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四章 華都の讃歌
第80話 フレッドへの断罪、そして
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「さてフレッド様、お帰りのところ少しよろしいでしょうか?」
男爵様との話し合いの中、四十不機嫌そうにこちらを睨みつけていたフレッドに声をかける。
男爵家との一件はこれで解決したが、こちら側も一応決着を付けておかなければいけないだろう。
「なんだ、まだ何かあるのか」
私に呼び止められた事で更に不機嫌そうにこちらを向くフレッド。
やはりあの時交わした約束は、綺麗サッパリ忘れているようだ。
「えぇ、ございます。ですがその前に、私からの融資の話はまだ生きているのでしょうか?」
「……当たり前だ。たとえ君が卑怯な手を使ったとしても、僕には男爵家を守る使命があるんだ」
言葉の内容はともかく、返答に一瞬息詰まったところを見ると、やはり男爵家の資金ぶりは相当追い込まれているという事だろう。
男爵家を建て直す資金は欲しいが、私に頭を下げることは貴族としてのプライドが許さない。少々お金を借りようとしている人のセリフとは思えないが、今の私はフレッドからその言葉が聞けただけで十分満足してしまう。
「では私への謝罪も当然お忘れではございませんよね?」
「!?」
それは夜会でフレッドに課した二つの条件のうちの一つ。融資をしてほしいのなら、まずは私に対して失礼な発言した誠意ある謝罪。
結局今日という日まで全くなんの連絡もなかったのだが、ここでハッキリさせておいた方がいいだろう。
「くっ、ここに来てまだ僕を愚弄するのか!」
愚弄ときたか。確かに私とフレッドとの婚約パーティーと題打っていれば、逃げられた方にとってはこれ程屈辱的な仕打ちはないのだろう。
だけどこちらが歩み寄っているというのに、逆に罠にはめて私からローズマリーを奪おうとされれば、さすがの私も協力する気は失せるというものだ。
「残念ですがハズレです」
「なに?」
「謝罪は結構、つまり融資の件もなかった事とさせていただきます」
「な、何だと!? それじゃ約束が違うだろうが!」
騙しておいて約束もなにも無いだろうに。
「融資とは信頼関係が築けた上で初めて成り立つもの。申し訳ございませんが、今回の一件で私個人としはアルター家との信頼は築けません」
「……くっ」
自業自得、悔しがっても今の私はフレッドを助けてあげる気には全くなれない。
例え実家の兄に損害を請求しても、騎士爵家には要求に応えるほどの力はないし、仮に資金を用意出来たとしても数ヶ月はかかってしまう。
そしてその数ヶ月は男爵家にとって、破産へのタイムリミットをオーバーしてしまう。
もし貴族は破産しない、と甘い考えを抱いているようなら考えを改めるべきだ。借金が返せなければ、領地収入は国に差し押さえられてしまうし、破産するような当主を親族が認めるわけもないので、当主交代の声はすぐにでも上がる事だろう。
これはフローラ様から聞いた話だが、当主を引きずり下ろす方法がこの国には複数存在するらしい。
例えば身内が不祥事を起こした場合、当主が分家を切る事は簡単にできるが、その逆は普通に考えると不可能に近い。だけどここに、身内から5名と他家から爵位持ちが3名集まる事で、当主を入れ替えるための貴族裁判を起こす事が出来るというのだ。
実際は爵位持ち3名というハードルでなかなか実現しないそうなのだが、もし条件が揃えばほぼ確実に当主入れ替えが実現してしまうらしく、当主一家はそのまま分家へと格下げになってしまうのだという。
そして今回、男爵様は他家からも多額の借り入れを行っており、もし破産でもしようものなら、爵位持ち3名も意外とアッサリ揃うのでは? とフローラ様はおっしゃっていた。
