華都のローズマリー

みるくてぃー

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三章 それぞれの翼

第50話 深まる謎

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 ローズマリーがリニューアルオープンをして数週間が過ぎた。

「どういう事だファウスト! あの小娘の店が息を吹き返しているではないか! お前は言ったな、トドメを刺すと。それがどうだ、追い詰められているのはこちらではないか!」
 ここ最近、毎日のように呼び出されては繰り返される同じ言葉。
 一時はローズマリーの閉店に勝利を確信したが、再びオープンしたかと思うと怒涛の勢いで人気を取り戻し、今や追い込まれているはこちらの方。
 元々新たなるジャンルのスィーツという事で、ケーキの人気が上がっていたのだが、そこに更なる新ジャンルが登場すれば、自ずとそちらの方に目が写ってしまうのは仕方がない事。
 だが聞くところによると、クレープは生クリームと果物をただ卵の薄皮で包んだものだと言うし、パフェとかいうスィーツも単純に生クリームをグラスに注いだだけとも聞いている。
 ならば対抗策として、こちらも同じものを用意すればいいだけの話だだろう。今や生クリームはローズマリーの専売特許ではないのだから。

「ご安心ください旦那様、既に弟が対抗策の準備を進めております。恐らく近日中には結果が出るかと思いますので」
「本当だろうな。あの店が経営不振になれば男爵家の存亡にも関わる事を忘れるな!」
「承知しております。それでは私は各所に手配しなければいけない要件がございますので」
 平静を装いながらそっと部屋を後にする。
 クソッ、たったこれしきの事で弱腰になりやがって。所詮は辺境暮らしがお似合いの貧乏男爵といったところなのだろう。
 追い込まれたと言っても所詮は小娘の浅知恵程度、今頃は弟が小娘を追い込むための対抗策を用意しているはず。私たちの目的はあくまでハルジオン公爵家への復讐だが、ここで負けては元も子もない。
 ようやく巡り会えた好機なのだ、ここはあの生意気な小娘共々、大勢の人々から非難されなければ、あの方の計画にも差し支えてしまう。

 ふふふ、精々今のうちに勝利に酔いしれておくのだな。





「おい、これがローズマリーで出されている新商品の情報だ」
 オーナーに呼び出され、差し出されるままに紙の資料を受け取る。
 ローズマリーが復活したと聞いた時には喜びもしたが、再開したと同時に怒涛の勢いでお客様を奪われ、今やこちらの店内は空席だらけ。
 ただでさえ店内を満席に出来るのは週末だけだというのに、広い店内でこれだけ空席が目立てばた、とえ同じ客数でもこちらの方が不人気だと知らせている様なものだろう。

「また……レシピを盗まれたのですか?」
「なに?」
 再開したローズマリーには、パフェやクレープなる新商品が並んでいる事は聞いている。
 ケーキを発明し、今も新たなるジャンルのスィーツを生み出したあの方は、まさに菓子業界に光を照らす女神そのもの。それなのに私はレシピを盗作しただけでは済まず、あの方を追い込むような悪事にも手を染めてしまった。もしここに父が居れば、今の私を見てどれ程嘆くことだろうか。

「口の聞き方に注意しろ! お前に全ての罪を着せて、騎士団に引き渡してもいいんだからなら!」
「……」
 それが出来ればどれだけいいか。
 所詮私はなんの力もないただの平民。オーナーが窃盗犯だといえば私は犯人に仕立て上げられ、共犯と言われれば共犯者に仕立て上げられる。
 別に臨んだ訳ではないのだが、気づいた時にはこの様な状況に置かれていたのだからどうしようもない。それでもお菓子造りは好きだし、お客様から美味しいという声を聞けば喜びもする。だけど……

「……申し訳……ございません」
 私にはお金がいる。
 弟の薬代に父が背負ってしまった店の借金。
 私が今ここで我慢さえすれば、稼いだお金で再びお父さんの店を再開出来るかもしれない。そうなれば昔の様に貧しいながらも暖かな生活が戻るかもしれない。
 例えその光景に、私の姿が無かったとしても。

