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四章 華都の讃歌
第88話 華都の讃歌(エピローグ)
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「いよいよね。クリス義姉様、準備の方は大丈夫ですか?」
バカ兄と袂を分かれて約1ヶ月、準備に準備を重ね、ようやくローズマリーの2号店の開店日を迎えた。
「アリスちゃん、もう何度目かもわすれちゃったけど、今の私は義姉様じゃないのよ」
「うぅ、頭では理解してるんですけど、今までの癖がなかなか……」
クリス義姉様は……じゃなかった、クリスさんはめでたく書類上の離婚が無事成立。ご実家の方では多少騒ぎにはなったらしいが、事前にフローラ様が裏で手を回してくださっており、大きな問題にまでは発展しなかったという話だ。
ただ、嫁いだ娘が戻ってきては本家に恥をかかせるととか何とかで、ご実家から勘当という判断がなされた。まぁ、これは表面上だけの話しらしいので、いつでもご両親には会えるのだという。
「やぱり今まで通りクリス義姉様じゃダメなんですか?」
「そうね、気持ちは嬉しいのだけれど、今の私は騎士爵夫人でも貴族でもないからね。何も知らない人から見れば怪しまれるんじゃないかしら?」
そう言われると確かにそうなのよね。
今のクリス義姉様は貴族という名目が存在せず、私の方には公爵家の夫人という肩書きが間もなく付く事となる。
そんな私が一般女性を『お義姉様』と呼ぶと、やはり些か下らない問題も浮上してしまうだろう。場合によっては公爵家絡みでお義姉様やお子様にまで、危険が降りかかる可能性だって無いとはいえない。
私やエリスは護衛という物理的な盾と、公爵家という見えない壁で守られるが、遠く離れた地にいるお義姉様達には、それら守るべき障壁が一切ない状態。流石に雇われているスタッフ達まで狙われる、なんて事はないだろうから、やはりお二人の身の安全も考え、呼び方を改めた方がいいのかもしれない。
「わかりました。えぇーっと、クリス……さん」
「はい、アリス様」
いや、まぁ、私も呼び方を変えれば、お義姉様からの呼び方も当然かわるんだけど……。なぜかニコニコな笑顔のお義姉様に、何か違和感を感じてしまう。
「お義姉様、もしかして私をからかってます?」
「ふふふ、バレた?」
「もぉー!」
ペロッと舌をだして可愛らしい仕草をするお義姉様。恐らく半分本気で半分は私の気持ちを汲んでの事なのだろう。
私はせめて『様づけ』ではなく、『さんづけ』でお願いしますと頼みこみ、再び開店準備を進めていく。
「うわっ、まだ開店もしていないのにすごい行列が出来ていますよ!」
「うそ、もうこんなに!?」
「わたし接客って初めてなんだけど……」
スタッフの誰かが放った一言で、新人のスタッフ達から不安な声が漏れ出す。
今日は初日という事で、本店からも何人かヘルプに連れてきてはいるが、それでもメインとなるのは今回雇い入れた新人達。
もちろんオープン前に教育や実践を想定したロールプレイングもしてきたが、やはり本番という事でどこか緊張しているところもあるのだろう。
そう考えると本店のローズマリーのスタッフ達は、初めから度胸も教育も行き届いていたという事なのだろう。今更ながらローレンツさんの采配には感謝しなければいけないわね。
「大丈夫よ皆んな。失敗したっていいの、最初から完璧な人間なんていないものよ」
「そうね、アリスさんの言う通り、失敗を恐れていたってしかたがないわ。要はお客様に対してどれだけ誠実さが伝わるかよ。それにもし失敗したら、責任とフォローは私が受け持つから、安心して仕事に従事してちょうだい」
私の言葉にお義姉様が付け加えるように自信の言葉を乗せてくださる。
