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四章 華都の讃歌
第69話 嵐と嵐の合間で
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「しかしアリスも厄介な奴に目をつけられたな」
先ほどのやり取りを心配してくれたのか、アストリア様がフレッドが消えた方を見つめながら話しかけてこられる。
「昔はあそこまで傲慢な性格ではなかったんですよ」
少なくとも私と婚約していた頃の彼は、引っ込み思案で周りに流されるような、弱い性格の持ち主だったと記憶している。
「そうなのか? 俺から言わせれば典型的なクズパターンだぜ? 俺やジークは学園であれに似たような奴を何人も見てきたからわかるんだが、最初は何の取り得もないのに、ある日を境に突然性格が豹変するんだ。聞けば父親が事業に成功しただとか、ポロっと爵位が転がって来ただとかで、昨日まで誰かの後ろに付いているだけのヤツが、金や権力を手にいれた事で一気に態度がデカくなりやがるんだ。自分の力じゃないにも関わらずだ」
アストリア様がここまでフレッドを非難するのも、ある意味仕方がないことだろう。私だってまさにその通りの感情を抱いてしまったのだし、実際同じような体験を目にしてしまったのだから、否定のしようもないというもの。
「一体どこであんな性格に変わったでしょうね」
考えられるのは男爵家が経営するプリミアンローズの華々しい日々。それまでは婚約者であるマリエラに随分振り回されていたようだし、男爵家の跡取りでありながら商家の娘に逆らえないというジレンマが、どこか彼の中でくすぶり続けていたのかもしれない。
それが一気にお金を手にいれたことで、溜め込んでいた貴族のプライドが爆発してしまった。
一度甘い思いを経験してしまうと、二度と過去のようには戻りたくはないだろうし、お金さえあれば再び華々しい日々に戻れるかもと、思い込んでしまったのだろう。
「とにかくあんなバカな奴の事は放って置こうぜ。何かあったとしても俺たちが付いてるんだ、心配する方が無駄ってもんだぜ」
能天気といえばそれまでだが、アストリア様のこいうサッパリとした性格のところは、どこか救われる気がするから不思議なものだ。
「そうですね」
言葉は悪いがフレッドは私から見ても所詮は小物。警戒するにこした事はないが、あまり考えするぎるのもただ疲れるだけ。それよりも私にはこの後控えているであろうバカ兄との対面が待ち受けているので、ここで体力を使い切ってはいけないだろう。
「そういえば聞きましたよ。アストリア様がルテアちゃんの婚約者だったんですね」
「ん? あぁ、まぁ、そうだな」
おやおや、アストリア様しては何だか歯切れの悪いお返事。これはもしかして照れておられるのではないだろうか。
「ダメだよアリスちゃん。アストリアを揶揄ちゃ」
「そんな事しませんよ、ただちょっと新鮮だなぁって思っただけです」
ほんのちょっぴりそんな考えも過ぎったが、揶揄いすぎて逆にこちらが揶揄われるという事態もあり得るので、ここはグッと女心の誘惑を抑える事にしておく。
「改めまして、ご婚約おめでとうございます」
「おぉ、サンキューな」
「もうアリスちゃん、私たちが婚約したのは随分前なんだから、今更言われると恥ずかしいよ」
お二人がいつご婚約されたかまでは聞いていないが、私と出会った以降ならばそんな話も出てきたはずなので、恐らくはもっと前に決まっていた話なのだろう。
私だってフレッドとの婚約が決まったのは王都に来るずっと前なのだし、早い人は幼少の頃から結婚相手が決まっているとも聞くので、別段若いからといって婚約がめずらしいというわけではない。
「いいんですよ、これは単純に友達の祝福を祝いたいといだけのことなんです。それにこういう事に早い遅いは関係ないんです」
「もう、律儀だなぁアリスちゃんは」
他愛もない友人との会話。この世界で学園に通った事がない私にとって、この瞬間は本当にかけがいのない一時なんだ。
アストリア様が皆んなを明るくし、ルテアちゃんが場を和ませ、私が二人のボケを軽く突っ込む。相変わらずジーク様はそんなやり取りを笑いながら見つめているだけだが、この時だけは貴族だとか平民だとかを感じさせない、私にとって大切な一瞬。願わくばそんな楽しい時間がこれらも続く事を祈るばかりだ。
「さて、そろそろ私は私の本日のメインイベントに戻らないといけませんので」
「メインイベントって、例の菓子の宣伝か?」
「それもあるんですが、実家にいるお兄様との再会です」
「兄? アリスって妹以外に兄がいるのか?」
「はい、正確には母親違いの異母兄ですが」
アストリア様の様子じゃ、やっぱりジーク様もルテアちゃんも私の事情は話されてはいないのだろう。
私は改めて実家のこと、異母兄たちこと、そしてフレッドと婚約が破棄された事で王都へ来る経緯を、掻い摘んでアストリア様に説明する。