因みにハルジオン家も誘拐事件と私への嫌がらせで、すでに十分な被害を被っているので、もし男爵家の親族から依頼があれば協力するわよ、との事だった。
「よもや……とは思いますが、自分は大丈夫、今の居場所から引きずり降ろされる事など絶対ない、とは思わない事です」
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味です。フレッド様は少々世間を知らなさすぎるところがございますので、これは私から送る最後の助言……とでもご理解ください」
今更私の言葉が届くとは思えないが、嘗ての婚約者として昔のフレッドに戻って欲しいと思う最後の忠告。
この言葉でフレッドが目覚めてくれればいいのだが、切り捨ててしまった今の私がかける言葉ではないのだろう。願わくば、彼の未来が実りるものになると祈るばかりかりだ。
「フンッ、アリスの力なんか借りなくとも、この僕が何とかしてみせる!」
「心強いお言葉。それではフレッド様、ご自身と男爵家のご健闘をお祈りしております」
フレッドは最後に私に恨みを込めた視線を一目送り、開けられたままの扉から一人退出していく。
一応護衛としてカナリアを側に置いておいたが、取り越し苦労だったようだ。
「終わりましたね」
「ふぅ、疲れたわ。でもこれでもう男爵家からは何も言ってこないでしょう」
ソファーの背に大きくもたれ掛かりながら、カナリアが淹れなおしてくれたお茶を頂く。
これが私とアルター男爵家との最後の記録となるのだった。
「それでアリスちゃん、結局男爵家側の婚約パーティーはどうなったの?」
「噂じゃフレッドの失恋パーティーに変わったそうよ」
日差しが照る中、ハルジオン家の中庭に設けられた一軒のガゼボ。今日は先日の報告を兼ねたお茶会がいつものメンバーで行われている。
「ぷっ、失恋パーティーって上手い事を言うわね」
私の説明にレティシア様が笑いを堪えらず、思わず吹き出してしまわれる。
「私は言ってるんじゃありませんよ、そう言う噂になっているという話なんです」
間違って貰っては困るのだが、今回噂の出処は私もフローラ様も一切関与していない。
事実男爵家側からの通達は、婚約パーティーを急遽『(フレッドの)婚約激励パーティー』に変更され、私との婚約は一切話題にも取り上げられなかったという話だ。ただ招かれた客にはハルジオン家に花嫁を取られた事がすでに知れ渡っており、裏ではフレッドの失恋パーティーなどと不名誉な噂で、現在も広まりつつあると言う事だった。
「フレッドさんも災難だね、素直にアリスちゃんへ謝っておけばこんな事にならなかったというのに」
「自業自得よ。それでお兄さんの方とはどうなったの?」
ルテアちゃんは夜会での一件は直接目にしているからね。レティシア様が言う自業自得も同じ考えなので、あえて私から何かを付け加える必要もないだろう。
「取りあえず今の所は進展が無いって感じです」
「あら、男爵家側からは何も言ってきていないの?」
「それどころじゃないらしいわよ」
「それどころじゃない? また何かあったの?」
「えぇ」
レティシア様の質問に、私の代わりにフローラ様が答えてくださる。
ローレンツさんが商会繋がりから仕入れられた情報では、どうやらプリミアンローズの本家から、契約破棄の宣告と、名称使用料の未払い金を巡って裁判を起こされてしまったらしく、現在その対応に男爵家は彼方此方に走り回っているという事だった。
「裁判を起こされたって、それにしてもいいタイミングね。まさかフローラがなにか仕掛けたんじゃないの?」
「もう、私をなんだと思っているのよ」
レティシア様の言葉に、不機嫌そうに頬を膨らませるフローラ様。
私も追い打ちをかけるタイミングで裁判を起こされたと聞けば、フローラ様が仕組んだんじゃないかとも思ったのだが、どうやら先日行われた男爵家のパーティーが原因らしく、未払いが滞っているのにパーティーとは何事だ! と取られてしまったらしく、この度めでたく本家側から裁判を起こされたというのが実情らしい。
