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第24話 本当の目的・後編
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甘味天国をすっかり完食した頃、女主人が食器を片付けに二階へ上がって来た。
「食べ終わったかい?」
「はい、ごちそうさまでした!」
元気良く返事したことみに、そりゃ良かった、と返して、ナディアは食器を別のテーブルに移しながらまとめ始めた。高校生たちが手伝おうとするのをインティスが止めて、代わりに彼が食器を重ねていく。
「あんたが友達連れて来るなんて珍しいねぇ。三人もいるなんて驚いたわ」
「珍しいって失礼じゃない?」
片付けながら、ナディアがインティスに声をかけた。インティスは呆れたように返したが、大事な説明が抜けていたことにすぐ気付いた。
「違う、友達じゃなくて……ほら、フェレが調べてる王子の呪いの調査を手伝ってもらってるんだ」
「あらあいつの」
会話の様子からして、彼女はフェレナードのことも知っているようだった。しかもあいつ呼ばわりである。
「そりゃ世話が焼けるでしょ、大変だねぇ!」
「えっ? えっと……」
予想外な方向から話を振られ、全員が返答に困った。
今のところ世話が焼けたことはないし、むしろこっちが世話になっている。
「あいつに文句があったら直接本人に言うよりこっちに言ってやんな。その方が言うこと聞くから」
「いやーどうだろう……」
ナディアに背中をばしばし叩かれ、インティスが苦笑する。
眉目秀麗な銀の髪の彼を容赦なくあいつと呼び、文献調査の戦いでは常に先頭を行くインティスの扱いもなかなかに乱暴だ。この女主人は只者ではなさそうだと三人は察した。
「あんたもこれくらいじゃなかった? 最初にうちに来た時」
「そ、そうだったかな~……」
「この世の終わりみたいな顔してさ!」
「いや、あの時はあの時で事情があったんだってば」
インティスがこんなにどもりながら返事をするのを、三人とも初めて見たような気がした。いつも物事を先回りして考えて、指示も簡潔で的確で臨機応変なのに。
それでも彼が否定しないということは、ナディアが言っている当時のことは間違いではないのだろう。
「あの時のあんたに比べたら、みんなしっかりした顔してるよ。あんたなんて前は小さくて細っこくて女の子みたいだったよねぇ」
「俺のことはいいって!」
ナディアの情報は信じられないものばかりだった。自分たちを先導してくれている彼が、昔は全然違ったようなのだ。全く想像できない。
彼女は食後の飲み物を置くと、インティスに手伝わせて食器を引き上げて行った。
二階は自分たちだけになり、急にしんと静かになる。
窓の向こうから微かに通りの喧噪が漏れ聞こえた。太陽は沈み、外はもう暗くなっている。
誰も明かりをつけた様子がないのに室内に明かりがついているのは、この国が契約している精霊の働きなのだと後でインティスが教えてくれた。
日本で言う電気がない代わりに、国が精霊と契約することで同じように暮らすことができる仕組みなのだそうだ。部屋の明かり、釜戸の火、食料を保存するための冷暗所などがそれに当たる。
飲み物を片手に眺めた街の景色は、それらの明かりと共に夜のにぎわいを見せていた。
片付けを終えたインティスが迎えに来て、また徒歩で薬屋に戻った。
少し遠回りになるけど、と言って、彼は帰り道に街で一番大きい通りを選んだ。
大きな川が通りの下を流れる、ヨーロッパの片田舎のような景色だった。緑が多くてどこかほっとする。
「この道を真っ直ぐ行くと城に着くんだ」
インティスが指さした先に、夜の闇にそびえる城が見えた。多くの蔦をまといながら、城壁のあちこちに小さな明かりが灯っている。
巨大なテーマパークの出し物のような派手さはなく、重厚に構える夜の闇のような色をした城。自分たちにとっては現実離れした景色だが、これが彼らにとっての日常なのだ。
「王子はあの城にいるの?」
優貴が尋ねた。
「そう。城壁の内側に塔があって、そのうちの一つに住んでる」
「王様とか、お后様は?」
次に尋ねたのはことみだった。