「なるほどな、お前も見かけによらず随分苦労してきたんだな」
「一言多いですよ」
あえて一言付け加えられたのは、私が暗くならないためのアストリア様なりの心遣いなのだろう。
「それで今からその兄のところに挨拶にいくと」
「はい。向こうが気づいてくれるまで待つのもいいのでしょうけど、このままビクビクと待ち続けるは嫌ですし、挨拶もないまま夜会が終わってしまえば、後日私が居たと気づかれた時の反応を考えると、やはり夜会での再会は避けられないかなぁって思いまして」
恐らく兄は私が今この夜会に招かれているとは思ってもいない事だろう。だけど私はこの王都で余りにも有名になりすぎてしまった。
ローズマリーの年若いオーナーとして注目されているのに、ハルジオン公爵家との繋がりと、先の事件でユミナちゃんと一緒に誘拐された、エリスの話も既に噂の的になっているとも聞いている。
そんな私の噂を、いつまでバカ兄だけが耳にしないという事はないだろう。
「わかった、止めはしないが騒ぎだけは起こすなよ。何だったら俺たちも一緒について行ってやってもいいんだが」
「お心遣いありがとうございます。ですがこれは私の家の問題でもございますし、公爵家の後ろ盾がないと何もできない女と、バカにされるのも本意ではございませんので」
少々トラブルメーカーのように言われるのはなんだが、その心遣いだけは感謝したい。
本当ならば夜会に来るまでに一度会っておけばよかったのだが、今年は昨年までと少々事情が異なり、兄様はご婦人であるクリス義姉様と、下町の安宿に宿泊されているのだという。
まぁこの一年で兄様たちの結婚ラッシュがあったわけだし、爵位も昨年まではお父様が名乗られていたのだから、当主となったアインス兄様には、今年から夫人であるクリス義姉様を同伴させる義務が生まれるのだ。
流石に新婚ホヤホヤの兄様達の家に転がり込むわけには行かず、フィオーネ姉様とは未だ大げんかの真っ最中。私は娼婦の館にでも働かされていると思われているようだし、今年は仕方なく安宿に宿泊されるのだと聞いていた。
その関係で、誰もアインス兄様がどこで宿を取られているを知らなかったのだ。
「それじゃちょっと行って来ますね」
「って、ちょっと待て。そのまま行く気か?」
「? そうですけど、何か変ですか?」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」
出鼻をアストリア様に止められ、念のために自分が変な姿をしているのかと確かめてみるも、別段おかしいと思われる様子は見当たらない。
「アリスちゃん、もしかして気づいてない?」
「ん? 何がですか?」
「周りをよく見てみろ、多分俺たちから離れた瞬間囲まれるぜ?」
「へ?」
二人に諭されて周りの様子を伺うも、別段おかしなところは見当たらない。
むしろこの3人といる事の方が目立つというものだ。
「気のせいじゃないですか?」
「いや、まぁ、お前がいいのならいいんだけどな」
「うん。その、まぁガンバってね」
「ありがとうございます。それじゃ行ってきますね」
改めて心配してくれた二人に挨拶をし、私は会場の何処かにいるであろうバカ兄を探すために彷徨い出す。
二人が心配してくれた本当の意味すら理解できずに。
「なぁ、あれ絶対気づいてないだろう?」
「うん、気づいてないよね」
アリスちゃんって鈍感なところがあるから、自分がどれだけ注目されているのか全然わかっていないんだよね。
フローラ様が私やジークさんを付けていたのは、単純に人払い目的の方が遥かに強い。ただでさえアリスちゃんの銀髪は目立ちすぎるのだ。そのうえ今日のドレスはハルジオン家のメイドさん達が練りに練った超一品。スタイル良し、見た目よし、おまけに多額な資産を抱えている最優良物件ときている。
貴族といっても領地を持たない宮廷貴族や、功績から叙勲された名誉貴族なんて人達もいるので、アリスちゃんが経営するお店や資産は、言わば領地に変わる収入源になるのだ。
もちろんアリスちゃんの容姿に惹かれている男性もいるだろうから、群がる年齢層もその分大きくなる。その辺りを気遣って、フローラ様も公爵様もジークさんを側につけていたのだろうけど、肝心のアリスちゃんがそれに気づいていないのだからどうしもうもない。
「まったく、貴族が全員裕福ってわけではないんぞ。ほら、早速男どもに囲まれてやがる」
「……」
言葉は悪いがまさにアストリアの言う通りなのだからフォローのしようがない。
今回はなんとか囲いを突破できたようだが、今も一人になった事をいいことに、何人もの貴族や男性達が声を掛けようと移動し始めている。
「ありゃ、兄貴を見つける前に何処かで捕まるな」
「もう、言ってるだけじゃなくて早く助けに行かないと!」
「それは俺の役目じゃなくてジークだろ? ほら、もう向かってるって」
「えっ?」
い、いつの間に!?
