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第12話 水面下の動向・前編
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昨夜より遅い時間に響く、ダグラスの部屋の扉を叩く音。
「……何の用だ、こんな時間に」
部屋着のままダグラスが扉を開けると、灰色の髪の中年の男が焦った様子で立っていた。
「何だそのなりは、コルトラン家の当主が情けねえな」
「ダグラス、少しいいか」
男はダグラスの指摘には答えず、部屋に入るなり一方的に話を切り出した。
「……何だ」
「今貴族の間で、王子の容態が思わしくないという噂が流れているようだが、心当たりはないか」
「いや、知らんな」
「知らないということはないはずだ。お前は王子の身辺警護を担っている第三師団だろう」
コルトラン家の当主はそわそわと歩き回りながらまくしたてる。
王子についての噂が流れているというのはダグラスも初耳だったが、時間を持て余している貴族連中ならそれくらいするだろう。自分たちの血筋を優位にしたいか、相手を蹴落としたいか、もしくは単純に事態を引っ掻き回したいかだ。
王子に何かあれば、次に王位を継ぐのは一番王家に近い血筋のゼラン家だ。そのゼラン家の世継ぎに「何か」あれば、コルトラン家が継ぐことになる。彼からすれば、王子が危ないという噂が本当であれば黙っているだけで王位継承に近づけるのだから、そわそわするのも無理はない。
「俺は塔の入り口を守っているだけだ。王子自身の詳しい情報までは入って来ない」
「……お前、まさか王子が王位を継ぐことに賛成しているアルトメリア家と繋がっているわけではないだろうな」
それは昨晩、同じようにダグラスを訪ねてきた家だが、肩を持つつもりはない。
ダグラスは男に対し、不快そうに眉を顰めてみせた。
「いい加減にしろ、無闇やたらに疑うのは、良くない結果を招きかねないんじゃねえか?」
ダグラスに冷静にそう諭されると、男は少し落ち着いたのか、歩き回るのをやめた。
「……そうだな」
「用件が済んだんなら戻れ」
「いや、話はもう一つある」
「……今度は何だ」
引き下がらないコルトラン家の当主に、ダグラスはうんざりしながら答えた。
「もし、王子亡き後、私のせがれが王位を継いだら、お前を侯爵として我がコルトラン家に迎えようという話が出ている」
「……は?」
突拍子もなく巻き込まれ、ダグラスの眉間に皺が寄った。
その雰囲気を察することなく、男は続ける。
「いいだろう? お前の腕を信用しているからこそだ。侯爵なら近衛師団より身分は上になる。守りは末端に任せておけば、地位も安泰というわけだ」
「へいへいわかったわかった。そのうち回答をやるからもう帰れ」
「ダグラス、私は真剣に……」
「続きはまた次の機会に聞いてやる」
話し足りなさそうなコルトラン家の当主を無理矢理部屋から追い出し、ダグラスは溜息をついた。
真夜中にやってくる連中はろくな話を持って来ない。昨日といい今日といい、こんな話を毎晩聞かされるのなら、昔のように子供の相手をしていた方がまだましだ。
しかも、ちくちくと針で過去の嫌な出来事を思い出させてくる始末。
あれから三十年以上経っているのに、当時の故郷の内乱での爆音や怒号、瓦礫の下敷きになったまま迫ってくる家族の血溜まりは、今でも鮮明に思い出してしまう。
もう一度溜息をつくと、扉にしっかりと鍵をかけた。
◇
六月も下旬になり、とうとう期末テストが始まった。
優貴たちが来ないと知り、王子がふてくされて教本を開こうとしないので、フェレナードは気分転換にと王子の部屋の窓を開けてやった。外と空間を繋げることで侵入者の危険はあったが、今日はインティスもいるので開けても大丈夫と判断したのだ。もっとも、ここは塔の六階なので、余程腕の立つ者でなければ辿り着けないだろう。
