聖女の代行、はじめました。

みるくてぃー

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聖女達は悲しみを乗り越えて

第16話 聖女の修行

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 聖女様こと、アリアンロッド様が戻られて本格的な修行が始まった。
 まず早朝より神殿内でお祈りをする。まぁ、基本よね。最近はサボって……コホン、いろいろあったからおろそかになっていたけれど、お祈りは聖女候補生ではなくともこの国の住人なら珍しくもなんともない。
 この国では豊穣の女神と言われるミラ様を崇めており、聖女様はその力を授かった者として敬われている。
 つまりね、聖女の力を高めるのにお祈りを捧げる行為はとても大切な事、私も幼い頃から朝と夜のお祈りはお母さんとリィナの三人で行っていたものだ。

「レジーナ様、今日の髪飾りは素敵ですね」
「あら、気付かれましたか? 先日レクセンテール様に頂いたものなんです」
「まぁ、レクセンテール様にですか? 羨ましいですわ」
「「「おほほほ」」」
 はぁ、今日も朝っぱらからウザいわね。
 二人の候補生が辞退した事により三人になった悪役令嬢集団(言い切った)。
 流石に聖女様が戻られてからはいつもの煌びやかなドレス姿ではなく、聖女候補生として用意された白を基調にした清楚な神官服を着ているが、それ以外は髪飾りや無意味なアクセサリーで自分を着飾っており、私がお祈りを捧げている隣で何やら意味不明の言葉を羅列して、三人で仲良くお喋りに花を咲かしている。


 キィーー、パタン。
「みなさん、朝のお祈りはしっかり出来たかしら?」
「「「「はい、聖女様」」」」
 神殿内に設けられた一室、通称祈りの部屋に入ってこられたのは二人の巫女様を引き連れた聖女様。
 巫女様とは聖女様の身の回りのお世話と、聖女としてのご公務を影から支えられているいわば神殿のメイド版と思って頂くとわかりやすいだろう。
 それにしてもほんの僅かな時間すらもお祈りを捧げていないくせに、よくもまぁ堂々と返事ができたもんだ。

「レジーナさん、新しく入ったティナとは仲良く出来てるかしら?」
「もちろんでございますわ聖女様。ティナさんは平民と言う事ですが、私たちは分け隔てなく彼女を受け入れておりますのでご安心ください」
 レジーナがここぞとばかりに自分をアピールする。
 私の出生を知っている聖女様にすれば、レジーナは従姉妹に当たる訳だからね、気を使ってくださったのだろう。だけど申し訳ないが、今まで一度たりとも受け入れて貰えた記憶がないし、これからも仲良く出来る要素が全く見当たらないので、聖女様が思っているような事にはならないと思う。

『グルルゥ』
 スリスリ
 何かが私の体に触れてくる。
 このフワモコの感触は御影みかげだろう。私は三人に気付かれないよう、首元あたりこちょこちょしてあげる。

「あら、ふふふ」
 唯一私の行動に気付かれた聖女様がこちらを見て微笑みかけてくる。
 昨日、聖女様から聞いた話なんだけれど、この御影みかげは代々聖女様を守ってきた上級精霊『聖獣』と呼ばれる生き物で、その姿は人の目から見えないようにする事が出来き、御影みかげの存在自体知っている人もこの国でもほんの一握りなんだって。ユフィのお兄さんである王子様ですらまだ知らされていないらしい。
 そういえば以前ユフィが言っていたわね、人型でない精霊と近いうちに出会えるかもって。それって御影みかげの事よね?


「それじゃ今日の内容を伝えるわね、レジーナさん達は午前中この部屋でお祈りを続けてちょうだい」
「「「はい」」」
「ティナは騎士団の宿舎へ行って馬のお世話をお願いするわ」
「馬ですか? はい、分かりました」
 一瞬頭に疑問が過るが、すぐに言葉の理由を察し返事をする。

「私は少し人と会う事になっているから、後は各々に任せるわね」
「「「「はい、行ってらっしゃいませ」」」」
 聖女様と巫女様達が出て行かれるのと当時に、私に触れてたフワモコが遠ざかっていく。これで御影みかげの存在を知らない巫女様がドアを閉めちゃって、ギャグのひとコマのようにドンっとぶつかったら笑の一つも起こるだろうが、残念な事に上級精霊である御影みかげは姿を消すだけではなく、人間が築いた壁などは簡単にすり抜けられるんだそうだ。

