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一章 精霊伝説が眠る街

第25話 アクアに伝わる精霊伝説

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「それで、私に相談事って何かしら?」
 食事が終わり、食後のティータイムとなったタイミングで話を切り出す。
 今朝の様子からして恐らく相談の内容は領地絡み。これが個人的な相談なら気軽に話してくるのだが、領地絡みとなると私が望まなくとも自然と巻き込まれてしまう。
 フィルは私達の生い立ちを話しているので、私が領地や貴族といった問題に関わりたくないことを理解しているため、多少の躊躇い感でもあるのだろう。
 私としてはフィルは可愛い妹のような存在なので、『いつでも相談に乗るわよ』とは言っているのではあるが。

「えっと、実は先日漁師さんたちがお爺ちゃんに相談するためにお屋敷にやってこられて……」
 フィルはポツリポツリと話し出す。
 どうやら今回の相談された相手はアクアで漁をする漁師さん達。
 なんでも最近アクアへ仕入れにやってくる商人さんが増えたそうで、干し魚の生産量が追いつかないのだという。
 これだけ聞けばいい話じゃないかと思うのだが、話には続きがあって。

「干し魚って、加工に向いている魚と向いてない魚があるそうなんです。それに獲れる時期や人手とかの問題もあって作れる量もそんなに……。漁師さんの仕事って、農家さんと違って常に危険を身を寄せているのに生活が豊かにならなくて、だから商人さん達が増えているこの機に何とかならないだろうかって、相談されて……」
 あぁ……、それって恐らく私の影響を受けたせいだろう。
 買い付けの商人さんが増えているのは間違いなく私が経営している食堂のせい。未知なる食事を目にし、そこに使われているのがアクアで獲れる魚だと知れば、普段は干し魚を取り扱わない商人さん達も、試しに一度仕入れてみようと思うのは自然の流れだろう。

 もともと生の魚は輸送技術の関係でアクアの村から持ち出すことはほぼ不可能。たとえ持ち出せとしても精々近隣の街や村程度となってしまうため、どうしても内陸部に持ち込むには干し魚が主流となってしまう。
 だけどそこには獲れる量や加工の時間、人手やそれに伴う賃金が発生してしまう為、これ以上は生産量を増やすことが出来ない。
 せめて生の魚を冷凍保存でも出来れば、漁師さん達の生活も豊かになるのだろうが、この世界の現状の技術力ではそこまでのことは望めないだろう。

「そうね、人手を増やして干し魚の生産量を増やしても、いつ買い付けに来ている商人さんが居なくなるかわからないし、一時的な流れでそんなリスクは背負いたくないわよね」
「そうなんです。ただでさえ個人で漁師をされている人達ばかりなので、大きな街のように商業ギルドや商会があるわけじゃありませんので、売れ残ったり未払いの賃金とかも全部自分たちが負担するしか……」
 これが何処かの大手の商会が全部買い取って、そこで販売なり輸出なりしてくれれば安心して漁に着手出来るのだろうが、今のように買い付けに来る商人さん達を目当てにしている限りは難しい問題だろう。
 因みに商業ギルドというのはお金の貸し借りや、求人などの職業案内。最初に登録料を支払わなければならないが、個人なら輸出をまとめて取り扱ってくれたり、新たな商売先を取り持ってくれたりもする、言わば商売をする為の協会。
 他にも建築やお店の内装などを取り仕切る工業ギルドや、衣類や布を取り扱う織工ギルドも存在しているが、こちらはどちらかというと生産する職人さんのためのギルドであって、販売を生業とするなら商業ギルドとなる。

「そう思うと、このアクアに商業ギルドがないのは痛いわね」
 せめて商品を買い取ってくれる商会でもあればいいのだが、残念なことにこのアクアにはそういったものは存在しない。
 漁師さん達もここで商人さん達と親密な関係が築ければ、この先ずっと買い付けに来てくれるかもしれないから、この期を逃したくないって気持ちは痛いほど理解できる。

