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3.エンジョイニング異世界
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たてがみ男・サリューのおかげでなんとか食堂までたどり着くことができた私は、そこで豪勢な食事をいただき、そのあとお風呂まで借りて、大満足なまま再び――迷子になっていた。
異世界の食事やお風呂といっても、私がいた世界とそんなには変わらなかった。パンにスープ、それに肉や魚をつかった焼き物や煮物、味つけは独特なものを感じたけれど、食材や料理名もほぼ同じ。私としてはわかりやすかったし助かったものの、なんだか異世界にきたという実感が薄れてしまう。
お風呂も、四角にくりぬかれた大きな石の中にちょうどいい温度のお湯がはられていて、ちょっと高級なホテルにでもありそうなその雰囲気に、一人で入ってもいいんだろうかとドギマギしながら隅っこの方でお湯を使わせてもらったのが、ついさっきのこと。
「うーん、前にもここを通ったような?」
ウロウロとあてもなく廊下をさまよっていた私は、とある両開きの扉の前でそわそわとしたその部屋の主らしき人物を見つけて立ち止まった。
イレイズさんがあんなことを言っていたし、てっきり深夜とか、はたまた朝帰りくらいになるのかと思っていたから、随分と早いご帰還じゃないの。
まあ、それは別にいいとして。
どうして、(おそらく)自分の部屋の前だろうその場所で、そんなに落ち着きがないんですか……
ため息をついた私に、驚いたような藍色の視線が飛んできた。すぐさまそれは、最大の歓喜に変わったわけだけれど……
――で。
ここは、やはり秋斗くんの部屋で正解だったようだ。
私がお菓子タイムを堪能していたさらに奥、そこには扉を隔ててもう一つの部屋がつながっていた。
クローゼットや棚がいくつも壁にならんでいる、その部屋のど真ん中には大きな大きなダブルベッドがあった。そう、ダブルベッド。ご丁寧に枕が二つ仲良く置かれた、ダブルベッド。大事なことなので、三回確認したけど……!
「ななななんで、私と秋斗くんが一緒の部屋で寝ないといけないのよ!?」
そう。それが、今一番最難関の課題だった!
「だって美結さん、今のきみの立場を忘れたの?」
「私の、立場?」
「うん。だから、お城のひとが気をつかってこんな風にしてくれたんじゃないかな」
えーっと? どういう、こと?
いまいち理解ができない私に、秋斗くんがクスッとほほえんだ。
「前に言ったじゃないか。きみは、おれの婚約者だって。たぶんお城のみんなも、そういう認識なんだと思うよ」
「!!」
わ、私の知らないところで、話が勝手に作りあがっていってる……!?
ヤバイヤバイ。これじゃあ、敵陣のど真ん中に一人で放り出されたようなものじゃないの。どこを見回しても敵だらけ。つまりは、マイワールドイズ四面楚――
不意に、右手がクイと引かれた。
「ほら、美結さん。今日はいろいろあって、疲れたでしょ? 早く……、寝よ」
「え!? あ、ええっ!?」
突然のことに、私の身体が前によろけていく。
「きゃっ」
ボフン、と次に私を受けとめてくれたのは、ふかふかのクッション――もとい、ベッドだった。あわてて上半身を起こすと、ギシ、とスプリング音があらたな侵入者を受けてきしむ。
私は呆然となりながら、その侵入者を見た。
「ちょ、ちょ、ちょ……っ」
「美結さん……」
四つんばいで近寄ってくる秋斗くんに、私もあわててうしろにさがる。伸ばされた彼の手に私の足首がつかまり、「ひゃっ」と悲鳴をあげた私の背がベッドへとしずんでいく。
次に見あげた先には、真っすぐで――すがりつくような藍色の眼差し。
この目は……、ダメ……っ!