「ふん、まぁいい。それにその資料はお前が思っている様なものではない」
 聞けばローズマリーの新商品は、ケーキにも使用している生クリームをただ見せ方を変えただけのアレンジ商品なのだという。
「そこにも書かれている様に、クレープは生クリームを卵の薄皮で包んだもの。パフェは生クリームをグラスに注いだだけのもの。どうやら生クリームはコストを削減するためか、パフェの中には何やらカサ増しがされているようですね」
「カサ増しですか?」
 確かに生クリームを作るには新鮮な卵や牛乳の他に氷水を使用する。それだけでも十分なコストが発生するのだから、生クリームは間違いなく高級な菓子に分類される。
 だけどあの女神様が考案したスィーツがカサ増しなどをするのだろうか?

「分かっていると思いますが、今回は彼方の商品をそっくりそのまま使うことは出来ません」
 この調査資料に書かれている通りならば、形を変えるなり器に特徴を持たすなりすれば、アレンジ次第で見た目の変化は付けられる。
 ケーキに関しては似せるのを前提で用意していたが、今回は同じ商品ではない事が大前提となってしまう。何といっても今やローズマリーが、プリミアンローズの商品を盗作したという事になっているので、ここで逆の事をしてしまえばこれまで批判されていた内容が、そのままこちらへと返ってきてしまう。
 だけどこういったアレンジは私が得意とするところなので、変化をもたらす事は十分に可能。クレープは形を変えたり、卵の薄皮ではなくビスケットなどを被せるなりすればいいわけだし、パフェの方はデザート皿に盛りつけたり、ビスケットの器などと組み合わせて面白いだろう。

 でもそれはあくまでも相手の商品が事細かく分析して、こちらはそれを上回る物を用意するのが必要となる。
 とてもじゃないがこの資料だけでは情報が足りなさすぎる。

「あ、あの……、この資料にはクレープやパフェの見た目や形は書かれていますが、細かな詳細が全然書かれていません」
 ざっと目を通した調査資料ははっきり言って雑といっていいレベル。ケーキに使われている生クリームが多様に使用されているのは理解できるが、このパフェに示されている『かさ上げ』がザックリとしか書かれていない。
 この冷たい氷菓子って何? 生クリームとは違う卵色の甘いクリーム? それに頻繁に出てくる茶色くで甘いソースって一体?

「ふむ。ならば不明なところは直接調査に出たラウロに聞くといいでしょう」
「ラウロ……ですか……」
 同じパティシエを志す者として、何かと私に意見を押し通してくる彼とは、正直付き合いが良好な方ではない。
 むしろ年下でキッチンチーフを任されている私に、嫌悪感を抱いているといっても間違いではないだろう。
 そんな彼に、私が確かめたとしてもまともな回答が返ってくるは甚だ疑問。ならば直接私がローズマリーを訪れ、直に調査した方がより詳しい検証が出来るのではないか?

「わ、私が直接調査に出向いてはダメでしょうか?」
 ケーキならば持ち帰りメニューもあるが、パフェやクレープは店内限定だというので、直接出向かなければならない。
 正当な調査ならば別に悪い事でもないし、当然向こうもこちらの調査は行われているはず。ならば私が直に足を運び、疑問に感じている項目を洗いざらい調査すれば、より良いものにたどり着く事も出来るかもしれない。

「それは許可できませんね」
「なぜですか!? 私が直接調査する方がより良い…」
「忘れたのですか? 貴女は彼女のライバルとしてここにいるのです。そんな貴女がローズマリーを訪れたとなれば、それこそ非難の的でしょう」
「……っ」
 オーナーが私をアリス様の当て馬にするため、私はこのプリミアンローズで多くのご婦人方に顔を売った。そのため街に出ても声をかけられるほど有名になってしまった。そんな私がローズマリーで新作のスィーツを食べていれば、確かに格好の噂の的となる事だろう。
 でも、この資料じゃどうしても不安が脱げきれない。

