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一章 その名はローズマリー
第23話 ジークの感情
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「アリスちゃんこっちよ」
「ようやくき来たか」
カナリアとメイドさん達に押され、パーティー会場へとやってきた私とジーク様。
いろんな要素の重なり合いで、若干緊張気味なのは見逃して欲しい。
「すみませんお待たせしました」
まずは本日の主催主でもある公爵様とフローラ様にご挨拶。
「公爵様、素敵なドレスをありがとうございます」
「気にしなくてもいい、遅くなったが店の開店祝いだとでも思ってくれ」
開店祝いにしては少々豪華すぎる気もするが、どうせ何を言ったところで返品不可なので、ここは有難く頂いておく事にしておく。
「アリスちゃんダメよ。エスコートしてもらうときはこうよこう!」
ジーク様の隣に立つ私に対して、なぜか注意してこられるフローラ様。
一瞬何がダメなのかと思うも、目の前で公爵様の腕にしがみ付きながら実演を見せてくださる。
えーっと、つまり私にジーク様の腕にしがみ付けと?
「それじゃエスコートしてもらう男性に失礼になるの」
「そうなのですか?」
そういえば前世で読んでいた中世の恋愛漫画で、男性の腕に女性が自分の腕を絡ませる、なんてシーンがあったわね。
少々気恥ずかしいが、ジーク様に失礼になると言われてはご指示通りするしかないだろう。
「えっと、こうですか?」
ラブラブのお二人の様にと言うわけにはいかないが、前世記憶を頼りに思い切ってジーク様の腕へとしがみ付くも。
「違うわ、もっとこう。自分の胸を押し当てるようにこうよ」
「む、胸を押し当てるのですか!?」
恥ずかしさを我慢しながらしがみ付いたというのに更なるダメ出し。
社交界デビューの私にとっては未知なる世界なので、ここまで来たら言われたとおりにパット3枚入りの胸押し付けるように再アタック。
若干ジーク様から動揺する気配を感じるが、これも淑女のたしなみと割り切り頑張る私。
「こ、こうでしょうか?」
「そう、そんな感じ。今日はその形をずっと維持するのよ」
「は、はい。でもちょっとこれだと歩きにくくないですか?」
今の私は胸を押し付けるようにジーク様の腕にしがみ付いているので、向きは前じゃなくほぼ横向きの状態。ジーク様の足元には私のドレスが絡みついているし、これで歩けと言われても二人とも動けないのではないだろうか。
「それは大丈夫よ、今日のアリスちゃんは主催者側だから、私たちの隣にいればいいから」
「そうなんですね、それならよか……ん?」
あれ? 今なにか変な言葉を聞いた気が……。
「こんにちはアリスちゃん」
「ルテア様こんにちは、レティシア様もお久しぶりです」
やって来られたのはエンジニウム公爵家のルテア様。お一人見知らぬ男性がおられるが、レティシア様のお隣におられるということは恐らくこの方がエンジニウム公爵様なのだろう。
「おぅ、よく来たなクラウディア」
「久しぶりだなエヴァルド」
フローラ様とレティシア様が仲がいいように、公爵様のお二人も古くからのご友人なのだろう。共にお名前で呼び合っているところを見ると結構仲がいいのではないだろうか。
「その子が例の子か」
「あぁ、紹介しておこう。アリス・ローズマリーだ」
何がなんだか分からないが、取り合えずご紹介されたのでカテーシーでご挨拶。その後すぐにフローラ様に叱られ、再びジーク様の腕へしがみ付く。
「もう、そんなに見せつけなくてもジークさんは取らないから安心してアリスちゃん」
「へ? 取る?」
一体何のこと? と思い周りをキョロキョロ。
あれ? レティシア様はクラウディア様の腕に手をかけておられるが、私のように胸を押し付けるようにはされていない。もしかして移動と立ち止まっている時の作法が違うのか? と思うも、誰一人として私のように胸を押し付けている人は見かけない。
おやおや、どういこと?
