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ベレーナ・ターン1
しおりを挟む今わたくしの目の前にある書斎の机の上に積み上がっているのは、……父が探して持ってきた縁談の紙。
そう、この国の公爵であり宰相であり、……不本意な事実だが父がこれも私の意思に関係なく持ってきたもの。
私は、何度言っても結婚する気なんかない!大体18で結婚しなければいけない訳?そんなのありえない!って言ってるの!
しかし、父が見ろというものは見なければならない。不服だが……。っていうか、なんでそんなの見なきゃいけない訳?見たくないものは見ない権利があるはずなのに!いや、っていうか、本当にちゃんとはいつも見ていないから。このわたくしが見ているわけ無いじゃない。
とにかく父には18で結婚しなければならず、ましてや好きでもない人とさせられる娘の気持ちを考えてほしいわ。毎回、毎日毎日、興味のない縁談を見せられ聞かされる子って、可哀想とか、そういう感情が父にはないわけ?そう、毎日まいにちよ。興味ないのにそれで時間を潰されるなんて……。最悪だわ。
そして、最も最悪なのはこれ。
ものすごく怒った顔で、その顔にヤレヤレと言った表情を浮かべて、ものすごい剣幕で怒鳴ってくる。
「ベレーナ!いい加減にするんだ!さぁ、これらをちゃんと見るんだぞ。……お前というやつは、全く18にもなって婚約者の一人もいないなんて、親の顔が見たいぞ」
いや、親は貴方でしょうが。鏡で見たら?
本当はわたくしだって分かっている。もう少し遊んでいたかったのだけれど、公爵家の娘とあろうもの。早々に結婚するものなんだってことを。わたくしの友達は婚活に励んでいる人もいるけれど、婚約者が決まっている人もいる。
が、それとこれは別。わたくしは、結婚する気、いや親が決めた婚約者と結婚する気なんかない!
「はい⁉わたくしは結婚なんてしません。お父様。はい、見ましたわ。良い方はいらっしゃいませんでした。とにかく、結婚なんてしませんよ!」
パラパラーっとめっくってこれもどなりながら父に反抗したのだが。
「ほら、もっとちゃんと見るんだ!どうしてそう、反抗ばかりするのだ!……この人なんか、セロシアのお気に入りだぞ!ほら、どうだ!早く決めろ!ちゃんと、もっと穴が空くほど見るんだ!」
「はい?結婚しないって言っているのになんで見なきゃいけないんですか?お父様」
これもこれで怒鳴って言うと、父は眉間に皺を寄せ盛大に溜息をついた。
それは、父が仕事で苦労してきた証とも言える皺だが、まあ父はどう見ても三十代半ばにしか見えないだろうなぁ。
そんなことを考えながらわたくしは父の顔をまじまじと見た。だが、父は父だった。そんなわたくしの視線に気づいた父はわたくしをギロリと睨んだ。
「困るんだ、とにかく、好きな人を見つけろ、早くするんだ!」
相変わらず怒鳴っている父を怒鳴り返した。
「嫌です!結婚なんてしませんよ!もうしつこいですわ!結婚なんてしないわ!」
言うが早いか、わたくしは父の書斎の扉をバーンと開け、飛び出していった。後ろから父の怒鳴った声が私を追いかけて来た。
「こら、ベレーナ!毎回毎回、出ていくんじゃない!」
そして、近くにいた使用人のびっくりしたような声。
「ベレーナお嬢様!?」
そろそろこういう会話も聞き飽きたって言っているのよ!大体、毎回同じ話をしている父に懲り懲りしているのはわたくしだって言っているし、いい加減、そろそろ諦めてほしいわ。
いや、っていうかそろそろわたくしが嫌って言っているのだから、もう話を持ち掛けないでほしい。毎日毎日、父も暇じゃないのに私に縁談を話している暇があるんだったら公務をしたら?って思うのだけれど。お兄様はそういう事に詳しいから聞いてみようかしら。いや、あの兄い聞くのはやっぱりごめんだわ。
セロシアお兄様はわたくしの幼馴染であるラファエル様や、王太子殿下(従兄弟)とも仲がよい。が、性格は人好きのするような笑みを浮かべたその中はとにかくブラック。あの人、意外と性格が悪いのよね。知られていないから悔しいけれど。あと策士家なんだから。まぁ、二人揃って兄はそうだけれど。良いのかなぁ。
部屋に戻るとユニスが出迎えて、ゴホッ、部屋の中にいた。
ユニスは私が家族並みに気を許している侍女で、わたくしにとってはばあやみたいな存在だったりする。……怒ったらとんでもなく怖いけれどね。
とにかく、そんなユニスはニッコリと笑うと私の好きなハーブティー(ラベンダー)を机の上にコトッと音も立てずに置いた。私の好きな砂糖菓子を添えて。
「お嬢様、また旦那さまとやっていらしたんですって?私は心配ですよ。お嬢様、不満は溜め込むものではありませんわ。ここんところズーっとあれで疲れていらっしゃるでしょう。まぁゆっくりしてくださいませ。ねぇ、本当に」
何故かそんなことを口走りながら椅子を引いてくれたユニスである。
「ねえ、やっぱり結婚ってしなければならないのかなぁ。私、やっぱり……」
そう言うと呆れたような声が聞こえた。
「まあまあ、そんなこと言っていらしたら一生独り身ですわよ」
溜息をつきながら言ったユニスの言っていることは本当だからなんにも言えないのだけれど……。
「でも、わたくし……、やっぱり望んだ人と居たいのに、結婚なんて……」
本当は、この家族の暖かさを失いたくなかったからなのかもしれない。そんな私自身でも分からない気持ちも、ユニスはお見通しみたい。
