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一章

勝利報告

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 王子と共に兵を引き連れて学園寮に戻ると、ゼルクさん達が迎えてくれた。だが、様子がおかしい。何かあったのだろうか?

「戻ったか。シル坊、そっちは魔人は現れなかったのか?」

「ええ。それよりその様子はどうしーーそっちは? まさか!? そちらに魔人が!?」

「多分な。さっき、周囲にベルの音が響いたんだ。だからゼリカ、クレアと三人で警戒したが……妙な事に何も起きていない。ベルの音がやんだ後もドゥークも兵も、一人も逃げちゃいない。魔人は何か反応しているか?」


 な!? ここに幻覚魔人が!? しかし、他に変わった様子はーー。……なんだ? ドゥークが紫色の光につつまれている? 魔人由来のものか……? 待てよ? もしかしたらーー

 オレは思い立った可能性を王子に伝える。

「ん? 肩を叩いて来た? どうした。何かわかったのか? ……紙? 『ドゥーク侯爵に魔人との関わりを聞け』?」

「あ? なんだってそんなことを?」

「いえ、彼の言う事です。聞いてみましょう」


 こうして、ドゥークに話を聞いてもらったが、予想通り様子がおかしかった。

「殿下、今回の事、大変申し訳ありません。しかし、どんなに思い出しても魔人の事を一つも覚えていないのです。守護騎士様は私が出会ったとおっしゃっていましたが、姿も声も思い出せません。ただ、今回の件は私の責任。この命を持って償います」

「こりゃあ……まさか、洗脳魔人とやらの力か?」

「そういう事かい……。あのベルであたしたちが幻覚魔人を警戒している間に、こいつの口封じに……。しかも洗脳魔人の存在を知らなけりゃ、ただ消されるよりも不気味だ。つくづく恐ろしいもんだねぇ……」

 そう。オレが近くにいればわかっただろうが、王子と行動したのが裏目に出た。……いや、最悪は王子を洗脳されること。もし、一人にさせてそのような事態になったら余計厄介だ。

「悪い……シル坊。読みが外れた」

「いえ、仕方ありません。寧ろ、サラの魔人が洗脳を見極める事が出来る、という事がわかっただけでも儲けものでしょう」

 ……確かにそうだ。これでオレは透明、幻覚、洗脳の全てを見極める事が出来ると分かった。そして恐らくまだ、やつらはこのことに気づいていない。これは大きなアドバンテージだ。

 また、試しに王子をゴースト化してみたが、王子には紫色の光は見えないとのこと。つまり、魔人の力を見極める事が出来るのは、オレ特有の能力らしい。だが逆に、サラちゃんとゴースト化して行動すれば、今回のような幻覚の見極めも簡単に行える可能性が高い。
 敵はこちらを混乱させたかったのだろうが、逆に情報が増えたのだ。ここは喜んでおこう。