以降わかっている範囲だが、男爵家が運営するプリミアンローズは営業を完全に停止。抱えている食材を放出する事も出来ず、スタッフに支払うお給料もままならない状況まで追い込まれているらしい。
そして男爵家の本家だが、裁判を起こされた事で貸し入れしている家から不安の声が上がり、いまは一斉に返済を迫られ、その対応で連日男爵家への人の出入りが激しくなっているとの事だった。
「あらあら、大変な事になっているのね」
「いずれ男爵家側から実家の方へ、何らかの接触はあるでしょうが、そこまで今の男爵家が持つかどうかって感じなんです」
今回の一件はあくまで現男爵様と実家との問題。もしこのまま破産でもしようものなら、そのままお家騒動も起こるだろうし、領地の税収を収められない事で当然国からも説明は求められる。
さすがに領地収入をそのまま差し押さえる事はできないらしく、領地の運営は一旦男爵家から国に取り上げられ、その内の一部は領地で働く人たちのお給料として支払われ、残りの資金を男爵家が抱えている負債へと当てられる。
その間幾らかは男爵家へと戻されるらしいが、とてもじゃないが屋敷の維持や使用人を雇える程ではないという話だ。
「そうなると、新しく当主となる方は最初から大変そうね」
「えぇ、ですから資金繰りが苦しい新しい当主様に、私がそっと手を貸してあげれば、分家となってしまった現男爵様は、私の実家であるデュランタン家には手が出せなくなるんじゃないかって、思っているんです」
一族の当主が世話になっているのに、分家が先方にクレームを入れてはダメだろうという事。
プリミアンローズと領地以外に収入源は持っていられないようだし、事業を始めるにもその資金すらも残っていない。そんな力も資金もない分家如きが、本家が不利になるような行動は本家は許さないだろう。
「なるほどね。借り入れは男爵本人に掛かっていても、領地収入を差し押さえられてしまえば、男爵家自体の運営は止まってしまうものね。そこで手を差し出してあげれば強くは出られないってわけね」
さすがレティシア様、理解が早くて助かるわ。
「でもアリスちゃん。お兄さんの事キライじゃなかったの?」
「嫌いですよ。でもこのまま見捨てるって事はさすがに出来ませんよ」
勿論それなりの責任は取ってもらう予定だが、兄への責任はそのまま領民達の生活にも大きくのしかかってしまう。
私がその責任を肩代わりしても、それは兄のためにはならないし、私を黙って売った事を許そうとも思わないので、現在裏で仕返しのための計画が進行しているというわけだ。
「あら、また何かを企んでいるのね」
「アリスちゃん、なんだか楽しそう」
「その……二人して私を悪役のように言うのはやめてください」
「ふふふ、そういうところもフローラにそっくりね」
「うぐっ!」
いやね、最近ジーク様やカナリアから同じ様な事を言われた事があったのよ。悪巧みをしている時の顔がフローラ様にそっくりだと。
「もうレティシア、私をアリスと一緒にしないで頂戴」
「何言っているの、アリスちゃんは昔のフローラとそっくりよ」
どうやら昔のフローラ様も、結構似たような事をされて来たと言う事なのだろう。笑いあっている二人をみていると、幼なじみっていいものだなっと、改めて感じてしまう。
「アリスちゃん、取りあえずお疲れ様」
「ありがとうルテアちゃん」
私たちもいずれ結婚し子供を持つ事になるのだろう、その時レティシア様とフローラ様の関係の様な、いい絆で結ばれていればこれほど幸せな事もないだろう。
「ただいま戻りましたお母様」
「おかえりなさいユミナ、エリスちゃんもこっちにいらっしゃい」
「はーい」
学園から戻ってきたユミナちゃんとエリスを迎え、お茶会の延長戦が始まる。
ルテアちゃんがピッチャーに蜂蜜を注ぎ、テーブルの上に座ったフィーが美味しそうにそれを飲む。ユミナちゃんの精霊ソラは相変わらず寝たままだが、膝の上で幸せそうに丸まっている姿は、まるでこの平和の時を示している様にも感じてしまう。
