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最終話
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どうしてこうなった。
俺は今、山西楓と新幹線に乗っている。
もちろん東京のアパートに帰る為なのだが。
「京介くん、お腹空いてませんか」
「ん、大丈夫」
「京介くん、お茶ありますよ」
「ああ、どうも」
「京介くん、もうすぐ小田原ですよ」
「……」
ずっと朝からこの調子なのである。いけない事はないが、非常に恥ずかしい。
てか他の乗客の視線が痛い。
向こうの若者なんて、なんで超美少女がテメェみたいな冴えない奴と一緒にいるんだよ、的な訴えを目と顔面で投げつけてくる。
行きはよいよい、帰りは怖い。
先人の言葉は本当らしい。
はぁ、と、思わず溜息が出る。
「京介くん、疲れちゃいましたか?」
「いや、その、さ」
「なんでしょう、京介くん」
だからそれだよ、それ。
「なんで、必ず名前言うの?」
「い、いけません、か」
「いけないというか、理由があれば知りたい」
言い淀む山西は、しばらく俯いて、突然顔を上げた。
「あの、怒りませんか?」
「聞いてみないと分からない」
「わ、笑いませんか?」
「それも聞いてみないと」
口を真一文字に結んで、何かを考える様子の山西は、新幹線から降りるタイミングで、話し始めた。
「実は──」
俺たちは、小田原から小田急線に乗り換える。その移動の合間に話を聞くつもりだったのだけれど。
気がついたら、ロマンスカーの車内でも山西の説明は続いていた。
てか何でロマンスカーに乗ってるの。何かの策略かしら。快適なだけど。
山西の説明を要約すると、以下の通りだ。
中学三年で東京へ引っ越してから、ずっと俺にお礼を言うシミュレーションを続けていたという。
それも最初はフルネームだったらしいが、次第に下の名前だけを呼ぶようになったと。
その過程でちょっとだけ妄想してしまい、色んな言葉を脳内の俺に投げかけていた。
という、とんでもない内容だった。
「アイドルの時も忙しくて。思い出の京介くんとの会話だけが楽しみでした」
「へ、へー」
返す言葉が見つからない事を責めないでいただきたい。
こんなの、何て答えればいいのか、俺は習っていないのだから、仕方ない。
「だから、実際の京介くんを目の前にして呼べるのが、すごく嬉しいんです」
よ、よかったデスネー。
小田急の町田駅で乗り換えて二駅。鶴川駅が見えてきた。
よく、町田市は本当に東京なのか。神奈川じゃないのか。
もっといえば相模原じゃないのか、などとしばしば論争になったりならなかったりするが、ここも一応はギリギリ東京都だ。
駅を出て、北へ向かう。南へ行くとすぐ鶴見川、それを越えたら神奈川の川崎市だ。
白い息を吐きながら、通い慣れた道を歩く。その横には、まだ山西がいる。
「──山西もこの近くなのか?」
口に出して、失敗だったと後悔する。
山西は女子。女子に対して住んでいる所を聞くのは、失礼な行為だ。
「はい、そうですね」
何の抵抗もなく、あっけらかんと答える山西に、少しだけ危機感を覚える。
「あのなぁ、男子に住まいを教えたらダメだ」
「どうしてでしょうか。京介くんが聞いてきたんですよ?」
「まあ、それは悪かった。だけど、そんなに簡単に家を教えるのは危険だ」
「大丈夫ですよ」
話しているうちに、俺が住むアパートが見えてきた。
外観だけは洋館。その中身は、ただのワンルーム。
三畳のキッチンに、ユニットバス。そして七畳のフローリングの部屋。
アパートの敷地に入った所で、山西の姿が消えた。
なんだ、さようならも無しか。
まあいい。
ちょっとだけ楽しかったが、また普段の生活に戻るだけだ。
とりあえず帰ったら、母親に持たされたモチをオーブンで焼こう。
角部屋である自室の玄関を開けて、荷物を下ろす。
「はあ、疲れた」
誰にともなく吐いた言葉は、静まり返った部屋に響く。
と、壁の向こうで、物音がした。確か空室だった筈だが、誰か引っ越してくるのだろうか。
モチをオーブントースターに放り込んでタイマーを回したところで、玄関のチャイムが鳴った。
やはり誰か隣に越してくるのか。
穏やかな人だといいな。
サンダルを履き、玄関の覗き穴を見るが、顔は見えない。
仕方なく解錠し、ドアノブを捻る。
「はい……えっ」
「こんにちは。今度隣に越してくる、山西楓です」
はい?