やっぱり、落ち着く温かい笑顔で微笑むとこう言った。
「お嬢様が今思われている気持ちは必ず誰にもあることですわ。お嬢様は……、ベレーナお嬢様は、今こそそういう気持ちかもしれませんが、お嬢様の心のなかできっと、お嬢様の心がきっと答えを出してくれますわ。さあ、ハーブティーでもお飲みになられませんか?」
やっぱりユニスは私にとっての温もりで暖かかった。そして、口にしたハーブティーは疲れた心と体を癒やしてくれた。
そっと目を閉じると、浮かんでくるのはラファエル様の友人にしか見せない無邪気な笑顔だった。
はぁ、やっぱり、わたくしじゃ無理なのかなぁ。そんなことを考えてこうつぶやいていた。
「……ま、ラファエル様、わたくし……どうすればいいの?」
「ふふ、お嬢様、もう答えは出ているのではなくて?」
そう言われていたのと、生暖かい笑みで見つめられていたことにわたくしは気づかなかった。
「ベレーナ!さあ、今日こそは決めてもらうぞ!今日こそは!」
只今わたくしは今日も沢山の縁談状を見せられ、読まされている。そして決り文句のようだがこれもまた怒鳴られている。……実の父に。
最近わたくしも反論がワンパターンになった気がするのだけれど……。そんなことは気にしてないのかしら。
とにかく父がそういったのに対してすかさず反論していた。
「ええ、今日こそは絶対イヤですわ!嫌ですから!毎日まいにちコッチが迷惑って言っているのよ!今日こそは絶対断りますからね!」
そう言うと鬼のような形相で睨んできた。
なによ、わたくしのことを睨んだら私が折れるとでも思っているのかしら、この父は。わたくしも睨み返した。
ってこれも日常茶飯事になってきたわね。
「だめだ、今日こそは決めてもらう。どうだ、早くするんだ!」
相変わらずっと怒鳴っている。わたくし、最近反射的に叫ぶようになってしまったような気がする。ま、わたくしの知ったことではごぜいませんけど。
「ぜーったいに嫌ですわ!」
そう言うとつかれたように父は怒鳴った。
「ロイエンタール家の子息はどうだ!それともアルテンブルク家の子息はどうなんだ!それともバイルシュミットの子息は!それとも○○家の子息はどうなんだ!○○家は?○○○家は!決めるんだ!お前の好きな人でいいから!自分で選べ!」
「嫌です!ぜーったいに嫌ですわ!」
これも反射的に叫んでいた。
それは後々、私が後悔することになるのだったが、このときは気づかなかった。
「じゃあ、明日までに決めるんだ!いいか!」
「もうお父様なんか嫌ですわ!」
今日も部屋に帰るとユニスの笑顔で迎えられる。
今日は珍しく私が先に口を開いていた。
「ねぇ、ユニス、どうしましょう」
そう震える声で言った。
「何があったのですか?お嬢様、私にお話してくださいませ。私はいつでもお嬢様の味方ですわよ」
優しくあやすような声につられて、私は泣きながら、起きた出来事をポツポツと語った。
「お嬢様、お嬢様は……、もっと自分の気持ちに素直になられてもよろしいのではないでしょうか?」
「素直って、でもわたくし……」
そう言うとユニスは少し笑って言った。
「お嬢様は優しい方ですわ。これは私が断言できます。ですからね、もう少し、素直になっても良いのですよ」
そう強く断言されて、私が考えて頭の中に浮かんできたのはやっぱり、ラファエル様の事だった。
「お前というやつは!いつまでグズグズしている気だ!!もう適年齢期なのだぞ!!!セロシアなどと行っている場合か!!!!嫁に行きそびれるぞ!!!!!ベ レーー ナ?」
「っう。まっ、まあ、そ、そんな事ありませんわ。お兄様なんて嫌いですわよ。結婚なんてしませんよ!!!本当ですわ!!」
お兄様のことは絶対ありえない。誰があんな人のことを好きになるって言うのよ。大体、私がいつ言ったわけ?
少し呆れて、もう話すことはないという風に父を残してバタンと扉を開けて出ていった。
「コラ!!!ベレーナ!!!毎回勝手に出ていくな。コラッ!!!!」
そんな声が私を追いかけて来た。
ほんと毎回うるさいわねぇ。
そんなことを考えて過ごしていたのだが。事件というべき出来事はすぐやってきた。
「ベレーナ、ロイエンタール家のラファエル殿と正式に婚約することになったぞ。」
期待と、そして寂しさで胸さわぎがした。
「はい?」
「相手はカトリーナだ。……お前が毎回毎回断るからこういう事になったんだぞ!全く、お前には今度のパーティーで決めてもらうからな!いいか?」
その時私は呆然としていた。
フラフラと父の書斎を出た。
「ベレーナ?」
その後、どうやって部屋に帰ってきたか記憶はない。
いつもどうり迎えてくれたユニスに抱きついて泣いた。
「ユニス……」
「お嬢様……?」
その後のことはあまり覚えていない。
わたくしは自分のことを恨んでいた。嫌だと行ってしまった自分に……。そして妹に押し付けてしまいながら、妹のことを恨まずにはいられなかった自分に……。
だって、あの子、好きな子がいるんじゃないの?言っていたじゃないの。あんなに楽しそうに、小さい頃から……。
……わたくしったらだめね。そう思うと苦しくなって泣いてしまう。
周りはそんなわたくしをどんな目で見ていたのだろうか。
ベレーナは人生で一番後悔していた。
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