正直、未経験であるお義姉様に、いきなり店長を押し付けても大丈夫かという不安もあったのだが、今の様子を見るとそんな気など取り越し苦労なのかもと思えてしまう。
もしかしてバカ兄より、お義姉様の方が領主に向いてたんじゃないかしら。
「そう……ですね。まだ始まってもいないのに、泣き言を言ってすみません」
「私たちも頑張りますね」
「うん、やろう皆んな!」
新人のスタッフ達も少しは緊張がほぐれたのか、皆んなから前向きな言葉が溢れ出す。
「アリス様、商品の準備が終わりました」
「こちらもお持ち帰り用の準備は終了です」
「ありがとうニーナ、カナリアも助かるわ」
厨房の方からニーナを含めたパティシエ達が顔を出し、お手伝いに連れてきたカナリアを含めた本店のスタッフ達が集まってくる。そして今回新しく迎え入れた新人のスタッフ達と、それを指揮するクリス店長。
私は順番に全員の顔を見渡し、こう口にする。
「皆んな、今日は楽しみましょう! ローズマリー、オープンします!!」
「「「「ようこそ、ローズマリーへ!」」」」
ーーーー エンディング ーーーー
★黒の騎士団長 ジーク・ハルジオン
大勢の祝福の中、一年間想い続けていた女性と結ばれることとなる。やがて彼とアリスとの物語は国中に知れ渡り、大勢の人々から笑いと涙を流させたという。
本人は色々誤解があると言っているそうだが、普段感情を表に出さない彼の照れ隠しだと、誰ひとりとして信じなかったそうだ。
★アリスの友人 ルテア・ストリアータ(旧姓:ルテア・エンジニウム)
アリスがジークと結ばれた翌年、めでたくアストリアと結ばれることとなる。
元は親同士が決めた政略結婚だったが、本人同士にはそんな感覚はなく、末長く幸せに暮らしたとされている。
尚、子供が生まれた後も、ハルジオン夫妻とは家族ぐるみの関係が続いているそうだ。
★白の騎士団長 アストリア・ストリアータ
めでたくエンジニウム公爵家のご令嬢と結婚、三人の女の子にめぐまれる。
親友であるジークとは生涯かけての関係を築き、ともに国を支える二台柱へと成長した。
最近では親バカ度が増しに増し、愛する妻から呆れられ日々が続いているという。
★元公爵夫人 フローラ・ハルジオン
息子夫婦に後を託し引退。悠々自適な生活を送っていると思いきや、周りを巻き込んでは楽しそうな日々を送っている。
最近では息子夫婦を題材とした演劇が創作されているとの噂も。
★元公爵夫 エヴァルド・ハルジオン
年若く騎士団長の座を息子に託すも、引退と同時に特務騎士団を設立。他国へ逃亡されたと言われる、イヴァルドの捜索に全力を注いだ。
彼と実の兄との戦いは決して表に出ることはなかったと言われている。
★ジークの妹 ユミナ・ハルジオン
契約精霊であるソラと共に、まさかの騎士団入りを果たす。その活躍ぶりは兄である騎士団長も舌をまく程で、多くの隠れファンを作ったとという噂も。だが同時にトラブルをよく巻き起こし、大いに兄の頭を悩ませる原因となったとか。
親友であるエリスと末長い関係を築いたと言われている。
★アリスの妹 エリス・ローズマリー
姉であるアリスの知らぬ間に一人の男性と恋に落ちる。
本来ならシスコンの姉が発狂しそうな状況だったが、その男性がルテアの弟と知り、やがて二人を祝福するようになる。ただ、夜な夜な彼女の部屋からは鳴き声が聞こえたとか聞こえなかったとかいう話だ。
★アリスの契約精霊 フィー
その生涯主人であるアリスの側に使える。
最近では生まれたばかりの赤子に、寄り添うよう眠っている姿が目撃され、良い姉妹関係を築けている。
ただ本人は姉のつもりのようだが、実際はおもちゃのようにされているという話も。
★アリスのメイド カナリア
その生涯を女主人であるアリスと共に過ごす。
時折夫婦の心境を引退した元公爵夫人へと、情報のリークをしているようだが、その辺りは彼女の中では許容範囲なのであろう。