「今日もいい天気ね」
空は青く、暖かな日差しが降り注いでいた。
男爵様との話し合いの中、四十不機嫌そうにこちらを睨みつけていたフレッドに声をかける。
男爵家との一件はこれで解決したが、こちら側も一応決着を付けておかなければいけないだろう。
「なんだ、まだ何かあるのか」
私に呼び止められた事で更に不機嫌そうにこちらを向くフレッド。
やはりあの時交わした約束は、綺麗サッパリ忘れているようだ。
「えぇ、ございます。ですがその前に、私からの融資の話はまだ生きているのでしょうか?」
「……当たり前だ。たとえ君が卑怯な手を使ったとしても、僕には男爵家を守る使命があるんだ」
言葉の内容はともかく、返答に一瞬息詰まったところを見ると、やはり男爵家の資金ぶりは相当追い込まれているという事だろう。
男爵家を建て直す資金は欲しいが、私に頭を下げることは貴族としてのプライドが許さない。少々お金を借りようとしている人のセリフとは思えないが、今の私はフレッドからその言葉が聞けただけで十分満足してしまう。
「では私への謝罪も当然お忘れではございませんよね?」
「!?」
それは夜会でフレッドに課した二つの条件のうちの一つ。融資をしてほしいのなら、まずは私に対して失礼な発言した誠意ある謝罪。
結局今日という日まで全くなんの連絡もなかったのだが、ここでハッキリさせておいた方がいいだろう。
「くっ、ここに来てまだ僕を愚弄するのか!」
愚弄ときたか。確かに私とフレッドとの婚約パーティーと題打っていれば、逃げられた方にとってはこれ程屈辱的な仕打ちはないのだろう。
だけどこちらが歩み寄っているというのに、逆に罠にはめて私からローズマリーを奪おうとされれば、さすがの私も協力する気は失せるというものだ。
「残念ですがハズレです」
「なに?」
「謝罪は結構、つまり融資の件もなかった事とさせていただきます」
「な、何だと!? それじゃ約束が違うだろうが!」
騙しておいて約束もなにも無いだろうに。
「融資とは信頼関係が築けた上で初めて成り立つもの。申し訳ございませんが、今回の一件で私個人としはアルター家との信頼は築けません」
「……くっ」
自業自得、悔しがっても今の私はフレッドを助けてあげる気には全くなれない。
例え実家の兄に損害を請求しても、騎士爵家には要求に応えるほどの力はないし、仮に資金を用意出来たとしても数ヶ月はかかってしまう。
そしてその数ヶ月は男爵家にとって、破産へのタイムリミットをオーバーしてしまう。
もし貴族は破産しない、と甘い考えを抱いているようなら考えを改めるべきだ。借金が返せなければ、領地収入は国に差し押さえられてしまうし、破産するような当主を親族が認めるわけもないので、当主交代の声はすぐにでも上がる事だろう。
これはフローラ様から聞いた話だが、当主を引きずり下ろす方法がこの国には複数存在するらしい。
例えば身内が不祥事を起こした場合、当主が分家を切る事は簡単にできるが、その逆は普通に考えると不可能に近い。だけどここに、身内から5名と他家から爵位持ちが3名集まる事で、当主を入れ替えるための貴族裁判を起こす事が出来るというのだ。
実際は爵位持ち3名というハードルでなかなか実現しないそうなのだが、もし条件が揃えばほぼ確実に当主入れ替えが実現してしまうらしく、当主一家はそのまま分家へと格下げになってしまうのだという。
そして今回、男爵様は他家からも多額の借り入れを行っており、もし破産でもしようものなら、爵位持ち3名も意外とアッサリ揃うのでは? とフローラ様はおっしゃっていた。
因みにハルジオン家も誘拐事件と私への嫌がらせで、すでに十分な被害を被っているので、もし男爵家の親族から依頼があれば協力するわよ、との事だった。
「よもや……とは思いますが、自分は大丈夫、今の居場所から引きずり降ろされる事など絶対ない、とは思わない事です」
