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プロローグ

王子 シルヴァ・グレイクス1 / ヒロイン クレア1

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==校門前=====


 青年の空色の瞳は、涙を流し去っていく(元)婚約者の背中を映していた。
 こんな時ですら、婚約者は彼を責めなかった。罵声や呪いの言葉の一つくらい、許されるだろうに。
 ……メイドは鬼のような形相で睨んでいたが……。

 苦々しく思いながらも、隣に立つドゥーク侯爵に話しかける。

「これで満足だろう……?」

「えぇ。これで憂いは無くなりましたな。まさか公爵令嬢が暗殺者を雇うとは。世も末ですな」

「『襲撃者の持っていた紙に、彼女の印字があった』だろう」

「同じことでは? まぁこれからもシルフォード家ではなく、ドゥーク家。引いてはそれを率いるマルタ公爵家をお頼りください」

 そう言って立ち去る男に内心で毒づいた。

(白々しい男だ)

 あの場では婚約破棄を告げた彼だが、そもそもサラの事は最初から容疑者だとは考えていなかった。

(サラのことは幼少期から知っている。私に憧れてくれていたことも。その為に努力してきたことも。先ほどのような激情家な面もあるが、根本は聡明で優しい女性であることも)

 彼にしてみれば、そんな彼女がクレアを暗殺する等あり得ない事だった。

(私の思い上がりでなければ、クレア嬢には大いに嫉妬するのだろう。だが、彼女は責務と感情を分けることの出来る人間だ。感情面は切り離して行動するだろう)

 シルヴァはドゥーク侯爵が黒幕だと確信していた。
 だが、あの男の言うように、『襲撃者の持っていた紙に彼女の印字があった』という事実が厄介だった。これをなんとかしなければサラを助け出すことは出来ないのだ。

(彼女は先ほど、「メイドにも言っていない」と言っていた。では、どうやって印の場所を? 公爵家の警備が杜撰だとは考えにくい。
 せめて、「メイドにも言っていない」などと言わなければ……。あのメイドの事だ。私が動けば主君の為に口裏を合わせて自分が主犯だとーー)

 そこまで考えて、シルヴァは頭を横にふる。そんな事をサラが許すわけがない。
 そもそも彼がどうやって彼女を嵌めたか、がわからなければ一時しのぎでしかない。

(難儀な事だ。それにしてもーー)

「つくづく私は貴族だな。自分が嫌になる」

「シルヴァ様?」

 恐る恐るといった様子で声をかけてくる、神鏡に選ばれし少女クレア。こうなった以上、まずは彼女を守らなければならない。そうしなければ、何のためにサラを傷つけたのかわからなかった。

「いや、何でもない。それよりクレア嬢、君を守る方法を考えなければならない」

「……魔人からですか? ドゥーク侯爵からですか?」

 クレアの問いにシルヴァはその青い目を細める。

(先ほどのやり取りを見ていれば、当然の質問だろうな。だがーー)

「クレア嬢、今のは言い間違いだね? 無論、魔人からだ」

「で、ですが……サラ様はーー」

「クレア嬢?」

「……分かりました。申し訳ありません」

「滅多な事を言ってはいけないよ? ……どこで誰が聞いているかわからないからね」

 小さく警告すると彼女は理解したようで、それ以上は聞いてこない。

(彼女も不安だろうに……聡い子だ)

 シルヴァは微妙な空気を切り替えるように、パン!と手を叩いて話を進める。

「さて、それじゃあ住む場所についてだ。ことここに至っては貴族の屋敷はもとより、王城すら安全とは言い難い。
 だから君には、この国で最も安全な場所に行ってもらう」

「……最も安全? 王城よりも安全な場所ですか? そんな場所があるんですか?」

「ある。私の、師匠の家だ」


==========
 


==ゼルク家====

 クレアはシルヴァに連れられて、シルヴァの師匠、ゼルクの家にやってきた。

 ゼルクと言えば妹のゼリカと合わせて『双竜』のあだ名で近隣諸国にも恐れられる男。
 更にゼルクは国最強の騎士との評判だ。
 ただ、田舎町にいたクレアには彼らについてそのくらいの知識しかなかった。

(国最強の騎士っていうくらいだからきっと屈強な方なんだと思うけどーー)

 クレアがまだ見ぬ男の姿を想像していると、家の中から何かが飛んでいった。
 回転しながら飛んでいく、取手らしきものがついたソレは地面にガシャン!と音を立てた後、ゴロゴロと転がっていった。

(あれは……ヤカン? え? どうしてヤカンが?)

 状況を飲み込めないでいると、家から怒声が響く。


「死にさらせやクソ兄貴ー!!」

「いや、悪かったって! 来月すぐに返すからよ! 酔っちまってつい。
 それにお前の給料を使ったっていっても一部だけだろ?」

「そういって何度あたしの給料持ってったと思ってんだ! もう1年分近くは溜まってんぞ!」

「え? まだ半年分だろ?」

「勝手に削んな!! つーか半年分だろうがクソ野郎には変わんねーだろうが!!」


 平穏とはかけ離れた言い争いに、クレアはただただ戦慄した。

(わ、わたし……ここで暮らすの?)

