華都のローズマリー

みるくてぃー

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四章 華都の讃歌

第66話 その神聖なる夜会は

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 ざわざわざわ。
 大勢の招待客が見守る中、新品のドレスを身にまとった私がジーク様のエスコートで入場する。

 今日はここ、レガリア王国の誕生を祝う年に一度の生誕祭。この夜会を皮切りに、王都の彼方此方でパーティーが行われるのだけれど、昨年はお店をオープンさせたばかりだったという事もあり、私はお店に付きっ切りの状況であったが、流石に1年も経てばスタッフ達も慣れてしまい、今年はお得意様のパーティー周りをギッシリと詰め込まれてしまった。
 ランベルト曰く、『アリス様はローズマリーを代表するいわば顔。この程度の挨拶周りはこなして頂かなければ、お店の評判にも関わります』なんだそうだ。
 だからと言ってパーティーのハシゴなんてどうなのよと、口を大にして反論したい。
 ちなみにユミナちゃんはまだ参加できる年齢ではないので、今はエリスと一緒に公爵家のお屋敷でお留守番中。フィーやユミナちゃんの精霊でもあるソラも付いているので、今頃は楽くすごしていることだろう。

ざわざわざわざわ……
「あのぉフローラ様、やっぱりこのドレス、目立ちすぎてませんか?」
 私たちの前を歩くフローラ様に、こっそりと小声で耳打ちする。
 本日の私が着用しているドレスは、先日フローラ様から頂いた淡い水色のオーダードレス。ネックラインは年頃に合う様に胸元を少し大きめに出し、背中は大胆に見せつつも、首の後ろで結ばれた大振りリボンで可愛らしさをアピール。ドレスラインはメイドさん全員の一致でプリンセスラインが採用され、両腕にはドレスと同じ色のロンググローブを着けている。
 これでも一応『地味なデザインでお願いします』とはお願いしているのだが、それが何処まで反映されているかは、正直よくはわかってはいない。ただ私の前を歩くフローラ様は、このドレスに負けず劣らずの豪華さなので、多少は私の希望も通っているのだとは思うのだけれど。

「気にしてはダメよ。貴女は堂々と振舞っていればいいの」
「そうは仰いますけど、さすがにこれは……」
 最初はてっきりエヴァルド様とフローラ様、そしてそのご子息であるジーク様と一緒に歩いているせいで、私にも視線を向けられているのかとも思ったのだが、聞こえてくる言葉がどうもそれらを否定する。

 ざわざわ
 『あの噂は本当だったのか』『やはりあの菓子の出処はローズマリーであったか』『チョコレートといえばローズマリーですもの、そうじゃないかと思っていたのよね』『それじゃあの噂も本当なのか?』etc……
 もともとローズマーリーではチョコレートを使った商品を出していたが、正式にチョコレート工場で生産された物を売り出したのが約1ヶ月ほど前。前々から自宅でも気軽に食べられるお菓子として、チョコレートの噂には上がっていたのだが、発売されると同時に専用のショップは勿論、各商会に卸していた商品が綺麗さっぱり消え去るほどの大騒ぎとなっている。

 それにしてもこれほど人気が出るなんて意外だったわ。
 チョコレートって見た目の色からも、この世界じゃすぐには受け入れられないだろうとは思っていたのだが、今までにない目新しさと、今まで味わった事のない甘さで、僅か半年ほどでレガリアの王都を代表するお菓子にまで広まってしまった。
 そんな時に出てきたのが、ハルジオン商会が取り扱うチョコレートBOXという、お菓子のアソート詰め合わせ。元々はチョコレートのバリエーションを知ってもらうため、味や種類をただ詰め込んだだけのものだったのだが、これが私の想像を遥かに超えてしまい、売れるわ売れるわで、生産が追いつかないほどの大騒ぎとなっている。おかげでこの為にオープンさせたチョコレートショップ・ローズマリーは、わずか3日で在庫が底を尽き、いきなり休業する羽目になってしまった。
 まぁローズマリーと名前は付いているが、経営しているのはハルジオン商会なので、私が心配することではないのではあるが。