「だったら別の人を……、ラウロ以外のスタッフにもう一度調査を……」
「俺がなんだって?」
「!?」
 オーナーと話し込んでいると、背後からやってきたのは私が今名前を出していたラウロ本人。

「丁度良いところに来ました。ラウロ、貴方が調査してきた資料では不足だとニーナが言っているのです。私はこの後すぐに出なければいけないので、一度二人で打ち合わせをしなさい」
 それだけ言うと足早に立ち去るオーナー。
 オーナーは随分とラウロの事を買っているが、その実態は技術のみが先行しているだけの無能者。確かに技術のみは私から見ても一人抜きん出てはいるが、その自意識過剰とも取れる性格と、何者にも屈しない絶対的な自信から、知識方面はお粗末ともいえるレベルなのだ。
 その為、レシピさえあればそっくりそのままのスィーツを再現出来るのだが、そこからアレンジやら素材の変更が加わると、たちまち足踏みをしてしまうといった状態。そんな人間がまともな調査など出来る訳がないだろう。

「ちっ、なんで俺がお前なんかに教えなければならないんだ。大体そこの資料にまとめておいただろうが」
 生クリームそのまま、かさ上げの甘く冷たい氷菓子、茶色くて甘いソースetc。これで一体何をどう資料として参考すればいいのか。
 辛うじて描かれているイラストのお陰で、どの様な形状なのかは理解できるが、肝心の味の評価や使われていそうな素材などの詳細が一切見当たらない。
 極め付けは自分ならばカサ増しなどせず、生クリームのみで高級感を出す、などといった商品の分析とは関係のない主張までまで書かれてしまっている。
 これで一体どう考えれば商品の分析を出来るというのだろうか。

「それじゃ尋ねるけど、本気で生クリームだけでグラスを一杯にしようと考えているの?」
「当たり前だろ、ケーキが人気なのは間違いなく生クリームがあってのことだ。それを向こうはよくわからない物でカサ増しをやってるんだ。だったらこっちは生クリームを贅沢に使えば問題ないだろうが」
 呆れた……。
 これは私が前から感じていた事だが、生クリームをそのまま大量に口にすると、人によっては胸焼けを起こしてしまう場合もある。
 確かにケーキの一番の魅力は、口に入れた時にフワッと広がる生クリームの口どけ。ならばこの生クリームをメインとした、新たなスィーツを考えるのも納得ができる。だけどあのアリス様がズッシリと重みを感じる生クリームをそのまま使う? このかさ上げに使っている菓子だって、重みを軽減させるための工夫なんじゃないの?
 それに一番気になるのが、ここに書かれている茶色いソースを使ったアレンジ商品。この資料には『チョコレート』なる単語が書かれたメニューが多数表記されているが、それが何を示す物なのかも全く分からないのだ。

「この茶色くて甘いソースって何? チョコレートって名前が頻繁に書かれているけど、それはどんな商品だったの? ケーキの事が全然書かれていないけど、以前の商品から変化はなかったの?」
 ラウロの態度に思わず矢継ぎ早に質問を投げかけてしまう。
「うっせぇな、だったらお前が直接行って見てくればいいだろう。全く、オーナーも何でこんな奴をチーフになんかするかな、俺の方が余程チーフに向いてるだろうに。ちっ」
 結局打ち合わせどころかこちらの質問に何一つ答えることなく、吐き捨てる様に立ち去るラウロ。
 こんなんじゃ勝てるものも勝てないに決まっている。だけど、ここで負けてしまっては今までの苦労が全て水の泡。
 別に騎士団に捕まることは怖くないし、最後は責任を取って自ら出頭してもいいとは思っているが、それは必要な額を稼いで両親と弟が幸せに暮らせる環境を整えた後。
 今はまだ負けられないのだから……。
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