最近では気になる男性がいるという噂も。
★天才パティシエ ニーナ
アリスの願いの元、ローズマリー2号店の専属パティシエとして充実した日々を送る。彼女の作るスィーツはその見た目も甘さも、多くの人々を幸せな気持ちにさせたという。
噂では弟の病気も無事に完治し、姉に負けずと父親と小さな焼き菓子店を開いたとも言われてる。
★元男爵家の子息 フレッド
アリスに喧嘩を吹っかけたことにより本家から分家へと各落ちとなる。
本来手にすることなっていた爵位を奪われ、彼の人生は荒れに荒れる。やがて今の立場が不服と騒ぐも相手にされず、末には再びアリスに泣きつくも面会すらできなかった。
噂では一家が抱え込んでしまった借金が返せず、夜逃げしたという話も。
★アリスのバカ兄 アインス・デュランタン
妻であるクリスと別れて以降、いい出会いには巡り会えず、その生涯をたった一人で過ごすこととなる。
やがて突如として出来た商会に住民の心を持って行かれ、領主の立場が危うい状況に立たされることとなる。
その後、若くして爵位を退くと、妹の保護のもと一人寂しい人生を送る事となる。
★華都のパティシエ アリス・ハルジオン
初恋でもあるジークと結ばれ、一男二女の子を授かる。
彼女のこの世界にもたらしたケーキのレシピは、お菓子業界を大いに賑わした。
やがてその人生を元に作られた創作劇は一つの物語へと紡がれる。その物語は多くの人々に感動と希望を与え、『華都のローズマリー』として後の世に受け継がれて行ったという。
コンコン
「お呼びでしょうかお義母様」
私がハルジオン公爵家へと嫁いで2年が経過したある日、義母でもあるフローラ様から呼び出しの連絡を受けた。
「こちらへ来て座りなさい」
促されるままお義母様の隣へと座る私。
「あのぉ、こちらの方は?」
挨拶もせずに座ってしまったが、机を挟んだ対面の席には見知らぬ男性が3人。
これでも一応公爵家に嫁いで2年も経つので、其れなりに人の顔も覚えたつもりだったが、目の前にいるお三方はどうしても記憶の片隅にもヒットしない。
「あら、紹介がまだだったわね。こちらの方たちはいま王都で有名な劇団リリーの方々よ」
「劇団?」
お義母様の紹介で軽く挨拶を交わすものの、公爵家と劇団との繋がりがまるでわからない。
ハルジオン商会がらみで劇団を運営するなんて話は聞いていなし、私が手がけるローズマリー商会でもそんな予定は全く無い。
するとあちら側から公爵家へとコンタクトしてきたと考えるのが筋だけれど、その経緯も目的もさっぱりわからない。もしかして新しい演劇の出資をして欲しいとか、そんな話なんだろうか?
「実はね、貴女の話を演劇にしたいって申し入れがあったのよ」
ブフッ。
「私を題材にしたお話ですか!?」
余りにも予想だにしていなかったセリフに、思わずお客様の前だというのに吹き出しそうになってしまう。
「貴女の人生って波乱万丈だったでしょ? 実家を追い出されたかと思えば、王都でスィーツショップを開いて大成功。その後も男爵家との婚約騒ぎやライバル店の出現などがあって、最後はめでたく初恋の男性とゴールイン。しかも最近じゃ実家のお兄様も貴女に泣きついて来てるって話じゃない。そんな経緯を演劇にしたいっておっしゃっていてね」
そう説明されながら、手渡される一冊の冊子。
「えーっと、もしかしてもう台本が出来てるんですか?」
サラサラっと軽く目を通しただけでも、私の体験が10倍以上着色された内容に思わず頭を抱え込みたくなってしまう。
「ちなみに、この演劇のジャンルは?」
「もちろん恋愛よ(はーと)」
「……」
お義理母様の甘酸っぱいセリフに、思わず机の上におデコをぶつけたのは仕方がないことではないだろうか。
「いやいや待ってください。私の人生のどこに恋愛要素があったって言うんですか!?」
間違っても他人が羨む様な恋愛をした記憶はないんですけど!