フローラ様、何か私の作法って間違っていません? という思いで顔を向けるも、返ってくるのはニコやかな笑顔のみ。
「ふふふ、急に離れるのは男性に失礼だからダメよ」
は、図られたぁーーー!!
ほんのちょっぴりおかしいなぁ、とは思っていたのだ。でもフローラ様に叱られてしまうし、エヴァルド様は何もおっしゃらないしで、これが正しい作法なのだと本気で信じてしまったのだ。
気づけば招待客に皆さんが、私とジーク様に生暖かい視線を向けられてしまっているし、『若いっていいわねぇ』なんて言葉まで聞こえてくる始末。
これじゃまるで私がジーク様を取られないよう、必死にしがみ付いているように見えるのではないだろうか。
っていうか何でジーク様も教えてくれないのよ!
「アリスちゃん、それは無理だと思うなぁ。だってジークさんだよ? 女性をエスコートなんてしたことがあると思う?」
「……」
まるで私の心を読んだかのように状況を説明してくれるルテア様。最近私の心を読める人多くない!!?
「なるほど、中々に面白い子だな」
「そうだろ? 最近じゃ何をやらかしてくれる楽しみでな」
「あら、それだけじゃないわよ。可愛いし、どこか放っておけないし、からかい甲斐があるし、少し生真面目すぎる所があるから騙されやすいけれど、とてもいい子よ。」
「そうね、私もフローラより先に出会っていたら手元に置いておきたかったわね」
からかい甲斐あるってどういう意味ですか!?
何やら褒められているのか貶されているのかよくわからないが、そのあと招待された方々を紹介されたり、ジーク様のご友人を紹介されたりと、私の社交界デビューは無事に終わる事となる。
俺は幼少の頃に経験したトラウマで、女性という生き物が分からなくなった。
最初は父上の教え通り女性は守るべき存在だと思っていたが、近寄ってくる者たちは自分の家がどうだとか、自分はこんなにも努力しているのだとか、己の自慢話を聞かされる日々にうんざり。
それでもまだダンスだ稽古だと頑張っている話ならまだいいが、内容はどれも努力というには程遠いものばかり。彼女たちは一体何を基準に努力しているというのだろう、親の爵位がそんなに偉いのか? 親が持つ権力が一体自分にどう関係するのだ?
今はもう亡くなってしまったが、祖父は実力にそぐわないとして次男である父に爵位を譲った。それは間違いではないと思っているし、自分にも適応されるものだと理解している。結局努力も実力も、親とは関係がないものなのではないだろうか。
「今日はお疲れ様ですお姉様、社交界デビューはどうでしたか?」
「ありがとうユミナちゃん。今日一日大変だったけれど、可愛い妹にジュースを注いで貰えたら疲れもどこかに行っちゃうわ」
数ヶ月前に突如現れた一つ歳下の少女。話を聞けば実家は由緒ある騎士爵家のご令嬢だというが、その身振りや姿はとても知っているご令嬢達とは程遠く、体はやせ細っており家の手伝いをしていたのか手は荒れ、鮮やかな銀髪は輝きを失っている状態。
本当にこんなか細い女の子が母上達を守った?
聞けば自身が契約している精霊の力を使い母上達の命を救ったというが、とても話を聞いただけでは信じられなかった。
俺が知っているご令嬢は自分を着飾り、自ら危険な行動を起こさないような者達。ましてや他人の命など守る筈もないだろうし、自分の命が危なくなったとしても、助けてもらえるのが当然なのだと考えるのではないだろうか。
一体この少女は何者なのだ? 体つきからとても鍛えているようには見えないのに、自分の身より妹やユミナ達の命を優先しようと山賊達と立ち回った挙句、最後は俺の腕の中で気を失ってしまった。
恐らく本人も気づかないうちに相当無茶をしたのだろう。彼女のおかげで母上とユミナは助かり、唯一傷を負っていた御者も一命を取り留め、誰一人として命を落とさなかったのだから、彼女の勇気と行動には褒めたたえるべきであろう。
だけどそんな彼女は誰が守る? 今度同じ状況に陥っても彼女は同じように立ち回るだろう。でも今度もまた同じように助かるとは決まっていない。その時一体誰が彼女を守ってくれるのか。
「あ、これ美味しい」
「本当ですかお姉様!? それじゃもう一杯どうです? でもこれ、初めて見る果実水……?」
彼女との二度目の再会はあまりにも早かった。騎士団備え付けの病院に預けても良かったのだが、母上達の命を救った彼女を無下に扱いたくないと、家に連れ帰ったからだ。
母上のこの判断は間違ってはいないだろう。公爵家のお抱えの医師は優秀だし、極度の緊張からのものなら病院より屋敷のベッドの方が余程いい。俺が逆の立場でも同じことをしていただろうし、あのままの状態で他人に預けるというのも心情的に落ち着かない。
それにしても目の前の少女が本当にあの時の少女なのか?
