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四章 華都の讃歌
第82話 バカ兄へのお仕置き1
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「アリス様、こちらを」
「ありがとうカナリア」
母二人、父一人が眠るお墓の前で、カナリアが用意してくれた花束を受け取り、それぞれ祈りを捧げるように花束を並べていく。
この世界じゃ地方への移動はリスクと時間、旅費も結構かかってしまうため、お墓前りは滅多に出来ないのだが、今回実家へ帰省することをお兄様たちにも相談し、ならば旅行を兼ねて4家族全員でお墓前りへ行こうという流れになった。
ちなみに4家族とはフィオーネ姉様のご家族と、ツヴァイ兄様ドライ兄様のご家族、そして私とエリスを含めた王都組の4家族のこと。今回の旅行をフローラ様にお話すると、ならば長距離用の馬車を貸してあげるわと、景気良く4台もの馬車をご用意してくださったのだが、ほぼ強制的にジーク様と公爵家が雇われている警備兵が6名も、護衛として付けられてしまった。
まぁ私も公爵家の関係者になったわけだし、馬車が襲われたという前例もあることから、ありがたく護衛の方もお受けさせていただいた。
「それでアリス、この後の予定はどうするんだ? 流石にこの人数で兄貴のところに乗り込むわけにはいかないだろう?」
お墓前りも無事終わり、この後の予定をツヴァイ兄様が尋ねて来られる。
「一応お義姉様とお子様たちは、先にエンジウム領のホテルへ戻って頂こうかと。実家の方へ向かうのは私たち兄妹と、ジーク様、カナリア、ランベルトの8名で行こうかと思っています」
お義姉様達にも実家へご案内したいのは山々なのだが、今回は少々荒事になる予定だし、免疫のない人にバカ兄を見せるのが忍びないという考えもあり、ここから二組に分かれる事を提案する。
「だな。俺もその方がいいと思う」
「だがなドライ、そうなると女性と子供だけにならないか?」
この時代、山賊やら獣やらに襲われないとも限らないので、ツヴァイ兄様が警戒してしまうのは仕方がないところ。だけど其のあたりも考慮して、私は人員の割り振りを再度提案する。
「その点はお任せください。お義姉様達には護衛方を4名と、お世話役に連れてきたスタッフを3人お付けしますので、護衛面、お世話面共にさほど心配する事はないかと」
護衛を4:2と偏らせてしまうが、こちら側にはカナリアもジーク様もいるし、サポート面では私とフィーもいる。兄たちも一応剣は使えるらしいので、ここは未来ある子供たちを優先したって問題はないはずだ。
「わかった、ここはアリスに従っておくよ。だけどエリスも連れて行くのか?」
「えぇ、実は今回エリスも必要なんです」
本音を言えば私もツヴァイ兄様の言う通り、エリスをお義姉様達にお願いしたいところではあるのだが、今回バカ兄を追い詰めるために、私たち兄妹の結束が必要となる。
私はこれからバカ兄に対して何を行うのかを説明し、お兄様達に協力いただけるよう相談する。
「なるほどな、そんな方法があるのか」
「えぇ、あくまで脅しなんですが、その場に全員がいれば効果は絶大となりますので」
それは以前フローラ様から教えていただいた、当主入れ替えの一つの方法。
だけどこれは同時にクリス姉様の子供や、当主を引き継ぐことになるツヴァイ兄様の人生を大きく狂わせてしまい、私としては出来れば使いたくはないというのが本音。
だからこれはあくまで脅しの一つとして、事前に用意しておこうと考えたのだ。
「そういえば最近、アルター男爵家も当主の入れ替えがあったんだっけ? もしかしてアレも今の方法が使われたのか?」
それは数週間前にあったある出来事の話。ドライ兄様も貴族のお屋敷で警護のお仕事をされているので、その辺りの情報は耳にされているのだろう。
「よくご存じですね。でもあれは前男爵様の横領が原因らしいですよ」
今の話の流れ的に、男爵様も同じ目に合われたのかと思いきや、実は身内からの告発が最大の原因だったりするのだ。
今から1ヶ月ほど前、騎士団へ一束の書類が持ち込まれた。そこには男爵様が領収を誤魔化し、国への申告を偽っていたという証拠が書かれてあったそうで、騎士団が調査へと乗り出したのだ。
その結果、出るわ出るわで男爵様の横領はほぼ確実。最近では裏金も相当隠されていたようで、この度めでたく国から責任の追及を迫られたらしい。