「何言っているのよ、結婚して2年たった今でも貴女たちがラブラブで、大恋愛の末に結ばれたって噂が持ちきりなのよ? 最近じゃ貴女に会いたいがために、大勢のファンがお店に押し寄せているって話じゃない」
「いや、まぁ……そうなんですけど……」
結婚した今でもローズマリーは私が経営している。そのため時折お店の方には顔を出しているのだが、どうやら公爵家の若奥様が一目見れるという噂が流れてしまい、憧れか見世物かわからない状態が続いているのも確かな話。間違っても私のファンではないと思いたい。
「如何でしょうか? 台本の内容に不備があるようでしたら修正いたしますし、表に出したくないとおっしゃるようなシーンはカットさせていただきますので」
「……うーん」
ここぞとばかりに私に詰め寄るオーナーと思しきひとりの男性。他の二人も私を説得しようと必死にすがってくる。
確かに既に台本まで出来ているというのに、頭ごなしに拒否するのも悪いだろう。
私は仕方なく今一度台本の中身を確認して、…………壮大に吹いた。
「ちょっ、なんて私がジークの胸元で泣いたって知ってるんですか!? っていうか、ここでキスをしたなんて事実はなかったですよ!」
その……何というか、私しか知らないこと、私とジーク様しか知らない事実が、脚色に脚色が加えられ、何とも見る人が見ると甘酸っぱい恋愛物に仕上がっているのだ。
そもそも劇団の人達が、ここまでの事実関係は知らないわよね!?
「うふふ、演劇の話が持ち上がった時に相談されちゃってね。私達が洗いざらい説明して差し上げたのよ」
何とも嬉しそうに説明してくださるお義母様。若干『私達』という言葉に引っかかるも、その『達』が一斉に私から視線を外していく。
やはりというか何というか、情報の出所はお義母様とお屋敷のメイド達ね。
すると誰もいないと思われていた現場は常に監視をされており、逐一お義母様に連絡が入っていたということだろう。相変わらず底が知れないわね、公爵家。
「と、とりあえずこのキスシーンはカットで。あともう少し甘ったるさを抑えていただけると……」
恋愛映画など見る方は楽しいのだが、それが自分のドキュメンタリーだとなれば話は変わる。
もしこの台本の通り世間に認知されれば、私は恥ずかしくて屋敷の外を歩けなくなってしまうだろう、だけど……。
「あら、何言っているのよ。演劇は観客を楽しませるためにあるものよ。この台本通りで大丈夫よ、でもそうね……もう少しアリスが恥ずかしがっているシーンが欲しいわね」
何故か本人である私の意見を無視し、お義母様が我が身のごとく劇団の方々とわいのわいのと話される。
結局私の意見は何一つ採用されることなく、公爵家(ほぼお義母様)監修の元、私の物語が上演されることが決定する。願わくば人気も出ずに、人知れず千秋楽を迎えることを望むばかりだ。
後日、私を題材とした物語、『華都の賛歌』がめでたく上演されることになるのだが、私の願い虚しく大ヒットとなったことだけを付け加えておく。
・・・ Fin
****************************
これにて華都の物語は終幕となります。
元々最初と最後が決まった状態から中身を作ってしまったので、少々最後が萎んだ感じがございますが、どうかご了承ください。
(途中からラスト敵が弱くない? とは思っていたんですが、最後まで別の結末が浮かばず、結局当初の予定通りのお話となってしまいました・・・)
またこの物語では解決していない一つの事案(公爵家のごたごた)がござますが、こちらは敢えての処置となっております。つまりはこの物語をは違う別の物語で、っと今はお考えいただければ助かります。
決して話がまとまり切らず省いてしまった、とは口が裂けても言えません。
今後の予定ですが、まだ構想があやふやな状態なのではっきりとは言えませんが、恐らく聖女シリーズの分類になるかと……。