メイド達に着飾られた少女は明らかに別人へと様変わり、髪や手荒れはそのままだったが、ドレスに身を包んだ少女は俺が良く知るご令嬢。いや、見た目だけなら明らかに頭一つ分は飛び抜けているのではないだろうか?
現にユミナなんて姉と呼んで慕っているし、心なしかメイド達も少女をやたらと着飾ろうとしている節もある。だけど肝心の少女はそんなドレスが苦手なのか、着飾る事を拒む始末。そのくせ妹やユミナの髪を整えたり、アクセサリーや髪飾りで他人を着飾ろうとするのだから分からない。
恐らく彼女の中では、自分の優先度は妹やユミナ達よりも下に考えているんだろう。もう少し自分を大事に扱ってもらいたいが、それが彼女の魅力なのかもしれないと、最近は思うようになってきた。
「あれ……ひっく。ゆみらちゃんが二人いるぅ?」
「お、お姉様!?」
「お嬢様、それお酒です!」
「うそ! どうしよお母様」
酒? ユミナ達が慌てているようでよく見れば、妹の手には俺が良く飲む果実酒に、顔を真っ赤にしたアリスの姿。
そういえばさっきユミナがアリスに何か飲み物を注いでいたな。
だけどその酒はアルコール度が非常に少なく、俺の年齢でも問題なく飲めるように調整された何処にでもあるような一般的な飲み物。
こんなアルコール度の低い酒で酔えと言われても、ユミナでも酔わないだろうというレベルのお酒。
まさかこの程度の酒で酔ったのか!?
「大丈夫なのアリスちゃん?」
「大丈夫です! 私は至って正常です!」
「うん、ダメね。カナリア、部屋を用意して。お店の方には今日はこちらに泊めると伝えておいて」
「畏まりました」
まぁ、流石にこの状態で帰すわけにはいかないだろう。
あの店のスッタフ達は主人を大切にしている節があるし、執事のランベルトなんて明らかに忠義を示しているので、危害を加えようとす者がいれば排除することを躊躇わないだろう。
「もう、お兄様が悪いのですよ! こんな所にお酒を置いておくなんて!」
「って、俺のせいか?」
確かにそれは俺が飲んでいたものだが、アリスに注いだのはユミナだろ?
「そうね、ジークが悪いわ」
「そうだな、責任をもってアリスの面倒を見るんだな」
「酔っていらっしゃるからといって、良からぬことをされませぬように」
『『『うんうん』』』
ってちょっと待て!
ユミナだけならともかく、母上と父上、ローレンツとメイド達まで俺のせいにしてくる。それにどうい意味だ、良からぬ事をするなって。それじゃまるで俺がアリスの寝込みを襲っているみたいじゃないか!
「ジーク様、おっちょこちょいなお姉ちゃんですが、宜しくお願いします」
妹までに心配される姉というのもなんだが、これもアリスの魅力だろう。
だけど今はそのセリフは誤解されそうだかだから止めような。
「ジーク、アリスちゃんが素面の時ならいいけど、今日はダメよ」
いやいやいや、だからアリスが素面の時でも襲わないから!