「そうですね。それに洗脳されても、この様子ならサラ様の冤罪を晴らすことが出来ます!」

「そうだな。すぐに城に向かおう。このことはシルフォード公爵の口からーー」

 そこまで言いかけた王子に紙を見せる。冤罪が晴れたことは、王子とクレアさんから伝えてほしいと。そして他にも話したいことがあれば、今、きちんと話してもらうべきだと。

「ーーそうだな。わかった。そうしよう」

「わ、私も……?」

「クレア嬢も謝りたい事があるのだろう? 君は今回の功労者だ。堂々とサラと話せばいい」

「あ……。あ、ありがとう、ございます。私……きちんとサラ様に謝ります!」

 クレアちゃんが少し涙ぐむ。先ほど彼女はサラちゃんを傷つけたことを償いたいと言っていた。そんな彼女の謝罪。サラちゃんならきっと、笑って受け入れてくれるだろう。

「……しかし、クレアへの手紙を読んだときも思ったけど、お節介な魔人だねぇ……。悪の存在とか言われてもピンと来ないよ」

「そうですね。3年後の契約までは彼の事は信頼してもいいと思います。……だが魔人。3年後は……」


 王子が言葉を止める。言いたいことを察して、再度紙に書いて見せる。

『わかっている。契約は私とサラ様の話だ。止めたければ好きにするがいい。だが、それまでは共同戦線といこう』

「……ホントに律儀な野郎だな。これもオレ達を騙すためって言われた方がまだ納得がいくぜ……」

「ゼ、ゼルクさん。魔人様はーー」

「わかってるよ。実際、今回はこいつのお陰で解決したんだ。信用するさ」


 こうしてオレ達は城へ向かった。サラちゃんへ、勝利の報告をするために。


…………


「今頃、どうなっているのかしら?」

 サラがベッドに座りながらポツリとこぼす。今日、全てが決まるのだ。緊張しない筈がない。
 側に控えたフローラは、彼女の不安を紛らわす為に口を開く。

「大丈夫でしょう。双竜のお二人も王子もクレアさんもいます。クソ魔人がやらかさなければ大丈夫でしょう。おっと、アレがやらかしただけで駄目になるのなら大丈夫とは言えませんね。失礼しました」

「クスクス……。フローラはホント、玉木には容赦がないわよね?」

「容赦? あのようなヘタレに配慮など必要ありません」

「でも、フローラも彼を信頼しているんでしょう? そうでなければ貴方がそこまで素で話すわけないもの。フフ……初めはあんなにも警戒してた貴方がね」

「……まぁ、アレの存在がお嬢様の為になる事は認めていますが……」


 フローラが執事長を怒鳴って以降、サラは彼女に甘えるようになった。これまでずっと、公爵令嬢として年齢に似つかわしくない振る舞いをしていたサラ。その反動か、ここ最近は言動が幼い。

(まぁ幼い姿は天使。大人な姿は女神。どちらが上などという事はありませんが)

 だが、フローラですら15年もかけてようやく甘えらえたというのに、魔人は出会って数日でサラと打ち解けていた。それは正直、気に食わなかった。何よりも、それもサラの為になっていることがより一層腹立たしかった。

(アレがいなければ解決の糸口も見えなかった、というのは自分の無力さを痛感させられますね)

 そんな複雑な感情を抱くフローラを横目に、サラが足をぶらぶらとさせながら呟く。その姿はすねた子供のようだ。

「はぁ、なんか玉木に嫉妬しちゃうなぁ」

「嫉妬? どういうことですか?」

「フローラが感情をぶつけるのは玉木だけなんだもん。フローラが私を大切に思ってくれているのはわかるけど、私に怒鳴ったりはしないでしょ? でも、出会って数日の玉木には凄く怒ったり煽ったりしてるし」

 そこまで言ったところで、上半身を前に乗り出して問い詰める。

「ねぇ? フローラは好きな殿方とかはいないんでしょ? 玉木はどう?」

 予想だにしなかった言葉を受けて、全身に鳥肌がたつ。サラの言葉であるはずなのに、嫌悪感が体中に駆け巡った。


「フローラ、貴方凄い顔してるわね……」

「えぇ。虫唾が走るとはこのことをいうのでしょう。悪寒が凄まじいです」

「そっかぁ。私、フローラと玉木のことはどっちも好きだから、二人が恋仲になってくれたら凄く嬉しいのに。友達との恋バナとか、したことないからそれもしたかったわ」

「……お嬢様。お嬢様のご要望に応えることが出来ないこと。このフローラ、とても、とても悲しく思います。しかし、それは絶対にありえません」

「じゃあ、フローラはどんな殿方ならいいの?」

「殿方など必要ありません。私にはお嬢さまさえいれば充分ですので」

「……なんかフローラが恋愛出来ないのは私のせいな気がする。でも、それはそれで嬉しいから困っちゃうわ。私、欲張りなのね」

「えぇ。私は一生、お嬢様のモノです」

「うん。フローラは私の大切なお姉ちゃんだもの。これからもよろしくね」

「あぁ……なんという甘美な響き……。天にも昇る想い……」

――ドンドンドン!――


 フローラが心を潤していると、ドアが強く叩かれる。

(……うるさいですね。お嬢様からご褒美をもらっている最中だというのにーー)

 扉の向こうを睨みつけるフローラだったが、続く言葉に思考を切り替える

「お嬢様! お嬢様! 旦那様がお戻りになられました! シルヴァ王子とクレア様もご一緒です! お嬢様の冤罪が……! 晴れたそうです!!」


 声の主は執事長だった。そしてどうやら、勝利の知らせが届いたようだ。

「今行くわ。フローラ、行きましょう」

「はい。お嬢様」


 こうして、彼女達の短くも濃い戦いの日々は終わりを迎えたのだった。
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