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3.エンジョイニング異世界

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「さ、この話はもう終わりにしましょ。またききたくなったら、そのときに教えてもらうから。せっかく城下町にきたんだから、最後までつきあいなさいよ。お兄ちゃんが王様になってから姫なんてやってるけど、もともとそんな柄じゃないのよね、あたし」
「そうなんですか?」
「そ。毎日毎日、退屈なのよ。だからその立場を利用しながら趣味と実益を兼ねて、エレメンタルナイツをね、いろいろ調べているの。これがまた、始めちゃったら楽しくて! まあ最近は、特にアキトさまが対象なんだけど」
 趣味と実益を兼ねて?
 いろいろ調べているんだったら――、あ、そうだ。
「あの、よかったら秋斗く……じゃなくて、アキトさまのことをきかせてもらってもいいですか?」
「アキトさまの? いいわよ。公式に発表している範囲でよかったら、なんでも答えるわよ。で、なにがききたいの? 誕生日? 好きな食べ物? 座右の銘?」
 公式に発表?
 って、なんでそんなプライベートな情報をご存じなんですか。
 座右の銘はともかく、前の二つは一応私も知っているけれど……
「えっと。姫が、アキトさまに初めて会ったのはいつだったか覚えていませんか?」
「……あんたに姫って呼ばれると、背筋に悪寒がはしりまくるからやめてくれない?」
「名前も気やすく呼ぶなって、さっき言われたばかりなんですけれど」
「い、いいわよ、別に! 呼びたきゃ、好きに呼べば!? な、なんなら愛称のエリーでもいいんだからね!」
「は、はあ。じゃあ、エレノ……」
「気やすく呼ばないでくれる!? あ、愛称のエリーでもいいんだからね!?」
 好きに呼べば、て言われたけど、結局は呼ばせてもらえないらしい。
 は、ははははは。
「えっと。それじゃあ、エリー」
「な、なによ」
 やっぱり、こっちだと大丈夫らしい。
 改めて、彼女にきいてみることにする。
「エリーが、アキトさまに初めて会ったのはいつ?」
「初めて会ったのは、つい最近よ。兵士募集にアキトさまが名乗りをあげてきて、そのときにチラっとお見かけしたのだけれど、一発でビビッときてしまったの。これが、運命の恋なんだって!」
 華麗にターンしながら椅子から立ち上がり、キラキラした表情でどこか遠くに両腕をひろげるエリー。「あははは」とひきつり笑いを浮かべた私は、「なら」と話を次に持っていく。
「それより以前のことは知らない?」
「以前? そういえば、きいたことないわね。あんた、アキトさまの一応の幼馴染なんでしょ? あんたの方が知っているんじゃないの。いいネタがあるなら、教えなさいよ」
 椅子に座りなおし、エリーが興味津々と身体を乗り出してくる。
 「ええっと」と困った私にはりついたのは、もう標準装備になってしまっている苦笑い。
「それが……、それも自信がなくなってしまって」
「さっきから、そればっかりね。ねえ、ちょっとそこのあなた」
 近くにたたずんでいるメイド風の格好をした女の人を、エリーが手招きする。
「オーダー、いい?」
「はい、どうぞ」
「この『パラミシカル・パルフェノール』っていうのを二つね」
「かしこまりました」
 きれいに腰を折ってから、メイドさんは店の奥へと引っこんでいく。
 って。重要なことに、気がついた。
「あの……、エリーって結構食べる方だったりするの?」
「はあ? なによ急に」
「いや、さっき二つも頼んでいたから。私、この世界のお金なんて持っていないし……」
「馬っ鹿じゃないの? 最初から、貧乏そうなあんたになんてこれっぽっちも期待していないわよ。どうせ払うのはあたしじゃなくて、お兄ちゃんだし」
 お兄ちゃん、て簡単に言ってますけど、この国の王様ですよね……?
 この国の王様って、どんな人なんだろう。お城に泊めてもらったのに(成り行きだったけど)私、会ったことがない。今度、ちゃんと挨拶に行った方がいいかもしれない。お姫様はともかく、王様ともなるとそう簡単に会えるかわからないけれど。
「お待たせいたしました。『パラミシカル・パルフェノール』です」
 テーブルに置かれたのは、ドーナツみたいな形のパイのような生地に、パイの間には白と赤の二層の色。ドーナツの真ん中に空いた穴には、グルグルとしたカラフルなクリームと、四角や丸にくりぬかれた果物がこんもりと盛られている――って、これはまさか!
 そうだ、『パラミシカル・パルフェノール』。どこかできいた名前だと思ったら、あのピンクのパラダイスな本に載っていたやつだ!
 うわあああ。こんなに早く、お目にかかれるとは……!
 エリーの表情が、ぎょっとしたものに変わった。
「ちょっ、なに涙目になっているのよ。は、恥ずかしいじゃない!」
「だって、あこがれにしかすぎなかったはずのものが今この瞬間、私の目の前にあるんですよ? こんな奇跡、涙なしでは語れませんって……!」
「や、やめてよ! ほら、とっとと食べればいいでしょ!?」
「もったいなくて、食べられないです……」
「ば、馬鹿じゃないの!? 食べない方が、よっぽどもったいないわよ!」
「あ、そういう考え方もあるんですね。なるほど、興味深い」
「いいから、早く食べなさいよ!」
「では、お言葉に甘えて。いただきます」
 手にしたナイフとフォークで、丁寧に丁寧に切り分ける。ひとくち分をフォークにさして、ドキドキしながら口の中へ。その次にやってきたのは、幸福のハーモニーにつつまれた楽園だった。
「ああ……! やっぱりこれ、めちゃくちゃおいしい!!」
「こんなものも食べたことないなんて……。あんた、どんだけかわいそうな貧乏人なのよ」
 エリーが頬杖をついてあきれたようににらんできてるけど、今はまったく気にならないくらい幸せー。
 一口一口をじっくり味わって、そのたびに優越の吐息をもらす。あのピンク本の記事は、正しかったなあ。なんだったけ? もったりまったりしているのに、すっごくあっさりクリ――って、ん?
 店の入り口に、ザ・怪しい人といった雰囲気の灰色ローブの人物をとらえて、私は絶句した。
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