在るべきところへ

リエ馨

文字の大きさ
上 下
10 / 77

◆在るべきところへ◇3話◇銀の髪の男 ③

しおりを挟む
◆在るべきところへ◇3話◇銀の髪の男 ③


「ただいま……あれ」

 入り口から入ってすぐの居間で、村長一家が肩を落として俯いて座っていたので、インティスは思わず抱えていた砂ミミズの塊をそっと床に置いた。

「レイ、どうしたの」
「お帰り、急ですまないが、アテネを森の国へ連れて行く」
「え?」

 そう言われて、必然的に村長夫婦と一緒に座っている赤い髪のアテネと目があった。彼女はおどおどしたような、困った顔をしていた。
 インティスよりも一つ年下で普段から仲もよく、元気が服を着ているような性格だから、これは余程の事態だ。

「アテネが強い炎の精霊の力を持っているのは知っていると思うが、森の国でしばらくの間保護してもらうことになったんだ」
「森の? どうして」

 この砂漠の国と、向こうの森の国に壁があるのは誰でも知っている。普通は壁を超えて隣国と行き来することなどないのだ。

「保護をするのは国ではなく、私の妹だよ」
「ああ……」

 それを聞いてインティスは納得した。レイから少し話を聞いたことがある。彼には妹がいて、すごく魔法が使えて、今は森の国に住んでいると。

「彼女が会いたがっているから、君も一緒に行くんだよ。出発は早い方がいい、移動しやすい時間を考えて、明日の夜にしよう」

 会いたがっている、と聞いて、自分を途中まで育てたのが彼女だったと聞かされたことも思い出した。その時の記憶は幼すぎて覚えていないが。

「……わかった」

 インティスは頷くしかなかった。
 育ての親であるレイに逆らえないというわけではなく、こんなに慌てて段取りを決める彼を初めて見たからだ。おっとりまったりしている彼が、いきなり明日の夜にここを発つなんて言い出すなんて尋常ではない。

「……ねえレイ」

 村長一家を帰し、旅支度を始めようとするレイを、インティスは呼び止めた。

「今朝……またあの夢を見た」

 心配させるつもりはなかったが、前からこの夢のことは彼に相談していたので、言わなければならないと思ったのだ。

「……準備を急ぎなさい」

 その時のレイは、言ったことを後悔するほど深刻な顔をしていた。


    ◇


 いきなり出かける準備をしろと言われても、正直何を持って行けばいいか見当がつかない。
 どれくらいで森の国に着くかを聞かなかった。それに、いつ戻って来られるのかも。
 レイは村の護符を書き換えると言っていなくなってしまったので、インティスは自室に戻ったものの途方に暮れた。

 家にはレイが十年の間書き記してきた、この村の医学に関する様々な本があった。それらは彼に弟子入りしている医者志望の青年が逐一書き写して持っているらしいが、見せてくれと訪ねて来る人もいる。
 村の性質上、家に鍵をかける習慣がないので、無人になっても誰でも本を見ることはできるが、レイは時々それらを手入れしていた。埃を払ったり、棚から出して空気を入れ換えさせるように置いておいたり。
 村の皆も大事に扱うので、今後この本たちがどうなるのか気になってしまう。

「ねえ、インティス」

 溜息をつこうとすると、居間の方から声がした。
 行ってみると、先ほど暗い顔をしていた幼なじみのアテネが来ていた。
 砂漠の村は風通しを良くするために、入り口は布一枚で隔てているだけなので、呼び鈴がない代わりに声が届くまで呼ばなければならないのだ。

「どうしたの」
「お願い、ちょっとだけ……水の遺跡まで付き合ってほしいの」
「……いいけど」

 本のことを思考の隅に追いやっても、支度は一人では難しそうだと思い、インティスはアテネのお願いに応えることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

放課後はファンタジー

リエ馨
ファンタジー
森の国の王子を苛む王家の呪いを解くために、 現代日本の三人の高校生の力を借りる異世界ファンタジー。 高校生たちは学校生活と異世界を往復しながら、 日常を通して人との繋がりのあり方を知る。 なんでわざわざ日本なの? それはお話の後半で。 ※他の小説サイトにも投稿しています

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...