確かに女性として気になっていないかと言われれば戸惑ってしまうが、無防備な女性を襲うなど騎士にとっては最低の行い。むしろアリスは守られるべき対象だろう!
自分の事を顧みず、他人を優先してしまうような心強き彼女。そんな彼女も怒ったりするし、悲しんだりもするし、泣いたりもする。だから誰かが守ってやらなければいけないのだ。
「ジーク、責任をとってちゃんとアリスをベッドに運ぶんだぞ」
「父上まで……いや、まぁ運ぶけど……」
完全に俺が悪い事になっているのが何となく腑に落ちない。
そういえば前にも一度運んだ事があったな。あの時アリスは意識を失っていたが、年齢に不釣り合いなほど軽かった事を覚えている。
「ジーク様、抱っこ!」
「……」
無防備に両手を俺に向けて掲げて来るアリス。やばい、改めてみると無性に可愛い。
「どうしよお母様、アリスお姉様が可愛い」
「そうね、これはちょっと反則級に可愛いわね。ジークの理性が保てばいいけど」
今のアリスの状態をみて、ユミナと母上が過剰に反応する。
少々俺の理性うんぬんには異議申し立てをしたいところだが、ほんの一瞬心が揺れてしまった身としては言い訳もできない。とにかく今は二人の性格を知る者として、このままアリスを晒しておくのは非常に危険だ。
「あぁーもう、母上は近寄らないでください。こらユミナ、どさくさに紛れてアリスに酒を飲まそうとするな!」
まったくもう、この少女はどこまで無防備なのだ。誰も守ろうとしないのなら俺が守るしかないだろう。
「ローレンツ、ドアを開けてくれ」
無邪気に抱きついてくる酔っ払い少女。
一度目はただ軽いという感覚しななかったが、二度目の運搬は以前より少し重たく、俺の胸元が熱くなるという不思議な感情が入り乱れる。
うん、アリスが健康になったという証拠だな。
後にこれが恋心だったという事を知るのはずっと後のことだった。
「ようやくき来たか」
カナリアとメイドさん達に押され、パーティー会場へとやってきた私とジーク様。
いろんな要素の重なり合いで、若干緊張気味なのは見逃して欲しい。
「すみませんお待たせしました」
まずは本日の主催主でもある公爵様とフローラ様にご挨拶。
「公爵様、素敵なドレスをありがとうございます」
「気にしなくてもいい、遅くなったが店の開店祝いだとでも思ってくれ」
開店祝いにしては少々豪華すぎる気もするが、どうせ何を言ったところで返品不可なので、ここは有難く頂いておく事にしておく。
「アリスちゃんダメよ。エスコートしてもらうときはこうよこう!」
ジーク様の隣に立つ私に対して、なぜか注意してこられるフローラ様。
一瞬何がダメなのかと思うも、目の前で公爵様の腕にしがみ付きながら実演を見せてくださる。
えーっと、つまり私にジーク様の腕にしがみ付けと?