片腕が私の顔の左側につかれ、視界いっぱいにひろがる秋斗くんの熱にうかされた、表情。
小さく息をのんだまま、私は硬直してしまう。いつもの、秋斗くんのキラキラ笑顔にやられたときのとはあきらかに違う、それ。
唯一動かせた右手を伸ばせば、すぐさま絡めとられる。ひっこめたくなるほど、熱い掌。
「美結さん……」
髪がそっとなでられ、私の呼吸がとまったところへ封をするような――
「っ」
手はすごく熱いのに、どうしてこっちは――こんなに冷たいの? かすかに唇が伝えてくる、独特な苦み。それを判断する間もなく、秋斗くんの指先が私の額から頬、首へと順におりていく。
「!」
いけない、とめないと。これ以上は、……!
「美、結……」
おおいかぶさってくる秋斗くんに、私はその動きを制止しようとする。けれどあっさりとガードはよけられて、私の胸元に彼の顔が――ストンと。文字通り、ストンと落ちてきた。
「へ?」
まぬけすぎる声を発しながら、私は何度も両目をまばたかせる。
なに? なんで? どうなっているの? 困惑する私の耳に、すうすうと規則正しい寝息がきこえてくる。
同時に私の鼻に香ってきたのは、あまりかぎ慣れはしないけれど、確実にそれだとわかるにおい。冷静にふりかえってみれば、唇に感じたのもそうだった。
「お酒、くさい……」
乗っかってきた長身からなんとか脱出すると、私は上半身を起こしすぐそばに座りこみながら、もう既に意識のない秋斗くんをジッと凝視した。
どこかしら、ひしひしと忍び寄ってきたのは――、言いようのないデジャブ。
「もしかして秋斗くんって……」
ものすごく、酒癖が悪いんじゃ?
私の家のチェーンロックを引きちぎったときも(根に持っているわけじゃない)こんな感じに迫ってきて――、そうだ。あのときも確か、ここまできつくはなかったけどアルコールのにおいがしたのよね。
そう思い当った私は、なんだかいろいろ納得してしまって、ガックリとうなだれた。
ファーストどころかセカンドまで、こんな微妙な感じに終わってしまうとは。ファーストなんて、なにが起きたのかまったくわからなかったし……。もっとこう、甘酸っぱさとかほろ苦さとかドキドキ感を想像していたけど、現実なんてしょせんこんなものよね。
しかも、前回そうだったから今回もたぶん、本人は――
「まあ、別にいいけど……」
たかが、――だし。相手はただの、弟みたいな幼馴染だし。見た目は、あれだけど。
スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている秋斗くんをなんとなく眺めていると、ちょっとだけムッとしてしまった私は、前髪をかきわけて、その額を軽く小突いてやった。
「さて、と」
隣の部屋にソファーがあったし、そこで寝ようかな? いろんな意味でドッと疲労が襲ってきて、さすがに眠くて仕方がなくなってきた。
そういえば、とうつぶせの秋斗くんに毛布をかけてやりながら、ゆるやかな睡魔におそわれだした頭でぼんやりと記憶をたどってみる。
あの夜も、こんな風に――
『どうしたの?』
『美結、おねえちゃん……。ねえ僕、僕、どうしたらいいの?』
今にも泣きだしそうな顔で見あげてくるのは、まだ幼いころのあっくんだ。その頭をそっとなでてやりながら、過去の私は小さく息をはいた。
『どうしたもこうしたも、もうこんな時間だし、あっくんも突然いろいろなことがあって疲れたでしょ? 普通に寝たらいいと思うけど。もしかして、眠れないの?』
コクンとあっくんがうなずき、服のすそをにぎっている両手にギュッと力がこめられる。
『だって僕が、僕がおじいちゃんを――』
苦しそうなその台詞を、私は『なにを言っているの』とさえぎった。
『そんなわけないじゃない。あっくんはまだ子供なんだから、気にしなくて大丈夫。さ、一緒に寝よう?』
『でも、でも……!』
今にもあふれだしそうな藍色の瞳を、私は静かに抱き寄せた。ビクッとふるえる背中に、両腕をまわす。
『あっくんは、なにも悪いことしてないよ。それにね? もし、もし仮にそうだとしても……』
そこで、私は一度言葉を区切った。少し言いよどんでから、ためらいがちに続ける。
『――――だったんじゃないかな、あっくんのおじいさんは。だって――』