「それでリネアさんに何かいいアイデアはないかと思いまして……。リネアさんって前に農家さんの肥料を提案された事がありましたよね? それと同じように何か漁師さん達に提案できるものがないかと……」
「肥料? あぁ、あれのことね」
 そういえば、そんな事もあったわね。
 あれは確か私たちがこのアクアへとやって来た頃だっただろうか、フィルの案内でこのアクアの村を見回った事があったのだ。
 その時立ち寄った農家さんで採れたての野菜なんかをもらったんだが、広大な畑はあれど採れる野菜はごく少量。
 痩せ細った田畑では育つ野菜が小さかったり、一つの苗から採れる量が少なかったりするのだという。

 そんな話を聞いた私は前世の知識を絞り出し、ある肥料の提案をしてみた。
 その肥料とは『ぼかし肥料』といって、米ぬかや油かす、石灰を混ぜ合わせて発酵させたもの。
 発酵させてから使用するぼかし肥料には微生物が多いため、作物への影響が早く効果が非常に大きい上に、ゆっくりと吸収されるため肥料として長く持つという特徴がある。さらに必要となる材料もお手軽に手に入るといった良いことずくめ。
 ぬかはこの地で採れる小麦のがあるし、油かすは菜の花や大豆、ひまわりなどの種や花から油を絞りとった残りかすを使用、石灰は海で獲れる貝殻や魚の骨を細かくすり潰せば簡単に出来上がる。
 それを3:1:1の割合で水を入れて混ぜ合わせ、発酵させる為に土やもみ殻を入れて日陰で放置すれば完成というわけだ。
 なんでこんな知識を私が持っているかというと、そこには少々お恥ずかしい前世の過去を話さなければならないだろう。

 前世の私、それは料理を志す者でありながら、男性アイドルグループの追っかけをするまでの中々のミーハー。
 中でも男性5人組のアイドルグループにハマりにハマり、彼らが出演する音楽番組からバラエティー番組は、すべて録画しながら網羅した。
 そんなバラエティー番組の中で、アイドル達が農作や無人島を開拓するというものがあったのだ。
 当初こそなれない手つきでアイドル達が力戦奮闘していたのだが、次第に知識や経験を蓄え、肥料作りからオリジナルの米作り、中には数々のスパイスからカレーを作るというものまであったのだ。
 そんな俄か知識を私は偶然覚えており、それを野菜をもらったお礼にと提案してみたのだが、どうやらこの手法がハマりにハマっちゃったらしく、半年経った現在は実りに実った野菜が採れる採れる。
 もともとアクアで採れる野菜はアプリコット領と輸出貿易が確立しているので、生産量が増えたおかげで仕入れへとやって来た商人さん達にも卸せるほどの余裕まで出てきた。
 おかげでうちのお店で扱っている野菜は、ほとんどタダ同然で仕入れさせてもらっているのだ。

 恐らくフィルは農家さん達にした事と同じようなものを望んでいるのだろう。
 もしかすると急激に豊かになってしまった農家さん達を見て、漁師さん達も何か自分たちにも良い方法があるのではと言い出したのではないだろうか。
 流石にそう簡単にアイデアがポンポン湧いてくるような知識は持ち合わせてはいないが、可愛い妹分でもあるフィルに頼まれては、何か良い方法はないだろうかと無い知恵を絞りだしたくもある。

「そうね、干し魚の種類を増やすにしても人手がいるし、調理方が限られている干し魚だけではすぐに飽きられてしまうわね」
 調味料や調理方で多少のバリエーションはあるにはあるが、結局のところ干し魚に加工した時点で絞られてしまう。
 あとは比較的輸送しやすい貝類なのだが、内陸部で馴染みの少ない貝類がどれだけ需要があるか……。

