褒美なんだから。我慢、我慢。
気力を総動員で、私は必死にうなずく。
「じゃあ、行くよ? 1」
トン……ブミッ。
華麗に床についた秋斗くんの足の上に、数秒おくれて私の足が着地する。
「ごご、ごめん!」
あわてて足をどけながら、私は彼に謝った。
「全然、問題ない。だいたいの位置はつかめているんだし、どんどん踏んでくれていいよ。ほら、2」
「そ、そうは言われても……」
足元をよく見ながら、私は自分の足を慎重に運んでいく。
フフ、と笑われて顔をあげれば、藍色の瞳が悪戯っぽくきらめいた。
「気が咎める? じゃあ、こうしようか。おれの足を五回踏むごとに、おれの言うことを一つきく」
「はあ……っ!?」
ご褒美の次は、ペナルティ!?
さっきから、うまく乗せられている気がしてならな――
「今、一回だね。はい、3」
あやうく踏みかけて、つま先でなんとかこらえる。
なんの冗談かと思ったけど、いつもと変わらない目の前のにこやかな表情。
こ、これは絶対に踏むわけにはいかない。
「1、2、3……1、2、3……」
秋斗くんのリズムと先導に、私はたどたどしく足を動かしていく。
こうして、こうして――
わっ、ちょっ、今度はそっち?
ブミッ。
「フフフ」
わ、笑われてるし。
こ、今度こそ!
こうして、ああして――
ブミッ。
また笑われて、私の意地に火がつく。
ああして、そうして――今回はそこそこの長さをがんばれたけれど、結局。
ブミッ。
「これで、五回目だね」
「うっ……。わ、わかったわよ。私にできる範囲でなら、きいてあげる」
「やった。じゃあ、今日一日おれに嘘をつかないこと」
「え、そんなことでいいの?」
「もちろん。続けてもいい?」
「う、うん」
あれ? やけに、ペナルティが軽くない?
もともと真っ当な人生を送ってきたわけだし、嘘なんてつくわけが――ま、まあたまにはそういうこともあるかもしれないけど。
今度は、失敗しないようにしないと。と、意気ごんだものの。
「はい、五回目」
「うう……っ」
「なら次は――、フフッ。二回だけでいいから、きみの手を自由に使わせてくれる?」
「手? わ、わかったわ」
やけに変わったペナルティだけど、まあいいや。
そうこうして、最初は目と全部の意識で追わなければならなかったけど、徐々に慣れてきたのか、少しずつ余裕ができてくる。足も踏まなくなったし、それに合わせて秋斗くんの123の声がなくなっていって、身体が勝手にそのリズムを奏でだす。
ずっと無言だった私は、ようやく口をひらけるまでに上達していた。
「ねえ、秋斗くん。どうして、私を踊りに誘ったの? これ、元の世界でいう社交ダンスみたいなやつだよね。こんな本格的なダンス初めてだし、しかもご褒美になんて……」
「さっき美結さんが言っていたふれあい音頭、あれをさ、クラスの女の子たちと踊るたびに思っていたんだ」
クラスの女の子たち? そういえばふれあい音頭って、男女ペアになって踊るものだったっけ。
123、123、と。おお、この辺りは完璧じゃない。
「思っていたって、なにを?」
「うん。年齢的に、絶対無理なのはわかっていたけど。相手が美結さんだったら――美結さんと一緒に踊れたら、どれだけ楽しいんだろうなって」
ブミッ。
――久しぶりに、秋斗くんの足を踏んでしまった。
背中を伸ばしながら、茶目っ気たっぷりにそう言われるけど、あまりにもさまになりすぎてて、私はクラクラとしためまいにおそわれていた。
ナイツの団服じゃなくて、まだよかった……けど。
「おど、踊る!? 私、小学校で教えてもらったふれあい音頭とかオクラなんちゃらとか、全然覚えていないんだけど……」
踊りというキーワードで浮かんだ二つを並べてみた私に、秋斗くんが「ああ」と相槌をうってくる。
「ふれあい音頭、か。美結さんのときも踊っていたんだ?」
「ま、まあね。でもあれ、小学校低学年までのお遊戯みたいなものでしょう? 踊るのは嫌いじゃなかったけど、随分前のことだし、記憶があいまいなのよ」
「おれは、結構はっきりと覚えているよ。まあ……、当然なんだけど」
「え?」
私がきき返すと、秋斗くんがほほえんでくる。
「――大丈夫。今おれが誘っているのは、それじゃないから」
「そうなの? てっきり、そういう類の踊りかと思っていたんだけど。私でも踊れる?」
「もちろん。おれが教えてあげるよ」
「う、うん。でも、私が教えてもらう側なのに、これってご褒美になるの?」
「おれが、そうしたいんだ」
「そうなの? じゃあ、お、お願いします」
「よろこんで」
そう言って、秋斗くんが私の手をうやうやしくつかむ。
へ?
