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二章

メルク・ハーディ1

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 昼休みのチャイムが鳴った。午前中はサラちゃんの側で授業を聞いていたが、授業内容の殆どは普通の高校生と同じようなものだった。勿論、歴史や地理などは全くの別物だが、それでも十数年ぶりの授業は聞いていて面白かった。

 クレアちゃんがサラちゃんに話しかける。

「サラ様、今日のお昼はどこで食べましょうか?」

「その前に、今朝の続きをするためにマリアの所に行きましょ?」

「あぅ……そうですよね」

「ひょっとして、誤魔化せると思ってたの?」

 サラちゃんが呆れ顔だ。

「うっ……だって……」

 クレアちゃんは居心地悪そうに言い淀む。

「もう。そんなに心配しなくても大丈夫よ。私もいるし、朝みたいに飛びかかるような事態にはさせないわ」

「ホントですか……?」

 クレアちゃんがジト目をむける。まぁ今朝は餌扱いされてたしな。

「あら? マリアに伝えることが増えたわね。えっと、クレアと話す時は足元からーー」

「な、なんでもないです! 早く行きましょう!」

 慌てたクレアちゃんがサラちゃんの腕を掴んで急かす。サラちゃんは愉快そうにクスクスと笑って付いていく。二人共、楽しそうで何よりだ。
 二人が教室から出て行ったので、オレもついて行こうと動くと、後ろからヒソヒソ声が聞こえてきた。

「ねぇ、なんで公爵家のお嬢様と平民が仲良くしてるの?」

「この間の襲撃事件のこと? アレは冤罪だって発表されてたじゃない」

「でも、そもそも平民が神鏡に選ばれたから殿下は婚約破棄されたんじゃないの?」

「確かにね。上の方でも殿下とクレアさんを婚約させる動きがあるみたいよ」

「じゃあ余計に分からないわ」

「まぁね。そもそも神鏡ってただのおとぎ話じゃなかったことが驚きよね」

「どうかしら? 実際守護騎士なんてどこにもいないし」

「でも冤罪を暴いたのは守護騎士だって報じられてたわよ?」

「それが嘘じゃない保証もないじゃない」

「それはーー」

 声をひそめたまま、会話を続ける二人の女子。
 オレの存在は公表出来ない。だから、この間の事件はあくまで神鏡の力で解決したとされている。だが、いきなり大勢の人の前で守護騎士を召喚するわけにもいかず、文字や言葉だけでの報道だ。
 そりゃあ報道を疑う生徒だって出てくるわな。

 もう少し話を聞きたいが、流石に二人を追わないといけない。後ろ髪を引かれながらもオレはその場を後にした。


==========


 昼休みの学園隅で4人の男女が集まっていた。その内の1人、メルクは婚約者のマリアに付き添う形で話を聞いている。

 神鏡。この国で崇められている法具の一つ。
 この神鏡で召喚された守護騎士は、2神教では神の使いとされている。のだがーー


「イヤー。ホント、スマンっすねぇアタシで。ウンディネェやイフジィだったら威厳も保てたんでしょうけど」

 彼の眼前の守護騎士は、威厳とはかけ離れた口調で喋っている。

(……これが、神の使い?)

 想像していた姿とのあまりのギャップに、ずり落ちた眼鏡も直せずに固まるメルク。だが、クレアの横にいたサラも戸惑っているのは同じだった。

「クレア? これはどういうこと?」

「それが……。日によって召喚出来る守護騎士も違うみたいなんです。今日はこのドリアードしか召喚に応じてくれなくてーー」

「そうっすね。厳密には日によってって訳じゃないんすけどね。あたしら守護騎士の能力は感情によって変わるってのは聞いてるんすよね? 実は誰を召喚できかはクレアっちの魔力の状態によるんすよ。だからもうちょっと慣れたら、誰を出すかは任意で選べるようになると思うっすよ?
 全員を一辺に召喚出来るようになったら……最強っす!!」

 ガッツポーズをしながら語る守護騎士に、メルクは複雑な視線を向ける。彼自身はそれほど敬虔けいけんな信徒ではなかったが、それでも枢機卿の息子。宗教にのめり込む人間も数多く見てきた。もしも彼らがコレを見たらどう思うか、想像もしたくない。

 そんな婚約者の気持ちも知らず、興奮して食いつくのはマリアだ。

「成程! 神鏡はそんな事も出来るのね! 百聞は一見にしかず。今日は凄くいい経験が出来てるわ! ところで守護騎士様!? お体を良く見せていただいでもよろしいですか!?」