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味です。フレッド様は少々世間を知らなさすぎるところがございますので、これは私から送る最後の助言……とでもご理解ください」
今更私の言葉が届くとは思えないが、嘗ての婚約者として昔のフレッドに戻って欲しいと思う最後の忠告。
この言葉でフレッドが目覚めてくれればいいのだが、切り捨ててしまった今の私がかける言葉ではないのだろう。願わくば、彼の未来が実りるものになると祈るばかりかりだ。
「フンッ、アリスの力なんか借りなくとも、この僕が何とかしてみせる!」
「心強いお言葉。それではフレッド様、ご自身と男爵家のご健闘をお祈りしております」
フレッドは最後に私に恨みを込めた視線を一目送り、開けられたままの扉から一人退出していく。
一応護衛としてカナリアを側に置いておいたが、取り越し苦労だったようだ。
「終わりましたね」
「ふぅ、疲れたわ。でもこれでもう男爵家からは何も言ってこないでしょう」
ソファーの背に大きくもたれ掛かりながら、カナリアが淹れなおしてくれたお茶を頂く。
これが私とアルター男爵家との最後の記録となるのだった。
「それでアリスちゃん、結局男爵家側の婚約パーティーはどうなったの?」
「噂じゃフレッドの失恋パーティーに変わったそうよ」
日差しが照る中、ハルジオン家の中庭に設けられた一軒のガゼボ。今日は先日の報告を兼ねたお茶会がいつものメンバーで行われている。
「ぷっ、失恋パーティーって上手い事を言うわね」
私の説明にレティシア様が笑いを堪えらず、思わず吹き出してしまわれる。
「私は言ってるんじゃありませんよ、そう言う噂になっているという話なんです」
間違って貰っては困るのだが、今回噂の出処は私もフローラ様も一切関与していない。
事実男爵家側からの通達は、婚約パーティーを急遽『(フレッドの)婚約激励パーティー』に変更され、私との婚約は一切話題にも取り上げられなかったという話だ。ただ招かれた客にはハルジオン家に花嫁を取られた事がすでに知れ渡っており、裏ではフレッドの失恋パーティーなどと不名誉な噂で、現在も広まりつつあると言う事だった。
「フレッドさんも災難だね、素直にアリスちゃんへ謝っておけばこんな事にならなかったというのに」
「自業自得よ。それでお兄さんの方とはどうなったの?」
ルテアちゃんは夜会での一件は直接目にしているからね。レティシア様が言う自業自得も同じ考えなので、あえて私から何かを付け加える必要もないだろう。
「取りあえず今の所は進展が無いって感じです」
「あら、男爵家側からは何も言ってきていないの?」
「それどころじゃないらしいわよ」
「それどころじゃない? また何かあったの?」
「えぇ」
レティシア様の質問に、私の代わりにフローラ様が答えてくださる。
ローレンツさんが商会繋がりから仕入れられた情報では、どうやらプリミアンローズの本家から、契約破棄の宣告と、名称使用料の未払い金を巡って裁判を起こされてしまったらしく、現在その対応に男爵家は彼方此方に走り回っているという事だった。
「裁判を起こされたって、それにしてもいいタイミングね。まさかフローラがなにか仕掛けたんじゃないの?」
「もう、私をなんだと思っているのよ」
レティシア様の言葉に、不機嫌そうに頬を膨らませるフローラ様。
私も追い打ちをかけるタイミングで裁判を起こされたと聞けば、フローラ様が仕組んだんじゃないかとも思ったのだが、どうやら先日行われた男爵家のパーティーが原因らしく、未払いが滞っているのにパーティーとは何事だ! と取られてしまったらしく、この度めでたく本家側から裁判を起こされたというのが実情らしい。
以降わかっている範囲だが、男爵家が運営するプリミアンローズは営業を完全に停止。抱えている食材を放出する事も出来ず、スタッフに支払うお給料もままならない状況まで追い込まれているらしい。