アストリアに言われるまで気づかなかったが、知らぬ間にジークさんの姿が人ごみの中へと消えてしまっている。
おそらく見つからない様に後を付け、危ない様なら助けに入るつもりなのだろうが、せめて私たちに一言ぐらい告げていってもいいんじゃないだろうか。
「まったく、二人とも素直じゃないんだから」
不器用という言葉は二人の為にあるのではないだろうか。お互い意識しあっているのは誰が見ても明らか。エヴァルド様もフローラ様もアリスちゃんの事を気に入っている様だし、ハルジオン公爵家のメイドさん達だってアリスちゃんを大切に扱っている節もある。
いっその事このまま婚約しちゃってもいいと思うんだけれど。
「そういえばさ、アリスってジークの母親の素性ってしているのか?」
「知らないと思うよ」
「マジか!? どうせ今日の夜会で気づくんだろうが、知ったときはビビるだろうなぁ」
あのフローラ様の事だ、秘密にしておいて驚かす事に全力を注いでいる事だろう。
アリスちゃん、無事に戻ってきてね。
先ほどのやり取りを心配してくれたのか、アストリア様がフレッドが消えた方を見つめながら話しかけてこられる。
「昔はあそこまで傲慢な性格ではなかったんですよ」
少なくとも私と婚約していた頃の彼は、引っ込み思案で周りに流されるような、弱い性格の持ち主だったと記憶している。
「そうなのか? 俺から言わせれば典型的なクズパターンだぜ? 俺やジークは学園であれに似たような奴を何人も見てきたからわかるんだが、最初は何の取り得もないのに、ある日を境に突然性格が豹変するんだ。聞けば父親が事業に成功しただとか、ポロっと爵位が転がって来ただとかで、昨日まで誰かの後ろに付いているだけのヤツが、金や権力を手にいれた事で一気に態度がデカくなりやがるんだ。自分の力じゃないにも関わらずだ」
アストリア様がここまでフレッドを非難するのも、ある意味仕方がないことだろう。私だってまさにその通りの感情を抱いてしまったのだし、実際同じような体験を目にしてしまったのだから、否定のしようもないというもの。
「一体どこであんな性格に変わったでしょうね」
考えられるのは男爵家が経営するプリミアンローズの華々しい日々。それまでは婚約者であるマリエラに随分振り回されていたようだし、男爵家の跡取りでありながら商家の娘に逆らえないというジレンマが、どこか彼の中でくすぶり続けていたのかもしれない。
それが一気にお金を手にいれたことで、溜め込んでいた貴族のプライドが爆発してしまった。
一度甘い思いを経験してしまうと、二度と過去のようには戻りたくはないだろうし、お金さえあれば再び華々しい日々に戻れるかもと、思い込んでしまったのだろう。
「とにかくあんなバカな奴の事は放って置こうぜ。何かあったとしても俺たちが付いてるんだ、心配する方が無駄ってもんだぜ」
能天気といえばそれまでだが、アストリア様のこいうサッパリとした性格のところは、どこか救われる気がするから不思議なものだ。
「そうですね」
言葉は悪いがフレッドは私から見ても所詮は小物。警戒するにこした事はないが、あまり考えするぎるのもただ疲れるだけ。それよりも私にはこの後控えているであろうバカ兄との対面が待ち受けているので、ここで体力を使い切ってはいけないだろう。
「そういえば聞きましたよ。アストリア様がルテアちゃんの婚約者だったんですね」
「ん? あぁ、まぁ、そうだな」
おやおや、アストリア様しては何だか歯切れの悪いお返事。これはもしかして照れておられるのではないだろうか。
「ダメだよアリスちゃん。アストリアを揶揄ちゃ」
「そんな事しませんよ、ただちょっと新鮮だなぁって思っただけです」
ほんのちょっぴりそんな考えも過ぎったが、揶揄いすぎて逆にこちらが揶揄われるという事態もあり得るので、ここはグッと女心の誘惑を抑える事にしておく。
「改めまして、ご婚約おめでとうございます」
