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若葉エコ

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第4話

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 4

 市民ホールのロビーは、成人式に出席する若者でごった返していた。

 年齢的に大人と認められたばかりの若者たちは、身体に馴染まないスーツや、この日の為に用意した振袖に身を包んでいる。
 中には羽織袴に金髪の男子の一団もいて、ああいう輩たちが夕方の県内ニュースを悪い意味で飾るのだろう、などと、別世界の事の様に思ってしまう。

 かくいう俺もその輩たちと同年代なのだが。
 ちなみに俺は、無難に大学の入学式に着た濃いグレーのスーツにした。
 何なら、何らかの係の人にも見えそうなくらいに地味な装いだが、目立ちたくない俺にはこれくらいで丁度良い。

 さて、これから二人の人物を探さなければならない。
 一人は、昨日の美少女。
 もう一人は、中学三年で転校した、彼女だ。
 後者については、成人式には来ない確率が高いと思う。

 ひと通り、会場の入口に立って周囲の観察を済ませる。
 近寄らない方がよいエリアを把握した後、素早く受付で名簿確認を済ませた。
 会場の端っこを歩きながら、会場内を見渡す。
 うん、こういう時には身長が高いのは役に立つな。あとの利点は、満員電車でも頭一つ抜け出ているので、上空の新鮮な空気を吸えることくらいか。
 それ以外は目立つばかりで、身長なんかあったって何の役にも立ちゃしない。

 群衆よりひとつ高い視界から俯瞰すると、目当ての人物の一人は、すぐに見つけられた。

 昨日、駅前であった少女。いやもう成人だから、女性か。

 そりゃあ、晴れ着姿が溢れる中で洋服で、しかも昨日と同じ白いコートに白いキャスケットでいれば、嫌でも目立つだろうに。
 加えてあの可愛さなら、芸能人と云われても疑いはしない。
 彼女がいるエリアは、ホールのほぼ真ん中、軽食が置かれているテーブルがある辺り。華やかな女性らしいポジションである。

『成人式……来てください、ね』

 彼女の言葉を反芻しつつ、白いキャスケットへ足を向ける。
 とりあえずこちらの用事だけ済ませてしまおう。俺が成人式に出た事を確認させれば、それで用は済む。
 いざ、歩を進め始めて、やめた。

 彼女の周囲にいる、女性達。
 その面々が、嫌な記憶と合致したのだ。
 洋服姿の彼女の周りには、さも親しげに話す振袖姿の女性たち。
 それは紛れもなく、あの日の橋の下で逃げていった女子、つまり「イジメっ子」たちだ。

 そりゃあ、あいつらも成人式には来るよな。
 祭りとか理由もなく好きそうだし。
 しかし、近寄りたくねえ。
 何とかあの赤い振袖の背後から接近して。
 待て。それじゃまるで暗殺者だ。
 てかあのキャスケットの子、あいつらの知り合いなのか。

 しばし遠巻きに観察していると、イジメの主犯格だった紅い振袖の女は、身振り手振りを交えて必死に白いキャスケットの彼女の機嫌を取ろうとしているように見える。
 その取り巻きの振袖たちも同様で、明らかな愛想笑いを浮かべながら、きゃいきゃいと盛り上がっているような雰囲気を作り出そうとしていた。

 やはりあのキャスケットの女性は、有名人なのか。
 イジメっ子女子共があれだけ騒ぐところをみると、有名人なのだろう。
 もしかしたら、ファッション雑誌のモデルか何かかもしれない。
 アイドルでも通用しそうだが、あいにく俺はテレビをあまり見ない。高校生の頃はAMラジオが友達だった。

 いつしか、白いキャスケットの女性を中心にした女子の一団を囲む外郭には、遠巻きに様子を窺っている複数の男子の群れがいた。

 しばらく眺めていると、群れに変化が起き始めた。

 遠巻きの一団から抜け出した中々の好青年が近寄り、キャスケットの彼女に声を掛けようとする。それをインターセプトしたのは、イジメの主犯格の赤い振袖だ。
 次に声を掛けに行ったのは、肩幅の広い、爽やかそうな男子。これは大きな花柄の着物を着た女性がカットした。

 しばらく眺めていると、イジメっ子女子たちの目的が解ってきた。
 あの女子たちは、キャスケットの美少女の群を抜く容姿をオトリにして、男をおびき寄せているのだ。

 浅ましい。
 まるで、虎の威を借る狐そのものだ。
 あの赤い振袖は、中学時代もそうだった。

 不良グループにいた兄の存在をカサにきて、クラス内で好き勝手やっていたよな。決して容姿は悪くないのに、醜悪に見える原因だ。
 そんな事はつゆ知らず、一見して賑やかで華やかな女性たちが集う様子を見て、次々と名も知らぬ男どもが寄っていく。
 その度に、イジメっ子女子たちにカットされる。 
 輪の中心に位置する白いキャスケットの女性に近づけなかった男たちは、その場を濁して去ってゆく。
 そのルーチンワークを数度カウントした、その時である。
 輪の中心にいた白いキャスケットの彼女と、目が合ってしまった。