元男爵家の執事をやっていたランベルト曰く、『隠すにしてもすべてが雑すぎるのです』とのことだった。
噂じゃ使用人への給料未払いも結構あったようだし、理不尽な解雇も行われていたようで、恐らくその辺りから恨みを買ってしまい、情報が騎士団に持ち込まれたのではないだろうか。
「お前こそよくそんな裏事情を……、一体どこから仕入れているんだ?」
「うふふ、聞きたいですか?」
「うぐっ、や、やめておくわ」
「兄貴、今のアリスには逆らわない方がいいぞ」
「そ、そのようだな」
全く二人して、私を恐怖の対象みたい言うなんて失礼しちゃうわ。ちょっと場を盛り上げるため、ほんの少しだけ含み笑いをしただけだというのね。
実際は騎士団に努めておられるジーク様からの情報と、新しくなられた当主様と友好な関係を築けたからこそ、ここまでの話を得る事が出来たのだ。
「それじゃ私たちも行きましょうか」
お義姉様達が乗る2台の馬車を見送り、残ったメンバーで兄がいる騎士爵邸へと改めて向かう。
「ねぇ、何だかお屋敷が少し綺麗になってない?」
「ホントだ、以前来た時は崩れていた壁も補修されているな」
屋敷着くなりフィオーネ姉様が以前からの邸の変化を指摘される。
以前来た時は補修の材料が積まれていただけで全く手付かずだった壁が、今じゃすっかり綺麗に補修されており、柱に張り付いていた草の根すら完璧に除去されているのだ。
私の知る限り修理を頼めるほど裕福ではないので、男爵家からもらったとされる、私とフレッドとの結納金で補修でもされたのだろう。男爵家が私を捕まえることが出来なかったのは既に耳にしているはずなので、返せと迫られる前に使い切ろうと考えでもしたのだろう。まったく何処までお金にがめついのだか。
予め連絡しておいたクリス義姉様に出迎えて頂き、一緒に兄が居るであろう執務室の前へとたどり着く。
コンコン、ガチャ
「……な、なんだお前ら、どうやって屋敷の中へ入った?」
バカ兄は一瞬私たちの出現に驚くも、すぐに不機嫌そうな顔をしながら言葉を吐く。
「私が招き入れたのよ」
「なに? 誰が屋敷に入れていいと言った、すぐに追い出せ!」
追い出せときたか。正直バカ兄に好かれているとは思ってはいないが、久々に帰省した弟妹にはなかなかの出ないセリフ。
今回の帰省に当たり、私達はバカ兄に何一つとして連絡はいれていない。その理由はバカ兄に対策を考えさせない為と、突然の出来事で動揺を誘うという考えが含まれている。
「久々に帰省した弟妹に『追い出せ』、とは些か酷い事をおっしゃるのですね」
「なんだと? 勝手に押しかけておいて何をほざく! クリス、今すぐに此奴らを追い出せ!」
此奴ら……と言ってはいるもの、その対象は明らかに私個人に対してだけなのは明白。もちろん兄達も邪魔な存在なのは間違いないのだろうが、先の夜会で私にバカにされた事が根に残っているのか、怒りの矛先を完全に私一人へと向けられてしまっている。
わたしは『やれやれ』と身振りをしながら、必死に追い出そうと喋り続ける兄を無視し、執務用の机の前まで歩いていく。
「いいんですか?」
「なに?」
「このまま私達を追い返してもいいんですか? と尋ねたのです」
いつまでも『帰れ帰れ』の状態では話も進まない。その為まずは私の話を聞かせる様、意味深な言葉をで誘導する。
「どういう事だ? お前ら一体何しに来た」
「何しに? そうですね……」
バカ兄が僅かに興味を示したところを見計らい、今回最もイレギュラーであり、最大の武器でもあるリサールウェポンを最初に投入させてもらう。
「お兄様、こちらの話をする前に、まずはご紹介させて頂きますわ」
そう言いながら、私の隣に立つ一人の男性を紹介する。
「初めましてデュランタン騎士爵様、私はジーク・ハルジオンと申します」
「なっ! ハルジオンだと!?」
さすがの兄もハルジオン公爵家の名前ぐらいは知っていたか。
男爵家との一件は兄の耳にも届いている筈なので、その原因となったハルジオン家の名前も耳にしている事だろう。
本当の事を言えば、これはただの実家への挨拶なのだが、余りにも巨大すぎる存在を目の当たりにし、冷静な判断を狂わせると言うのが最大の目的だ。
「バカな、なぜハルジオンの人間がここにいる!」
「何故、と言われまして、私のその…こ…こ…こんやく…しゃ、で御座いますので……」
うぐっ。自分で仕掛けておいてなんだが、これは私自身へのダメージも半端ないわね。