「これからよろしくお願いしますね、京介くんっ」
俺の東京生活は、どうやら騒がしくなりそうだ。
どうしてこうなった。
俺は今、山西楓と新幹線に乗っている。
もちろん東京のアパートに帰る為なのだが。
「京介くん、お腹空いてませんか」
「ん、大丈夫」
「京介くん、お茶ありますよ」
「ああ、どうも」
「京介くん、もうすぐ小田原ですよ」
「……」
ずっと朝からこの調子なのである。いけない事はないが、非常に恥ずかしい。
てか他の乗客の視線が痛い。
向こうの若者なんて、なんで超美少女がテメェみたいな冴えない奴と一緒にいるんだよ、的な訴えを目と顔面で投げつけてくる。
行きはよいよい、帰りは怖い。
先人の言葉は本当らしい。
はぁ、と、思わず溜息が出る。
「京介くん、疲れちゃいましたか?」
「いや、その、さ」
「なんでしょう、京介くん」
だからそれだよ、それ。
「なんで、必ず名前言うの?」
「い、いけません、か」
「いけないというか、理由があれば知りたい」
言い淀む山西は、しばらく俯いて、突然顔を上げた。
「あの、怒りませんか?」
「聞いてみないと分からない」
「わ、笑いませんか?」
「それも聞いてみないと」
口を真一文字に結んで、何かを考える様子の山西は、新幹線から降りるタイミングで、話し始めた。
「実は──」
俺たちは、小田原から小田急線に乗り換える。その移動の合間に話を聞くつもりだったのだけれど。
気がついたら、ロマンスカーの車内でも山西の説明は続いていた。
てか何でロマンスカーに乗ってるの。何かの策略かしら。快適なだけど。
山西の説明を要約すると、以下の通りだ。
中学三年で東京へ引っ越してから、ずっと俺にお礼を言うシミュレーションを続けていたという。
それも最初はフルネームだったらしいが、次第に下の名前だけを呼ぶようになったと。
その過程でちょっとだけ妄想してしまい、色んな言葉を脳内の俺に投げかけていた。
という、とんでもない内容だった。
「アイドルの時も忙しくて。思い出の京介くんとの会話だけが楽しみでした」
「へ、へー」
返す言葉が見つからない事を責めないでいただきたい。
こんなの、何て答えればいいのか、俺は習っていないのだから、仕方ない。
「だから、実際の京介くんを目の前にして呼べるのが、すごく嬉しいんです」
よ、よかったデスネー。
小田急の町田駅で乗り換えて二駅。鶴川駅が見えてきた。
よく、町田市は本当に東京なのか。神奈川じゃないのか。
もっといえば相模原じゃないのか、などとしばしば論争になったりならなかったりするが、ここも一応はギリギリ東京都だ。
駅を出て、北へ向かう。南へ行くとすぐ鶴見川、それを越えたら神奈川の川崎市だ。
白い息を吐きながら、通い慣れた道を歩く。その横には、まだ山西がいる。
「──山西もこの近くなのか?」
口に出して、失敗だったと後悔する。
山西は女子。女子に対して住んでいる所を聞くのは、失礼な行為だ。
「はい、そうですね」
何の抵抗もなく、あっけらかんと答える山西に、少しだけ危機感を覚える。
「あのなぁ、男子に住まいを教えたらダメだ」
「どうしてでしょうか。京介くんが聞いてきたんですよ?」
「まあ、それは悪かった。だけど、そんなに簡単に家を教えるのは危険だ」
「大丈夫ですよ」
話しているうちに、俺が住むアパートが見えてきた。
外観だけは洋館。その中身は、ただのワンルーム。
三畳のキッチンに、ユニットバス。そして七畳のフローリングの部屋。
アパートの敷地に入った所で、山西の姿が消えた。
なんだ、さようならも無しか。
まあいい。
ちょっとだけ楽しかったが、また普段の生活に戻るだけだ。
とりあえず帰ったら、母親に持たされたモチをオーブンで焼こう。
角部屋である自室の玄関を開けて、荷物を下ろす。
「はあ、疲れた」
誰にともなく吐いた言葉は、静まり返った部屋に響く。
と、壁の向こうで、物音がした。確か空室だった筈だが、誰か引っ越してくるのだろうか。
モチをオーブントースターに放り込んでタイマーを回したところで、玄関のチャイムが鳴った。
やはり誰か隣に越してくるのか。
穏やかな人だといいな。
サンダルを履き、玄関の覗き穴を見るが、顔は見えない。
仕方なく解錠し、ドアノブを捻る。
「はい……えっ」
「こんにちは。今度隣に越してくる、山西楓です」
はい?
「これからよろしくお願いしますね、京介くんっ」
俺の東京生活は、どうやら騒がしくなりそうだ。
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