 ヤカンの他にも何か飛んできそうな気配を感じながら、これからのことを憂慮するクレア。
 そんな彼女を尻目に、溜息をついたシルヴァは家に向かって声を上げる。

「しーしょーうー? ちょーっと相談があるんですがー??」

「!? シルヴァか! 良いタイミングで来てくれた!!」

「あ!? 逃げんなコラ!!」

「王子様に失礼になんだろが!!」

「身内の金に手出してんのは犯罪だろうが!!」


 喧嘩の声を聞きながら、クレアがより一層不安を募らせていると、ようやく二人揃って姿を見せる。
 兄のゼルクは縦横共に大きく、妹のゼリカは兄に比べると細身で身長もやや低い。だが、どちらの体も傷だらけで筋肉質、更に身長は2m近い高さだ。一目で歴戦の勇士であることが伺える。

「3日以内に10万稼いできな。盗賊でも狩ってこい」

「盗賊なんざその辺歩いて釣れるわけねーだろうが……。っと、待たせたなシル坊」

「……お二人は相変わらずですね……」

 シル坊と呼ばれ溜息をつくシルヴァと、二人の大きさに呆気に取られるクレア。そんな二人をよそに、ゼルクが話しかける。

「で? なんの用だシル坊? お前がサラ嬢以外の女連れてくるなんて。ヤレる場所でも探しに来たか?」

「やれる?」

(何を?)

 クレアはリボンの上に?マークを浮かべ、桜色の髪を揺らす。

「はぁ……。師匠、冗談でもそんな事は彼女の前で言わないでください」

「こんな可愛い娘の前でよくもそんな事が言えるもんだね」

「可愛いからこそだろ。お前は言われんだろうが」

「おい。テメェ後で覚えとけよ……?」

(ひっ……!)

 殺気を放ちあう二人。その様に声も出ないクレアを一瞥した後、シルヴァが神妙な顔で口を開く

「昨日、王都で襲撃がありました」

「「なに?」」

 二人の声色が変わる。

「襲われたのはこちらの女性、クレアです」

「クレア? じゃあ神鏡に選ばれた娘ってのは……」

「はい。彼女の事です」

「この娘がかい? ということは、魔人がらみの襲撃かい?」

「それはわかりません。襲撃者はその場で自害したとのことです。現在調査していますが、有効な手がかりは見つかっていません」

「目撃者は?」

「ドゥーク侯爵配下の兵士たちです」

「「やつか……」」

「えぇ。恐らく彼は黒なのでしょう。ですが、証拠が一切ありません」

「それで俺たちに守ってくれってか? 預けるなら年も同じサラ嬢のとこの方が良いんじゃねぇか? 公爵家だ。警備が杜撰てことは無ぇだろ」

 サラの名前が出た途端、クレアの肩がビクッと震える。

「えぇ、本来ならそうしたいのですがーーよりによって、サラが首謀者に仕立て上げられました」

「サラ嬢が? どういうことだ?」

「襲撃者が持っていた指示書に、サラ専用の印字があったのです」

「……変な話だね。公爵家の力を落とすのにサラ嬢を首謀者に? 公爵家から印が盗めるなら当主の印でいいじゃないか」

「えぇ。正直狙いが分かりません。標的は公爵家でなくサラだったかのような……」

「ふむ……。こう言っちゃあなんだが、サラ嬢の評判は神鏡の件もあって落ち目だ。当主より優先して排除しようとするやつなんざ、いないと思うがな」

「そう……ですね。ただ、敵の狙いが分からない以上、死守すべきは神鏡に選ばれた彼女の安全です。お二人のもとなら国一番でしょうから」

「そうか。よし、分かった! 嬢ちゃん、安心しな。恐いかも知らんが、俺も妹も腕には自信がある。魔人が10匹20匹来ようが守ってやるぜ」

 その言葉に戸惑うクレア。そんな彼女を安心させるように、ゼリカが優しく肩を抱く。

「兄貴はセクハラ発言はするが、流石に手を出して来たりやしない。それでも恐ければあたしについときな。絶対に守ってやるからさ」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「うし! 良い返事だ!」

 そう言って頭を撫でてくれるゼリカに、クレアの不安もやわらぐ。

(良かった……。最初はビックリしたけど、優しくて頼もしそうな方々だ)



「ところでよ、シル坊?」

 ニカッと笑うゼルクに、シルヴァも苦笑しながら答える。

「分かりましたよ……。国の一大事に盗賊狩りに出られても困ります。報酬はお二人それぞれに1年分の給料を支払いますよ」

「ダハハハハ!! さっすが俺の弟子だ! 話が早い!!」

「兄貴のカッコつけは5分と持たないのかい……」

(頼もしい方々なんだよね? 多分……)
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