放課後はファンタジー

リエ馨

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第23話 期待したら負け・前編

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 優貴と暁がダグラスの土の魔法の力に圧倒され、王子の呪いが発動した翌日の放課後。
 気持ちが多少は落ち着いたと言ってことみが合流したので、流れは何となく次の文献調査の作戦会議になった。
 最初は三階のラウンジだったが、昨日の今日でダグラスや王子が顔を出して来たので狭くなってしまい、インティスが場所を移そうと提案した。
 薬屋の二階は、特訓に使っている大部屋の向かい側が食堂になっていて、ラウンジより大きいテーブルが沢山並んでいる。壁側は一面大窓で、その向こうには外に出られそうなバルコニーもあるようだった。
 席についたところで、改めて敗因を考えてみる。

「こういうのって心の隙ってやつなのかなぁ……」

 頬杖をついて、優貴が率直にこぼす。
 鏡に四方を囲まれ、聞こえた声は、確かに自分を責める声だった。
 自己をことごとく否定され、足下からは黒い水が溜まり、それが胸元までせり上がって溺れそうになっていたところを、優貴はインティスに助けられた。
 ガラスが壊れる音がして、気が付くと鏡も水も跡形もなく消えていた。
 それから優貴はことみを、インティスは暁を同じように外側から鏡を割って救出した。つまり、自ら脱出できたのはインティスだけなのだ。
 だが、その方法を当の本人に聞いてみても「今はそれどころじゃないから無視しただけ」と言うのでさっぱり要領を得ない。

「俺も無視しようとしたけど、全然壊れなかったなぁ……」

 優貴は溜息をついた。確かにあの時、渾身の力で鏡を割ろうとしたがびくともしなかった。それは暁もことみも同じだ。
 心の隙の克服方法なんてわからない。それに、鏡に囲まれて何を言われたか、対策を練るためとは言えこの場で赤裸々に話すのも抵抗があった。
 本来なら話すべきなのかもしれない。お互いの悩みも皆で共有してこそ解決の糸口が見えてくるもの、ということも、色んなライトノベルを読んだおかげで物語の王道として知っている。だが、現実はそうはいかないようだ。
 話すのに抵抗があるということは、このメンバーを信頼しきれていないからなのか。
 ダグラスの特訓の成果でこれまで守護獣に勝ってきた。まとまりが出てきたのは思い過ごしだったのだろうか。

「……ダグラス、どう思う?」

 高校生三人から少し離れたテーブルに寄りかかったまま、インティスは隣で顎髭を撫でている第三近衛師団長に小声で聞いてみた。二人の間で座っていた王子が、ダグラスを見上げる。
 ダグラスはそれらに気付くと、高校生たちを眺める目を細めた。

「あいつらの考えてることは何となく想像がつく。大方、お悩み相談室でも開くかってところだろ」
「……俺もそんな気がする。でも、それで解決する?」
「しねぇな」

 ダグラスはインティスの質問に溜息混じりで答えた。

「そんなことしたところで、他人なんざ到底理解できねぇ。それに、いくら強くても、根幹のその部分が駄目ならすぐに潰される」
「だよなぁ……」

 答えを聞いて、インティスも溜息をついた。
 高校生たちが押し黙ったのを見て、ダグラスが声をかける。

「なあお前ら、あの墓で、先に進む目的はわかってんだろ?」
「……目的?」
「それは……文献の調査だから……」

 ことみが聞き返し、優貴が答えた。暁はずっとダグラスに視線をやったままだ。

「そうだな、詰まるところ、王子の呪いを解くことだ。それがわかってんなら、いちいち惑わされることなんてねぇだろって話だ。こいつみたいにな」

 ダグラスはそう言って隣のインティスを肘でつついた。インティスが苦笑いする。

「それは確かにそうなんだけど……」

 優貴は唸りながら答えた。彼の言うことはわかるものの、どうしてそれがうまくいかなかったのかがわからない。
 ダグラスはそれ以上は何も言わなかった。
 沈黙の中、王子は逆向きにした椅子の背もたれを抱えるように座っていて、インティスからは表情が見えない。彼をここにいさせるのは良くない気がして、部屋に連れていこうとした時、暁が椅子から立ち上がった。

「戻る」
「あっ……」

 暁の一言に、優貴は時計がもう十八時を指していることに気付いた。彼は日本に戻って、母親の代わりに夕食の材料の買い出しに行かなければならないのだ。

「……あたしも帰ろうかな」

 ことみも立ち上がり、結論が出ないまま、作戦会議はお開きになった。
 ダグラスも戻り、インティスは小さく溜息をついた。
 三人は最初は喧嘩ばかりだったが、最近ようやく息が合ってきた。
 だが、鏡との戦いに敗れてから、またバラバラになってしまったような気がする。ことみは身内が亡くなったのも関係しているだろう。
 せめて、こうなる前みたいに元気になってくれればいいのに。

「インティス」
「は、はい」

 王子の視線に、インティスは慌てて思考を追いやった。

「僕……ユウキのへやによってくから、先にもどってて」
「……わかりました」

 彼の部屋で王子が何を話すのか、インティスは一瞬気になったが、以前王子のことは同じ歳である高校生たちに任せるとフェレナードが言っていたのを思い出したので、大人しく引き下がった。
 王子は彼が階下へ下りる足音を聞いてから、三階のユウキの部屋へ向かった。


    ◇


 この世界の存在を知って、一ヶ月半くらい経ったんだ。
 自室には戻ったが日本にはまだ帰らず、ベッドの上で仰向けに寝転がった。
 早いものであれから一ヶ月半。いや、まだ一ヶ月半なのか。気持ちだけはもう半年くらいこの世界に通っている気がする。
 もう七月だ。そろそろ学校では文化祭の準備が始まる。最終日の夜には学校主催の花火大会があって、近くの河川敷でやるから校舎の窓からもよく見えるのだ。
 去年は入学した年で周りのことがよくわからなかったので、奇跡的に唯一声をかけてくれたクラスの男子と一緒に教室から眺めていた。けれど、今年はあまり気が進まない。その男子とも結局話題が合わず、それきりになってしまった。コミュ障……。
 そろそろ日本に戻ろうかと思った時、ノックの音が聞こえた。
 自分に用があるなんて、一体誰だろう。

「よかった。まだいたんだね」

 ドアを開けると、少し寂しそうな顔をした王子が立っていた。
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