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第二章 ミッドランドに帰らなきゃ編

19、農民の娘、豪商と王都に赴く。

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 車輪が回り、荷台が細かく揺れる。


 アーチ型のテントを張った一台の馬車が王都の城門を潜り抜けた。


 馬車の荷台に乗る少女パナは、そのアーチ型のテントから顔をだし、外を眺めた。



「すんごぉい!」



 パナの前には王都の街並みが広がっていた。


 左右にはレンガ造りの家々が続き、屋根には瓦がのっており、道はすべて石で出来ていた。こういうのを“石畳”というらしい。



 田舎の農村から出てきたパナにとって、瞳に映る何もかもが新鮮であった。



「小娘! うろちょろせえへんことや!」と同じ荷台に乗る豪商ブホホが叫んだ。


「はい、ブホホさん。オラ気を付けますだ」


 豪商ブホホは丸いお腹を引きずり、その疑り深いトカゲのような目をパナに近づける。


「“オラ”も無しや小娘。“わたくし”や。“わたくし”って言うてみぃ。何べん言ってもちっとも理解せえへんな。ホンマ頭の悪いやっちゃのう」

「すみませんだ……」

「まぁええか。どうせ、ついたらすぐその言葉遣い直されるよって」


 パナは唾を飲み込んだ。


 パナはこの豪商に買われた。そしてこれから何処かに連れていかれる。


 だけど、どこに連れていかれるのか、ほとんど聞かされていなかった。



 行き先を言わない、ということはよほど悪いところなのだろうか?


 娼婦としてどこかに売られることを覚悟していたが、どうもこの欲深そうな男の言葉を探ると、そうでもないみたいだ。



 ――オラは一体どこに連れていかれるんだべ……


 故郷の村を出て2週間ほどになるが、もう故郷が恋しくなっていた。おとうの顔が見たかった。おっかぁの顔も弟たちの顔も見たかった。


 泣いたら駄目だ。せっかくオラが買われた金でみんな笑顔で暮らしていけるのに……


「小娘!」という声が耳に入り込む。「もうちょいで着くよって、その場で回ってくれへんか?」

「オラ……、いえ、わたくしが?」

「そうや、他に誰がおんねん。服をチェックしたいんや」


 服? たしかに昨日ブホホさんに買ってもらった服を着てるけど……


 パナはその服を着たまま揺れる荷台の中でゆっくりと回った。


 ブホホの手が伸び、しわくちゃになった服を直し、セットされた髪のほつれも直された。


「これで大丈夫や。きっと気に入ってくれるはずや。間違いあらへん」


 ブホホが何に納得しているのか分からなかったが、馬車は石畳を進み続ける。そして、王都の中央にあるお城を囲む大きな城門が開き、馬車は中に入っていく。


「ホラ! 降りるんや! お前はワテについてこればええ。わかったな?」


 パナはコクンと首を縦にふった。


 豪商ブホホは馬車を降り、その丸いお腹を引きずるように赤いカーペットの敷かれた階段を登ってゆく。


 パナはそのあとに続く。お城なんてはじめてで目が回りそうだった。


 金の鎧を着こむ兵士。ピカピカの床に、豪華なシャンデリア。まだ昼なのに、シャンデリアの上に乗せられた蝋燭の明かりが輝く透明な何かガラスによって反射され、その光が辺りに満ちていた。そのほかにも金色の燭台に、壺、カチカチと怪しげな音を鳴らす大きくて光り輝く時計。

 その光景に思わず目移りしてしまう。


「こっちや小娘!」と豪商ブホホが鬼の形相でこちらを睨んでいた。


「すみませんだ」そう言ってパナは再びブホホのあとを追いかける。



 すると、ある場所まで来ると、ブホホは滑り込むように土下座した。


 パナは訳が分からず棒立ちになっていると、大広間の脇から一人の女性が現れた。


 パナとその女性の目が合う。


 パナは信じられない思いだった。


 そこには自分がいたのだ。自分とまったく瓜二つの女性が……


 そして女性もパナを見て目を丸くしているようだった。


 女性は、大広間の玉座に座らず、こちらに駆け寄ってきた。

 そしてパナの顔を見て言った。


「噂には聞いていたけど……本当にわたくしにそっくりね」と女性が声を発したことでブホホは、その女性が近くに来ていたことに気づく。


「これは、ご機嫌麗しゅう」

「べつに麗しくないわ! むしろご機嫌ななめといったところよ。この右手の手首を見てブホホ。真っ赤でしょう? わたくし、あの眼鏡の執政官に殺されるところだったの」


 パナは棒立ちになったままその女性を見つめ続けていた。どう反応していいか分からなかったからである。


「こりゃ! きちんと頭を下げるんや! パナ! このお方をなんやと思ってんねん! このお方はこの国の頂点に立たれている女王陛下やぞ!」


「じょ、女王様!????? し、し、失礼いたしましたぁああ! オラなんもわかんねぇで」


 パナは急いで土下座する。


「別にいいのよ」と妖艶な声が耳に入り込む「顔をあげなさいパナ。そしてわたくしを見るのよ」


 パナは顔をあげた。


 パナの瞳に自分と同じ大きなたれ目が映る。


 女王キャロラインは色っぽいその唇をつり上げる。




「これからよろしくねパナ。わたくしが今日からあなたの主人のキャロラインよ」
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