最近じゃすっかり二人の関係も慣れてきたが、改めて婚約しちゃったんだと自覚すると、嬉しいというより先にテレの方が全面的勝ってしまう。隣のジーク様も若干頬を染められているし、カナリアやフィオーネ姉様なんて必死に笑いを堪えられているわで、一体だれが一番ダメージを受けているのか分からなくなってしまう。
「まさかあの話は本当なのか!?」
「お兄様がどの事を指しておられるのかは存じませんが、少しはこちら側の話も聞いていただけるでしょうか?」
「くっ……」
これで『帰れ』と言われれば、少しは度胸があると褒めてやりたいが、流石の兄も公爵家の存在は無下には出来なだろう。
私は心の中でジーク様に謝罪し、改めて今回の目的の一つである金銭問題の話を持ち出す。
「お兄様、これが何かはご存知ですよね」
そう言いながら私はランベルトから一枚の書類を受け取り、兄がいる執務机の上に差し出す。
「なんだこれは?」
「なんだこれは、ではないでしょう。お兄様がツヴァイ兄様とドライ兄様へ送られた手紙の一つです。よもやお忘れなんて事はいいませんよね?」
それはバカ兄がツヴァイ兄様達に要求した、金銭の増額を示した手紙の一部。
お父様がご健在の頃は、ここまで頻繁に仕送りの増額要求などなかったのだが、兄が当主となってからはほぼ毎月いうレベルで増額を要求され、ついには金貨1枚という金額に膨れ上がった。
因みに金貨1枚とは一般的なお仕事で貰えるお給料の約半分。比較的物価の高い王都でも、一カ月に金貨2~3枚稼げればいいほうで、天下の公爵家でも金貨3~4枚が平均のお給料だと言われているのだ。それが理由もなく金貨1枚も要求されれば、これがどれだけ酷い話なのかはある程度察してもらえるだろう。
ツヴァイ兄様達も生活が豊かになったとはいえ、お給料の半分近くももって行かれれば苦しくなるだけ。嘗てはその仕送りで育てられた私が言うのもなんだが、今じゃ騎士爵家の人数も減っているわけだし、ツヴァイ兄様達にもご家庭が出来ているので、これ以上理由もなくお金を送り続けるのは、兄達も納得出来ない事だろう。
「なんですかこの馬鹿げた金額は。お兄様は本気でこの金額を要求されるおつもりなんですか!」
「フンッ、貴様には関係のない話だ」
「関係ならあります、私の元にも似たような手紙が送られて来ました。まさかこれも関係ないとはいいませんよね」
兄が私の住んで居る場所を知っているとは思えないので、恐らくクリス姉様に丸投げでもされたのだろう。内容は前に私へ要求された金額がそのまま書かれており、私がこの指示に従わない場合、エリスを何処ぞへと売り渡すぞと、脅しめいた事まで書かれていたのだ。
流石にこれには私も頭に来てしまい、お兄様達とも相談した上で今回の帰省に踏み切ったというわけ。
「言いましたよね、領民の為にと言うのなら私は喜んで支援はいたしますが、まずはその目的を先にご提示してくださいと。なのに何ですかこれは! 私が従わなければエリスを売り飛ばす? ふざけないでください!!」
実際私も男爵家へと売り飛ばされたわけなので、これが単に脅しでないことは言わなくてもわかるだろう。
「知ったことか。妹が売り飛ばされたくなければ、要求した金額を用意するんだな」
このバカ兄は……。こうなる事は薄々感じてはいたが、やはりどうすることも出来ないようね。
「……わかりました。お兄様がその気なら、こちらにも手段がございます」
再びランベルトが用意した一枚の書類を受け取り、同じように兄の前へと突き出す。
「お兄様はご存知ないでしょうが、これは国が定めた法律の一部を書き出したものです」
尽き出した書類にはこう書かれている。
『代表となる当主への意義申し立ては、身内から5名、外部から爵位を持つ者3名の承認により、貴族裁判を開くことが許される』
貴族裁判とは貴族を正式な形で裁く法廷の場。その内容は横領から犯罪、領民への虐げや他者への脅迫など、本来法廷に立つことがない貴族を国が裁くシステムで、誰しもこの法廷の場に立つだけで不名誉な事だとされている。
そしてこの貴族裁判でもっとも恐ろしいのが、圧倒的に起こされた方が負けるという、敗北率の高さだと言われているのだ。
「貴族裁判だと? ふざけるな! この俺が一体何をしたというんだ!!」
まったくお目出たいわね。
どうせ兄の事だから、私達からお金を要求するのは国が定める法に反しないから大丈夫、とでも思っているのだろう。
確かにただ私達からお金を貪るだけなら国は動いてはくれないだろう。だけど今回、兄は最大といっていい程の失態を犯してしまった。しかもご丁寧に書類まで残すという決定的な証拠と一緒に。
