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第九話 お転婆の血
しおりを挟む「えっ、て。どうかされました?カリンもユリアも、そんな固まって」
「「………………」」
「ねえ、確かに言ったわよね、あの件って」
「ええ、お母さまが知っていてもおかしくないのだけれど」
「そうしたら、始めからジョセリンに聞けば良かったじゃないの」
「ていうか、女官長でしたね、お母さま」
私達がコソコソささやきあっていたのを微笑ましく見つめていたジョセリンは、笑いながら口を開いた。
「ふふっ。ユリアもカリンも、あの件って、そんな多くの人が知っているようなことでは無いのよ?貴女たちの兄や親が特別なだけ」
と言いながら、サロンにいた侍女に「下がってくださる?」というと、私達のことを眺めていた。
「お母さま?人払いなんかされて……」
侍女が下がるのを確認してから、再びジョセリンは口を開いた。
「あのね、さっきも言いましたよ。そんな多くの人が知っているようなことでは無いって。つまり、一部の人にしか知られてはいけないことなのよ」
「いや、でもお母さま、そうしたら私達には話して良いんですか?」
「あなた達、放ったらかしにしていたら、自分でどうにかしてしまうでしょう。もう、あんな思いをするのはキャサリン様だけにしたいからね」
全てを見透かしたような眼差し。しかし顔には憂えう表情が浮かんでいた。
そして、その口からひょんな事を飛び出させた。勿論、そんな事をお母さまから聞いたこともないのでユリアと私は顔を見合わせた。
そんな事、聞いたこともないわよね、と。
「あのう、お母さまがしたあんな思いって、なに?お母さまって、そんな事をする方でしたっけ?」
「ふふっ、勿論。でも、キャサリン様は結婚してから大人しくしてましたものね。本当に、すごかったんですよ。カリンが天下のじゃじゃ馬娘なのは、キャサリン様と一緒です。ふふっ」
さらっとじゃじゃ馬娘と言われたことに、私は気づいた。確かに、私が事件に首を突っ込んだのは、これが初めてではない。言われることも、仕方がないのか……。
でも、お母さままでそんな事をしていたなんて初耳だった。お母さまは確かに教育方針としてはびっくりするような(最近知った)事をしていたけれど、お母さまは体が弱かったんじゃ……。どうかな、最後だけだったかもしれない。お母さまが病弱だったのは……。
再び私達は顔を見合わせた。頭の上にQuestionマークを三つ浮かべて……。
「何のことか分かる?」
「全く。カリン様が知らないならわたくしも知りません」
ジョセリンはやっぱりそれを微笑んで見つめてた。それは嬉しそうで、でも少し悲しそうだった。
「全く、キャサリン様にも困ったものですわ。こんな時に、キャサリン様の話が出てくるなんて……。そうですね、今日は休みですし、ゆっくりお話でもしましょうか」
私達の頭の中には、その時もう、あの件などは頭になかった。お母さまの話なら良いと思えば良いのか。
いずれ、ジョセリンの口から、あの件も語られることになる――。
「キャサリン様がお転婆姫だったのは、昔からでしたわ。姫故か、猫をかぶるのが上手でいらして……。ふふっ、まぁ、わたくしも一緒にいたずらしていたんですけれどね。そうですねぇ、カリン様と一緒で、王宮でいたずらとか、数え切れないほどありましたわね」
「お母さまはともかく、私はそんな事は――」
「そう、そうですか?例えば王宮にお茶会についていった時、王宮の木に登って、王太子殿下と兄弟とかけをされていたのは何処の誰でしたっけ」
「うぐっ」
「ふふっ、そんなこともありましたわね」
裏切り者め。私はユリアを睨んだ。
「それも、誰が一番に葉っぱをかけたら頭の上に乗っかるかでしたっけ。全く、あれ、やっていたらどうなっていたか知ったものでは無いですわよ」
「ジョ、ジョセリン?」
「なんです?ここにはわたくしとユリア以外誰もいませんよ。そうそう、未遂で済んだのは、同じいたずらをしたことのあるキャサリン様が止めたからでしたっけ。二人とも困ったものですわね。毎回怒られるのはわたくしなんですのにねぇ」
久しぶりにゆっくり喋れると思ったらいきなり私の黒歴史を暴露し始める。絶対に、どうかしている。まぁ、楽しかったのだけれど。
