40 / 44
第23話 期待したら負け・前編
しおりを挟む
優貴と暁がダグラスの土の魔法の力に圧倒され、王子の呪いが発動した翌日の放課後。
気持ちが多少は落ち着いたと言ってことみが合流したので、流れは何となく次の文献調査の作戦会議になった。
最初は三階のラウンジだったが、昨日の今日でダグラスや王子が顔を出して来たので狭くなってしまい、インティスが場所を移そうと提案した。
薬屋の二階は、特訓に使っている大部屋の向かい側が食堂になっていて、ラウンジより大きいテーブルが沢山並んでいる。壁側は一面大窓で、その向こうには外に出られそうなバルコニーもあるようだった。
席についたところで、改めて敗因を考えてみる。
「こういうのって心の隙ってやつなのかなぁ……」
頬杖をついて、優貴が率直にこぼす。
鏡に四方を囲まれ、聞こえた声は、確かに自分を責める声だった。
自己をことごとく否定され、足下からは黒い水が溜まり、それが胸元までせり上がって溺れそうになっていたところを、優貴はインティスに助けられた。
ガラスが壊れる音がして、気が付くと鏡も水も跡形もなく消えていた。
それから優貴はことみを、インティスは暁を同じように外側から鏡を割って救出した。つまり、自ら脱出できたのはインティスだけなのだ。
だが、その方法を当の本人に聞いてみても「今はそれどころじゃないから無視しただけ」と言うのでさっぱり要領を得ない。
「俺も無視しようとしたけど、全然壊れなかったなぁ……」
優貴は溜息をついた。確かにあの時、渾身の力で鏡を割ろうとしたがびくともしなかった。それは暁もことみも同じだ。
心の隙の克服方法なんてわからない。それに、鏡に囲まれて何を言われたか、対策を練るためとは言えこの場で赤裸々に話すのも抵抗があった。
本来なら話すべきなのかもしれない。お互いの悩みも皆で共有してこそ解決の糸口が見えてくるもの、ということも、色んなライトノベルを読んだおかげで物語の王道として知っている。だが、現実はそうはいかないようだ。
話すのに抵抗があるということは、このメンバーを信頼しきれていないからなのか。
ダグラスの特訓の成果でこれまで守護獣に勝ってきた。まとまりが出てきたのは思い過ごしだったのだろうか。
「……ダグラス、どう思う?」
高校生三人から少し離れたテーブルに寄りかかったまま、インティスは隣で顎髭を撫でている第三近衛師団長に小声で聞いてみた。二人の間で座っていた王子が、ダグラスを見上げる。
ダグラスはそれらに気付くと、高校生たちを眺める目を細めた。
「あいつらの考えてることは何となく想像がつく。大方、お悩み相談室でも開くかってところだろ」
「……俺もそんな気がする。でも、それで解決する?」
「しねぇな」
ダグラスはインティスの質問に溜息混じりで答えた。
「そんなことしたところで、他人なんざ到底理解できねぇ。それに、いくら強くても、根幹のその部分が駄目ならすぐに潰される」
「だよなぁ……」
答えを聞いて、インティスも溜息をついた。
高校生たちが押し黙ったのを見て、ダグラスが声をかける。
「なあお前ら、あの墓で、先に進む目的はわかってんだろ?」
「……目的?」
「それは……文献の調査だから……」
ことみが聞き返し、優貴が答えた。暁はずっとダグラスに視線をやったままだ。
「そうだな、詰まるところ、王子の呪いを解くことだ。それがわかってんなら、いちいち惑わされることなんてねぇだろって話だ。こいつみたいにな」
ダグラスはそう言って隣のインティスを肘でつついた。インティスが苦笑いする。
「それは確かにそうなんだけど……」
優貴は唸りながら答えた。彼の言うことはわかるものの、どうしてそれがうまくいかなかったのかがわからない。
ダグラスはそれ以上は何も言わなかった。
沈黙の中、王子は逆向きにした椅子の背もたれを抱えるように座っていて、インティスからは表情が見えない。彼をここにいさせるのは良くない気がして、部屋に連れていこうとした時、暁が椅子から立ち上がった。
「戻る」
「あっ……」
暁の一言に、優貴は時計がもう十八時を指していることに気付いた。彼は日本に戻って、母親の代わりに夕食の材料の買い出しに行かなければならないのだ。
「……あたしも帰ろうかな」
ことみも立ち上がり、結論が出ないまま、作戦会議はお開きになった。
ダグラスも戻り、インティスは小さく溜息をついた。