「おぉ、サンキューな」
「もうアリスちゃん、私たちが婚約したのは随分前なんだから、今更言われると恥ずかしいよ」
お二人がいつご婚約されたかまでは聞いていないが、私と出会った以降ならばそんな話も出てきたはずなので、恐らくはもっと前に決まっていた話なのだろう。
私だってフレッドとの婚約が決まったのは王都に来るずっと前なのだし、早い人は幼少の頃から結婚相手が決まっているとも聞くので、別段若いからといって婚約がめずらしいというわけではない。
「いいんですよ、これは単純に友達の祝福を祝いたいといだけのことなんです。それにこういう事に早い遅いは関係ないんです」
「もう、律儀だなぁアリスちゃんは」
他愛もない友人との会話。この世界で学園に通った事がない私にとって、この瞬間は本当にかけがいのない一時なんだ。
アストリア様が皆んなを明るくし、ルテアちゃんが場を和ませ、私が二人のボケを軽く突っ込む。相変わらずジーク様はそんなやり取りを笑いながら見つめているだけだが、この時だけは貴族だとか平民だとかを感じさせない、私にとって大切な一瞬。願わくばそんな楽しい時間がこれらも続く事を祈るばかりだ。
「さて、そろそろ私は私の本日のメインイベントに戻らないといけませんので」
「メインイベントって、例の菓子の宣伝か?」
「それもあるんですが、実家にいるお兄様との再会です」
「兄? アリスって妹以外に兄がいるのか?」
「はい、正確には母親違いの異母兄ですが」
アストリア様の様子じゃ、やっぱりジーク様もルテアちゃんも私の事情は話されてはいないのだろう。
私は改めて実家のこと、異母兄たちこと、そしてフレッドと婚約が破棄された事で王都へ来る経緯を、掻い摘んでアストリア様に説明する。
「なるほどな、お前も見かけによらず随分苦労してきたんだな」
「一言多いですよ」
あえて一言付け加えられたのは、私が暗くならないためのアストリア様なりの心遣いなのだろう。
「それで今からその兄のところに挨拶にいくと」
「はい。向こうが気づいてくれるまで待つのもいいのでしょうけど、このままビクビクと待ち続けるは嫌ですし、挨拶もないまま夜会が終わってしまえば、後日私が居たと気づかれた時の反応を考えると、やはり夜会での再会は避けられないかなぁって思いまして」
恐らく兄は私が今この夜会に招かれているとは思ってもいない事だろう。だけど私はこの王都で余りにも有名になりすぎてしまった。
ローズマリーの年若いオーナーとして注目されているのに、ハルジオン公爵家との繋がりと、先の事件でユミナちゃんと一緒に誘拐された、エリスの話も既に噂の的になっているとも聞いている。
そんな私の噂を、いつまでバカ兄だけが耳にしないという事はないだろう。
「わかった、止めはしないが騒ぎだけは起こすなよ。何だったら俺たちも一緒について行ってやってもいいんだが」
「お心遣いありがとうございます。ですがこれは私の家の問題でもございますし、公爵家の後ろ盾がないと何もできない女と、バカにされるのも本意ではございませんので」
少々トラブルメーカーのように言われるのはなんだが、その心遣いだけは感謝したい。
本当ならば夜会に来るまでに一度会っておけばよかったのだが、今年は昨年までと少々事情が異なり、兄様はご婦人であるクリス義姉様と、下町の安宿に宿泊されているのだという。
まぁこの一年で兄様たちの結婚ラッシュがあったわけだし、爵位も昨年まではお父様が名乗られていたのだから、当主となったアインス兄様には、今年から夫人であるクリス義姉様を同伴させる義務が生まれるのだ。
流石に新婚ホヤホヤの兄様達の家に転がり込むわけには行かず、フィオーネ姉様とは未だ大げんかの真っ最中。私は娼婦の館にでも働かされていると思われているようだし、今年は仕方なく安宿に宿泊されるのだと聞いていた。
その関係で、誰もアインス兄様がどこで宿を取られているを知らなかったのだ。