今度はもっと精霊たちが活躍できる姿がお見せしたところです。
それでは余り長くなると行けませんので、本日はこの辺りまでで。
ではまた次回作でお会いできる事を願い、最後の言葉とさせていただきます。
最後までおつきあい頂き、ありがとうございました。
バカ兄と袂を分かれて約1ヶ月、準備に準備を重ね、ようやくローズマリーの2号店の開店日を迎えた。
「アリスちゃん、もう何度目かもわすれちゃったけど、今の私は義姉様じゃないのよ」
「うぅ、頭では理解してるんですけど、今までの癖がなかなか……」
クリス義姉様は……じゃなかった、クリスさんはめでたく書類上の離婚が無事成立。ご実家の方では多少騒ぎにはなったらしいが、事前にフローラ様が裏で手を回してくださっており、大きな問題にまでは発展しなかったという話だ。
ただ、嫁いだ娘が戻ってきては本家に恥をかかせるととか何とかで、ご実家から勘当という判断がなされた。まぁ、これは表面上だけの話しらしいので、いつでもご両親には会えるのだという。
「やぱり今まで通りクリス義姉様じゃダメなんですか?」
「そうね、気持ちは嬉しいのだけれど、今の私は騎士爵夫人でも貴族でもないからね。何も知らない人から見れば怪しまれるんじゃないかしら?」
そう言われると確かにそうなのよね。
今のクリス義姉様は貴族という名目が存在せず、私の方には公爵家の夫人という肩書きが間もなく付く事となる。
そんな私が一般女性を『お義姉様』と呼ぶと、やはり些か下らない問題も浮上してしまうだろう。場合によっては公爵家絡みでお義姉様やお子様にまで、危険が降りかかる可能性だって無いとはいえない。
私やエリスは護衛という物理的な盾と、公爵家という見えない壁で守られるが、遠く離れた地にいるお義姉様達には、それら守るべき障壁が一切ない状態。流石に雇われているスタッフ達まで狙われる、なんて事はないだろうから、やはりお二人の身の安全も考え、呼び方を改めた方がいいのかもしれない。
「わかりました。えぇーっと、クリス……さん」
「はい、アリス様」
いや、まぁ、私も呼び方を変えれば、お義姉様からの呼び方も当然かわるんだけど……。なぜかニコニコな笑顔のお義姉様に、何か違和感を感じてしまう。
「お義姉様、もしかして私をからかってます?」
「ふふふ、バレた?」
「もぉー!」
ペロッと舌をだして可愛らしい仕草をするお義姉様。恐らく半分本気で半分は私の気持ちを汲んでの事なのだろう。
私はせめて『様づけ』ではなく、『さんづけ』でお願いしますと頼みこみ、再び開店準備を進めていく。
「うわっ、まだ開店もしていないのにすごい行列が出来ていますよ!」
「うそ、もうこんなに!?」
「わたし接客って初めてなんだけど……」
スタッフの誰かが放った一言で、新人のスタッフ達から不安な声が漏れ出す。
今日は初日という事で、本店からも何人かヘルプに連れてきてはいるが、それでもメインとなるのは今回雇い入れた新人達。
もちろんオープン前に教育や実践を想定したロールプレイングもしてきたが、やはり本番という事でどこか緊張しているところもあるのだろう。
そう考えると本店のローズマリーのスタッフ達は、初めから度胸も教育も行き届いていたという事なのだろう。今更ながらローレンツさんの采配には感謝しなければいけないわね。
「大丈夫よ皆んな。失敗したっていいの、最初から完璧な人間なんていないものよ」
「そうね、アリスさんの言う通り、失敗を恐れていたってしかたがないわ。要はお客様に対してどれだけ誠実さが伝わるかよ。それにもし失敗したら、責任とフォローは私が受け持つから、安心して仕事に従事してちょうだい」
私の言葉にお義姉様が付け加えるように自信の言葉を乗せてくださる。
