上 下
35 / 45
第二章 ミッドランドに帰らなきゃ編

35、女王、初めての盗みに挑戦する。

しおりを挟む



 通りの向こうで誰かが激怒していた。たぶん、あの年配の男性だ。それが、男に食ってかかっているようだった。


 男の方はどこかで見たような顔をしていたが、どこで見たのか忘れてしまった。


 まぁでも、このぐらいの方がいい。どこかに注目が集まった方がはるかにやりやすい。



「なぁおい、ホントにやるのか?」と傍らのチルリンが自信なさげに聞いてきた。


「当たり前でしょう? ミッドランドへ戻るためなら手段は選ばないわ」とキャロラインは答える。



 ジークフリードがキャロラインに示した作戦は、通りに沢山点在する出店の金を盗むことだった。店主が客にかかりきりになっている間に、金を溜めている籠に手を突っ込み、それを持って逃げるのだ。


 キャロラインは更にその作戦を応用した作戦をたてた。


 チルリンは顔だけ変身できる特技を持っている。普段、その能力を使い人に成りすましているわけであるが、普段と全く違う顔でチルリンに盗みをさせる。最初に店主を引き付けるのはキャロラインの役目だ。とにかくできるだけ厄介なことを言って、その隙にチルリンに金を盗ませる。そして、チルリンは逃げている途中で顔を変えればいい。


 これで完全犯罪が成り立つはずである。


 万が一チルリンが捕まったとしても、まさか店主も顔が違う人間を捕まえるわけにはいかないだろう。だから100%解放されるはずだ。


「よし、いくわよ」とキャロラインはチルリンに声をかける。すると、チルリンは髭面の白髪のオッサンの顔に変貌してゆく。印象に残りやすい顔、ということでキャロラインがその顔になるよう指定したのだ。

(チルリンは想像上の人物の顔になることはできない。実際に自分の目で見て、その顔に変化するのである。この爺さんの顔は道行く途中にいた顔だ)


 3人が鳥の足を焼いている出店に並んでいた。前の女性客2人が2人前の足を注文しているようだった。その後ろに1人並んでいた。キャロラインはそのすぐ後ろに並び、オッサンに成りすましたチルリンが更にその後ろに並んだ。


 キャロラインとチルリンはまるで別のグループのように縦に並んでいる。


 そう、完全に赤の他人を装わなければならない。


 だからこうすることがベストのはずだ。


 女性客2人が鳥の足を受け取り、どこかに行った。


 段々自分の番が迫ってくる。このために片言だが言葉の勉強もした。聞き取りはできないが、思っている単語を叫ぶだけでも効果はあるはずだ。


 前の男性客も去り、次にキャロラインの番がきた。店主がチラッとこちらを見て声をかけてくる。


「コホアコワイエジャハネ? ――チキン何個だ?――」

「ロホオン ――1個――」とキャロラインは言った。


「レイタ ――はいよ――」と言い、店主は出来上がったチキンを一個箱に詰める。
「ケガカナロホオンベラ ――じゃあ21ベラだ――」


「コガギ! ――違う――」とキャロラインは叫んだ。「ロホナオン! ――10個――」

「ケガカナロホナオンベラ ――じゃあ210ベラだ――」と店主は言い、鳥の足をつめなおそうとすると、キャロラインは再び叫ぶ。


「コガギ! ――違う――  ロホオン!! ――1個――」

「バエケケカテイ ――どっちだよ――」と店主はイラつく表情でキャロラインを睨みつける。

「コガギ! ――違う――  ロホナオン! ――10個――」

「ケギギトタマデソ! ――ふざけてんのかてめぇ――」

「コガギ! ――違う――  ロホオン!! ――1個――」

「ホウケレカウガ!! ケアケエイエハアガガ!! ――うるせぇええ!! どっちなんだはっきりしやがれ!!――」

「コガギ! ――違う――  ロホナオン! ――10個――」

「コアイエイハイエマカベ! ケオアイグエ! ――てめぇさっきからなんなんだ! ぶん殴るぞ!――」

「コガギ! ――違う――  ロホオン! ――1個――」とキャロラインが叫んだその直後だった。キャロラインの後ろに並んでいたチルリンが籠に手を突っ込み、そのまま通りを逃げた。

「コアイケハカサメ!! ――コラてめぇ待ちやがれ!――」と叫び店主は残りの金を素早くポケットに入れチルリンのあとを追いかける。


 よし、やったぁ! と思ったキャロラインは無言のまま列から離れる。そして、このままチルリンに合流すればいい。大丈夫。チルリンの能力なら逃げ切れるはず。


 そしてわずかにはにかんだところで右手首を誰かに捕まれた。


 知らない男だった。


 キャロラインが驚きのあまり声を出せずに目を皿のように丸くしていると、そのまま男はキャロラインの体を地面に押し倒し、両方の手を後ろ手にさせ、両方の手首をロープで縛りあげた。


 体を道端にうつ伏せにさせられたままのキャロラインは、何が起きているのかさっぱり分からなかった。


 いや、そもそも、どうして金を盗んでもいないわたくしの方が捕まっているのだろう?