「相変わらずハルジオンご一家は注目度がすごいわね」
「あらレティシア、今日の原因はアリスよ」
 挨拶もなく声を掛けてこられたのは、フローラ様のご友人でもあるレティシア様。ご本人は他人事のようにおっしゃっているが、彼方も四大公爵家の一角として、こちらに負けず劣らずその注目度は大きい。
「お久しぶりです公爵様。レティシア様、ルテア様もご無沙汰しております」
 まずは礼儀として公爵夫妻とルテア様にご挨拶。レティシア様とルテア様とはすっかり顔なじみだが、エンジウム公爵様とお会いするのはこれで3度目。1度目は昨年のハルジオン公爵家でご紹介され、その後招かれたエンジウム家で少しお話をさせて頂いている。

「久しぶりだな。話はいつもレティ達から聞いているぞ」
 本来なら公爵様と気さくに話せるなど、大事件もいいところなのだろうが、先にルテア様と友達になってしまったということもあり、互い友達のお父さんと娘の友人という認識が先に際立ってしまった。
 今じゃすっかりハルジオン公爵家の一人として、認識されちゃっている感は否めないのではあるが。

「しかし羨ましいものよな。聞いたぞ、例の菓子工場の話を」
「ははは、元々は領民の新たな雇用場所になればとの考えだったのだが、予想以上に反響があってな。今じゃ生産が追いつかずに、早くも工場の増設話が出ておるわ」
 チョコレート工場は元々ローレンツさんの発案だったからね。エヴァルド様からすればそれほどの利益は期待されていなかったのだろう。

「どうだ? うちの息子の嫁に来ないか?」
 ブフッ
 突然何を言い出すんですか、公爵様!
「おいおい、クラウディア。それはちょっと都合が良すぎるんじゃないか?」
「ははは、冗談だ」
「お、脅かさないでくださいよぉ」
 確かルテア様の話だと、二つ下に弟がいるとおっしゃっていたので、恐らくそのご子息の事を言われていたのだろう。
 ただでさえハルジオン公爵家との関係で、いろいろ噂を囁かれている身なので、これ上の問題ごとは丁重にご遠慮したいところだ。

「まぁ、多少期待していなかったといえば嘘になるが、その様子じゃ既に先約が要るようだしの。私とて恋する若者の仲を無理やり裂こうなどとは思わんよ」
 いやいや、それ、大きく誤解されてますから。
「もうお父様、アリスちゃんが困っているじゃない」
「そうよ、アリスちゃんのハートはとっくにジークさん奪われているのよ。狙うなら妹のエリスちゃんにしなきゃ」
 ブフゥーーーッ。
 こらこらこら。私の事もそうだが、なんで妹の名前までもがここに出てくるんですか、レティシア様!

「だめよレティシア。エリスを狙うならまずはアリスを倒さなきゃ」
「そうね。アリスちゃんは大のシスコンだものね」
 わ、私を一体なんだと思っているんですか……。
 確かに妹を溺愛している事は否定しないが、エリスが本当に好きになった人ならば、私はその気持ちを尊重したいとは思っている。
 そもそも今の私は貴族ではないのだし、お店の事で政略結婚させるほど困っているわけでもないのだから、妹の恋愛ぐらい自由にさせてやってもいいはずだ
 もっとも相手の経済力や将来性、今の地位やお屋敷の立地具合、ご家族の雰囲気やエリスをどれぐらい大事にしてくれそうかの、見定めは最低限させてもらうけれど。

「アリスちゃん、それ自由恋愛とは言わないから」
「ハードルが高そうね」
「それがアリスだもの、仕方がないわよ」
 うっかり口に出てしまった内容を、ルテア様達から大きく否定されるのであった。