王子が窓辺に駆け寄り、吹き込んでくる風に目を細める。
塔に住んでいるとはいえ、その高さは城壁を超えるわけではない。それでも、城壁の内側の景色を見下ろすだけでも気分は少し晴れやかになった。中心に構える王城の屋根は綺麗な三角で、上から見下ろすと屋根を規則正しく覆う石材が嵌め込まれている。王城と城壁の間を埋める庭はいくつかの区画に分かれていて、それぞれで植えられている植物は違う。それより先には庭師や小間使が休憩に使う小屋があったり、物置が見えるのもいつものことだ。見慣れてはいても、見飽きることはない。
一通り見渡してからくるっと振り返ると、部屋の奥の方にいるインティスに声をかけた。
「ねえ、せっかくだからインティスも一緒に、こっちでフェレナードの話を聞こうよ」
「俺はいいです。難しいことはよくわかんないし」
その顔は明らかに面倒くさそうだった。
◇
王子を生き延びさせたいアルトメリア家、王家に二番目に近いコルトラン家の人間が深夜にダグラスの部屋を訪れた後、訪問者の気配はなかった。
しかし、コルトラン家が訪ねて来た二日後の夜、まるで油断したのを見計らったかのように、真夜中に誰かがダグラスの部屋のドアを叩いた。
「ったく……何だ」
扉を開けながら、さすがに来訪も通算三回目となるとうんざりもしてくる。これで相手がまだ来たことのないゼラン家であれば、揃いもそろって王子の動向には注目しているということだろう。
「ダグラス、聞きたいことがある」
やって来たのは、黒いフードを目深に被った細身の男性だった。
「……お前……」
……は誰だ、などと聞かなくとも、声を聞けばわかってしまう。
彼は、王家に一番近いゼラン家の次期当主だった。ダグラスの予想は当たったことになる。
「……何の用だ」
うんざりしているのを悟られないようダグラスが訪ねると、次期当主は人目を気にするように辺りを見回すと、ダグラスの部屋へ入り込んだ。
「……何の用だ、こんな時間に」
部屋着のままダグラスが扉を開けると、灰色の髪の中年の男が焦った様子で立っていた。
「何だそのなりは、コルトラン家の当主が情けねえな」
「ダグラス、少しいいか」
男はダグラスの指摘には答えず、部屋に入るなり一方的に話を切り出した。
「……何だ」
「今貴族の間で、王子の容態が思わしくないという噂が流れているようだが、心当たりはないか」
「いや、知らんな」
「知らないということはないはずだ。お前は王子の身辺警護を担っている第三師団だろう」
コルトラン家の当主はそわそわと歩き回りながらまくしたてる。
王子についての噂が流れているというのはダグラスも初耳だったが、時間を持て余している貴族連中ならそれくらいするだろう。自分たちの血筋を優位にしたいか、相手を蹴落としたいか、もしくは単純に事態を引っ掻き回したいかだ。
王子に何かあれば、次に王位を継ぐのは一番王家に近い血筋のゼラン家だ。そのゼラン家の世継ぎに「何か」あれば、コルトラン家が継ぐことになる。彼からすれば、王子が危ないという噂が本当であれば黙っているだけで王位継承に近づけるのだから、そわそわするのも無理はない。
「俺は塔の入り口を守っているだけだ。王子自身の詳しい情報までは入って来ない」
「……お前、まさか王子が王位を継ぐことに賛成しているアルトメリア家と繋がっているわけではないだろうな」
それは昨晩、同じようにダグラスを訪ねてきた家だが、肩を持つつもりはない。
ダグラスは男に対し、不快そうに眉を顰めてみせた。
「いい加減にしろ、無闇やたらに疑うのは、良くない結果を招きかねないんじゃねえか?」
ダグラスに冷静にそう諭されると、男は少し落ち着いたのか、歩き回るのをやめた。
「……そうだな」
「用件が済んだんなら戻れ」