「それじゃちょっと行って来ますね」
「って、ちょっと待て。そのまま行く気か?」
「? そうですけど、何か変ですか?」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」
出鼻をアストリア様に止められ、念のために自分が変な姿をしているのかと確かめてみるも、別段おかしいと思われる様子は見当たらない。
「アリスちゃん、もしかして気づいてない?」
「ん? 何がですか?」
「周りをよく見てみろ、多分俺たちから離れた瞬間囲まれるぜ?」
「へ?」
二人に諭されて周りの様子を伺うも、別段おかしなところは見当たらない。
むしろこの3人といる事の方が目立つというものだ。
「気のせいじゃないですか?」
「いや、まぁ、お前がいいのならいいんだけどな」
「うん。その、まぁガンバってね」
「ありがとうございます。それじゃ行ってきますね」
改めて心配してくれた二人に挨拶をし、私は会場の何処かにいるであろうバカ兄を探すために彷徨い出す。
二人が心配してくれた本当の意味すら理解できずに。
「なぁ、あれ絶対気づいてないだろう?」
「うん、気づいてないよね」
アリスちゃんって鈍感なところがあるから、自分がどれだけ注目されているのか全然わかっていないんだよね。
フローラ様が私やジークさんを付けていたのは、単純に人払い目的の方が遥かに強い。ただでさえアリスちゃんの銀髪は目立ちすぎるのだ。そのうえ今日のドレスはハルジオン家のメイドさん達が練りに練った超一品。スタイル良し、見た目よし、おまけに多額な資産を抱えている最優良物件ときている。
貴族といっても領地を持たない宮廷貴族や、功績から叙勲された名誉貴族なんて人達もいるので、アリスちゃんが経営するお店や資産は、言わば領地に変わる収入源になるのだ。
もちろんアリスちゃんの容姿に惹かれている男性もいるだろうから、群がる年齢層もその分大きくなる。その辺りを気遣って、フローラ様も公爵様もジークさんを側につけていたのだろうけど、肝心のアリスちゃんがそれに気づいていないのだからどうしもうもない。
「まったく、貴族が全員裕福ってわけではないんぞ。ほら、早速男どもに囲まれてやがる」
「……」
言葉は悪いがまさにアストリアの言う通りなのだからフォローのしようがない。
今回はなんとか囲いを突破できたようだが、今も一人になった事をいいことに、何人もの貴族や男性達が声を掛けようと移動し始めている。
「ありゃ、兄貴を見つける前に何処かで捕まるな」
「もう、言ってるだけじゃなくて早く助けに行かないと!」
「それは俺の役目じゃなくてジークだろ? ほら、もう向かってるって」
「えっ?」
い、いつの間に!?
アストリアに言われるまで気づかなかったが、知らぬ間にジークさんの姿が人ごみの中へと消えてしまっている。
おそらく見つからない様に後を付け、危ない様なら助けに入るつもりなのだろうが、せめて私たちに一言ぐらい告げていってもいいんじゃないだろうか。
「まったく、二人とも素直じゃないんだから」
不器用という言葉は二人の為にあるのではないだろうか。お互い意識しあっているのは誰が見ても明らか。エヴァルド様もフローラ様もアリスちゃんの事を気に入っている様だし、ハルジオン公爵家のメイドさん達だってアリスちゃんを大切に扱っている節もある。
いっその事このまま婚約しちゃってもいいと思うんだけれど。
「そういえばさ、アリスってジークの母親の素性ってしているのか?」
「知らないと思うよ」
「マジか!? どうせ今日の夜会で気づくんだろうが、知ったときはビビるだろうなぁ」
あのフローラ様の事だ、秘密にしておいて驚かす事に全力を注いでいる事だろう。
アリスちゃん、無事に戻ってきてね。
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