「さて、そろそろ私たちに挨拶周りをしたい者たちがいるようだから、お前たちはゆっくりしてくるがいい」
 パーティーや夜会って、こいう場でしかお会いできない人もいるからね。お二人とも挨拶をして回るんじゃなくて、挨拶を受ける側という意味なのだろう。
「お心遣いはうれしいのですが、ゆっくりしててもよろしいのですか?」
 これでも今日呼ばれた理由は、パーティーのスィーツとして出されているチョコレートのご案内。私としてはお言葉通りゆっくりしたいところではあるのだけれど、お仕事を放り出しては公爵家のお名前に泥を塗ってしまう。
「そんなに張り切らなくても大丈夫よ。どこの家もまずは挨拶回りで忙しいでしょうし、何かあればメイドが呼びに来るはずよ」
「あ、そうなんですね」
 言われてみれば試食会をしているわけでもないのだし、ここには場に慣れた優秀メイドさん達もいるのだから、来賓の方々で興味をしめされたら、私に知らせが入るようにでもなっているのだろう。

「それじゃお言葉に甘えまして」
「アリスちゃん行こう。あとついでにジークさんも」
「前から思っていたんだが、最近俺の扱い雑じゃないか?」
「気のせいだよ」
 ルテア様からすればジーク様は幼少の頃から知る幼馴染。しかも既に婚約者さんも居られるという話ので、今更ジーク様に気を使う必要もないいう事だろう。

「そうだ、私まだルテアちゃんの婚約者にお会いした事がない」
「あれ? そうだっけ?」
 公爵様から離れた事もあり、ついついいつも通りの『ちゃん』付けで呼んでしまったが、これは1年間の私の頑張りの成果だとご理解いただきたい。
「いや、あるだろう。もう忘れたのか?」
「あれ? ありましたっけ?」
 ここは友人代表として、ルテアちゃんの婚約者にご挨拶をと思ったが、ジーク様から返ってきたのは呆れ気味の言葉。

 うーん、これでも物覚えは悪くない方なんだけど、過去の記憶を振り返ってもそれらしいご挨拶はした覚えがないのよね。

「誰でしたっけ?」
「おいおい、アストリアを覚えてないのか? この前も俺と一緒に会ってただろうが」
「……えっ?」
 ジーク様が口にしたアストリアという方のお名前、もちろんそのお名前には心当たりがある。
 出会いはこちらも1年ほど前、ハルジオン公爵家でのパーティーで、ジーク様から友人だと紹介されたのが最初だった。
 それからもジーク様と剣術の稽古をされているお姿をよく見かけたし、私がジーク様といる様子を、いつも笑いながら冷やかされるという関係も築けている。
 事のつまり私とも結構見知った関係なので、ジーク様が呆れたような口調になってしまうのも納得出来てしまう。だけど……

「初耳ですよ」
「あれ? ルテアから聞いてなかったのか?」
「私はてっきりジークさんが話しているものだと……」
 どうやら二人とも相手が既に話していると思い込み、今更説明する必要もないと考えていたらしい。
「ごめんねアリスちゃん」
「いや、俺こそ悪りぃ。先にルテアと親しくなってたみたいだから、てっきりストリアータの名前を聞けばわかると思っていた」
「いえ、私の方こそいつか紹介してもらえるのかなぁって、勝手に思い込んじゃってて。まさか既にお会いしていただなんて、考えてもみませんでした」
 今更だけど、ルテアちゃんの婚約者ってアストリア様だったのね。