そして男爵家の本家だが、裁判を起こされた事で貸し入れしている家から不安の声が上がり、いまは一斉に返済を迫られ、その対応で連日男爵家への人の出入りが激しくなっているとの事だった。
「あらあら、大変な事になっているのね」
「いずれ男爵家側から実家の方へ、何らかの接触はあるでしょうが、そこまで今の男爵家が持つかどうかって感じなんです」
今回の一件はあくまで現男爵様と実家との問題。もしこのまま破産でもしようものなら、そのままお家騒動も起こるだろうし、領地の税収を収められない事で当然国からも説明は求められる。
さすがに領地収入をそのまま差し押さえる事はできないらしく、領地の運営は一旦男爵家から国に取り上げられ、その内の一部は領地で働く人たちのお給料として支払われ、残りの資金を男爵家が抱えている負債へと当てられる。
その間幾らかは男爵家へと戻されるらしいが、とてもじゃないが屋敷の維持や使用人を雇える程ではないという話だ。
「そうなると、新しく当主となる方は最初から大変そうね」
「えぇ、ですから資金繰りが苦しい新しい当主様に、私がそっと手を貸してあげれば、分家となってしまった現男爵様は、私の実家であるデュランタン家には手が出せなくなるんじゃないかって、思っているんです」
一族の当主が世話になっているのに、分家が先方にクレームを入れてはダメだろうという事。
プリミアンローズと領地以外に収入源は持っていられないようだし、事業を始めるにもその資金すらも残っていない。そんな力も資金もない分家如きが、本家が不利になるような行動は本家は許さないだろう。
「なるほどね。借り入れは男爵本人に掛かっていても、領地収入を差し押さえられてしまえば、男爵家自体の運営は止まってしまうものね。そこで手を差し出してあげれば強くは出られないってわけね」
さすがレティシア様、理解が早くて助かるわ。
「でもアリスちゃん。お兄さんの事キライじゃなかったの?」
「嫌いですよ。でもこのまま見捨てるって事はさすがに出来ませんよ」
勿論それなりの責任は取ってもらう予定だが、兄への責任はそのまま領民達の生活にも大きくのしかかってしまう。
私がその責任を肩代わりしても、それは兄のためにはならないし、私を黙って売った事を許そうとも思わないので、現在裏で仕返しのための計画が進行しているというわけだ。
「あら、また何かを企んでいるのね」
「アリスちゃん、なんだか楽しそう」
「その……二人して私を悪役のように言うのはやめてください」
「ふふふ、そういうところもフローラにそっくりね」
「うぐっ!」
いやね、最近ジーク様やカナリアから同じ様な事を言われた事があったのよ。悪巧みをしている時の顔がフローラ様にそっくりだと。
「もうレティシア、私をアリスと一緒にしないで頂戴」
「何言っているの、アリスちゃんは昔のフローラとそっくりよ」
どうやら昔のフローラ様も、結構似たような事をされて来たと言う事なのだろう。笑いあっている二人をみていると、幼なじみっていいものだなっと、改めて感じてしまう。
「アリスちゃん、取りあえずお疲れ様」
「ありがとうルテアちゃん」
私たちもいずれ結婚し子供を持つ事になるのだろう、その時レティシア様とフローラ様の関係の様な、いい絆で結ばれていればこれほど幸せな事もないだろう。
「ただいま戻りましたお母様」
「おかえりなさいユミナ、エリスちゃんもこっちにいらっしゃい」
「はーい」
学園から戻ってきたユミナちゃんとエリスを迎え、お茶会の延長戦が始まる。
ルテアちゃんがピッチャーに蜂蜜を注ぎ、テーブルの上に座ったフィーが美味しそうにそれを飲む。ユミナちゃんの精霊ソラは相変わらず寝たままだが、膝の上で幸せそうに丸まっている姿は、まるでこの平和の時を示している様にも感じてしまう。
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