「ふふふ、馬のお世話ですって」
「あら、レジーナ様。笑っては失礼ですよ」
「ですがお似合いではございませんか? 聖女様もよく分かっていらっしゃるわ。おほほほ」
 はぁ、聖女様が居なくなったと思ったらまたこれか。この人たちホント何も知らないんだな。

 ここ数週間、共に過ごす事によってこの三人がどれだけ無知なのかにようやく気づくことが出来た。
 ラッテやメイドさんズに言われた時はまさかとは思ったが、どうも力の強さ以前にこの三人は聖女の力のことわりを知らなさすぎる。もしかしたらそれなりの力を秘めているのかもしれないが、力を強める修行を行わなければ精霊達は答えてくれない。
 これはいずれ聖女となるユフィにも言える事で、彼女もお祈りは毎日欠かさないと言っていたし、体に負担にならない程度で草花に触れたり、精霊が好きな歌を歌ったりしているという。

 それなのにレジーナ達とくればお祈りはしない、汚れるから草花には触りたくない等まともに修行をする気が全く見えない。
 こんな事じゃいくら聖女の血が濃くても、まともに力が振るえる訳がないじゃない。

「言いたい事はそれだけですか? それじゃ私は馬小屋へ向かいますので」
 後ろの方で「まぁ、なんて失礼な言い方」「只の負け惜しみですわ」等の声が聞こえてくるが、私は構わず部屋を後にする。
 どんな理由にせよ、お金をもらう限りは与えられた役割をこなし、私を推薦してくださったクラウス様にご迷惑をかけないようにしなければ、金貨100枚を受け取る資格はないと私は思っている。
 何といっても国民の血税だもんね、無駄にできる事なんて何一つもないんだ。





「思っていた以上に綺麗ね」
 護衛をしてくれてる騎士様にお願いし、馬小屋へ案内されて一番最初に思った感想がとにかく綺麗だった。
 馬小屋内の掃除はしっかりされているし、立ち並ぶ馬達の毛並みもツヤツヤで、これ以上何をするのよと言われてもすぐには答えられない、そんな感じ。

「ここは陛下や公爵様達が使われている専用の馬小屋なので特別なんです」
 護衛騎士の一人が私の疑問に答えてくれる。
「そうなんだ、どうりで馬達も立派だと思ったわ」
 言われてみれば確かにそんな感じだ。馬の数も数えるほどしかいないし、端の収納棚に見え隠れする馬具も高そうなものばかりだ。
 流石に騎士団が保有している馬の全てとか言われても、とてもお世話をしきれる自身は私にはない。もしかして聖女様もその辺りを考慮してくれたのかもしれない。

「それじゃ始めましょうか、まずは餌やりからかな。早く馬達と仲良くならなきゃいけないしね」
 そう言って私は一番近い馬へと近づいていく。

「ティナ様、何も聖女候補生のあなたがその様な事をなさらなくても」
 割り当てられた護衛騎士の一人、年若いディアンが私の行動を諌めてくる。
「いいのよディアン、これは聖女様から仰せつかった修行ですもの」
「ですが、他の候補生の方は神殿におられ、ティナ様だけにこのような内容を与えられるなんて納得が出来ません。せめて我らにも手伝わせてください」
 見れば他の二人の騎士様は私とディアンの成り行きを見守っているだけ、流石に熟練の騎士様からすれば聖女様に言われた事には逆らえないのだろう。少し複雑そうな表情でこちらを眺めている。

「えっとね、聖女様は何も私を虐めようとか除け者にしようとか思っていらっしゃる訳じゃないのよ。これも聖女の力を高める立派な修行、私もよくお母さんから鶏のお世話や、近所で飼われているヤギや牛のお世話をやらされたものよ」
「馬や鶏のお世話が聖女の力を高める修行になるのですか?」
 ディアンが不思議そうに訪ねてくる。他の二人の騎士も私が言っている意味が分からないのか、お互いの顔を見ながら答えを求めている。

「聖女の力のみなもとって知ってる?」
「源ですか?」
 三人とも心当たりがないのだろう、何も知らない人からすれば知る必要もな事実だから仕方がないか。
「聖女の力ってね、何も万能の力ってわけじゃないのよ。ちゃんと仕組みがあって力の源となる精霊達と会話する事によって、初めて現象として表す事ができるの」