「二人とも、別々の塔に住んでるよ。公務をする時だけ城内に下りてくるんだ」
「…………」
暁が、遠くの城に目を細めていた。
三人とも、すごく不思議な気分だった。
自分たちは毎日制服を着て学校に行って、勉強なり何なりして家に帰る毎日だが、この世界はこの世界で、自分たちとは違えど同じように日々の生活が存在している。
この街を、この国を治めている人たちがあの城に住んでいて、次はきっと王子が治めることになるのだろう。
だが、それも呪いを解かなければ叶わない。
「……やっぱり助けたいな」
「そうね……」
優貴の呟きにことみが答え、暁が目線で頷いた。
呪いを解かなければ、王子は死んでしまう。そこに自分たちは関わっているのだ。
他に王位を継承させるための世継ぎを用意している貴族があるとはいえ、彼らが治めるのと王子が治めるのとでは、統治という言葉は同じでも中身は全く違ってくる気がする。
この国を、王子に治めて欲しい。
「……ねえインティス、本当は次の文献調査って明日行かなきゃいけないんだっけ」
「そう、だけど……」
答えながら、インティスには心なしか、三人の顔つきが変わったように見えた。
「……行くか」
「行こう」
暁の短い提案に、優貴とことみが頷いた。
◇
薬屋に戻り、ことみと暁は日本に帰ったが、優貴とインティスはまだラウンジにいた。
明日、鏡との再戦に臨むと決めたら気分が高揚してしまい、現実に戻るのがもったいなくなってしまったのだ。
そこへ、人の声を聞いて一階からフェレナードがやって来た。
インティスが手短に、今日ナディアの店で高校生たちが夕食を取ったこと、明日文献調査へ向かうことを共有した。
「明日、本当に?」
鏡のせいで気落ちしていた様子しか聞いていなかったので、フェレナードは驚いて座ったままの優貴を見下ろした。
「うん。何か……えっと、ナディアさん、だっけ。あそこの店で、みんな元気出ちゃって」
彼女が作ってくれた食事がとても美味しかったのは事実だ。その後インティスから街や城について聞いたことも理由ではあったが、異世界の生活に触れて決意を新たにした、とは照れくさくて言えなかった。
「……そうか。それはありがたい」
フェレナードは目を細めた。夕食だけを取った割には随分戻りが遅かったので、大方どこか寄り道でもしてきたのだろう。インティスの計画が功を奏したようだ。彼らに気分転換させたいと相談してきたのは彼だったから。
手元の文献の内容の再確認もほぼ終えていたから、ここで調査が進むのは助かる。
ナディアには、昔自分がまだこの国に来たばかりの時に彼らと同じように世話になったし、その後インティスを連れて来た時も何かと気を遣ってくれた。彼女には助けられてばかりだ。
そして数日前、ダグラスに過去の話を蒸し返されたのを思い出した。
ローザのことはさておき、王子とのことだ。
王子は、目の前のメガネの少年に、自分に残された命についての本音を打ち明けた。それはフェレナードやインティスにも言わなかった内容だ。
人見知りの激しい王子が、この人物を信用したということだ。やはりこういう時は歳の近い相手の方が共感を得やすい。日本で協力者を探していた時の、彼を見つけた自分の目に狂いはなかったようだ。
王子の信頼を得た彼になら、少しばかり長話をしても聞いてもらえるだろうか。
「……ユウキ、今日はまだ日本に戻らないのか?」
「え? うーん……まあ戻らなきゃいけないんだけど、明日は土曜だから学校はないし、まだ大丈夫かな」
「もし時間があるなら、昔話を聞いていかないか?」
「昔話?」
「そう、俺の……あまり胸を張って言える話じゃないけど」
そう言って、フェレナードはインティスに視線をやった。
目が合い、インティスはすぐ彼の意図に気付いた。
彼は優貴に話す気だ。
以前インティスに、彼自身に何かあっても助けなくていいと言った理由。
ダグラスやインティスがどんなに説得しても、ローザに関わらず、踏み込ませないよう一線を引く理由。
「……飲み物を取ってくる」
インティスはそれだけ言ってラウンジを出た。
王子は階下にいるが食事中で、ことみと暁は日本へ帰った。今ここにいる部外者は優貴だけだ。
フェレナードはテーブルを挟んで優貴の向かいに座ると、それでも声を抑えて言った。
