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四章
スレイヤ・マークス1
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「ぜぇ……ぜぇ……」
息をきらしながら、路地裏をかける1人の男。40過ぎの中年といった男の頭皮にはシラミが沸いており、あごの髭は伸びきっている。服は所々破れており、しばらく洗っていないのか、シワとシミだらけ。頬にはいくつもの吹き出物が出来ており、どうみてもまともな生活を送っているようには見えない。
「よ、よし……。あのガキは追って来ねぇな……」
後ろを振り返って呟く。彼がこの辺りに居ついてから、もう十年になる。そんな自分が初めて見かけた子供だ。当然、この辺りの出身の筈が無い。そうなると、ここまで逃げ込んだ時点で、本気の自分を追って来れる筈が無い。
ーー筈だった。
「ざ~んね~ん♪」
その声に驚いて正面を向くと、目の前に拳が迫っていた。当然、避ける間もなく殴り飛ばされる。拳の主は、灰色の髪に黒のバンダナをまいた少年。いや、体は小柄で少年のようだが、年齢でいえば青年というべきだろう。
「あがっ!?」
「ガキだと思って甘くみたなぁ……。悪ぃが生まれつきこういう場所での鬼ごっこは得意でね」
男の前歯は折れ、膝が笑って立ち上がる事も出来ない。それでも、男はなんとか手だけを動かして必死に逃げようと試みる。そんな男を青年はただただ無常な目で見つめていた。
「はぁ……ひぃ……」
「惨めだなぁ……。戦う事も、逃げる事も出来ずにただ地を這いずるだけ。お前、なんで生きてんだ?」
背中を右足で踏みつけて動きを止める。心臓付近に小さな衝撃を受けた男は、カハッと息を吐く。
「ま、いいや。オレはテメェを連れてくだけだからよ」
「いやだ! いやだぁぁぁ!」
「おいおいめんどくせぇな。一応五体は満足に取っとけって話だったよな。んじゃあーー」
青年は頭のバンダナをほどき、男の首にかける。
「やめっーー」
「うるせぇよ。テメェが大人しくしねぇからだろうが」
首を絞められ、声にならない声を上げながらもがき続けた男だが、いくばくもなく気を失った。
「ーーおし。これで……って汚ぇな。出るもん全部出てんじゃねぇか。失禁してるったってーーこれを運ぶのかよ……」
…………
青年が気絶した男を投げ飛ばす。その先には頬に斬り傷のついた男が立っていた。
「おら。こいつで良いんだよな。注文通り、五体満足だぜ」
「ご苦労。だが、こいつの顔はなんだ? 前歯が折れているようだが?」
「しょうがねぇだろ。ちょろちょろ逃げられてうざったかったんだよ。一発くらい殴らせろ」
「では、報酬は半額だな」
「はぁ!? ざっけんなよテメェ!」
「無傷で捕らえるよう依頼したはずだ」
「五体を残せっつったろ!」
「同じ事だ。勝手に傷物にしおって。五体が欠損していればお前を代わりに連れて行くところだ」
「クソが!」
青年はその場にあったゴミ箱を蹴り飛ばす。ガシャンと大きな音を立て、異臭が立ち込める。
「……ふん。お前はファミリーの一員でもないんだ。金を貰えるだけでもありがたいと思え」
「んなこと言うならさっさとファミリーに入れやがれ!」
「何故それが認められないかも理解出来んのか? 組織に入りたいなら世俗との関わりを断ってこい。せめて公爵家から正式に除名されてからだ」
「うるせぇ! テメェに言われなくても分かってんだよ! ……んで? そいつはなんで捕まったんだ?」
「ウチから借りた金を賭博で全部すっちまったんだよ。で、返済のアテもなくこのざまだ」
「ただのクズかよ。にしたって、なんで五体満足で要求すんだよ。労働でもさせたいのか?」
「こいつの借金が真っ当な労働なんぞで返せる額だと思うか?」
「いいや。だから聞いてんだよ」
「世の中には、お前の想像もつかんような変態もいるってことだ。詳しく聞きたいか?」
「……いや、それで充分だわ」
「賢明だな。次回の依頼は追って連絡する。それまで大人しくしていろ」
…………
「クソが! あんの傷ヤロー、こっちの足元見やがって!」
自宅に一人戻ったスレイヤは、酒瓶をつかんで収まらない怒りとともにそれをグイと流し込む。