「それじゃエスコートしてもらう男性に失礼になるの」
「そうなのですか?」
そういえば前世で読んでいた中世の恋愛漫画で、男性の腕に女性が自分の腕を絡ませる、なんてシーンがあったわね。
少々気恥ずかしいが、ジーク様に失礼になると言われてはご指示通りするしかないだろう。
「えっと、こうですか?」
ラブラブのお二人の様にと言うわけにはいかないが、前世記憶を頼りに思い切ってジーク様の腕へとしがみ付くも。
「違うわ、もっとこう。自分の胸を押し当てるようにこうよ」
「む、胸を押し当てるのですか!?」
恥ずかしさを我慢しながらしがみ付いたというのに更なるダメ出し。
社交界デビューの私にとっては未知なる世界なので、ここまで来たら言われたとおりにパット3枚入りの胸押し付けるように再アタック。
若干ジーク様から動揺する気配を感じるが、これも淑女のたしなみと割り切り頑張る私。
「こ、こうでしょうか?」
「そう、そんな感じ。今日はその形をずっと維持するのよ」
「は、はい。でもちょっとこれだと歩きにくくないですか?」
今の私は胸を押し付けるようにジーク様の腕にしがみ付いているので、向きは前じゃなくほぼ横向きの状態。ジーク様の足元には私のドレスが絡みついているし、これで歩けと言われても二人とも動けないのではないだろうか。
「それは大丈夫よ、今日のアリスちゃんは主催者側だから、私たちの隣にいればいいから」
「そうなんですね、それならよか……ん?」
あれ? 今なにか変な言葉を聞いた気が……。
「こんにちはアリスちゃん」
「ルテア様こんにちは、レティシア様もお久しぶりです」
やって来られたのはエンジニウム公爵家のルテア様。お一人見知らぬ男性がおられるが、レティシア様のお隣におられるということは恐らくこの方がエンジニウム公爵様なのだろう。
「おぅ、よく来たなクラウディア」
「久しぶりだなエヴァルド」
フローラ様とレティシア様が仲がいいように、公爵様のお二人も古くからのご友人なのだろう。共にお名前で呼び合っているところを見ると結構仲がいいのではないだろうか。
「その子が例の子か」
「あぁ、紹介しておこう。アリス・ローズマリーだ」
何がなんだか分からないが、取り合えずご紹介されたのでカテーシーでご挨拶。その後すぐにフローラ様に叱られ、再びジーク様の腕へしがみ付く。
「もう、そんなに見せつけなくてもジークさんは取らないから安心してアリスちゃん」
「へ? 取る?」
一体何のこと? と思い周りをキョロキョロ。
あれ? レティシア様はクラウディア様の腕に手をかけておられるが、私のように胸を押し付けるようにはされていない。もしかして移動と立ち止まっている時の作法が違うのか? と思うも、誰一人として私のように胸を押し付けている人は見かけない。
おやおや、どういこと?
フローラ様、何か私の作法って間違っていません? という思いで顔を向けるも、返ってくるのはニコやかな笑顔のみ。
「ふふふ、急に離れるのは男性に失礼だからダメよ」
は、図られたぁーーー!!
ほんのちょっぴりおかしいなぁ、とは思っていたのだ。でもフローラ様に叱られてしまうし、エヴァルド様は何もおっしゃらないしで、これが正しい作法なのだと本気で信じてしまったのだ。
気づけば招待客に皆さんが、私とジーク様に生暖かい視線を向けられてしまっているし、『若いっていいわねぇ』なんて言葉まで聞こえてくる始末。
これじゃまるで私がジーク様を取られないよう、必死にしがみ付いているように見えるのではないだろうか。
っていうか何でジーク様も教えてくれないのよ!
「アリスちゃん、それは無理だと思うなぁ。だってジークさんだよ? 女性をエスコートなんてしたことがあると思う?」
「……」
まるで私の心を読んだかのように状況を説明してくれるルテア様。最近私の心を読める人多くない!!?
「なるほど、中々に面白い子だな」
「そうだろ? 最近じゃ何をやらかしてくれる楽しみでな」
「あら、それだけじゃないわよ。可愛いし、どこか放っておけないし、からかい甲斐があるし、少し生真面目すぎる所があるから騙されやすいけれど、とてもいい子よ。」
「そうね、私もフローラより先に出会っていたら手元に置いておきたかったわね」
からかい甲斐あるってどういう意味ですか!?
何やら褒められているのか貶されているのかよくわからないが、そのあと招待された方々を紹介されたり、ジーク様のご友人を紹介されたりと、私の社交界デビューは無事に終わる事となる。
俺は幼少の頃に経験したトラウマで、女性という生き物が分からなくなった。
最初は父上の教え通り女性は守るべき存在だと思っていたが、近寄ってくる者たちは自分の家がどうだとか、自分はこんなにも努力しているのだとか、己の自慢話を聞かされる日々にうんざり。
それでもまだダンスだ稽古だと頑張っている話ならまだいいが、内容はどれも努力というには程遠いものばかり。彼女たちは一体何を基準に努力しているというのだろう、親の爵位がそんなに偉いのか? 親が持つ権力が一体自分にどう関係するのだ?