三人は最初は喧嘩ばかりだったが、最近ようやく息が合ってきた。
だが、鏡との戦いに敗れてから、またバラバラになってしまったような気がする。ことみは身内が亡くなったのも関係しているだろう。
せめて、こうなる前みたいに元気になってくれればいいのに。
「インティス」
「は、はい」
王子の視線に、インティスは慌てて思考を追いやった。
「僕……ユウキのへやによってくから、先にもどってて」
「……わかりました」
彼の部屋で王子が何を話すのか、インティスは一瞬気になったが、以前王子のことは同じ歳である高校生たちに任せるとフェレナードが言っていたのを思い出したので、大人しく引き下がった。
王子は彼が階下へ下りる足音を聞いてから、三階のユウキの部屋へ向かった。
◇
この世界の存在を知って、一ヶ月半くらい経ったんだ。
自室には戻ったが日本にはまだ帰らず、ベッドの上で仰向けに寝転がった。
早いものであれから一ヶ月半。いや、まだ一ヶ月半なのか。気持ちだけはもう半年くらいこの世界に通っている気がする。
もう七月だ。そろそろ学校では文化祭の準備が始まる。最終日の夜には学校主催の花火大会があって、近くの河川敷でやるから校舎の窓からもよく見えるのだ。
去年は入学した年で周りのことがよくわからなかったので、奇跡的に唯一声をかけてくれたクラスの男子と一緒に教室から眺めていた。けれど、今年はあまり気が進まない。その男子とも結局話題が合わず、それきりになってしまった。コミュ障……。
そろそろ日本に戻ろうかと思った時、ノックの音が聞こえた。
自分に用があるなんて、一体誰だろう。
「よかった。まだいたんだね」
ドアを開けると、少し寂しそうな顔をした王子が立っていた。
気持ちが多少は落ち着いたと言ってことみが合流したので、流れは何となく次の文献調査の作戦会議になった。
最初は三階のラウンジだったが、昨日の今日でダグラスや王子が顔を出して来たので狭くなってしまい、インティスが場所を移そうと提案した。
薬屋の二階は、特訓に使っている大部屋の向かい側が食堂になっていて、ラウンジより大きいテーブルが沢山並んでいる。壁側は一面大窓で、その向こうには外に出られそうなバルコニーもあるようだった。
席についたところで、改めて敗因を考えてみる。
「こういうのって心の隙ってやつなのかなぁ……」
頬杖をついて、優貴が率直にこぼす。
鏡に四方を囲まれ、聞こえた声は、確かに自分を責める声だった。
自己をことごとく否定され、足下からは黒い水が溜まり、それが胸元までせり上がって溺れそうになっていたところを、優貴はインティスに助けられた。
ガラスが壊れる音がして、気が付くと鏡も水も跡形もなく消えていた。
それから優貴はことみを、インティスは暁を同じように外側から鏡を割って救出した。つまり、自ら脱出できたのはインティスだけなのだ。
だが、その方法を当の本人に聞いてみても「今はそれどころじゃないから無視しただけ」と言うのでさっぱり要領を得ない。
「俺も無視しようとしたけど、全然壊れなかったなぁ……」
優貴は溜息をついた。確かにあの時、渾身の力で鏡を割ろうとしたがびくともしなかった。それは暁もことみも同じだ。
心の隙の克服方法なんてわからない。それに、鏡に囲まれて何を言われたか、対策を練るためとは言えこの場で赤裸々に話すのも抵抗があった。
本来なら話すべきなのかもしれない。お互いの悩みも皆で共有してこそ解決の糸口が見えてくるもの、ということも、色んなライトノベルを読んだおかげで物語の王道として知っている。だが、現実はそうはいかないようだ。
話すのに抵抗があるということは、このメンバーを信頼しきれていないからなのか。
ダグラスの特訓の成果でこれまで守護獣に勝ってきた。まとまりが出てきたのは思い過ごしだったのだろうか。
「……ダグラス、どう思う?」
高校生三人から少し離れたテーブルに寄りかかったまま、インティスは隣で顎髭を撫でている第三近衛師団長に小声で聞いてみた。二人の間で座っていた王子が、ダグラスを見上げる。
ダグラスはそれらに気付くと、高校生たちを眺める目を細めた。
「あいつらの考えてることは何となく想像がつく。大方、お悩み相談室でも開くかってところだろ」
「……俺もそんな気がする。でも、それで解決する?」
「しねぇな」
ダグラスはインティスの質問に溜息混じりで答えた。