 瞬間。心拍数が跳ね上がった。

「あっ、やっと来ましたね」

 手を振りながら駆け寄ってくる彼女の姿に、思わず見惚れる。
 笑顔を浮かべた彼女は、俺の側に駆け寄ると、耳元で囁く。

「ごめんなさい、もう一度だけ助けて」

 助ける?
 背が高いだけの、腕力も無いひょろひょろの俺が?
 てか、もう一度ってどういう──。
 見ると、イジメっ子女子たちも一緒になってこちらへ向かってくる。
 来んな。マジ来ないで。気づいたらイジメられる。
 が、俺の予想を斜め上に裏切る光景が、目の前に展開された。
 イジメっ子女子たちは、笑顔で俺に話しかけてくる。

「うわぁ、身長高いね~、いくつあるの? どこ中出身?」
「かっこいいですね。どこの高校だったんですかぁ?」

 俺のことなど覚えていないのか、赤い振袖の主犯格の女も甘ったるい声で話しかけてくるが、そんなものはどうでもいい。

 俺は、用事を済ませに来ただけなんだ。なんならもう済んだんだよ。
 昔、お前に着せられた濡れ衣は、今は忘れといてやるから、早々に立ち去れ。
 赤い振袖たちを無視し続けると、必然的に俺の視線は目の前の彼女に向いたままになった。
 それを気に食わないのか、赤い振袖は顔を歪ませて白いコートの彼女を睨んでいる。
 キャスケットの彼女は、その歪んだ顔を一瞥し、俺の肩に手を置いて屈めとばかりに背伸びする。
 少し膝を折って屈むと、キャスケットの彼女は、俺に耳打ちをしてきた。

「お願いします、ここから出たいの。話を合わせて一緒に出てください」

 くすぐったい。しかも何だこれ、花の香りか。
 思わず顔面が熱くなる。

「わ、わかった。でも、どうすれば……」
「適当に動いてくれれば、あたしが合わせます」
「わ、わかった」

 不意の耳打ちでのぼせた頭に、ハテナマークが三つほど浮かぶ。
 適当って、何を。どんなふうに。
 あと、何で俺なんだ。

 が、とにかくこの子は困っている。ならば、と、覚悟を決めて、キャスケットの彼女に首肯で応える。
 すると、キャスケットの彼女の顔が変わった。
 それはまるで、愛しい恋人を待ち焦がれていた、乙女の顔だ。知らんけど。

「遅いよー、待ちくたびれちゃったんだからね。ほら、行こ」

 さっきまでの敬語は消え失せ、彼女はするりと俺の腕の取る。そしてそのまま、俺の腕に抱き付いてきた。
 その行動に、赤い振袖たちだけでなく、周囲の男子共の視線も、当然の如く集まってくる。
 うわぁ、注目されたくねぇ。
 目立ちたくねぇ。

「お、おいっ」
「このままでお願いします」

 ぼそりと囁いた彼女は、俺の腕に絡みついたままツカツカと歩き出す。
 俺は、引き摺られるように足を動かして、必死にペースを合わせることしか出来ない。
 くっ、歩調を合わせるのって、結構難しいな。
 多少ギクシャクした歩き方ではあるが、腕を引く彼女のスピードに合わせて歩き、何とかロビーへの扉にたどり着いた。

「このまま、出ちゃいましょうか」

 キャスケットの彼女に促されるまま、ホールから正面ロビーに出る。
 寒い。確実にホール内よりも寒い。扉を開けっ放しにしているせいだろうか。
 彼女も寒かったようで、俺の腕にしがみついたまま少し身震いをした。

 まあいいや、とりあえず用事だ。
 彼女の正体を聞いて、ここに来いと言った理由を聞いて、それが済んだら帰ってまたデカいモチを食おう。
 しかし、彼女が歩みを止める気配は無い。それどころか、大通りである青葉通りまで来てしまった。
 そして流れるタクシーを止めて、俺を押し込め、彼女自身も乗り込んできた。

 状況が把握し切れない俺を余所に、彼女は運転席に向かって、右だの左だのと道を説明し始める。

「……なあ、何処までいくんだよ」
「もうちょっとです。もうちょっとでいいので、お願い……します」

 弱々しく言った彼女に、何故か懐かしい気持ちになる。
 十分も乗らずにタクシーが着いた先は、富士川の河川敷だった。

「懐かしい……八年振りです」

 彼女は先に立って川沿いの道を進み、俺はその後を三メートルほど離れて歩く。
 しばらくすると、東海道線の鉄橋が見えてきた。

 ──あれ、この橋って。

「ここ、覚えてます?」

 不意に、白いキャスケットの彼女が振り返る。
 忘れる訳は無い。
 元々俺は、その時の疑問を解決する為に、この街に帰ってきたのだ。

 あの時の彼女は、誰だ。
 ただ、それだけの為に。

 思い出の中の「彼女」に、白いキャスケットの「彼女」が、近づいていく。
 そして、やがて一人の女性となった。

「あの時、助けてくれて、本当にありがとうございました」

 彼女はキャスケットを脱ぎ、ぺこりと頭を頭を下げる。乱れた髪が寒風に舞った。
 その仕草、その光景で思い出す。
 その姿は、学校を早退する時に担任に頭を下げていた、彼女そのものだった。

 なんてことだ。全然気づかなかった。
 昨日駅前で見た時に感じた懐かしさは「知っていた」からだった。
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