「フー……落ち着け、オレ。流石にアイツら相手にムチャ出来ねぇ。変装までしたのに顔も身元もすぐバレたってことはその辺のチンピラとはモノが違うってことだ」
スレイヤは酒気混じりに大きく息を吐く。
「……だが、それでも今はヤツラに頼るしかねぇ」
ポツリと呟いたスレイヤは、2ヵ月前の事を思い出していた。
~~~~~~~~~~~~~
校舎裏で仲間達とたむろしていたスレイヤの元に、シルヴァ達が訪れた。勿論、魔人と戦う仲間の勧誘の為だ。
「ーーあ”あ”? 仲間だぁ?」
「あぁ。スレイヤ、お前にはそれだけの才能があるそうだ」
シルヴァの言葉に、スレイヤはギロリと睨む。
「は、はい。私の守護騎士によると、スレイヤ様には徒手空拳と短剣を使う才能があるそうです」
「それに加え、探索に乱戦と、戦闘面以外にも大きな才能があるとのことです」
クレアとサラが補足を加える。だが、スレイヤにはそんな事はどうでも良かった。
「はっ! それでオレみてーなの相手にわざわざ出張って来たのかよ。皇太子殿下に公爵令嬢、果ては神鏡の使い手様がか?」
「当然だ。これはこの国を守る為の急務だ」
「急務ねぇ……」
小指で耳をかき、フッと飛ばす。スレイヤも一応は公爵家の息子とはいえ、この態度はとても皇太子にするものではない。
「おい、お前ら聞いたか? オレは国を守る英雄になれるらしいぞ?」
「へー。スゲーじゃんスレイヤ君」
「スレイヤ君が国を守るヒーローね」
「ギャハハハ! 似合わねー!!」
スレイヤの問いかけに、取り巻き達が下品な笑い声を上げる。ここまでの態度を取られれば、流石のシルヴァも眉がピクリと動く。
「……何か、面白いか?」
「おっと。オレ達は同じ学園に通う学友ーーいや、クラスメイトだろ? 多少の無礼は多めに見てくれよ」
シルヴァの言葉に、スレイヤがやれやれと首を振る。その態度にサラは無言で怒気を放ち、クレアは一触即発の空気の中、固唾を呑んで見守っている。
「それで、スレイヤ。お前の答えはどうなんだ?」
「あぁ?」
「私達の仲間に加わるのか加わらないのか」
「仲間、ねぇ……。それなら……オレにもなんかメリットがねぇとなぁ……」
「メリット? なんだ? 金か?」
「金ぇ……? まぁ、皇太子なら多少は融通が利くんだろうが、あいにくオレも公爵家だ。金には困ってねーんだよ」
そうしてチラと後ろにいるサラとクレアに目を向ける。口元は下品に歪み、品定めするように上から下までを眺めていく。
「そうだなぁ……そこの二人を一晩オレ達に貸す、ってのはどうだ? 流石公爵令嬢様はイイ体してるよなぁ? 勿論そっちの田舎娘も可愛がってーー」
そこまで言ったところで、シルヴァが神剣に手をかけたーーと思うやいなや、スレイヤの首筋に神剣が突き付けられる。
「ぐっ!?」
「シルヴァ様!」
サラの叫び声が響く。突然の事態にクレアはあっと口を抑え、スレイヤはタラリと冷や汗を流し、取り巻き達は唖然とする。だが、そんな周囲には目もくれず、シルヴァは普段は見せたこともない冷徹な目をスレイヤに向けていた。
「可愛がってーーなんだ? 質の悪い冗談は私も好きじゃない。何よりもーー」
言葉を止め、顔を近づける。
「ーー私の仲間を侮辱することは許さん」
そう言い放ったシルヴァは、動けないスレイヤを突き飛ばした。神剣を収めて振り返り、何事もなかったかのように歩き出す。
「お前の気持ちは分かった。なら、これ以上話す事はない。サラ、クレア。行こう」
~~~~~~~~~~~~~
自分を突き飛ばし、そのまま立ち去っていったシルヴァの後ろ姿が頭に浮かぶ。
流石にあの場で逆上して襲い掛かるほど、スレイヤも愚かではなかった。だが、数メートルもの距離から剣を抜かれたというのに、自身は一歩も反応できなかった。果ては自分など興味もないかのようなシルヴァに、スレイヤのはらわたは煮えくり返った。
「……思い出したらまた腹が立ってきやがった」
舌打ちするスレイヤ。だが、いくらなんでも相手は皇太子。打てる手などたかが知れている。
あるとすれば、仲間になったフリをして、戦闘中に背後から襲うことだろう。魔人との戦いの最中ならば、不幸な事故に装うことも容易だろう。
だが、頭によぎったその方法を打ち消すように、スレイヤはかぶりを振った。
「ーーそれだけは出来ねぇ。オレの価値を上げるってことはアイツらに得をさせるってことだ」
そこまで口にした後、傍に置いてあった机を蹴り上げ、ギリと歯を食いしばった。