「お気づきになりませんか? ここにしっかりと書かれているではありませんか、『従わなければエリスを売り飛ばすと』、これは隠しようのない確かな脅迫です」
「なっ、脅迫だと!?」
本人にそのつもりがなくとも、私からみたらこれはもう立派な脅迫状。例え血のつながった兄妹だったとしても、これを証拠に条件を満たせば、私はバカ兄を訴える事が出来るのだ。
「これを脅しなどとは思わないでください。お兄様ならご存知ですよね? アルター男爵様がどうなったかを」
「くっ……」
実際のところ、男爵様は内部告発からの当主入れ替えであり、私が提示した内容ではバカ兄が危惧するような事にはならないのだが、貴族だ当主だと執拗に固執する兄にとって、これほど効果的な脅しはないのではないだろうか。
「くそっ、こんなもので裁判を起こせるものか!」
言葉では否定しているが、やはり貴族裁判を起こされるは怖いのだろう。机の上に置かれた証拠の手紙を鷲掴みし、そのまま力任せにビリビリと、細かく再生が難しいよう破り捨てる。だけど残念……。
「はは、何が証拠だ。これでバカな考えは起こせんだろう」
「うーん、大変申し上げにくいのですが、それはただの複製品ですよ? 原本となる書類は王都にありますからご安心ください」
「なっ!?」
私を誰だと思っているのよ。
バカ兄が次に動く行動が読めていると言うに、親切丁寧に本物の手紙を持ってくるはずがないでしょ。
もともとお店のチラシなんかを複製する謄写版が揃っているので、得意なスタッフに頼んで予めコピーを数枚用意しておいたのだ。
「因みに条件である訴えの人数ですが、ご覧の通り身内から5名は揃っておりますし、他家から3名というのも既にご協力を得ていります」
「ば、馬鹿な! 他家がそんな簡単に協力するはずがないだろ!!」
兄が驚くのもわかるのだが、実際に既にご協力いただけるという返事を貰っているのだから仕方がない。
「ランベルト」
「どうぞ、アリス様」
私はランベルトから一枚の書類を受け取り、今度は直接手に持った状態で兄に見えるよう提示する。
「エンジウム公爵家に……ア、アルター男爵家だとぉぉ!?」
エンジウム公爵家の名前もそうだが、兄にとってはアルター男爵家の名が余程衝撃的だったのだろう。
だけど書類に書かれたサインと、それを本物だと示すためのエムブレムの刻印が、これは偽物でも複製品でもない事を証明している。
「どうですか? これはハルジオン公爵家がご用意してくださった正真正銘の申し立て書。当然エンジウム公爵家の刻印も、アルター男爵家の刻印も紛れもない本物です」
「な、なぜだ……、なぜアルター男爵家がお前の味方をする……」
悔しがる……というより焦りと動揺が勝っているようで、執務机に両手を付きながら食い入るように私が持つ書類を凝視する兄。その姿勢は徐々に前のめりになり、隙あらば私から証書を奪う気なのだろうが、生憎と私と兄の間には執務机という障害があり、運良く近づけたとしても背後に控えるカナリアが既に臨戦態勢をとっている。
「そんなにアルター男爵家のサインが入っているのが意外ですか? 簡単なことです、新しくご当主となられた方と会談をしまして、今までの事は水に流してこれからは仲良くしましょうと、お話しさせていただだけです」
「馬鹿な……たったそれだけだと?」
事実新しくご当主様となられた方が意外と話がわかる方で、私への謝罪と一緒に、実家でもある騎士爵家へは一切の責任追及はしない、という約束を申し出てくださったのだ。
彼方としては私の後ろにある公爵家を警戒した、という事もあるのだろうが、私としてもいつまでも争うつもりはないので、当初の予定通りローズマリーから男爵家へ、無期限無利子の融資を約束させて頂くと同時に、お礼代わりにサインを頂いたというだけだ。
「これでお分かりいただけましたか?」
「くそっ、調子に乗りおって……」
兄が何を言っても貴族裁判を起こせる条件は全て揃っている。
正直これで兄を当主の座から引きずり下ろせるかと問われれば、難しいというのが本音だが、こちらの目的は貴族裁判をチラつかせ、私や兄たちへの無理難題の要求を止めること。
事実私も兄様達も爵位が欲しいわけではないので、裁判自体を起こそうが、起こすまいが、さほど問題ではないのだ。
「どうやらご自身がどの様な立場に置かれているか、ご理解いただけたようですね。さて、ここからが本題です」