 いや、待って。
 生魚の輸送ができないのって鮮度が落ちるためよね? アプリコット領や連合国家の内陸部へと輸送するのは流石に厳しいが、隣町でもあるカーネリンなら届けられるではないだろうか。
 もちろん漁業を生業とされている漁師さんはそのほとんどが個人のため、現状での輸送は難しいだろうが、買い付けに来られている商人さん達にお願いすれば、何軒かは試しに買い付けてみようと考える人だって出てくるかもしれない。
 そう思い、このことをフィルに提案してみるも。

「それがダメなんです……」
「ダメ? カーネリンの街までなら精々馬車で2時間程度でしょ? 勿論その日の内に売り捌かないとダメにはなるけれど、何もしないよりかはいいんじゃないの?」
 この世界の冷蔵方法は精々地下室を利用した一時的な保存のため。そのため持ち込んだ生魚はその日の内に料理しなければならないだろうが、それでも多少の需要はあるのではないだろうか。

「実は……、なぜだか分からないんですがアクアからカーネリンの街へと商品を持ち込む場合、畜産以外の商材は全て高い関税がかかってしまって……。行商人の人たちがこのアクアに立ち寄らなくなったのもそれが原因だって……」
「は? 関税? アクアからの商品にだけ? それも畜産を除く全ての商材?」
 関税ってたしかその国の生産農家さんを守るために、安く入ってくる商品に税金をかけて同じ価格帯にするって、あれのことよね?
 当然のごとく海に面していないカーネリンの街が魚を獲れるわけもなく、同じ連合国家内で関税を取るというのもハッキリいって意味不明。
 確かにそれぞれの街や村では独自の自治権が認められているので、通行税やら関税やらを掛けたとしても違反ではない。現に私が生まれ育ったメルヴェール王国でも地方によっては通行税やら、その地で販売した数パーセントを税金で収めるという制度も確かにあった。
 そう考えるとカーネリンの街もどこか別の街と専属契約をしていて、そちらの商材を守ろうと考えれば納得もできる。出来るにはできるが、それならばアクア以外から入ってくる商材にも同じように関税をかけるべきだし、畜産物にのみ関税をかけないというのも腑に落ちない。
 恐らくカーネリンの街としては、畜産物だけどうしても手に入りにくい商材なんだろうけど、これでは片方の街のみの利益を追求してしまっているので、一生良い交流なんてできないだろう。

「領主様にも心当たりがないの?」
「はい……」
「ん~、これだけの情報ではどう判断していいのか見当もつかないわね」
 今のフィルだけの話では何とも言えないが、カーネリンの街が非協力的なのは間違いないだろう。
 新しい街道ができる前はアクアもそれなりの賑わいを見せていたというし、もしかすると再びアクアが息を吹き返すと、今度はカーネリンの街から人が減るんじゃないかと、警戒されている可能性も否定出来ない。

 取り敢えず今はカーネリンの街の存在は無いものとして考えるしかないわね。

「そうなると流石にちょっと難しいわね……」
 アクアの中だけで生魚の需要を増やすにしても限界があるし、農家さんは農家さん、畜産を主としている人は人達で、それぞれの生活や環境で自ら消費しなければならないものも存在する。
 せめて輸送技術が発展していれば魚の鮮度を保存した状態で運べるのだが。
「そうですか……」
 こればかりは私の知る知識の範囲ではどうにもならない。
 フィルにすれば領主様の孫として、漁師さん達から相談されてた事をどうにかできないだろうかと、私に相談してくれたのだろうが、今回ばかりはどうも力になれそうな知識がない。

「せめて大量の氷でもあれば話は別なんだけどなぁ……」
 氷さえあれば魚の鮮度を保存しながら近隣の街や村ぐらいなら輸送も出来るし、大きな倉庫を冷蔵庫代わりとして使うことだってできる。
 だが残念なことに冬でもない今の季節じゃとてもじゃないが、そんな大量の氷なんて用意もできないし、1年中保存しておくだけの場所も施設も存在しない。

 そんな夢を抱いたようなつぶやきが、今後の私の人生を大きく変えるのだった。
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