「クソ……。公爵家になんざ生まれてこなきゃ良かったぜ……!」
息をきらしながら、路地裏をかける1人の男。40過ぎの中年といった男の頭皮にはシラミが沸いており、あごの髭は伸びきっている。服は所々破れており、しばらく洗っていないのか、シワとシミだらけ。頬にはいくつもの吹き出物が出来ており、どうみてもまともな生活を送っているようには見えない。
「よ、よし……。あのガキは追って来ねぇな……」
後ろを振り返って呟く。彼がこの辺りに居ついてから、もう十年になる。そんな自分が初めて見かけた子供だ。当然、この辺りの出身の筈が無い。そうなると、ここまで逃げ込んだ時点で、本気の自分を追って来れる筈が無い。
ーー筈だった。
「ざ~んね~ん♪」
その声に驚いて正面を向くと、目の前に拳が迫っていた。当然、避ける間もなく殴り飛ばされる。拳の主は、灰色の髪に黒のバンダナをまいた少年。いや、体は小柄で少年のようだが、年齢でいえば青年というべきだろう。
「あがっ!?」
「ガキだと思って甘くみたなぁ……。悪ぃが生まれつきこういう場所での鬼ごっこは得意でね」
男の前歯は折れ、膝が笑って立ち上がる事も出来ない。それでも、男はなんとか手だけを動かして必死に逃げようと試みる。そんな男を青年はただただ無常な目で見つめていた。
「はぁ……ひぃ……」
「惨めだなぁ……。戦う事も、逃げる事も出来ずにただ地を這いずるだけ。お前、なんで生きてんだ?」
背中を右足で踏みつけて動きを止める。心臓付近に小さな衝撃を受けた男は、カハッと息を吐く。
「ま、いいや。オレはテメェを連れてくだけだからよ」
「いやだ! いやだぁぁぁ!」
「おいおいめんどくせぇな。一応五体は満足に取っとけって話だったよな。んじゃあーー」
青年は頭のバンダナをほどき、男の首にかける。
「やめっーー」
「うるせぇよ。テメェが大人しくしねぇからだろうが」
首を絞められ、声にならない声を上げながらもがき続けた男だが、いくばくもなく気を失った。
「ーーおし。これで……って汚ぇな。出るもん全部出てんじゃねぇか。失禁してるったってーーこれを運ぶのかよ……」
…………
青年が気絶した男を投げ飛ばす。その先には頬に斬り傷のついた男が立っていた。
「おら。こいつで良いんだよな。注文通り、五体満足だぜ」
「ご苦労。だが、こいつの顔はなんだ? 前歯が折れているようだが?」
「しょうがねぇだろ。ちょろちょろ逃げられてうざったかったんだよ。一発くらい殴らせろ」
「では、報酬は半額だな」
「はぁ!? ざっけんなよテメェ!」
「無傷で捕らえるよう依頼したはずだ」
「五体を残せっつったろ!」
「同じ事だ。勝手に傷物にしおって。五体が欠損していればお前を代わりに連れて行くところだ」
「クソが!」
青年はその場にあったゴミ箱を蹴り飛ばす。ガシャンと大きな音を立て、異臭が立ち込める。
「……ふん。お前はファミリーの一員でもないんだ。金を貰えるだけでもありがたいと思え」
「んなこと言うならさっさとファミリーに入れやがれ!」
「何故それが認められないかも理解出来んのか? 組織に入りたいなら世俗との関わりを断ってこい。せめて公爵家から正式に除名されてからだ」
「うるせぇ! テメェに言われなくても分かってんだよ! ……んで? そいつはなんで捕まったんだ?」
「ウチから借りた金を賭博で全部すっちまったんだよ。で、返済のアテもなくこのざまだ」
「ただのクズかよ。にしたって、なんで五体満足で要求すんだよ。労働でもさせたいのか?」
「こいつの借金が真っ当な労働なんぞで返せる額だと思うか?」
「いいや。だから聞いてんだよ」
「世の中には、お前の想像もつかんような変態もいるってことだ。詳しく聞きたいか?」
「……いや、それで充分だわ」
「賢明だな。次回の依頼は追って連絡する。それまで大人しくしていろ」
…………
「クソが! あんの傷ヤロー、こっちの足元見やがって!」
自宅に一人戻ったスレイヤは、酒瓶をつかんで収まらない怒りとともにそれをグイと流し込む。
「フー……落ち着け、オレ。流石にアイツら相手にムチャ出来ねぇ。変装までしたのに顔も身元もすぐバレたってことはその辺のチンピラとはモノが違うってことだ」
スレイヤは酒気混じりに大きく息を吐く。
「……だが、それでも今はヤツラに頼るしかねぇ」