「そんなことしたところで、他人なんざ到底理解できねぇ。それに、いくら強くても、根幹のその部分が駄目ならすぐに潰される」
「だよなぁ……」
答えを聞いて、インティスも溜息をついた。
高校生たちが押し黙ったのを見て、ダグラスが声をかける。
「なあお前ら、あの墓で、先に進む目的はわかってんだろ?」
「……目的?」
「それは……文献の調査だから……」
ことみが聞き返し、優貴が答えた。暁はずっとダグラスに視線をやったままだ。
「そうだな、詰まるところ、王子の呪いを解くことだ。それがわかってんなら、いちいち惑わされることなんてねぇだろって話だ。こいつみたいにな」
ダグラスはそう言って隣のインティスを肘でつついた。インティスが苦笑いする。
「それは確かにそうなんだけど……」
優貴は唸りながら答えた。彼の言うことはわかるものの、どうしてそれがうまくいかなかったのかがわからない。
ダグラスはそれ以上は何も言わなかった。
沈黙の中、王子は逆向きにした椅子の背もたれを抱えるように座っていて、インティスからは表情が見えない。彼をここにいさせるのは良くない気がして、部屋に連れていこうとした時、暁が椅子から立ち上がった。
「戻る」
「あっ……」
暁の一言に、優貴は時計がもう十八時を指していることに気付いた。彼は日本に戻って、母親の代わりに夕食の材料の買い出しに行かなければならないのだ。
「……あたしも帰ろうかな」
ことみも立ち上がり、結論が出ないまま、作戦会議はお開きになった。
ダグラスも戻り、インティスは小さく溜息をついた。
三人は最初は喧嘩ばかりだったが、最近ようやく息が合ってきた。
だが、鏡との戦いに敗れてから、またバラバラになってしまったような気がする。ことみは身内が亡くなったのも関係しているだろう。
せめて、こうなる前みたいに元気になってくれればいいのに。
「インティス」
「は、はい」
王子の視線に、インティスは慌てて思考を追いやった。
「僕……ユウキのへやによってくから、先にもどってて」
「……わかりました」
彼の部屋で王子が何を話すのか、インティスは一瞬気になったが、以前王子のことは同じ歳である高校生たちに任せるとフェレナードが言っていたのを思い出したので、大人しく引き下がった。
王子は彼が階下へ下りる足音を聞いてから、三階のユウキの部屋へ向かった。
◇
この世界の存在を知って、一ヶ月半くらい経ったんだ。
自室には戻ったが日本にはまだ帰らず、ベッドの上で仰向けに寝転がった。
早いものであれから一ヶ月半。いや、まだ一ヶ月半なのか。気持ちだけはもう半年くらいこの世界に通っている気がする。
もう七月だ。そろそろ学校では文化祭の準備が始まる。最終日の夜には学校主催の花火大会があって、近くの河川敷でやるから校舎の窓からもよく見えるのだ。
去年は入学した年で周りのことがよくわからなかったので、奇跡的に唯一声をかけてくれたクラスの男子と一緒に教室から眺めていた。けれど、今年はあまり気が進まない。その男子とも結局話題が合わず、それきりになってしまった。コミュ障……。
そろそろ日本に戻ろうかと思った時、ノックの音が聞こえた。
自分に用があるなんて、一体誰だろう。
「よかった。まだいたんだね」
ドアを開けると、少し寂しそうな顔をした王子が立っていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
(完結)私の夫は死にました(全3話)
青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。
私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。
ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・
R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
ああ、もういらないのね
志位斗 茂家波
ファンタジー
……ある国で起きた、婚約破棄。
それは重要性を理解していなかったがゆえに起きた悲劇の始まりでもあった。
だけど、もうその事を理解しても遅い…‥‥
たまにやりたくなる短編。興味があればぜひどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる