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◆在るべきところへ◇3話◇銀の髪の男 ③
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◆在るべきところへ◇3話◇銀の髪の男 ③
「ただいま……あれ」
入り口から入ってすぐの居間で、村長一家が肩を落として俯いて座っていたので、インティスは思わず抱えていた砂ミミズの塊をそっと床に置いた。
「レイ、どうしたの」
「お帰り、急ですまないが、アテネを森の国へ連れて行く」
「え?」
そう言われて、必然的に村長夫婦と一緒に座っている赤い髪のアテネと目があった。彼女はおどおどしたような、困った顔をしていた。
インティスよりも一つ年下で普段から仲もよく、元気が服を着ているような性格だから、これは余程の事態だ。
「アテネが強い炎の精霊の力を持っているのは知っていると思うが、森の国でしばらくの間保護してもらうことになったんだ」
「森の? どうして」
この砂漠の国と、向こうの森の国に壁があるのは誰でも知っている。普通は壁を超えて隣国と行き来することなどないのだ。
「保護をするのは国ではなく、私の妹だよ」
「ああ……」
それを聞いてインティスは納得した。レイから少し話を聞いたことがある。彼には妹がいて、すごく魔法が使えて、今は森の国に住んでいると。
「彼女が会いたがっているから、君も一緒に行くんだよ。出発は早い方がいい、移動しやすい時間を考えて、明日の夜にしよう」
会いたがっている、と聞いて、自分を途中まで育てたのが彼女だったと聞かされたことも思い出した。その時の記憶は幼すぎて覚えていないが。
「……わかった」
インティスは頷くしかなかった。
育ての親であるレイに逆らえないというわけではなく、こんなに慌てて段取りを決める彼を初めて見たからだ。おっとりまったりしている彼が、いきなり明日の夜にここを発つなんて言い出すなんて尋常ではない。
「……ねえレイ」
村長一家を帰し、旅支度を始めようとするレイを、インティスは呼び止めた。
「今朝……またあの夢を見た」
心配させるつもりはなかったが、前からこの夢のことは彼に相談していたので、言わなければならないと思ったのだ。
「……準備を急ぎなさい」
その時のレイは、言ったことを後悔するほど深刻な顔をしていた。
◇
いきなり出かける準備をしろと言われても、正直何を持って行けばいいか見当がつかない。
どれくらいで森の国に着くかを聞かなかった。それに、いつ戻って来られるのかも。
レイは村の護符を書き換えると言っていなくなってしまったので、インティスは自室に戻ったものの途方に暮れた。
家にはレイが十年の間書き記してきた、この村の医学に関する様々な本があった。それらは彼に弟子入りしている医者志望の青年が逐一書き写して持っているらしいが、見せてくれと訪ねて来る人もいる。
村の性質上、家に鍵をかける習慣がないので、無人になっても誰でも本を見ることはできるが、レイは時々それらを手入れしていた。埃を払ったり、棚から出して空気を入れ換えさせるように置いておいたり。
村の皆も大事に扱うので、今後この本たちがどうなるのか気になってしまう。
「ねえ、インティス」
溜息をつこうとすると、居間の方から声がした。
行ってみると、先ほど暗い顔をしていた幼なじみのアテネが来ていた。
砂漠の村は風通しを良くするために、入り口は布一枚で隔てているだけなので、呼び鈴がない代わりに声が届くまで呼ばなければならないのだ。
「どうしたの」
「お願い、ちょっとだけ……水の遺跡まで付き合ってほしいの」
「……いいけど」
本のことを思考の隅に追いやっても、支度は一人では難しそうだと思い、インティスはアテネのお願いに応えることにした。
「ただいま……あれ」
入り口から入ってすぐの居間で、村長一家が肩を落として俯いて座っていたので、インティスは思わず抱えていた砂ミミズの塊をそっと床に置いた。
「レイ、どうしたの」
「お帰り、急ですまないが、アテネを森の国へ連れて行く」
「え?」
そう言われて、必然的に村長夫婦と一緒に座っている赤い髪のアテネと目があった。彼女はおどおどしたような、困った顔をしていた。
インティスよりも一つ年下で普段から仲もよく、元気が服を着ているような性格だから、これは余程の事態だ。
「アテネが強い炎の精霊の力を持っているのは知っていると思うが、森の国でしばらくの間保護してもらうことになったんだ」
「森の? どうして」
この砂漠の国と、向こうの森の国に壁があるのは誰でも知っている。普通は壁を超えて隣国と行き来することなどないのだ。
「保護をするのは国ではなく、私の妹だよ」
「ああ……」
それを聞いてインティスは納得した。レイから少し話を聞いたことがある。彼には妹がいて、すごく魔法が使えて、今は森の国に住んでいると。
「彼女が会いたがっているから、君も一緒に行くんだよ。出発は早い方がいい、移動しやすい時間を考えて、明日の夜にしよう」
会いたがっている、と聞いて、自分を途中まで育てたのが彼女だったと聞かされたことも思い出した。その時の記憶は幼すぎて覚えていないが。
「……わかった」
インティスは頷くしかなかった。
育ての親であるレイに逆らえないというわけではなく、こんなに慌てて段取りを決める彼を初めて見たからだ。おっとりまったりしている彼が、いきなり明日の夜にここを発つなんて言い出すなんて尋常ではない。
「……ねえレイ」
村長一家を帰し、旅支度を始めようとするレイを、インティスは呼び止めた。
「今朝……またあの夢を見た」
心配させるつもりはなかったが、前からこの夢のことは彼に相談していたので、言わなければならないと思ったのだ。
「……準備を急ぎなさい」
その時のレイは、言ったことを後悔するほど深刻な顔をしていた。
◇
いきなり出かける準備をしろと言われても、正直何を持って行けばいいか見当がつかない。
どれくらいで森の国に着くかを聞かなかった。それに、いつ戻って来られるのかも。
レイは村の護符を書き換えると言っていなくなってしまったので、インティスは自室に戻ったものの途方に暮れた。
家にはレイが十年の間書き記してきた、この村の医学に関する様々な本があった。それらは彼に弟子入りしている医者志望の青年が逐一書き写して持っているらしいが、見せてくれと訪ねて来る人もいる。
村の性質上、家に鍵をかける習慣がないので、無人になっても誰でも本を見ることはできるが、レイは時々それらを手入れしていた。埃を払ったり、棚から出して空気を入れ換えさせるように置いておいたり。
村の皆も大事に扱うので、今後この本たちがどうなるのか気になってしまう。
「ねえ、インティス」
溜息をつこうとすると、居間の方から声がした。
行ってみると、先ほど暗い顔をしていた幼なじみのアテネが来ていた。
砂漠の村は風通しを良くするために、入り口は布一枚で隔てているだけなので、呼び鈴がない代わりに声が届くまで呼ばなければならないのだ。
「どうしたの」
「お願い、ちょっとだけ……水の遺跡まで付き合ってほしいの」
「……いいけど」
本のことを思考の隅に追いやっても、支度は一人では難しそうだと思い、インティスはアテネのお願いに応えることにした。
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