私はここで一区切りを付けるよう手に持つ証書をランベルトへと返し、代わりに別の受け取りながら今度は机の上にその書類を提示するのだった。
「ありがとうカナリア」
母二人、父一人が眠るお墓の前で、カナリアが用意してくれた花束を受け取り、それぞれ祈りを捧げるように花束を並べていく。
この世界じゃ地方への移動はリスクと時間、旅費も結構かかってしまうため、お墓前りは滅多に出来ないのだが、今回実家へ帰省することをお兄様たちにも相談し、ならば旅行を兼ねて4家族全員でお墓前りへ行こうという流れになった。
ちなみに4家族とはフィオーネ姉様のご家族と、ツヴァイ兄様ドライ兄様のご家族、そして私とエリスを含めた王都組の4家族のこと。今回の旅行をフローラ様にお話すると、ならば長距離用の馬車を貸してあげるわと、景気良く4台もの馬車をご用意してくださったのだが、ほぼ強制的にジーク様と公爵家が雇われている警備兵が6名も、護衛として付けられてしまった。
まぁ私も公爵家の関係者になったわけだし、馬車が襲われたという前例もあることから、ありがたく護衛の方もお受けさせていただいた。
「それでアリス、この後の予定はどうするんだ? 流石にこの人数で兄貴のところに乗り込むわけにはいかないだろう?」
お墓前りも無事終わり、この後の予定をツヴァイ兄様が尋ねて来られる。
「一応お義姉様とお子様たちは、先にエンジウム領のホテルへ戻って頂こうかと。実家の方へ向かうのは私たち兄妹と、ジーク様、カナリア、ランベルトの8名で行こうかと思っています」
お義姉様達にも実家へご案内したいのは山々なのだが、今回は少々荒事になる予定だし、免疫のない人にバカ兄を見せるのが忍びないという考えもあり、ここから二組に分かれる事を提案する。
「だな。俺もその方がいいと思う」
「だがなドライ、そうなると女性と子供だけにならないか?」
この時代、山賊やら獣やらに襲われないとも限らないので、ツヴァイ兄様が警戒してしまうのは仕方がないところ。だけど其のあたりも考慮して、私は人員の割り振りを再度提案する。
「その点はお任せください。お義姉様達には護衛方を4名と、お世話役に連れてきたスタッフを3人お付けしますので、護衛面、お世話面共にさほど心配する事はないかと」
護衛を4:2と偏らせてしまうが、こちら側にはカナリアもジーク様もいるし、サポート面では私とフィーもいる。兄たちも一応剣は使えるらしいので、ここは未来ある子供たちを優先したって問題はないはずだ。
「わかった、ここはアリスに従っておくよ。だけどエリスも連れて行くのか?」
「えぇ、実は今回エリスも必要なんです」
本音を言えば私もツヴァイ兄様の言う通り、エリスをお義姉様達にお願いしたいところではあるのだが、今回バカ兄を追い詰めるために、私たち兄妹の結束が必要となる。
私はこれからバカ兄に対して何を行うのかを説明し、お兄様達に協力いただけるよう相談する。
「なるほどな、そんな方法があるのか」
「えぇ、あくまで脅しなんですが、その場に全員がいれば効果は絶大となりますので」
それは以前フローラ様から教えていただいた、当主入れ替えの一つの方法。
だけどこれは同時にクリス姉様の子供や、当主を引き継ぐことになるツヴァイ兄様の人生を大きく狂わせてしまい、私としては出来れば使いたくはないというのが本音。
だからこれはあくまで脅しの一つとして、事前に用意しておこうと考えたのだ。
「そういえば最近、アルター男爵家も当主の入れ替えがあったんだっけ? もしかしてアレも今の方法が使われたのか?」
それは数週間前にあったある出来事の話。ドライ兄様も貴族のお屋敷で警護のお仕事をされているので、その辺りの情報は耳にされているのだろう。
「よくご存じですね。でもあれは前男爵様の横領が原因らしいですよ」
今の話の流れ的に、男爵様も同じ目に合われたのかと思いきや、実は身内からの告発が最大の原因だったりするのだ。
今から1ヶ月ほど前、騎士団へ一束の書類が持ち込まれた。そこには男爵様が領収を誤魔化し、国への申告を偽っていたという証拠が書かれてあったそうで、騎士団が調査へと乗り出したのだ。
その結果、出るわ出るわで男爵様の横領はほぼ確実。最近では裏金も相当隠されていたようで、この度めでたく国から責任の追及を迫られたらしい。
元男爵家の執事をやっていたランベルト曰く、『隠すにしてもすべてが雑すぎるのです』とのことだった。
噂じゃ使用人への給料未払いも結構あったようだし、理不尽な解雇も行われていたようで、恐らくその辺りから恨みを買ってしまい、情報が騎士団に持ち込まれたのではないだろうか。