「なんだか恥ずかしいっすねぇ。ま、別に減るもんじゃないから良いっすよ。あ、でもお触りはNGっすよ?」

「わかりました! では、じっくり見させていただきます!!」

 そう言って、守護騎士を様々な角度から眺める彼の婚約者。誰がどう見ても変質者にしか見えない。
 だが、触るなと警告されている以上は暴走もしない筈。今のうちにとメルクはズレた眼鏡を整え、クレアへ礼を述べる。

「クレアさん、助かりました。彼女は暴走すると止められないので……。こうして召喚いただけて、今日の所は満足するかと思います」

「……今日の所はってことは、明日以降も絡まれるって意味ですよね……?」

「……すみません。僕もなんとか止めるようには努力しますので……」

「貴方も大変ですね、婚約者とはいえ……」

 メルクにねぎらいの言葉をかけるサラ。
 彼女は公爵令嬢という立場でありながら、唯の男爵の跡取りでしかない自分に対しても礼を失する事が無い。
 そんな彼女にメルクは内心で感心しながらも、素直に感謝を口にする。

「ありがとうございます。ですが、これくらいなら然程大変ではありませんよ。彼女はこう見えて意外と話を聞いてくれますしね」

「確かに、悪い子じゃないですからね。まぁ、クレアはこれから大変ね」

「他人事だと思ってぇ……」

「あら、他人事だもの」

「うぅ……ヒドイですサラ様ぁ……」

「クスクス……」

 サラは愉快そうに笑った後、その長い髪を揺らしてメルクに視線を移す。

「ところでメルク様? 実は貴方にもお話があったんです」

「僕に話ですか? なんでしょうか?」


 そうして、メルクは説明を受けた。3年後に魔人と戦う事。彼にも戦う才能があるかもしれないという事だ。
 当然、メルクは困惑するが、そんな彼の反応はサラも予想していたようだ。

「いきなりこんなことを言われても戸惑うかと思います。ですので、ここで回答を頂かなくても結構です」

「は、はぁ。わかりました。」

「ドリアード? メルク様に例の魔力の才能があるかを確認出来ないかしら? それともクレアに頼むべき?」

「あ。全然良いっすよ。他の人ならともかく、サラっちの事はクレアっちもかなり慕ってるみたいっすから」

 そう答えたドリアードはメルクを数刻ほど見つめーー

「ーーうん。そうっすね。彼も才能がある人っすね。しかもこれ、医術も習得出来るかもっす」

「魔力で、ということ?」

「そうっす。魔力を宿している相手にしか使えないっすけどね。だからサラっちのケガとかは治せないっす」

「戦いでは重要な能力ですね! あれ? ドリアード。それって私はどうなの?」

「あ、クレアっちの場合、その男の子には治してもらえないっすけど、ケガはあたしやウンディ姉を召喚すれば自分で治せると思うっす。ただ、現段階では大したケガは治せないから出来る限り無茶はしないで欲しいっす」

「わかったわ。気をつける」

 様々な情報を聞かされたものの、あまりにも唐突な話にメルクはただただ耳を傾けるしかなかった。だが、今すぐには情報を整理しきれないと判断したのか、マリアに話しかける。彼女の方も何か考え込んでいるようだ。

「マリア、どうだい? 満足したかい?」

「うぅむ……。そうですね……。情報が多くてまだ呑み込めていません。後日改めて話を聞かせてください」

「あぅぅ……やっぱり……」

「まぁまぁ。クレアさん。マリアに抱き着いたりしてほしくなかったら、きちんと言えばやめてくれますよ」

「そうなんですか? ……じゃあ、マリアさん。今度話を聞く時は抱き着かないでくださいね? あと、召喚は人前では難しいので、昼休憩や放課後にお願いします」

「わかったわ!!」

「こんなすんなり納得してもらえるなんて……。朝の苦労は一体……」

 落ち込むクレアに、メルクは苦笑いしながらも、内心胸を撫でおろす。

(これでマリアが必要以上に暴れることはないかな)

 ほう。と一息ついて、マリアの手を引きながら別れを告げる。

「じゃあ、サラ様、クレアさん、そろそろ昼休憩も終わるから僕たちはこれで。先ほどのお話については数日中に回答します」

「わかりました。お願いします」
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