放課後はファンタジー

リエ馨

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第16話 最強の要塞(薬屋)・前編

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 久し振りに、とても久し振りに街へ出た。
 フェレナードは、受け取った源石の袋の重みを感じつつ、魔法学院の門から通りに出ると、早朝の陽射しに目を細めた。
 これまでずっと呪いに関する文献の解読に没頭していたから、外の空気を吸うことすら滅多になかった。
 魔法学院は以前から出向く機会が多く、道も通い慣れていたが、当初インティスからは止められた。王子の勉強のために城の外から教師が来るので、護衛であるインティスは王子についていなければならず、フェレナードの護衛ができないからだ。午後にしようにも、その時間はフェレナードが王子の勉強を見る担当になっていた。
 インティスが空き時間に代わりに行くと言ったが、それにはフェレナードが反対した。どうしても自室から離れた上で、一人で考えたいことがあったのだ。部屋では王子の呪いのことを考えてしまうから。
 所々隙間から小さな雑草が覗く石畳を歩きながら、フェレナードは広がる晴天に似合わない溜息をついた。
 一人で考えたいことというのは、ローザのことだ。
 彼女から向けられている好意にインティスが気付いて、自分が気付かないはずがない。
 以前、夜中に薬屋でインティスと話していた時、ローザがこっそりやって来たことがあった。厳密に本人かどうか確認したわけではないが、彼女であるはずだ。
 あの時確かに、ローザに相応しい人間は自分ではないことと、自分は協力者の力を利用するだけの立場であると、彼女に示せたと思っている。
 それなのに、そこから現在までの彼女の態度はいつも通りで、顔を合わせた時も特別こちらを避けるような変化が見られないので困っていた。ある程度突き放せば離れていくと思ったのに、甘かったようだ。
 文献調査が終わるまでは協力を仰ぐとして、それ以降の繋がりをどう絶つか、ずっと考えあぐねていた。連絡を絶っても、彼女は何とかして接点を探してくるだろう。
 以前インティスに聞かれたが、彼女をどう思っているかという質問には、明確な回答を出すつもりはないと考えていた。
 好きか嫌いかという話なら、嫌いの部類には入らない。だが、そこから先は考えてはいけないような気がしていたのだ。
 自分は彼女に協力を依頼している立場なのだから、私情を挟むわけにはいかない。それならば余計なことは考えずに、依頼が済めば終わりでいい。済んだ後のことを考えるほどの気持ちの余裕までは、今は持てそうになかった。
 どうすれば関係を絶てるのか、その解決策は見出だせないまま帰路につく。
 街の中央を流れる川にかかった大きな橋を渡ろうとして、景色の違和感に気付いた。
 橋のたもとに、真っ黒な人影が二つ立っている。
 それらは橋の陰にいるから黒く見えるのではなく、真っ黒な布を頭から目深にかぶっていて、手にしていた紙切れのような物を懐にしまい込むと顔を上げた。
 目が合った瞬間嫌な予感がした。それを証明するように背中に悪寒が走り、相手がこちらへ向かって来る。
 隠してはいるが、陽光で反射するものを持っているように見えた。恐らく刃物だ。
 久し振りすぎる外出に油断していた。こちらは丸腰なので、護身用の体術を会得しているとはいえ、まともにやりあっては敵わない。反射的に体が道を引き返したが、相手はそれでも追いかけて来た。
 このまま人混みでごまかして、誰も巻き込まずに済むだろうか。どこか裏路地で身を潜めてやりすごせるなら、それが一番いいのだが。
 その時、フェレナードは突然誰かに腕を引っ張られた。

「しっ、黙ってろ」

 腕を引いた男が小声でそう言うので、ひとまず言う通りにする。
 壁側にフェレナードを押しやり、前にその大柄な人物が立ちはだかってくれたおかげで追っ手をやりすごすことができた。