正直、未経験であるお義姉様に、いきなり店長を押し付けても大丈夫かという不安もあったのだが、今の様子を見るとそんな気など取り越し苦労なのかもと思えてしまう。
もしかしてバカ兄より、お義姉様の方が領主に向いてたんじゃないかしら。
「そう……ですね。まだ始まってもいないのに、泣き言を言ってすみません」
「私たちも頑張りますね」
「うん、やろう皆んな!」
新人のスタッフ達も少しは緊張がほぐれたのか、皆んなから前向きな言葉が溢れ出す。
「アリス様、商品の準備が終わりました」
「こちらもお持ち帰り用の準備は終了です」
「ありがとうニーナ、カナリアも助かるわ」
厨房の方からニーナを含めたパティシエ達が顔を出し、お手伝いに連れてきたカナリアを含めた本店のスタッフ達が集まってくる。そして今回新しく迎え入れた新人のスタッフ達と、それを指揮するクリス店長。
私は順番に全員の顔を見渡し、こう口にする。
「皆んな、今日は楽しみましょう! ローズマリー、オープンします!!」
「「「「ようこそ、ローズマリーへ!」」」」
ーーーー エンディング ーーーー
★黒の騎士団長 ジーク・ハルジオン
大勢の祝福の中、一年間想い続けていた女性と結ばれることとなる。やがて彼とアリスとの物語は国中に知れ渡り、大勢の人々から笑いと涙を流させたという。
本人は色々誤解があると言っているそうだが、普段感情を表に出さない彼の照れ隠しだと、誰ひとりとして信じなかったそうだ。
★アリスの友人 ルテア・ストリアータ(旧姓:ルテア・エンジニウム)
アリスがジークと結ばれた翌年、めでたくアストリアと結ばれることとなる。
元は親同士が決めた政略結婚だったが、本人同士にはそんな感覚はなく、末長く幸せに暮らしたとされている。
尚、子供が生まれた後も、ハルジオン夫妻とは家族ぐるみの関係が続いているそうだ。
★白の騎士団長 アストリア・ストリアータ
めでたくエンジニウム公爵家のご令嬢と結婚、三人の女の子にめぐまれる。
親友であるジークとは生涯かけての関係を築き、ともに国を支える二台柱へと成長した。
最近では親バカ度が増しに増し、愛する妻から呆れられ日々が続いているという。
★元公爵夫人 フローラ・ハルジオン
息子夫婦に後を託し引退。悠々自適な生活を送っていると思いきや、周りを巻き込んでは楽しそうな日々を送っている。
最近では息子夫婦を題材とした演劇が創作されているとの噂も。
★元公爵夫 エヴァルド・ハルジオン
年若く騎士団長の座を息子に託すも、引退と同時に特務騎士団を設立。他国へ逃亡されたと言われる、イヴァルドの捜索に全力を注いだ。
彼と実の兄との戦いは決して表に出ることはなかったと言われている。
★ジークの妹 ユミナ・ハルジオン
契約精霊であるソラと共に、まさかの騎士団入りを果たす。その活躍ぶりは兄である騎士団長も舌をまく程で、多くの隠れファンを作ったとという噂も。だが同時にトラブルをよく巻き起こし、大いに兄の頭を悩ませる原因となったとか。
親友であるエリスと末長い関係を築いたと言われている。
★アリスの妹 エリス・ローズマリー
姉であるアリスの知らぬ間に一人の男性と恋に落ちる。
本来ならシスコンの姉が発狂しそうな状況だったが、その男性がルテアの弟と知り、やがて二人を祝福するようになる。ただ、夜な夜な彼女の部屋からは鳴き声が聞こえたとか聞こえなかったとかいう話だ。
★アリスの契約精霊 フィー
その生涯主人であるアリスの側に使える。
最近では生まれたばかりの赤子に、寄り添うよう眠っている姿が目撃され、良い姉妹関係を築けている。
ただ本人は姉のつもりのようだが、実際はおもちゃのようにされているという話も。
★アリスのメイド カナリア
その生涯を女主人であるアリスと共に過ごす。
時折夫婦の心境を引退した元公爵夫人へと、情報のリークをしているようだが、その辺りは彼女の中では許容範囲なのであろう。
最近では気になる男性がいるという噂も。
