在るべきところへ

リエ馨

文字の大きさ
上 下
14 / 77

◆在るべきところへ◇5話◇略取 ②

しおりを挟む
◆在るべきところへ◇5話◇略取 ②


「ねえ、あたしこの子を連れて行きたいの。どうしても必要なのよ。わかるでしょ?」

 この子と言って視線を向けられ、インティスは戸惑った。この子呼ばわりされる覚えは全くない。知らない相手だから尚更だ。
 レイは彼女とは初対面ではなさそうなのに、インティスが夢の話をした時、レイは炎の人間について何も教えてくれなかった。推測の段階では何も話せない、というのが彼の口癖だが、本当にそうなのか。あえて言わなかったのかがインティスにはわからない。

「駄目だ。もう諦めろ」

 レイはいつも通り冷静だったが、その厳しい言葉は彼女を一瞬で逆上させた。

「嫌よ!」

 体中から炎が一層激しく上がり、勢いで大量の火の粉が舞うと、水の膜はすぐに蒸発してしまった。
 インティスに掴みかかろうと迫る女の腕は、まとわりつく炎が揺らめくせいで正確な距離が計れない。
 だが、そこを目がけて勢いよく振り下ろした刃は、確かに女の腕を掠めた。
 衣服と皮膚に刃が入ると、インティスは顔を顰めた。人を斬った初めての感触だった。

「……っ! 信じられない! あたしに刃向かうなんて!」

 金切り声をあげてインティスから離れた彼女は、直後に放たれたレイの風と水の捕縛も、後ろに飛んでかわしてみせた。
 そして何かを思いつくと、また口元をつり上げて笑った。

「……いいわ、そんなにあたしと来るのが嫌なら、同等の身代わりで許してあげる」

 女の言葉の意味はその場の全員がすぐに理解した。
 彼女の向こうに見える家から、アテネがこちらを見ていたからだ。そこへ向けて、女が火の玉のように飛び込んでいく。
 レイもインティスも同時に地面を蹴ったが、一番早く辿り着いたのはいつの間にか現れたライネだった。

「逃げなさい!」

 そう叫んで瞬時にアテネと女の間に割って入ったが、炎の威力は尋常ではない。
 燃えさかる炎はライネの体を半分以上蒸発させ、奥へ逃げようとするアテネの腕に鞭のように巻き付いた。

「きゃあ!」
「やめなさいってば!」

 ライネはすぐに元の少女の形に戻って抵抗したが、炎の勢いが強すぎて太刀打ちできない。
 それらは瞬きを三度する間に起こったことで、レイやインティスたちが追いつく頃には、アテネは女の腕に捕らえられていた。
 相手が男であれば、太い筋肉質の腕に噛みつくこともできただろうが、彼女の腕は細く、首回りを締め上げることでアテネの動きを完全に封じていた。

「やめろ!」
「馬鹿ね」

 叫んだレイが咄嗟にかけた捕縛の魔法は確かに早かったが、女はそれだけ言い残して姿を消した。
 アテネと共に、火の粉一つ残さず。
 目的を失った風の捕縛が消える。
 あたりには何事もなかったかのように、また夜が下りてきた。

「……っ」

 あまりにも突然の出来事に、誰も言葉が出なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

放課後はファンタジー

リエ馨
ファンタジー
森の国の王子を苛む王家の呪いを解くために、 現代日本の三人の高校生の力を借りる異世界ファンタジー。 高校生たちは学校生活と異世界を往復しながら、 日常を通して人との繋がりのあり方を知る。 なんでわざわざ日本なの? それはお話の後半で。 ※他の小説サイトにも投稿しています

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...