今はもう亡くなってしまったが、祖父は実力にそぐわないとして次男である父に爵位を譲った。それは間違いではないと思っているし、自分にも適応されるものだと理解している。結局努力も実力も、親とは関係がないものなのではないだろうか。
「今日はお疲れ様ですお姉様、社交界デビューはどうでしたか?」
「ありがとうユミナちゃん。今日一日大変だったけれど、可愛い妹にジュースを注いで貰えたら疲れもどこかに行っちゃうわ」
数ヶ月前に突如現れた一つ歳下の少女。話を聞けば実家は由緒ある騎士爵家のご令嬢だというが、その身振りや姿はとても知っているご令嬢達とは程遠く、体はやせ細っており家の手伝いをしていたのか手は荒れ、鮮やかな銀髪は輝きを失っている状態。
本当にこんなか細い女の子が母上達を守った?
聞けば自身が契約している精霊の力を使い母上達の命を救ったというが、とても話を聞いただけでは信じられなかった。
俺が知っているご令嬢は自分を着飾り、自ら危険な行動を起こさないような者達。ましてや他人の命など守る筈もないだろうし、自分の命が危なくなったとしても、助けてもらえるのが当然なのだと考えるのではないだろうか。
一体この少女は何者なのだ? 体つきからとても鍛えているようには見えないのに、自分の身より妹やユミナ達の命を優先しようと山賊達と立ち回った挙句、最後は俺の腕の中で気を失ってしまった。
恐らく本人も気づかないうちに相当無茶をしたのだろう。彼女のおかげで母上とユミナは助かり、唯一傷を負っていた御者も一命を取り留め、誰一人として命を落とさなかったのだから、彼女の勇気と行動には褒めたたえるべきであろう。
だけどそんな彼女は誰が守る? 今度同じ状況に陥っても彼女は同じように立ち回るだろう。でも今度もまた同じように助かるとは決まっていない。その時一体誰が彼女を守ってくれるのか。
「あ、これ美味しい」
「本当ですかお姉様!? それじゃもう一杯どうです? でもこれ、初めて見る果実水……?」
彼女との二度目の再会はあまりにも早かった。騎士団備え付けの病院に預けても良かったのだが、母上達の命を救った彼女を無下に扱いたくないと、家に連れ帰ったからだ。
母上のこの判断は間違ってはいないだろう。公爵家のお抱えの医師は優秀だし、極度の緊張からのものなら病院より屋敷のベッドの方が余程いい。俺が逆の立場でも同じことをしていただろうし、あのままの状態で他人に預けるというのも心情的に落ち着かない。
それにしても目の前の少女が本当にあの時の少女なのか?
メイド達に着飾られた少女は明らかに別人へと様変わり、髪や手荒れはそのままだったが、ドレスに身を包んだ少女は俺が良く知るご令嬢。いや、見た目だけなら明らかに頭一つ分は飛び抜けているのではないだろうか?
現にユミナなんて姉と呼んで慕っているし、心なしかメイド達も少女をやたらと着飾ろうとしている節もある。だけど肝心の少女はそんなドレスが苦手なのか、着飾る事を拒む始末。そのくせ妹やユミナの髪を整えたり、アクセサリーや髪飾りで他人を着飾ろうとするのだから分からない。
恐らく彼女の中では、自分の優先度は妹やユミナ達よりも下に考えているんだろう。もう少し自分を大事に扱ってもらいたいが、それが彼女の魅力なのかもしれないと、最近は思うようになってきた。
「あれ……ひっく。ゆみらちゃんが二人いるぅ?」
「お、お姉様!?」
「お嬢様、それお酒です!」
「うそ! どうしよお母様」
酒? ユミナ達が慌てているようでよく見れば、妹の手には俺が良く飲む果実酒に、顔を真っ赤にしたアリスの姿。
そういえばさっきユミナがアリスに何か飲み物を注いでいたな。
だけどその酒はアルコール度が非常に少なく、俺の年齢でも問題なく飲めるように調整された何処にでもあるような一般的な飲み物。
こんなアルコール度の低い酒で酔えと言われても、ユミナでも酔わないだろうというレベルのお酒。
まさかこの程度の酒で酔ったのか!?