ポツリと呟いたスレイヤは、2ヵ月前の事を思い出していた。
~~~~~~~~~~~~~
校舎裏で仲間達とたむろしていたスレイヤの元に、シルヴァ達が訪れた。勿論、魔人と戦う仲間の勧誘の為だ。
「ーーあ”あ”? 仲間だぁ?」
「あぁ。スレイヤ、お前にはそれだけの才能があるそうだ」
シルヴァの言葉に、スレイヤはギロリと睨む。
「は、はい。私の守護騎士によると、スレイヤ様には徒手空拳と短剣を使う才能があるそうです」
「それに加え、探索に乱戦と、戦闘面以外にも大きな才能があるとのことです」
クレアとサラが補足を加える。だが、スレイヤにはそんな事はどうでも良かった。
「はっ! それでオレみてーなの相手にわざわざ出張って来たのかよ。皇太子殿下に公爵令嬢、果ては神鏡の使い手様がか?」
「当然だ。これはこの国を守る為の急務だ」
「急務ねぇ……」
小指で耳をかき、フッと飛ばす。スレイヤも一応は公爵家の息子とはいえ、この態度はとても皇太子にするものではない。
「おい、お前ら聞いたか? オレは国を守る英雄になれるらしいぞ?」
「へー。スゲーじゃんスレイヤ君」
「スレイヤ君が国を守るヒーローね」
「ギャハハハ! 似合わねー!!」
スレイヤの問いかけに、取り巻き達が下品な笑い声を上げる。ここまでの態度を取られれば、流石のシルヴァも眉がピクリと動く。
「……何か、面白いか?」
「おっと。オレ達は同じ学園に通う学友ーーいや、クラスメイトだろ? 多少の無礼は多めに見てくれよ」
シルヴァの言葉に、スレイヤがやれやれと首を振る。その態度にサラは無言で怒気を放ち、クレアは一触即発の空気の中、固唾を呑んで見守っている。
「それで、スレイヤ。お前の答えはどうなんだ?」
「あぁ?」
「私達の仲間に加わるのか加わらないのか」
「仲間、ねぇ……。それなら……オレにもなんかメリットがねぇとなぁ……」
「メリット? なんだ? 金か?」
「金ぇ……? まぁ、皇太子なら多少は融通が利くんだろうが、あいにくオレも公爵家だ。金には困ってねーんだよ」
そうしてチラと後ろにいるサラとクレアに目を向ける。口元は下品に歪み、品定めするように上から下までを眺めていく。
「そうだなぁ……そこの二人を一晩オレ達に貸す、ってのはどうだ? 流石公爵令嬢様はイイ体してるよなぁ? 勿論そっちの田舎娘も可愛がってーー」
そこまで言ったところで、シルヴァが神剣に手をかけたーーと思うやいなや、スレイヤの首筋に神剣が突き付けられる。
「ぐっ!?」
「シルヴァ様!」
サラの叫び声が響く。突然の事態にクレアはあっと口を抑え、スレイヤはタラリと冷や汗を流し、取り巻き達は唖然とする。だが、そんな周囲には目もくれず、シルヴァは普段は見せたこともない冷徹な目をスレイヤに向けていた。
「可愛がってーーなんだ? 質の悪い冗談は私も好きじゃない。何よりもーー」
言葉を止め、顔を近づける。
「ーー私の仲間を侮辱することは許さん」
そう言い放ったシルヴァは、動けないスレイヤを突き飛ばした。神剣を収めて振り返り、何事もなかったかのように歩き出す。
「お前の気持ちは分かった。なら、これ以上話す事はない。サラ、クレア。行こう」
~~~~~~~~~~~~~
自分を突き飛ばし、そのまま立ち去っていったシルヴァの後ろ姿が頭に浮かぶ。
流石にあの場で逆上して襲い掛かるほど、スレイヤも愚かではなかった。だが、数メートルもの距離から剣を抜かれたというのに、自身は一歩も反応できなかった。果ては自分など興味もないかのようなシルヴァに、スレイヤのはらわたは煮えくり返った。
「……思い出したらまた腹が立ってきやがった」
舌打ちするスレイヤ。だが、いくらなんでも相手は皇太子。打てる手などたかが知れている。
あるとすれば、仲間になったフリをして、戦闘中に背後から襲うことだろう。魔人との戦いの最中ならば、不幸な事故に装うことも容易だろう。
だが、頭によぎったその方法を打ち消すように、スレイヤはかぶりを振った。
「ーーそれだけは出来ねぇ。オレの価値を上げるってことはアイツらに得をさせるってことだ」
そこまで口にした後、傍に置いてあった机を蹴り上げ、ギリと歯を食いしばった。
「クソ……。公爵家になんざ生まれてこなきゃ良かったぜ……!」
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