でも、流石王宮の――宮廷で女官をしているだけあって、微笑んで何事もないようにサラッと言うのがジョセリンなんだよね。
「キャサリン様はですねぇ、男装をして騎士団に混じって遊んでいたり、メイド服を着てメイドをしていたり、王女ともあろうもの、大人しく王宮にこもってくれたほうがこちらとしてはお嬉しかったのにです。事件には首を突っ込むし、周りの人が心配いていることなんてお構いなしに暴れまわってましたよ」
……初耳。お父様も言っていなかったものね。……男装、メイド服。
「それだ!」
「いきなりなんですか?カリン様。人の話中に声をあげるなんて、ひどいと思いませんか?それとも、まさか――」
ユリアが何かを感じ取ったように怪訝そうな顔をして言った。
「な、なんでも無いわよ。ごめんなさい」
そして、ジョセリンもハッとしたように――何かを気づいた様子を見せて、少し沈黙した。
「カリン、貴女まさか――。まあいいわ。お転婆の血はキャサリン様のせいということにしておきましょうか。まったく、困ったものですわね」
意味ありげに言葉を止めると、ジロッと私の方を見つめて言ってくる。一応、誰とは言わなかったが。……この辺の技術が王宮に仕える最高位の女官の技術とでも言いましょうか。……多分私はこの人に一生逆らえないだような。
私達は確信してユリアと顔を見合わせた。
「そうですねぇ、誰かさんと一緒で、事件や問題が起こると一番に首を突っ込んでいましたわね。はぁ、カリンにはできれば見習ってほしくないですわ。そう、カリン、婚約したでしょう。わたくし、そのことについて話したくてきたのです」
そう言った後に悲しそうな、寂しそうな後悔の念が見られたのは気のせいだろうか。
「婚約……」
私は苦虫を噛み潰したような気持ちになった。
今はその話は忘れようとしていた最中なのに!そう心の中で叫んだ。
「ふふっ、花も恥じらう十五歳ってとこかしら。でもカリン、貴女また、首を突っ込もうとしているでしょう。ローゼンハイン公爵――貴女の父も心配していますわよ。ね、カリン」
義母様も、皆、会うたびに父が心配していると言ってくる。
私はその話をしたくなかったので、黙って紅茶を飲みながら聞いていた。
「ねえ、カリン。貴女は、あの件について、何処まで知って、何処まで考えているのかしら?皆――陛下もあなた達については――」
「ジョセリン様。旦那様がお呼びです。書斎に来てください、との仰せです」
ノックの音が聞こえたと同時に侍女が声をかけに来た。
その時、何故かジョセリンはフッと表情を緩め、その顔に心配そうな――寂しそうか微笑みを浮かべた。
「お母さま?」
「ジョセリン?」
「いいえ、何でもありません。大丈夫です。――すぐ行くから、先に外に出ていてくれる?」
侍女が「はい」と言ってから外に出たのを確認して、やっぱり、何処か心配そうにしながら、口を開いた。
「ねえ、カリン。わたくしは、貴女の親としてあの選択――結婚があっていたとは思えませんわ。それは、陛下も、王妃殿下も同じです。あなた達のことを心配しているし、考えようとしていますわ。……王宮は、今戦場ですけれど。それに――」
「ジョセリン様、旦那様が至急の用件ができたとのことです!」
さっきの侍女とは別の侍女が走ってきたらしい。ノックもせずに、大きな声で言うとまた走っていってしまった。それに、「分かったわ」とジョセリンはドアを開けながら言うと、こちらを振り向いて言った。
「――それに、貴女も気づいているでしょう。貴女の父の選択の意味も。そして、危険なことも。だから、貴女に伝えたかったの。貴女は、一人の人としての権利があるわ」
そう言い残すと、今度はジョセリンは扉の外に消えていった。
私達は、しばらく沈黙していた。
「ユリア、ジョセリンが言っていたのって……」
「ええ、カリン様」
いつも道理返事をするユリアの声は、いつもよりずっと小さく、私を心配しているように聞こえた。
「――私、何が言いたかったか、分かったような気がするのよ」
やっぱり、信じたくなかったけれどね、そう心のなかで付け加えた。
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