「大丈夫なのアリスちゃん?」
「大丈夫です! 私は至って正常です!」
「うん、ダメね。カナリア、部屋を用意して。お店の方には今日はこちらに泊めると伝えておいて」
「畏まりました」
まぁ、流石にこの状態で帰すわけにはいかないだろう。
あの店のスッタフ達は主人を大切にしている節があるし、執事のランベルトなんて明らかに忠義を示しているので、危害を加えようとす者がいれば排除することを躊躇わないだろう。
「もう、お兄様が悪いのですよ! こんな所にお酒を置いておくなんて!」
「って、俺のせいか?」
確かにそれは俺が飲んでいたものだが、アリスに注いだのはユミナだろ?
「そうね、ジークが悪いわ」
「そうだな、責任をもってアリスの面倒を見るんだな」
「酔っていらっしゃるからといって、良からぬことをされませぬように」
『『『うんうん』』』
ってちょっと待て!
ユミナだけならともかく、母上と父上、ローレンツとメイド達まで俺のせいにしてくる。それにどうい意味だ、良からぬ事をするなって。それじゃまるで俺がアリスの寝込みを襲っているみたいじゃないか!
「ジーク様、おっちょこちょいなお姉ちゃんですが、宜しくお願いします」
妹までに心配される姉というのもなんだが、これもアリスの魅力だろう。
だけど今はそのセリフは誤解されそうだかだから止めような。
「ジーク、アリスちゃんが素面の時ならいいけど、今日はダメよ」
いやいやいや、だからアリスが素面の時でも襲わないから!
確かに女性として気になっていないかと言われれば戸惑ってしまうが、無防備な女性を襲うなど騎士にとっては最低の行い。むしろアリスは守られるべき対象だろう!
自分の事を顧みず、他人を優先してしまうような心強き彼女。そんな彼女も怒ったりするし、悲しんだりもするし、泣いたりもする。だから誰かが守ってやらなければいけないのだ。
「ジーク、責任をとってちゃんとアリスをベッドに運ぶんだぞ」
「父上まで……いや、まぁ運ぶけど……」
完全に俺が悪い事になっているのが何となく腑に落ちない。
そういえば前にも一度運んだ事があったな。あの時アリスは意識を失っていたが、年齢に不釣り合いなほど軽かった事を覚えている。
「ジーク様、抱っこ!」
「……」
無防備に両手を俺に向けて掲げて来るアリス。やばい、改めてみると無性に可愛い。
「どうしよお母様、アリスお姉様が可愛い」
「そうね、これはちょっと反則級に可愛いわね。ジークの理性が保てばいいけど」
今のアリスの状態をみて、ユミナと母上が過剰に反応する。
少々俺の理性うんぬんには異議申し立てをしたいところだが、ほんの一瞬心が揺れてしまった身としては言い訳もできない。とにかく今は二人の性格を知る者として、このままアリスを晒しておくのは非常に危険だ。
「あぁーもう、母上は近寄らないでください。こらユミナ、どさくさに紛れてアリスに酒を飲まそうとするな!」
まったくもう、この少女はどこまで無防備なのだ。誰も守ろうとしないのなら俺が守るしかないだろう。
「ローレンツ、ドアを開けてくれ」
無邪気に抱きついてくる酔っ払い少女。
一度目はただ軽いという感覚しななかったが、二度目の運搬は以前より少し重たく、俺の胸元が熱くなるという不思議な感情が入り乱れる。
うん、アリスが健康になったという証拠だな。
後にこれが恋心だったという事を知るのはずっと後のことだった。
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【あらすじ】
カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。
聖女の名前はアメリア・フィンドラル。
国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。
「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」
そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。
婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。
ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。
そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。
これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。
やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。
〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。
一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。
普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。
だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。
カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。
些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

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