「十年前、俺がこの城に来たのは、王子に復讐を果たすためだったんだ」
「食べ終わったかい?」
「はい、ごちそうさまでした!」
元気良く返事したことみに、そりゃ良かった、と返して、ナディアは食器を別のテーブルに移しながらまとめ始めた。高校生たちが手伝おうとするのをインティスが止めて、代わりに彼が食器を重ねていく。
「あんたが友達連れて来るなんて珍しいねぇ。三人もいるなんて驚いたわ」
「珍しいって失礼じゃない?」
片付けながら、ナディアがインティスに声をかけた。インティスは呆れたように返したが、大事な説明が抜けていたことにすぐ気付いた。
「違う、友達じゃなくて……ほら、フェレが調べてる王子の呪いの調査を手伝ってもらってるんだ」
「あらあいつの」
会話の様子からして、彼女はフェレナードのことも知っているようだった。しかもあいつ呼ばわりである。
「そりゃ世話が焼けるでしょ、大変だねぇ!」
「えっ? えっと……」
予想外な方向から話を振られ、全員が返答に困った。
今のところ世話が焼けたことはないし、むしろこっちが世話になっている。
「あいつに文句があったら直接本人に言うよりこっちに言ってやんな。その方が言うこと聞くから」
「いやーどうだろう……」
ナディアに背中をばしばし叩かれ、インティスが苦笑する。
眉目秀麗な銀の髪の彼を容赦なくあいつと呼び、文献調査の戦いでは常に先頭を行くインティスの扱いもなかなかに乱暴だ。この女主人は只者ではなさそうだと三人は察した。
「あんたもこれくらいじゃなかった? 最初にうちに来た時」
「そ、そうだったかな~……」
「この世の終わりみたいな顔してさ!」
「いや、あの時はあの時で事情があったんだってば」
インティスがこんなにどもりながら返事をするのを、三人とも初めて見たような気がした。いつも物事を先回りして考えて、指示も簡潔で的確で臨機応変なのに。
それでも彼が否定しないということは、ナディアが言っている当時のことは間違いではないのだろう。
「あの時のあんたに比べたら、みんなしっかりした顔してるよ。あんたなんて前は小さくて細っこくて女の子みたいだったよねぇ」
「俺のことはいいって!」
ナディアの情報は信じられないものばかりだった。自分たちを先導してくれている彼が、昔は全然違ったようなのだ。全く想像できない。
彼女は食後の飲み物を置くと、インティスに手伝わせて食器を引き上げて行った。
二階は自分たちだけになり、急にしんと静かになる。
窓の向こうから微かに通りの喧噪が漏れ聞こえた。太陽は沈み、外はもう暗くなっている。
誰も明かりをつけた様子がないのに室内に明かりがついているのは、この国が契約している精霊の働きなのだと後でインティスが教えてくれた。
日本で言う電気がない代わりに、国が精霊と契約することで同じように暮らすことができる仕組みなのだそうだ。部屋の明かり、釜戸の火、食料を保存するための冷暗所などがそれに当たる。
飲み物を片手に眺めた街の景色は、それらの明かりと共に夜のにぎわいを見せていた。
片付けを終えたインティスが迎えに来て、また徒歩で薬屋に戻った。
少し遠回りになるけど、と言って、彼は帰り道に街で一番大きい通りを選んだ。
大きな川が通りの下を流れる、ヨーロッパの片田舎のような景色だった。緑が多くてどこかほっとする。
「この道を真っ直ぐ行くと城に着くんだ」
インティスが指さした先に、夜の闇にそびえる城が見えた。多くの蔦をまといながら、城壁のあちこちに小さな明かりが灯っている。
巨大なテーマパークの出し物のような派手さはなく、重厚に構える夜の闇のような色をした城。自分たちにとっては現実離れした景色だが、これが彼らにとっての日常なのだ。
「王子はあの城にいるの?」
優貴が尋ねた。
「そう。城壁の内側に塔があって、そのうちの一つに住んでる」
「王様とか、お后様は?」
次に尋ねたのはことみだった。
「二人とも、別々の塔に住んでるよ。公務をする時だけ城内に下りてくるんだ」
「…………」
暁が、遠くの城に目を細めていた。
三人とも、すごく不思議な気分だった。
自分たちは毎日制服を着て学校に行って、勉強なり何なりして家に帰る毎日だが、この世界はこの世界で、自分たちとは違えど同じように日々の生活が存在している。