「お前こそよくそんな裏事情を……、一体どこから仕入れているんだ?」
「うふふ、聞きたいですか?」
「うぐっ、や、やめておくわ」
「兄貴、今のアリスには逆らわない方がいいぞ」
「そ、そのようだな」
全く二人して、私を恐怖の対象みたい言うなんて失礼しちゃうわ。ちょっと場を盛り上げるため、ほんの少しだけ含み笑いをしただけだというのね。
実際は騎士団に努めておられるジーク様からの情報と、新しくなられた当主様と友好な関係を築けたからこそ、ここまでの話を得る事が出来たのだ。
「それじゃ私たちも行きましょうか」
お義姉様達が乗る2台の馬車を見送り、残ったメンバーで兄がいる騎士爵邸へと改めて向かう。
「ねぇ、何だかお屋敷が少し綺麗になってない?」
「ホントだ、以前来た時は崩れていた壁も補修されているな」
屋敷着くなりフィオーネ姉様が以前からの邸の変化を指摘される。
以前来た時は補修の材料が積まれていただけで全く手付かずだった壁が、今じゃすっかり綺麗に補修されており、柱に張り付いていた草の根すら完璧に除去されているのだ。
私の知る限り修理を頼めるほど裕福ではないので、男爵家からもらったとされる、私とフレッドとの結納金で補修でもされたのだろう。男爵家が私を捕まえることが出来なかったのは既に耳にしているはずなので、返せと迫られる前に使い切ろうと考えでもしたのだろう。まったく何処までお金にがめついのだか。
予め連絡しておいたクリス義姉様に出迎えて頂き、一緒に兄が居るであろう執務室の前へとたどり着く。
コンコン、ガチャ
「……な、なんだお前ら、どうやって屋敷の中へ入った?」
バカ兄は一瞬私たちの出現に驚くも、すぐに不機嫌そうな顔をしながら言葉を吐く。
「私が招き入れたのよ」
「なに? 誰が屋敷に入れていいと言った、すぐに追い出せ!」
追い出せときたか。正直バカ兄に好かれているとは思ってはいないが、久々に帰省した弟妹にはなかなかの出ないセリフ。
今回の帰省に当たり、私達はバカ兄に何一つとして連絡はいれていない。その理由はバカ兄に対策を考えさせない為と、突然の出来事で動揺を誘うという考えが含まれている。
「久々に帰省した弟妹に『追い出せ』、とは些か酷い事をおっしゃるのですね」
「なんだと? 勝手に押しかけておいて何をほざく! クリス、今すぐに此奴らを追い出せ!」
此奴ら……と言ってはいるもの、その対象は明らかに私個人に対してだけなのは明白。もちろん兄達も邪魔な存在なのは間違いないのだろうが、先の夜会で私にバカにされた事が根に残っているのか、怒りの矛先を完全に私一人へと向けられてしまっている。
わたしは『やれやれ』と身振りをしながら、必死に追い出そうと喋り続ける兄を無視し、執務用の机の前まで歩いていく。
「いいんですか?」
「なに?」
「このまま私達を追い返してもいいんですか? と尋ねたのです」
いつまでも『帰れ帰れ』の状態では話も進まない。その為まずは私の話を聞かせる様、意味深な言葉をで誘導する。
「どういう事だ? お前ら一体何しに来た」
「何しに? そうですね……」
バカ兄が僅かに興味を示したところを見計らい、今回最もイレギュラーであり、最大の武器でもあるリサールウェポンを最初に投入させてもらう。
「お兄様、こちらの話をする前に、まずはご紹介させて頂きますわ」
そう言いながら、私の隣に立つ一人の男性を紹介する。
「初めましてデュランタン騎士爵様、私はジーク・ハルジオンと申します」
「なっ! ハルジオンだと!?」
さすがの兄もハルジオン公爵家の名前ぐらいは知っていたか。
男爵家との一件は兄の耳にも届いている筈なので、その原因となったハルジオン家の名前も耳にしている事だろう。
本当の事を言えば、これはただの実家への挨拶なのだが、余りにも巨大すぎる存在を目の当たりにし、冷静な判断を狂わせると言うのが最大の目的だ。
「バカな、なぜハルジオンの人間がここにいる!」
「何故、と言われまして、私のその…こ…こ…こんやく…しゃ、で御座いますので……」
うぐっ。自分で仕掛けておいてなんだが、これは私自身へのダメージも半端ないわね。
最近じゃすっかり二人の関係も慣れてきたが、改めて婚約しちゃったんだと自覚すると、嬉しいというより先にテレの方が全面的勝ってしまう。隣のジーク様も若干頬を染められているし、カナリアやフィオーネ姉様なんて必死に笑いを堪えられているわで、一体だれが一番ダメージを受けているのか分からなくなってしまう。