「……行ったか。大丈夫か?」

 相手の姿が見えなくなったことを確認すると、前に立っていた人物が一歩前に出て振り向いた。

「……ありがとう……ございます」

 匿ってくれたことに間違いはないので礼を言ったものの、その顔に見覚え……はあるのだが、名前が思い出せない。頭に明るい色の布を巻いて前髪を上げた精悍な雰囲気は印象的だが、頻繁に顔を合わせることのない相手、ということだけは何となくわかる。

「怪我してねえだろうな。あんたに怪我されると色々面倒になる」
「は、はあ……」

 色々面倒になる、とは、随分こちらを知っているような言い方だ。
 幸い無傷で済んだのは、男もフェレナードを見てわかったようだった。

「あの橋を渡ろうとしてたってことは、城に戻る途中か? だったら別の道を知ってる。俺もちょうど臨時の買い出しが終わったとこだ。ついて来い」
「ちょ、ちょっと……」

 腕を掴まれ、反射的に振りほどこうとしたが、男の力の方が遥かに強かった。

「いいから来な。……ああ、思った通り、あんた力ねえなぁ。種の真ん中を欲しがる奴はみんなそうだ」
「っ…………」

 最後の一言で一気に思い出した。彼は城の厨房で働く料理長の息子で、名前をフランと言った気がする。
 インティスが種の真ん中をもらいに行く先がこの男なのだろう。ということは、彼は王子や自分たちの食事を担当している人物でもある。インティスが毎日自分の体調を伝えて、それを参考に食事を作っているのだと聞いたことがあった。
 フランが一方的に腕を掴んだまま歩き続けるので、とうとうフェレナードから声をかけた。

「……城まで行かなくても、薬屋に戻れればいい。手を離してください」
「薬屋? ああそっちか。じゃあそこまで送ればいいな」
「そうじゃなくて……」

 自分と行動することによって同じように狙われるのではないかとフェレナードは思ったが、まるでその思考を見抜くように、フランが不敵に笑った。

「ああいう連中は、一般人が一緒なら出て来ねぇだろ」
「…………」

 ああいう連中と言うのをどこまで知っているのか。無闇に頷いて肯定できない。
 フランはフェレナードの横に並び、話をしながら薬屋までの道を歩く。

「あんたのことは赤い髪の坊主から聞いてるよ。まあ、話だけならあちこちから入ってくるけどな」

 赤い髪の坊主とはインティスのことだろう。

「城に出入りする貴族連中がよく言ってるぜ。異国の人間を連れて歩いてる気難しいやつってな。自分のことを他人に話さないし、城内でも大体浮いてるって聞いてたが、確かに頷けるわ」

 それはフェレナード自身の耳にも時々入ってくることだ。情報操作に誤りがないことがわかって、安心感すら覚える。

「ただ、こうやって見てると、あんた顔の割に地味なんだな」
「…………」

 肯定も否定もしようがなく、下手に喋って墓穴を掘らないよう、フェレナードはあえて反応しないことにした。
 フランの声は刺客たちを寄せつけないためか、そこそこに大きい。護衛をつけずに歩くからと、目立たない格好をしてきて良かったと思った。


    ◇


 フランはフェレナードの知らない裏道をいくつも通ったので、気付くと薬屋の前に着いていた。
 橋で誰かからの刺客に襲われたせいで、戻る予定の時間をだいぶ過ぎてしまった。そのせいか、フェレナードが正面の扉を開けると、気配に気付いたインティスが同じく扉を開けようとしていた。

「フラン!」

 インティスが驚いて声を上げた。
 一人で出て行ったので、二人で戻って来たのは予想外だ。

「フラン、何があった?」
「橋のところで黒い連中に追いかけられてた」
「……っ」
「殺気とかそういうのはよくわからんが、その後そいつらがどこに行ったかは……どうだかな」
「見てくる」

 インティスは険しい顔でそれだけ言うと、足早に薬屋から出て行ってしまった。
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