私の腕をつかむ、ふるえた小さな手。そこにこめられる力が次第に強くなっていって、すごくすごく痛かったのを……、よく覚えている。
そのあと、私のひざにすがりつくように眠ってしまったあっくんに、近くにあった毛布をかけてあげた私もそのまま――
異世界の食事やお風呂といっても、私がいた世界とそんなには変わらなかった。パンにスープ、それに肉や魚をつかった焼き物や煮物、味つけは独特なものを感じたけれど、食材や料理名もほぼ同じ。私としてはわかりやすかったし助かったものの、なんだか異世界にきたという実感が薄れてしまう。
お風呂も、四角にくりぬかれた大きな石の中にちょうどいい温度のお湯がはられていて、ちょっと高級なホテルにでもありそうなその雰囲気に、一人で入ってもいいんだろうかとドギマギしながら隅っこの方でお湯を使わせてもらったのが、ついさっきのこと。
「うーん、前にもここを通ったような?」
ウロウロとあてもなく廊下をさまよっていた私は、とある両開きの扉の前でそわそわとしたその部屋の主らしき人物を見つけて立ち止まった。
イレイズさんがあんなことを言っていたし、てっきり深夜とか、はたまた朝帰りくらいになるのかと思っていたから、随分と早いご帰還じゃないの。
まあ、それは別にいいとして。
どうして、(おそらく)自分の部屋の前だろうその場所で、そんなに落ち着きがないんですか……
ため息をついた私に、驚いたような藍色の視線が飛んできた。すぐさまそれは、最大の歓喜に変わったわけだけれど……
――で。
ここは、やはり秋斗くんの部屋で正解だったようだ。
私がお菓子タイムを堪能していたさらに奥、そこには扉を隔ててもう一つの部屋がつながっていた。
クローゼットや棚がいくつも壁にならんでいる、その部屋のど真ん中には大きな大きなダブルベッドがあった。そう、ダブルベッド。ご丁寧に枕が二つ仲良く置かれた、ダブルベッド。大事なことなので、三回確認したけど……!
「ななななんで、私と秋斗くんが一緒の部屋で寝ないといけないのよ!?」
そう。それが、今一番最難関の課題だった!
「だって美結さん、今のきみの立場を忘れたの?」
「私の、立場?」
「うん。だから、お城のひとが気をつかってこんな風にしてくれたんじゃないかな」
えーっと? どういう、こと?
いまいち理解ができない私に、秋斗くんがクスッとほほえんだ。
「前に言ったじゃないか。きみは、おれの婚約者だって。たぶんお城のみんなも、そういう認識なんだと思うよ」
「!!」
わ、私の知らないところで、話が勝手に作りあがっていってる……!?
ヤバイヤバイ。これじゃあ、敵陣のど真ん中に一人で放り出されたようなものじゃないの。どこを見回しても敵だらけ。つまりは、マイワールドイズ四面楚――
不意に、右手がクイと引かれた。
「ほら、美結さん。今日はいろいろあって、疲れたでしょ? 早く……、寝よ」
「え!? あ、ええっ!?」
突然のことに、私の身体が前によろけていく。
「きゃっ」
ボフン、と次に私を受けとめてくれたのは、ふかふかのクッション――もとい、ベッドだった。あわてて上半身を起こすと、ギシ、とスプリング音があらたな侵入者を受けてきしむ。
私は呆然となりながら、その侵入者を見た。
「ちょ、ちょ、ちょ……っ」
「美結さん……」
四つんばいで近寄ってくる秋斗くんに、私もあわててうしろにさがる。伸ばされた彼の手に私の足首がつかまり、「ひゃっ」と悲鳴をあげた私の背がベッドへとしずんでいく。
次に見あげた先には、真っすぐで――すがりつくような藍色の眼差し。
この目は……、ダメ……っ!
片腕が私の顔の左側につかれ、視界いっぱいにひろがる秋斗くんの熱にうかされた、表情。
小さく息をのんだまま、私は硬直してしまう。いつもの、秋斗くんのキラキラ笑顔にやられたときのとはあきらかに違う、それ。
唯一動かせた右手を伸ばせば、すぐさま絡めとられる。ひっこめたくなるほど、熱い掌。
「美結さん……」
髪がそっとなでられ、私の呼吸がとまったところへ封をするような――
「っ」
手はすごく熱いのに、どうしてこっちは――こんなに冷たいの? かすかに唇が伝えてくる、独特な苦み。それを判断する間もなく、秋斗くんの指先が私の額から頬、首へと順におりていく。
「!」
いけない、とめないと。これ以上は、……!
「美、結……」
おおいかぶさってくる秋斗くんに、私はその動きを制止しようとする。けれどあっさりとガードはよけられて、私の胸元に彼の顔が――ストンと。文字通り、ストンと落ちてきた。
「へ?」
まぬけすぎる声を発しながら、私は何度も両目をまばたかせる。
なに? なんで? どうなっているの? 困惑する私の耳に、すうすうと規則正しい寝息がきこえてくる。
同時に私の鼻に香ってきたのは、あまりかぎ慣れはしないけれど、確実にそれだとわかるにおい。冷静にふりかえってみれば、唇に感じたのもそうだった。
「お酒、くさい……」
乗っかってきた長身からなんとか脱出すると、私は上半身を起こしすぐそばに座りこみながら、もう既に意識のない秋斗くんをジッと凝視した。
どこかしら、ひしひしと忍び寄ってきたのは――、言いようのないデジャブ。
「もしかして秋斗くんって……」
ものすごく、酒癖が悪いんじゃ?
私の家のチェーンロックを引きちぎったときも(根に持っているわけじゃない)こんな感じに迫ってきて――、そうだ。あのときも確か、ここまできつくはなかったけどアルコールのにおいがしたのよね。
そう思い当った私は、なんだかいろいろ納得してしまって、ガックリとうなだれた。
ファーストどころかセカンドまで、こんな微妙な感じに終わってしまうとは。ファーストなんて、なにが起きたのかまったくわからなかったし……。もっとこう、甘酸っぱさとかほろ苦さとかドキドキ感を想像していたけど、現実なんてしょせんこんなものよね。
しかも、前回そうだったから今回もたぶん、本人は――
「まあ、別にいいけど……」
たかが、――だし。相手はただの、弟みたいな幼馴染だし。見た目は、あれだけど。
スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている秋斗くんをなんとなく眺めていると、ちょっとだけムッとしてしまった私は、前髪をかきわけて、その額を軽く小突いてやった。
「さて、と」
隣の部屋にソファーがあったし、そこで寝ようかな? いろんな意味でドッと疲労が襲ってきて、さすがに眠くて仕方がなくなってきた。
そういえば、とうつぶせの秋斗くんに毛布をかけてやりながら、ゆるやかな睡魔におそわれだした頭でぼんやりと記憶をたどってみる。
あの夜も、こんな風に――
『どうしたの?』
『美結、おねえちゃん……。ねえ僕、僕、どうしたらいいの?』
今にも泣きだしそうな顔で見あげてくるのは、まだ幼いころのあっくんだ。その頭をそっとなでてやりながら、過去の私は小さく息をはいた。
『どうしたもこうしたも、もうこんな時間だし、あっくんも突然いろいろなことがあって疲れたでしょ? 普通に寝たらいいと思うけど。もしかして、眠れないの?』
コクンとあっくんがうなずき、服のすそをにぎっている両手にギュッと力がこめられる。
『だって僕が、僕がおじいちゃんを――』
苦しそうなその台詞を、私は『なにを言っているの』とさえぎった。
『そんなわけないじゃない。あっくんはまだ子供なんだから、気にしなくて大丈夫。さ、一緒に寝よう?』
『でも、でも……!』
今にもあふれだしそうな藍色の瞳を、私は静かに抱き寄せた。ビクッとふるえる背中に、両腕をまわす。
『あっくんは、なにも悪いことしてないよ。それにね? もし、もし仮にそうだとしても……』
そこで、私は一度言葉を区切った。少し言いよどんでから、ためらいがちに続ける。
『――――だったんじゃないかな、あっくんのおじいさんは。だって――』
私の腕をつかむ、ふるえた小さな手。そこにこめられる力が次第に強くなっていって、すごくすごく痛かったのを……、よく覚えている。
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