「いや、話はもう一つある」
「……今度は何だ」
引き下がらないコルトラン家の当主に、ダグラスはうんざりしながら答えた。
「もし、王子亡き後、私のせがれが王位を継いだら、お前を侯爵として我がコルトラン家に迎えようという話が出ている」
「……は?」
突拍子もなく巻き込まれ、ダグラスの眉間に皺が寄った。
その雰囲気を察することなく、男は続ける。
「いいだろう? お前の腕を信用しているからこそだ。侯爵なら近衛師団より身分は上になる。守りは末端に任せておけば、地位も安泰というわけだ」
「へいへいわかったわかった。そのうち回答をやるからもう帰れ」
「ダグラス、私は真剣に……」
「続きはまた次の機会に聞いてやる」
話し足りなさそうなコルトラン家の当主を無理矢理部屋から追い出し、ダグラスは溜息をついた。
真夜中にやってくる連中はろくな話を持って来ない。昨日といい今日といい、こんな話を毎晩聞かされるのなら、昔のように子供の相手をしていた方がまだましだ。
しかも、ちくちくと針で過去の嫌な出来事を思い出させてくる始末。
あれから三十年以上経っているのに、当時の故郷の内乱での爆音や怒号、瓦礫の下敷きになったまま迫ってくる家族の血溜まりは、今でも鮮明に思い出してしまう。
もう一度溜息をつくと、扉にしっかりと鍵をかけた。
◇
六月も下旬になり、とうとう期末テストが始まった。
優貴たちが来ないと知り、王子がふてくされて教本を開こうとしないので、フェレナードは気分転換にと王子の部屋の窓を開けてやった。外と空間を繋げることで侵入者の危険はあったが、今日はインティスもいるので開けても大丈夫と判断したのだ。もっとも、ここは塔の六階なので、余程腕の立つ者でなければ辿り着けないだろう。
王子が窓辺に駆け寄り、吹き込んでくる風に目を細める。
塔に住んでいるとはいえ、その高さは城壁を超えるわけではない。それでも、城壁の内側の景色を見下ろすだけでも気分は少し晴れやかになった。中心に構える王城の屋根は綺麗な三角で、上から見下ろすと屋根を規則正しく覆う石材が嵌め込まれている。王城と城壁の間を埋める庭はいくつかの区画に分かれていて、それぞれで植えられている植物は違う。それより先には庭師や小間使が休憩に使う小屋があったり、物置が見えるのもいつものことだ。見慣れてはいても、見飽きることはない。
一通り見渡してからくるっと振り返ると、部屋の奥の方にいるインティスに声をかけた。
「ねえ、せっかくだからインティスも一緒に、こっちでフェレナードの話を聞こうよ」
「俺はいいです。難しいことはよくわかんないし」
その顔は明らかに面倒くさそうだった。
◇
王子を生き延びさせたいアルトメリア家、王家に二番目に近いコルトラン家の人間が深夜にダグラスの部屋を訪れた後、訪問者の気配はなかった。
しかし、コルトラン家が訪ねて来た二日後の夜、まるで油断したのを見計らったかのように、真夜中に誰かがダグラスの部屋のドアを叩いた。
「ったく……何だ」
扉を開けながら、さすがに来訪も通算三回目となるとうんざりもしてくる。これで相手がまだ来たことのないゼラン家であれば、揃いもそろって王子の動向には注目しているということだろう。
「ダグラス、聞きたいことがある」
やって来たのは、黒いフードを目深に被った細身の男性だった。
「……お前……」
……は誰だ、などと聞かなくとも、声を聞けばわかってしまう。
彼は、王家に一番近いゼラン家の次期当主だった。ダグラスの予想は当たったことになる。
「……何の用だ」
うんざりしているのを悟られないようダグラスが訪ねると、次期当主は人目を気にするように辺りを見回すと、ダグラスの部屋へ入り込んだ。
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