 視線の先にはこちらを見て笑うジークフリードがいた。


 ざまぁみろ、といわんばかりの笑みだった。


 その瞬間すべてが分かった。


 ジークフリードにハメられたのだ。


 どんな方法か分からないが、ジークフリードは警察に密告して、わたくしたちを捕まえさせようとしたのだ。


 するとジークフリードがミッドランド語で大声で叫んだ。


「はははは、キャロライン! いい気味だ! あっとそうそう、実はね、この国では盗みの罪は非常に重いんだよ。どのぐらい重いかというとね。たったそれだけの犯罪で公衆の面前で絞首刑になるほど重いんだ! すまないねキャロライン。でもぼくはどうしてもぼくの目の前で死ぬ君を見たかったんだ! 君の最期の瞬間をどれほど妄想したか分からないからね。だからね、キャロライン、ぼくのために死んでくれ。それが君にとって一番よい道なんだよ」


「ふざけんじゃないわよジーク!」


「はーっはっはっはっはっは! 大人しく死ね!」


「ホエケナクゲ! ――ほら、立て――」と言われ、キャロラインの体は男に持ち上げられ、強制的に立たされる。


「ふざけんな!!」とキャロラインは叫んだ。「このクソガキ! 殺すべきだった! あの時殺すべきだった!」


「はーっはっはっはっは! ざまぁ!!」


 警察らしき男にせっつかれ、強制的に歩かされる。背後からはいつまでも……本当にいつまでもあの憎らしいジークフリードの笑い声が聞こえていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄をされたが、私は聖女で悪役令嬢ではない。

夜空のかけら
ファンタジー
自称王子は、悪役令嬢に婚約破棄を宣言する。 悪役令嬢? 聖女?? 婚約者とは何だ?? * 4話で完結 恋愛要素がないので、ファンタジーにカテゴリ変更しました。 タグも変更。書いているうちに変化してしまった。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

悪役令嬢日記

瀬織董李
ファンタジー
何番煎じかわからない悪役令嬢モノ。 夜会で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢がとった行動は……。 なろうからの転載。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

田舎土魔法使いの成り上がり ~俺は土属性しか使えない。孤独と無知から見出した可能性。工夫と知恵で最強に至る~

waru
ファンタジー
‐魔法-それは才能のある者にしか使えぬ古代からの御業。 田舎に生まれ幼い頃より土魔法を使える少年がいた。魔法が使える者は王の下で集められ強力な軍を作るという。16歳になり王立魔法学園で学ぶ機会を得た少年が知ったのは属性によりランクがあり自分の属性である土は使う者も少なく最弱との事。 攻撃の火・回復の水・速度の風・最強の光と闇・そして守りの土。 その中において守りや壁を作り出す事しか出来ない土は戦場において「直ぐに死ぬ壁役」となっていた。役割はただ一つ。「守りを固めて時間を稼ぐ事」であった。その為早死に繋がり、人材も育っていなかった。土魔法自体の研究も進んでおらず、大きな大戦の度に土魔法の強者や知識は使い尽くされてしまっていた。 田舎で土魔法でモンスターを狩っていた少年は学園で違和感を覚える。 この少年研究熱心だが、友達もおらず生き残る術だけを考えてきた 土魔法しか使えずに生きる少年は、工夫によって自身の安全を増やして周囲の信頼と恋慕を引き寄せていく。 期待を込めて入った学園。だがその世界での常識的な授業にもついていけず、学業の成績も非常に低い少年は人と違う事を高める事で己の価値を高めていく。 学業最低・問題児とレッテルを張られたこの少年の孤独が、世界と常識を変えて行く…… 苦難を越えた先には、次々と友達を得て己を高めていく。人が羨ましがる環境を築いていくが本人は孤独解消が何よりの楽しみになっていく。…少しだけ面倒になりながらも。 友人と共に神や世界の謎を解いていく先には、大きな力の獲得と豊かな人脈を持っていくようになる。そこで彼は何を選択するのか… 小説家になろう様で投稿させて頂いている作品ですが、修正を行ってアルファポリス様に投稿し直しております。ご了承下さい。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

処理中です...