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第二章 ミッドランドに帰らなきゃ編
34、女王、元王子から知恵を借りる。
しおりを挟む目をあけると、正面に茅葺の屋根が見えた。
脇を見ると、薄い木の板を張り合わせた貧相な壁が映る。
ヒュー、という隙間風が出入りする音が聞こえ、次にあの嫌な声が耳に入り込んできた。
「やぁマイハニー。気が付いたようだね」
声の聞こえた方を向くと、そこには金髪の元王子ジークフリードと、そしてチルリンが居た。
「ここはどこ?」
「ここかい? ここはぼくのマイハウスだよ」
……
「あ、今心の中で馬鹿にしただろキャロライン」
……
「最近までね、ぼくもそうだったんだよ。自分の運命を呪い、君とドンスター公を呪い、そして世界を呪っていた。……でもね、ドンスター公の辿った運命を知ってからその気持ちがスゥーっと抜けていってね。
ああ、あの玉座に拘っていたらぼくも死んでいたかもしれない、と思ったんだ。そして君だよ。今の君。きっと影武者とやらにその座を奪われたんだろう? だから本物の君がここにいる。ぼくからしてみれば君に同情を禁じ得ないよ。だって、その影武者にとってもっとも脅威なのは君だ。君を殺さなければきっと影武者は夜も眠れないだろう。
だから、なんとしても君を殺しに来るはずさ。
君は寝ている時も、食事をする時も、歯を磨くときも、お気に入りの洋服を着てどこかに出歩く時も、常に“死”を覚悟しなければならないわけだ。つまり、遅かれ早かれ君は死ぬ。もし死ななかったとしても、生きている間は常に恐怖に怯えることになる。
これを人生の不幸と言わずして何というだろうね。きひひ。だから今ぼくはこんな家に住みながらも最高にハッピーなのさ。どこからも必要とされないこと、というのも人生においてたまにはプラスに働くのだと知ったよ」
キャロラインは床に手をつき、起き上がる。
「まだお父様が死んだと決まったわけじゃない」
「ぼくの言葉を信じないつもりかい?」
「当たり前でしょう?」とキャロラインは言ってみたものの、その声は酷く弱々しい声となって喉の奥からそろりと出てきた。
たぶんその声に本心が現れていると思ったジークフリードはまるで楽しい演劇を眺めるようにキャロラインを眺める。
「チルリン!」とキャロラインは叫んだ。
「なんだよキャル」
「外行くわよ、外!」
「えー?」
「本当にお父様が死んだか確かめなければならないの!」
「おっと、お父様だけでいいのかい?」と傍でジークフリードが笑った。「ドンスター領には君の兄のビアンキがいるだろう? たぶんビアンキももうすぐ死ぬと思うけど、彼のことは気にならないのかい?」
「うるさいわ! 黙ってて!」
キャロラインは顔を真っ赤にしてジークフリードの家から飛び出すと、チルリンを引き連れ、とにかくミッドランドが今どうなっているか、ということを方々に聞いて歩いた。
それこそ日が暮れるまで、道行く人々に手当たり次第に尋ねた。
そこで真実を叩きつけられる。
何度聞いても、誰に聞いても同じ話ばかり。
アルバトーレ=ドンスターは殺され、彼を暗殺した罪でビアンキ=ドンスターは彼の妹である女王キャロラインの軍隊によって攻め立てられている、という話だった。
本物はここにいるのにね……、とキャロラインは思った。
ジークフリードは正しい情報を言っていたのだ。
これ以上なく正しい情報を……
キャロラインは背中を丸めむせび泣いた。やがて曇った空から雨が降り注ぎ、それがキャロラインの背中に容赦なく打ち付ける。
だから、ジークフリードの家に帰ってきたときには、キャロラインはずぶ濡れになっていた。
その姿を見てジークフリードは朗らかに微笑んだ。
「おやおや、マイハニー。君はまるで捨てられた子犬のようだね」
……
「さて、そんなマイハニーはそれでもミッドランドに戻りたいのかい?」
……
「なるほど……やはり戻りたくなくなったかい。たしかにそれが賢明だ」
「戻るわ! 絶対に!」とキャロラインは叫んだ。
「お父様を殺したのがお兄様であるはずがない。お兄様は無実の罪を着せられただけ! わたくしにはそれが分かる。だから助けに帰らなければならないの! 私が!」
「へぇ~……、まったく、君らしいと言えば君らしいのかな。現実がみえていないというか、勇敢というかなんというか。帰れば殺されるよ? きっとね」
「それでも私は帰るわ」
ジークフリードは肩をすくめて天を仰いだ。
「全く。馬鹿につける薬はないなぁ、本当に君は相変わらず愚かだ。まぁそれも一興。よし、ならば君にいいことを教えてあげよう」とジークフリードは言った。たぶんこれまでで一番穏やかな声で。
「いいこと?」
「ふふふ。それはね……てっとりばやくミッドランドに帰るまでの船代を稼ぐ方法さ」
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