「まさかあの話は本当なのか!?」
「お兄様がどの事を指しておられるのかは存じませんが、少しはこちら側の話も聞いていただけるでしょうか?」
「くっ……」
これで『帰れ』と言われれば、少しは度胸があると褒めてやりたいが、流石の兄も公爵家の存在は無下には出来なだろう。
私は心の中でジーク様に謝罪し、改めて今回の目的の一つである金銭問題の話を持ち出す。
「お兄様、これが何かはご存知ですよね」
そう言いながら私はランベルトから一枚の書類を受け取り、兄がいる執務机の上に差し出す。
「なんだこれは?」
「なんだこれは、ではないでしょう。お兄様がツヴァイ兄様とドライ兄様へ送られた手紙の一つです。よもやお忘れなんて事はいいませんよね?」
それはバカ兄がツヴァイ兄様達に要求した、金銭の増額を示した手紙の一部。
お父様がご健在の頃は、ここまで頻繁に仕送りの増額要求などなかったのだが、兄が当主となってからはほぼ毎月いうレベルで増額を要求され、ついには金貨1枚という金額に膨れ上がった。
因みに金貨1枚とは一般的なお仕事で貰えるお給料の約半分。比較的物価の高い王都でも、一カ月に金貨2~3枚稼げればいいほうで、天下の公爵家でも金貨3~4枚が平均のお給料だと言われているのだ。それが理由もなく金貨1枚も要求されれば、これがどれだけ酷い話なのかはある程度察してもらえるだろう。
ツヴァイ兄様達も生活が豊かになったとはいえ、お給料の半分近くももって行かれれば苦しくなるだけ。嘗てはその仕送りで育てられた私が言うのもなんだが、今じゃ騎士爵家の人数も減っているわけだし、ツヴァイ兄様達にもご家庭が出来ているので、これ以上理由もなくお金を送り続けるのは、兄達も納得出来ない事だろう。
「なんですかこの馬鹿げた金額は。お兄様は本気でこの金額を要求されるおつもりなんですか!」
「フンッ、貴様には関係のない話だ」
「関係ならあります、私の元にも似たような手紙が送られて来ました。まさかこれも関係ないとはいいませんよね」
兄が私の住んで居る場所を知っているとは思えないので、恐らくクリス姉様に丸投げでもされたのだろう。内容は前に私へ要求された金額がそのまま書かれており、私がこの指示に従わない場合、エリスを何処ぞへと売り渡すぞと、脅しめいた事まで書かれていたのだ。
流石にこれには私も頭に来てしまい、お兄様達とも相談した上で今回の帰省に踏み切ったというわけ。
「言いましたよね、領民の為にと言うのなら私は喜んで支援はいたしますが、まずはその目的を先にご提示してくださいと。なのに何ですかこれは! 私が従わなければエリスを売り飛ばす? ふざけないでください!!」
実際私も男爵家へと売り飛ばされたわけなので、これが単に脅しでないことは言わなくてもわかるだろう。
「知ったことか。妹が売り飛ばされたくなければ、要求した金額を用意するんだな」
このバカ兄は……。こうなる事は薄々感じてはいたが、やはりどうすることも出来ないようね。
「……わかりました。お兄様がその気なら、こちらにも手段がございます」
再びランベルトが用意した一枚の書類を受け取り、同じように兄の前へと突き出す。
「お兄様はご存知ないでしょうが、これは国が定めた法律の一部を書き出したものです」
尽き出した書類にはこう書かれている。
『代表となる当主への意義申し立ては、身内から5名、外部から爵位を持つ者3名の承認により、貴族裁判を開くことが許される』
貴族裁判とは貴族を正式な形で裁く法廷の場。その内容は横領から犯罪、領民への虐げや他者への脅迫など、本来法廷に立つことがない貴族を国が裁くシステムで、誰しもこの法廷の場に立つだけで不名誉な事だとされている。
そしてこの貴族裁判でもっとも恐ろしいのが、圧倒的に起こされた方が負けるという、敗北率の高さだと言われているのだ。
「貴族裁判だと? ふざけるな! この俺が一体何をしたというんだ!!」
まったくお目出たいわね。
どうせ兄の事だから、私達からお金を要求するのは国が定める法に反しないから大丈夫、とでも思っているのだろう。
確かにただ私達からお金を貪るだけなら国は動いてはくれないだろう。だけど今回、兄は最大といっていい程の失態を犯してしまった。しかもご丁寧に書類まで残すという決定的な証拠と一緒に。
「お気づきになりませんか? ここにしっかりと書かれているではありませんか、『従わなければエリスを売り飛ばすと』、これは隠しようのない確かな脅迫です」
