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第二章 ミッドランドに帰らなきゃ編
35、女王、初めての盗みに挑戦する。
しおりを挟む通りの向こうで誰かが激怒していた。たぶん、あの年配の男性だ。それが、男に食ってかかっているようだった。
男の方はどこかで見たような顔をしていたが、どこで見たのか忘れてしまった。
まぁでも、このぐらいの方がいい。どこかに注目が集まった方がはるかにやりやすい。
「なぁおい、ホントにやるのか?」と傍らのチルリンが自信なさげに聞いてきた。
「当たり前でしょう? ミッドランドへ戻るためなら手段は選ばないわ」とキャロラインは答える。
ジークフリードがキャロラインに示した作戦は、通りに沢山点在する出店の金を盗むことだった。店主が客にかかりきりになっている間に、金を溜めている籠に手を突っ込み、それを持って逃げるのだ。
キャロラインは更にその作戦を応用した作戦をたてた。
チルリンは顔だけ変身できる特技を持っている。普段、その能力を使い人に成りすましているわけであるが、普段と全く違う顔でチルリンに盗みをさせる。最初に店主を引き付けるのはキャロラインの役目だ。とにかくできるだけ厄介なことを言って、その隙にチルリンに金を盗ませる。そして、チルリンは逃げている途中で顔を変えればいい。
これで完全犯罪が成り立つはずである。
万が一チルリンが捕まったとしても、まさか店主も顔が違う人間を捕まえるわけにはいかないだろう。だから100%解放されるはずだ。
「よし、いくわよ」とキャロラインはチルリンに声をかける。すると、チルリンは髭面の白髪のオッサンの顔に変貌してゆく。印象に残りやすい顔、ということでキャロラインがその顔になるよう指定したのだ。
(チルリンは想像上の人物の顔になることはできない。実際に自分の目で見て、その顔に変化するのである。この爺さんの顔は道行く途中にいた顔だ)
3人が鳥の足を焼いている出店に並んでいた。前の女性客2人が2人前の足を注文しているようだった。その後ろに1人並んでいた。キャロラインはそのすぐ後ろに並び、オッサンに成りすましたチルリンが更にその後ろに並んだ。
キャロラインとチルリンはまるで別のグループのように縦に並んでいる。
そう、完全に赤の他人を装わなければならない。
だからこうすることがベストのはずだ。
女性客2人が鳥の足を受け取り、どこかに行った。
段々自分の番が迫ってくる。このために片言だが言葉の勉強もした。聞き取りはできないが、思っている単語を叫ぶだけでも効果はあるはずだ。
前の男性客も去り、次にキャロラインの番がきた。店主がチラッとこちらを見て声をかけてくる。
「コホアコワイエジャハネ? ――チキン何個だ?――」
「ロホオン ――1個――」とキャロラインは言った。
「レイタ ――はいよ――」と言い、店主は出来上がったチキンを一個箱に詰める。
「ケガカナロホオンベラ ――じゃあ21ベラだ――」
「コガギ! ――違う――」とキャロラインは叫んだ。「ロホナオン! ――10個――」
「ケガカナロホナオンベラ ――じゃあ210ベラだ――」と店主は言い、鳥の足をつめなおそうとすると、キャロラインは再び叫ぶ。
「コガギ! ――違う―― ロホオン!! ――1個――」
「バエケケカテイ ――どっちだよ――」と店主はイラつく表情でキャロラインを睨みつける。
「コガギ! ――違う―― ロホナオン! ――10個――」
「ケギギトタマデソ! ――ふざけてんのかてめぇ――」
「コガギ! ――違う―― ロホオン!! ――1個――」
「ホウケレカウガ!! ケアケエイエハアガガ!! ――うるせぇええ!! どっちなんだはっきりしやがれ!!――」
「コガギ! ――違う―― ロホナオン! ――10個――」
「コアイエイハイエマカベ! ケオアイグエ! ――てめぇさっきからなんなんだ! ぶん殴るぞ!――」
「コガギ! ――違う―― ロホオン! ――1個――」とキャロラインが叫んだその直後だった。キャロラインの後ろに並んでいたチルリンが籠に手を突っ込み、そのまま通りを逃げた。
「コアイケハカサメ!! ――コラてめぇ待ちやがれ!――」と叫び店主は残りの金を素早くポケットに入れチルリンのあとを追いかける。
よし、やったぁ! と思ったキャロラインは無言のまま列から離れる。そして、このままチルリンに合流すればいい。大丈夫。チルリンの能力なら逃げ切れるはず。
そしてわずかにはにかんだところで右手首を誰かに捕まれた。
知らない男だった。
キャロラインが驚きのあまり声を出せずに目を皿のように丸くしていると、そのまま男はキャロラインの体を地面に押し倒し、両方の手を後ろ手にさせ、両方の手首をロープで縛りあげた。
体を道端にうつ伏せにさせられたままのキャロラインは、何が起きているのかさっぱり分からなかった。
いや、そもそも、どうして金を盗んでもいないわたくしの方が捕まっているのだろう?
視線の先にはこちらを見て笑うジークフリードがいた。
ざまぁみろ、といわんばかりの笑みだった。
その瞬間すべてが分かった。
ジークフリードにハメられたのだ。
どんな方法か分からないが、ジークフリードは警察に密告して、わたくしたちを捕まえさせようとしたのだ。
するとジークフリードがミッドランド語で大声で叫んだ。
「はははは、キャロライン! いい気味だ! あっとそうそう、実はね、この国では盗みの罪は非常に重いんだよ。どのぐらい重いかというとね。たったそれだけの犯罪で公衆の面前で絞首刑になるほど重いんだ! すまないねキャロライン。でもぼくはどうしてもぼくの目の前で死ぬ君を見たかったんだ! 君の最期の瞬間をどれほど妄想したか分からないからね。だからね、キャロライン、ぼくのために死んでくれ。それが君にとって一番よい道なんだよ」
「ふざけんじゃないわよジーク!」
「はーっはっはっはっはっは! 大人しく死ね!」
「ホエケナクゲ! ――ほら、立て――」と言われ、キャロラインの体は男に持ち上げられ、強制的に立たされる。
「ふざけんな!!」とキャロラインは叫んだ。「このクソガキ! 殺すべきだった! あの時殺すべきだった!」
「はーっはっはっはっは! ざまぁ!!」
警察らしき男にせっつかれ、強制的に歩かされる。背後からはいつまでも……本当にいつまでもあの憎らしいジークフリードの笑い声が聞こえていた。
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