「精霊、ですか? ティナ様と一緒におられるライム様の事ですよね?」
「ん~、ライムも精霊だけどこの場合下級精霊と呼ばれる子達ね。ライムは精霊の中では中級精霊と呼ばれる存在で、人間でも姿が見えたり話したりする事が出来るんだけれど、下級精霊達は話す事は出来ないし個々の意思もそんなに強いもんじゃないの」
 これは聖女の力を使う者なら誰しもが共通する事。精霊達は私たちの目には見えないけれど、大気中に、大地に、水などにも存在している。俗に言う四大元素と呼ばれているものには精霊達が自然と宿ると言われている。
 だけどこれらの下級精霊は自ら話す事は出来ず、個々の意思自体もそれほど強いものじゃない。簡単な怪我の治療ならば聖女の血に惹かれて精霊達が集まってくれるかもしれないが、先日のユフィの治療ともなると私から精霊達に話しかけ、力を貸して欲しいとお願いしなければあれ程の傷を易くは治せていないだろう。
 ついでに言うと豊穣の祈りには更に強力な力が必要となり、精霊の好きな歌を歌う事によって個々の力を高めてあげてから、大地に干渉する方がより高い効果を生み出せる。

「あの、聖女様の力に精霊が必要なには分かりましたが、それが何故馬のお世話に繋がるのですか?」
「つまりね、下級精霊達って目に見えない生き物みたいなものなのよ。例えば馬や動物って喋らないでしょ? でも触れ合う事でこの子はお腹が空いているんだぁな、今は甘えたいんだぁって感じることができる。
 お母さんの言葉を借りるなら、精霊達と心を通わせるには言葉を喋れない生き物達に触れ合うのが一番の修行になるのよ」
 多分、お母さんも聖女様に言われて同じ事をしていたんじゃないだろうか。
 そう思うともしかしてこの馬小屋で三人仲良く……

「よし、頑張ろう!」
 お母さんがよくやっていたポーズ、右手を上へと大きく上げて気合を入れ直す。
 今度こそディアン達は何も言わずに見守ってくれた。





「……って、事があったのよ」
 ある日の昼下がり、ようやく綺麗に片付いたお母さん達の想いで小さな庭園。
 王妃様からの許可も頂き、ここは私とユフィの秘密の場所となった。

「うふふ、私も経験がありますよ。馬ではなくて子犬でしたが」
 まぁ、それはそうだろう。ユフィが馬小屋に行くなんて知らない人からすれば大騒ぎになってしまう。

「まぁ、騎士様達は理由を説明したら分かってくれたけど、レジーナ達には困ったものね。結局お祈りもせずにお茶を飲んでいただけらしわよ、メイドさん達が困惑していたもの」
 私の虐めに加担していたカミラメイド班長以下数名が、その後どうなったかは知らないが、新しく候補生の担当に割り振られたメイドさん達が、レジーナ達の我儘に日々振り回されているんだと、私のお部屋担当になった二人のメイドさんが教えてくれた。

「その話はメイド長のアドニアから報告が入っておりますので、お母様も既に御存じですよ。一度注意して直らないようなら両親を呼び出すとおっしゃっていましたわ」
 ま、まぁ、あの王妃様なら例え相手が公爵様でも本当に両親を呼び出しちゃいそうね。

「それにしてもレジーナさんとは何度かお会いした事がございますが、ティナを虐めるなんて許せませんわね。うふふ」
 えっ? ちょっ、あなたユフィよね? ユフィだよね? あの笑顔が可愛いユフィさんだよね?
 まさかこんなところで王妃様の遺伝、黒ユフィを見ることになるなんて……


「あ、そうだ。今週末から三日程王都を離れるから、しばらく一緒にお茶が出来ないのよ」
 このまま放って置くと何だか怖くなりそうだたので、素早く話をすり替える。
「王都をですか?」
「えぇ、休みがもらえたから一度妹に会いにソルティアルに戻ろうかと思って」
 こちらに来てから一ヶ月近くは経つからね、そろそろリィナを抱きしめないと妹依存所が出てきそうでなんだか怖い。

「リィナさんにですか、きっと喜ばれるでしょうね」
「そう言うことだから、しばらく離れちゃうけどごめんね」
「いえ、そうだ。お帰りはどうされるんですか? 何でしたらお母様にお願いして馬車の用意を……」
「いやいや、気持ちだけで十分だよ。乗り合い馬車の場所も聞いてるし、街でお土産を買ってから帰るつもりだから」
 私用で帰るだけなのに王家御用達の馬車なんて恐れ多くて乗れないわよ。クラウス様にも馬車を用意させると言われたが、聖女候補生として賃金も頂いているから乗り合い馬車の運賃は余裕で足りるからね。丁重にお断りをした。

「そうですが、なら仕方ないですね」
 何故かしゅんっとするユフィの姿。
 だけど数日後、私は自分の愚かさを後悔することになる。
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