「なっ、脅迫だと!?」
本人にそのつもりがなくとも、私からみたらこれはもう立派な脅迫状。例え血のつながった兄妹だったとしても、これを証拠に条件を満たせば、私はバカ兄を訴える事が出来るのだ。
「これを脅しなどとは思わないでください。お兄様ならご存知ですよね? アルター男爵様がどうなったかを」
「くっ……」
実際のところ、男爵様は内部告発からの当主入れ替えであり、私が提示した内容ではバカ兄が危惧するような事にはならないのだが、貴族だ当主だと執拗に固執する兄にとって、これほど効果的な脅しはないのではないだろうか。
「くそっ、こんなもので裁判を起こせるものか!」
言葉では否定しているが、やはり貴族裁判を起こされるは怖いのだろう。机の上に置かれた証拠の手紙を鷲掴みし、そのまま力任せにビリビリと、細かく再生が難しいよう破り捨てる。だけど残念……。
「はは、何が証拠だ。これでバカな考えは起こせんだろう」
「うーん、大変申し上げにくいのですが、それはただの複製品ですよ? 原本となる書類は王都にありますからご安心ください」
「なっ!?」
私を誰だと思っているのよ。
バカ兄が次に動く行動が読めていると言うに、親切丁寧に本物の手紙を持ってくるはずがないでしょ。
もともとお店のチラシなんかを複製する謄写版が揃っているので、得意なスタッフに頼んで予めコピーを数枚用意しておいたのだ。
「因みに条件である訴えの人数ですが、ご覧の通り身内から5名は揃っておりますし、他家から3名というのも既にご協力を得ていります」
「ば、馬鹿な! 他家がそんな簡単に協力するはずがないだろ!!」
兄が驚くのもわかるのだが、実際に既にご協力いただけるという返事を貰っているのだから仕方がない。
「ランベルト」
「どうぞ、アリス様」
私はランベルトから一枚の書類を受け取り、今度は直接手に持った状態で兄に見えるよう提示する。
「エンジウム公爵家に……ア、アルター男爵家だとぉぉ!?」
エンジウム公爵家の名前もそうだが、兄にとってはアルター男爵家の名が余程衝撃的だったのだろう。
だけど書類に書かれたサインと、それを本物だと示すためのエムブレムの刻印が、これは偽物でも複製品でもない事を証明している。
「どうですか? これはハルジオン公爵家がご用意してくださった正真正銘の申し立て書。当然エンジウム公爵家の刻印も、アルター男爵家の刻印も紛れもない本物です」
「な、なぜだ……、なぜアルター男爵家がお前の味方をする……」
悔しがる……というより焦りと動揺が勝っているようで、執務机に両手を付きながら食い入るように私が持つ書類を凝視する兄。その姿勢は徐々に前のめりになり、隙あらば私から証書を奪う気なのだろうが、生憎と私と兄の間には執務机という障害があり、運良く近づけたとしても背後に控えるカナリアが既に臨戦態勢をとっている。
「そんなにアルター男爵家のサインが入っているのが意外ですか? 簡単なことです、新しくご当主となられた方と会談をしまして、今までの事は水に流してこれからは仲良くしましょうと、お話しさせていただだけです」
「馬鹿な……たったそれだけだと?」
事実新しくご当主様となられた方が意外と話がわかる方で、私への謝罪と一緒に、実家でもある騎士爵家へは一切の責任追及はしない、という約束を申し出てくださったのだ。
彼方としては私の後ろにある公爵家を警戒した、という事もあるのだろうが、私としてもいつまでも争うつもりはないので、当初の予定通りローズマリーから男爵家へ、無期限無利子の融資を約束させて頂くと同時に、お礼代わりにサインを頂いたというだけだ。
「これでお分かりいただけましたか?」
「くそっ、調子に乗りおって……」
兄が何を言っても貴族裁判を起こせる条件は全て揃っている。
正直これで兄を当主の座から引きずり下ろせるかと問われれば、難しいというのが本音だが、こちらの目的は貴族裁判をチラつかせ、私や兄たちへの無理難題の要求を止めること。
事実私も兄様達も爵位が欲しいわけではないので、裁判自体を起こそうが、起こすまいが、さほど問題ではないのだ。
「どうやらご自身がどの様な立場に置かれているか、ご理解いただけたようですね。さて、ここからが本題です」
私はここで一区切りを付けるよう手に持つ証書をランベルトへと返し、代わりに別の受け取りながら今度は机の上にその書類を提示するのだった。
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