★天才パティシエ ニーナ
アリスの願いの元、ローズマリー2号店の専属パティシエとして充実した日々を送る。彼女の作るスィーツはその見た目も甘さも、多くの人々を幸せな気持ちにさせたという。
噂では弟の病気も無事に完治し、姉に負けずと父親と小さな焼き菓子店を開いたとも言われてる。
★元男爵家の子息 フレッド
アリスに喧嘩を吹っかけたことにより本家から分家へと各落ちとなる。
本来手にすることなっていた爵位を奪われ、彼の人生は荒れに荒れる。やがて今の立場が不服と騒ぐも相手にされず、末には再びアリスに泣きつくも面会すらできなかった。
噂では一家が抱え込んでしまった借金が返せず、夜逃げしたという話も。
★アリスのバカ兄 アインス・デュランタン
妻であるクリスと別れて以降、いい出会いには巡り会えず、その生涯をたった一人で過ごすこととなる。
やがて突如として出来た商会に住民の心を持って行かれ、領主の立場が危うい状況に立たされることとなる。
その後、若くして爵位を退くと、妹の保護のもと一人寂しい人生を送る事となる。
★華都のパティシエ アリス・ハルジオン
初恋でもあるジークと結ばれ、一男二女の子を授かる。
彼女のこの世界にもたらしたケーキのレシピは、お菓子業界を大いに賑わした。
やがてその人生を元に作られた創作劇は一つの物語へと紡がれる。その物語は多くの人々に感動と希望を与え、『華都のローズマリー』として後の世に受け継がれて行ったという。
コンコン
「お呼びでしょうかお義母様」
私がハルジオン公爵家へと嫁いで2年が経過したある日、義母でもあるフローラ様から呼び出しの連絡を受けた。
「こちらへ来て座りなさい」
促されるままお義母様の隣へと座る私。
「あのぉ、こちらの方は?」
挨拶もせずに座ってしまったが、机を挟んだ対面の席には見知らぬ男性が3人。
これでも一応公爵家に嫁いで2年も経つので、其れなりに人の顔も覚えたつもりだったが、目の前にいるお三方はどうしても記憶の片隅にもヒットしない。
「あら、紹介がまだだったわね。こちらの方たちはいま王都で有名な劇団リリーの方々よ」
「劇団?」
お義母様の紹介で軽く挨拶を交わすものの、公爵家と劇団との繋がりがまるでわからない。
ハルジオン商会がらみで劇団を運営するなんて話は聞いていなし、私が手がけるローズマリー商会でもそんな予定は全く無い。
するとあちら側から公爵家へとコンタクトしてきたと考えるのが筋だけれど、その経緯も目的もさっぱりわからない。もしかして新しい演劇の出資をして欲しいとか、そんな話なんだろうか?
「実はね、貴女の話を演劇にしたいって申し入れがあったのよ」
ブフッ。
「私を題材にしたお話ですか!?」
余りにも予想だにしていなかったセリフに、思わずお客様の前だというのに吹き出しそうになってしまう。
「貴女の人生って波乱万丈だったでしょ? 実家を追い出されたかと思えば、王都でスィーツショップを開いて大成功。その後も男爵家との婚約騒ぎやライバル店の出現などがあって、最後はめでたく初恋の男性とゴールイン。しかも最近じゃ実家のお兄様も貴女に泣きついて来てるって話じゃない。そんな経緯を演劇にしたいっておっしゃっていてね」
そう説明されながら、手渡される一冊の冊子。
「えーっと、もしかしてもう台本が出来てるんですか?」
サラサラっと軽く目を通しただけでも、私の体験が10倍以上着色された内容に思わず頭を抱え込みたくなってしまう。
「ちなみに、この演劇のジャンルは?」
「もちろん恋愛よ(はーと)」
「……」
お義理母様の甘酸っぱいセリフに、思わず机の上におデコをぶつけたのは仕方がないことではないだろうか。
「いやいや待ってください。私の人生のどこに恋愛要素があったって言うんですか!?」
間違っても他人が羨む様な恋愛をした記憶はないんですけど!