 アストリアの本名はアストリア・ストリアータ。レガリアの四大公爵家の一角で、ストリアータ公爵家の次期ご当主様。年齢はジーク様と同じ18歳で、私とルテアちゃんの一つ上となる。
 これは私個人の感想なのだが、アストリア様って少し軽いというか、チャラい性格をなさっているのよね。女性が苦手なジーク様とは対照的で、会話の中で女性の名前が出てくることなんて日常茶飯事。ジーク様の目の前だというのに、私も何度か口説かれたこともあるくらいだ。
 ただ一つ、誤解なきよう伝えたいのは、私はアストリア様の事を嫌いではないという点。彼にしてみれば、女性がそこにいるのに口説かないのは失礼にあたる、みたいな感覚だとでも言えば多少はわかって頂けるだろうか?
 口説かれた側の女性もアストリア様の性格をわかっているのか、単純に物語の主人公になった気分で楽しんでいるだけで、誰も本気には取らないんだと言う話だ。

「丁度いい、彼奴も来ているだろうから呼んできてやる」
「いや、でも……」
 ルテアちゃんの婚約者と知ってしまったからには、改めてご挨拶ぐらいはしておいた方がいいのだろうが、ジーク様を使いっ走りにするのは些か抵抗が。
「俺がそうしたいんだ」
「いいんですか?」
「周りをよく見てみろ、今のこの状況で女性二人を独占しているのは色々きついんだ」
 ん? あぁ、そういう事ね。
 言われて初めて気づいたが、周りの男性陣がチラチラとこちらの様子をうかがっている。
「ふふふ、アリスちゃん可愛いものね」
「いやいや、ルテアちゃん目当てでしょ」
「いや、二人ともだろ?」
 確かにジーク様の性格だと、美少女(私の事よ!)を二人も独占しているのは、些か心臓に悪いというのだろう。
「まぁ、そういう事だ。じゃちょっと行ってくる」
 それだけ言い残すと、ジーク様は一人ひとごみの中へと消えていかれた。

「それじゃアリスちゃん、私たちは少しテーブルの方で休んでようか」
「そうね。変な男性に絡まれるのもなんだしね」
「ふふ、アリスちゃんはジーク様一筋だもね」
「なっ! それちがっ……」
「顔が真っ赤な時点で負けだよ。ふふふ」
 も、もうルテアちゃんは。
 これ以上何を言っても揶揄われそうなので、無言で反論の気持ちだけを伝えておく。
 ルテアちゃんって、性格に裏表がないから、ズバズバと相手の心の中にまで押しかけてくるのよね。それが恋愛の話なら尚更楽しそうに。

「照れながら拗ねてても説得力がないよアリスちゃん。ふふふ」
 この場にジーク様がいなかった事を本当に感謝したい。
 自分でもはっきりとわかる動揺に、おそらく顔が真っ赤に染まっていることであろう。
 こんな姿をご本人やフローラ様にでも見られてしまえば、私はこの場からダッシュで逃走していたかもしれない。いや、たぶん実行していただろう。

「とりあえず場所変えようか。そろそろ動かないと声を掛けられそうな雰囲気だし」
「そ、そうだね」
 私の思考を停止させた本人に言われるのもなんだが、年頃の女性二人がいつまでも同じ場所に居続けるのはあまり得策ではない。
 先ほどは『ルテアちゃんが可愛くて目立つんだよ』とは言ったものの、黒髪・ブロンドの中で私の白銀の髪はあまりにも目立ちすぎる。さらに誇張して言えば、王都の某有名デザーナーが手がけたオーダードレスを身に纏い、喋らなければ完璧なのにね、とフローラ様からのお墨付きなのだ。
 これで結婚相手を探しているなら話は変わるが、ルテアちゃんには既にお相手がいるわけだし、私にもそんな気持ちはサラサラないので、無駄に声をかけられる前に、隅っこの休憩エリアに避難しておく方がいいだろう。
 そんな二人の考えが一致し、早速めぼしい場所を見つけて移動しようとしたその時、私の前に一人の男性が立ちふさがった。

(はぁ……、やっぱり出てきたわね、フレッド)

 それは私の嘗ての婚約者だった、フレッド・アルスターその人だった。
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