この街を、この国を治めている人たちがあの城に住んでいて、次はきっと王子が治めることになるのだろう。
だが、それも呪いを解かなければ叶わない。
「……やっぱり助けたいな」
「そうね……」
優貴の呟きにことみが答え、暁が目線で頷いた。
呪いを解かなければ、王子は死んでしまう。そこに自分たちは関わっているのだ。
他に王位を継承させるための世継ぎを用意している貴族があるとはいえ、彼らが治めるのと王子が治めるのとでは、統治という言葉は同じでも中身は全く違ってくる気がする。
この国を、王子に治めて欲しい。
「……ねえインティス、本当は次の文献調査って明日行かなきゃいけないんだっけ」
「そう、だけど……」
答えながら、インティスには心なしか、三人の顔つきが変わったように見えた。
「……行くか」
「行こう」
暁の短い提案に、優貴とことみが頷いた。
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薬屋に戻り、ことみと暁は日本に帰ったが、優貴とインティスはまだラウンジにいた。
明日、鏡との再戦に臨むと決めたら気分が高揚してしまい、現実に戻るのがもったいなくなってしまったのだ。
そこへ、人の声を聞いて一階からフェレナードがやって来た。
インティスが手短に、今日ナディアの店で高校生たちが夕食を取ったこと、明日文献調査へ向かうことを共有した。
「明日、本当に?」
鏡のせいで気落ちしていた様子しか聞いていなかったので、フェレナードは驚いて座ったままの優貴を見下ろした。
「うん。何か……えっと、ナディアさん、だっけ。あそこの店で、みんな元気出ちゃって」
彼女が作ってくれた食事がとても美味しかったのは事実だ。その後インティスから街や城について聞いたことも理由ではあったが、異世界の生活に触れて決意を新たにした、とは照れくさくて言えなかった。
「……そうか。それはありがたい」
フェレナードは目を細めた。夕食だけを取った割には随分戻りが遅かったので、大方どこか寄り道でもしてきたのだろう。インティスの計画が功を奏したようだ。彼らに気分転換させたいと相談してきたのは彼だったから。
手元の文献の内容の再確認もほぼ終えていたから、ここで調査が進むのは助かる。
ナディアには、昔自分がまだこの国に来たばかりの時に彼らと同じように世話になったし、その後インティスを連れて来た時も何かと気を遣ってくれた。彼女には助けられてばかりだ。
そして数日前、ダグラスに過去の話を蒸し返されたのを思い出した。
ローザのことはさておき、王子とのことだ。
王子は、目の前のメガネの少年に、自分に残された命についての本音を打ち明けた。それはフェレナードやインティスにも言わなかった内容だ。
人見知りの激しい王子が、この人物を信用したということだ。やはりこういう時は歳の近い相手の方が共感を得やすい。日本で協力者を探していた時の、彼を見つけた自分の目に狂いはなかったようだ。
王子の信頼を得た彼になら、少しばかり長話をしても聞いてもらえるだろうか。
「……ユウキ、今日はまだ日本に戻らないのか?」
「え? うーん……まあ戻らなきゃいけないんだけど、明日は土曜だから学校はないし、まだ大丈夫かな」
「もし時間があるなら、昔話を聞いていかないか?」
「昔話?」
「そう、俺の……あまり胸を張って言える話じゃないけど」
そう言って、フェレナードはインティスに視線をやった。
目が合い、インティスはすぐ彼の意図に気付いた。
彼は優貴に話す気だ。
以前インティスに、彼自身に何かあっても助けなくていいと言った理由。
ダグラスやインティスがどんなに説得しても、ローザに関わらず、踏み込ませないよう一線を引く理由。
「……飲み物を取ってくる」
インティスはそれだけ言ってラウンジを出た。
王子は階下にいるが食事中で、ことみと暁は日本へ帰った。今ここにいる部外者は優貴だけだ。
フェレナードはテーブルを挟んで優貴の向かいに座ると、それでも声を抑えて言った。
「十年前、俺がこの城に来たのは、王子に復讐を果たすためだったんだ」
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