「何言っているのよ、結婚して2年たった今でも貴女たちがラブラブで、大恋愛の末に結ばれたって噂が持ちきりなのよ? 最近じゃ貴女に会いたいがために、大勢のファンがお店に押し寄せているって話じゃない」
「いや、まぁ……そうなんですけど……」
結婚した今でもローズマリーは私が経営している。そのため時折お店の方には顔を出しているのだが、どうやら公爵家の若奥様が一目見れるという噂が流れてしまい、憧れか見世物かわからない状態が続いているのも確かな話。間違っても私のファンではないと思いたい。
「如何でしょうか? 台本の内容に不備があるようでしたら修正いたしますし、表に出したくないとおっしゃるようなシーンはカットさせていただきますので」
「……うーん」
ここぞとばかりに私に詰め寄るオーナーと思しきひとりの男性。他の二人も私を説得しようと必死にすがってくる。
確かに既に台本まで出来ているというのに、頭ごなしに拒否するのも悪いだろう。
私は仕方なく今一度台本の中身を確認して、…………壮大に吹いた。
「ちょっ、なんて私がジークの胸元で泣いたって知ってるんですか!? っていうか、ここでキスをしたなんて事実はなかったですよ!」
その……何というか、私しか知らないこと、私とジーク様しか知らない事実が、脚色に脚色が加えられ、何とも見る人が見ると甘酸っぱい恋愛物に仕上がっているのだ。
そもそも劇団の人達が、ここまでの事実関係は知らないわよね!?
「うふふ、演劇の話が持ち上がった時に相談されちゃってね。私達が洗いざらい説明して差し上げたのよ」
何とも嬉しそうに説明してくださるお義母様。若干『私達』という言葉に引っかかるも、その『達』が一斉に私から視線を外していく。
やはりというか何というか、情報の出所はお義母様とお屋敷のメイド達ね。
すると誰もいないと思われていた現場は常に監視をされており、逐一お義母様に連絡が入っていたということだろう。相変わらず底が知れないわね、公爵家。
「と、とりあえずこのキスシーンはカットで。あともう少し甘ったるさを抑えていただけると……」
恋愛映画など見る方は楽しいのだが、それが自分のドキュメンタリーだとなれば話は変わる。
もしこの台本の通り世間に認知されれば、私は恥ずかしくて屋敷の外を歩けなくなってしまうだろう、だけど……。
「あら、何言っているのよ。演劇は観客を楽しませるためにあるものよ。この台本通りで大丈夫よ、でもそうね……もう少しアリスが恥ずかしがっているシーンが欲しいわね」
何故か本人である私の意見を無視し、お義母様が我が身のごとく劇団の方々とわいのわいのと話される。
結局私の意見は何一つ採用されることなく、公爵家(ほぼお義母様)監修の元、私の物語が上演されることが決定する。願わくば人気も出ずに、人知れず千秋楽を迎えることを望むばかりだ。
後日、私を題材とした物語、『華都の賛歌』がめでたく上演されることになるのだが、私の願い虚しく大ヒットとなったことだけを付け加えておく。
・・・ Fin
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これにて華都の物語は終幕となります。
元々最初と最後が決まった状態から中身を作ってしまったので、少々最後が萎んだ感じがございますが、どうかご了承ください。
(途中からラスト敵が弱くない? とは思っていたんですが、最後まで別の結末が浮かばず、結局当初の予定通りのお話となってしまいました・・・)
またこの物語では解決していない一つの事案(公爵家のごたごた)がござますが、こちらは敢えての処置となっております。つまりはこの物語をは違う別の物語で、っと今はお考えいただければ助かります。
決して話がまとまり切らず省いてしまった、とは口が裂けても言えません。
今後の予定ですが、まだ構想があやふやな状態なのではっきりとは言えませんが、恐らく聖女シリーズの分類になるかと……。
今度はもっと精霊たちが活躍できる姿がお見せしたところです。
それでは余り長くなると行けませんので、本日はこの辺りまでで。
ではまた次回作でお会いできる事を願い、最後の言葉とさせていただきます。
最後までおつきあい頂き、ありがとうございました。
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生まれながらに王家と公爵家のあいだ、内々に交わされていた婚約もその後のイリューリアの王子に怯える様子に心を痛めた王や公爵は、正式な婚約発表がなされる前に婚約をなかった事とした。
三年後、イリューリアは、見違えるほどに美しく成長し、本人の目立ちたくないという意思とは裏腹に、たちまち社交界の花として名を馳せてしまう。
そして、自分を振ったはずの王子や王弟の将軍がイリューリアを取りあい、イリューリアは戸惑いを隠せない。
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カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。
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「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」
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ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。
そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。
これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。
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〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。
一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。
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カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。
些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

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