クイ、と引き寄せられて、一気に触れ合いそうな距離に私は目を見開く。硬直する私の腰に腕が回され、「いい? 美結さん」と耳元でささやかれる。
「基本は、123のリズムだから。ゆっくりするし、おれの動きにあわせて」
み、耳がこそばゆい……!
これはご褒美なんだから、これはご褒美なんだから。我慢、我慢。
気力を総動員で、私は必死にうなずく。
「じゃあ、行くよ? 1」
トン……ブミッ。
華麗に床についた秋斗くんの足の上に、数秒おくれて私の足が着地する。
「ごご、ごめん!」
あわてて足をどけながら、私は彼に謝った。
「全然、問題ない。だいたいの位置はつかめているんだし、どんどん踏んでくれていいよ。ほら、2」
「そ、そうは言われても……」
足元をよく見ながら、私は自分の足を慎重に運んでいく。
フフ、と笑われて顔をあげれば、藍色の瞳が悪戯っぽくきらめいた。
「気が咎める? じゃあ、こうしようか。おれの足を五回踏むごとに、おれの言うことを一つきく」
「はあ……っ!?」
ご褒美の次は、ペナルティ!?
さっきから、うまく乗せられている気がしてならな――
「今、一回だね。はい、3」
あやうく踏みかけて、つま先でなんとかこらえる。
なんの冗談かと思ったけど、いつもと変わらない目の前のにこやかな表情。
こ、これは絶対に踏むわけにはいかない。
「1、2、3……1、2、3……」
秋斗くんのリズムと先導に、私はたどたどしく足を動かしていく。
こうして、こうして――
わっ、ちょっ、今度はそっち?
ブミッ。
「フフフ」
わ、笑われてるし。
こ、今度こそ!
こうして、ああして――
ブミッ。
また笑われて、私の意地に火がつく。
ああして、そうして――今回はそこそこの長さをがんばれたけれど、結局。
ブミッ。
「これで、五回目だね」
「うっ……。わ、わかったわよ。私にできる範囲でなら、きいてあげる」
「やった。じゃあ、今日一日おれに嘘をつかないこと」
「え、そんなことでいいの?」
「もちろん。続けてもいい?」
「う、うん」
あれ? やけに、ペナルティが軽くない?
もともと真っ当な人生を送ってきたわけだし、嘘なんてつくわけが――ま、まあたまにはそういうこともあるかもしれないけど。
今度は、失敗しないようにしないと。と、意気ごんだものの。
「はい、五回目」
「うう……っ」
「なら次は――、フフッ。二回だけでいいから、きみの手を自由に使わせてくれる?」
「手? わ、わかったわ」
やけに変わったペナルティだけど、まあいいや。
そうこうして、最初は目と全部の意識で追わなければならなかったけど、徐々に慣れてきたのか、少しずつ余裕ができてくる。足も踏まなくなったし、それに合わせて秋斗くんの123の声がなくなっていって、身体が勝手にそのリズムを奏でだす。
ずっと無言だった私は、ようやく口をひらけるまでに上達していた。
「ねえ、秋斗くん。どうして、私を踊りに誘ったの? これ、元の世界でいう社交ダンスみたいなやつだよね。こんな本格的なダンス初めてだし、しかもご褒美になんて……」
「さっき美結さんが言っていたふれあい音頭、あれをさ、クラスの女の子たちと踊るたびに思っていたんだ」
クラスの女の子たち? そういえばふれあい音頭って、男女ペアになって踊るものだったっけ。
123、123、と。おお、この辺りは完璧じゃない。
「思っていたって、なにを?」
「うん。年齢的に、絶対無理なのはわかっていたけど。相手が美結さんだったら――美結さんと一緒に踊れたら、どれだけ楽しいんだろうなって」
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――久しぶりに、秋斗くんの足を踏んでしまった。
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