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騒乱

第27話 野望の渦巻く密会(前編)

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 今年の春……いやもう昨年か、国のまつりごとの為に私とグリューン公爵は新年を祝う余裕すらない。

 こんな事になってしまったのは、春頃から徐々に体調を崩されていた陛下が、とうとう一週間ほど前に亡くなった事が原因なのだが、跡を継ぐべく王子がしっかりしていればこれ程までに苦労する事もなかっただろう。
 現在我ら二大公爵が国のまつりごとを代行しているのだが、当の本人は何食わぬ顔で今まで通りに過している。

 全く自分の父親が亡くなったと言うのに無関心を通しているのだから、陛下の死に同情すら感じてしまう。
 これがもし我が家だったらと思うと考えるだけでも恐ろしい、娘……アデリナには厳しく教育を施してきたが、もう少し優しく接していればとついつい思ってしまう。

 それにしても陛下の死には何かと不自然と言わざる状況が残っている。まず死の原因である病、これは前陛下が亡くなった症状と全く同じだという点。
 これが医師が知っている病なら何の疑いもしなかったが、どんな医師に見せても原因がわからないと口を揃える始末。唯一ブラン家がレガリアより取り寄せたという薬で回復の兆しを見せていたが、王家御抱おかかえの医師が副作用があると言い出し、元の薬にもどし始めてから約3ヶ月後に亡くなってしまわれた。
 医師が言うには直接的な死因は投与した薬品ではないとは言っていたが、そんな事を素直に信じる私ではない。密かに騎士団に命じてこの医師の身辺を調査を命じていたが、一週間たった今でも不審な点は見つかっておらず、新たに死の原因について調べさそうと考えていた矢先、私とグリューン公爵の元に一通の手紙が届いた。



「このような人気ひとけのない場所に、我ら二大公爵を呼び出して何の用だ、ダグラス」
「共を付けずワザワザ足を運ばしたのだ、くだらない内容であれば其れなりの覚悟はしてもらうぞ」
 王都、貴族区から少し外れた場所にある緑地公園。
 その周りには貴族たちが一時の季節を楽しむ別荘地が立ち並んでいるせいで、一般の市民はほとんど近づくものがおらず、また今の季節は緑も少ないがために、部屋の窓から見える公園には人の姿が全く見られない。

 私たちの元に届いた手紙には、陛下の死について話したい事があるから共を連れず、それぞれ一人でフェルナンド侯爵家が所有する別荘地まで来て欲しいというものだった。
 本来なら何かと黒い噂が立たないフェルナンドの名前を見た瞬間に破り捨てていたが、陛下の死については正直行き詰まりかけていた時でもあったので、その日のうちにグリューン公爵と連絡を取り合い、話を聞く為にここまで足を運ぶ次第となった。

 これが当主であるフェルナンド侯爵が差出人であれば、間違いなく手紙を破り捨てて暖炉に放り投げていただろうが、息子のダグラスの方は入れ替わりの激しかったバカ王子の世話を文句一つも言わず、今や王子からの信頼を得るまでに関係を築き上げた事は大したものだと思っている。
 まぁ、グリューンの方は従姉妹であるコーデリアの件があるから、今でもフェルナンド家を敵視している傾向があるが、私個人としてはダグラスの評価はそれほど悪くはない。


「まずは私のお呼び出しにお答え頂きありがとうございます。ウィスタリア公爵様、グリューン公爵様」
 そう言いながらダグラスが我らに向けて頭を下げる。侯爵家の中には、我ら公爵家と同等の立場だと勘違いをし頭を下げない者も多いが、ダグラスは礼儀も自らの立場もしっかりと把握している。

「前置きはいい、こんな手紙一つで我らを呼び出して何の話をしようとするのだ」
「手紙には陛下の死についての真相と書いてあったが、事と次第によってはただでは済まさんぞ」
 私は建前上ダグラスに話しかける際には上に立つ者として言葉を選んでいるが、グリューンの方は相も変わらずフェルナンド家の人間に対してはキツイ言葉を吐く。
 何時もの彼ならこのようなトゲのある話し方はしないのだが、未だ20年前の件を引きずってでもいるのだろう。あの事件に関してはダグラスは関わっていないと頭では分かっていても、心が追いついていないといったところか。

「勿論でございます。私とてメルヴェール王国の二大公爵様に対して、理由もなしにこのような場所にお呼び出しなどいたしません。お話したい内容と言うのは手紙にの書かせて頂きました陛下の死についてでございます」
 ダグラスはここで一呼吸を置きながら話を続ける

「私がウィリアム様の付き人をしている事はお二人もご存知だと思いますが、実は陛下が亡くなる数日前に、私は王子からあるものを取り寄せて欲しいと頼まれました」
「あるもの? 何だそれは」
「王子の話ではご学友から聞かれたとかで、陛下に元気になってもらう為にある薬草と滋養強壮薬を取り寄せて欲しいと頼まれました」

「ある薬草?」
「はい、後から調べて分かったのですが、その薬草…シダの葉は煎じて飲めば痛みを和らげたり、すり潰して調合すればいろんな薬になるそうなんですが……」
 ダグラスが言いにくそうに言葉を詰まらせる。
 彼からすれば信頼しているであろう王子が、陛下の死に関わっている可能性があるのだ、言葉を詰まらせる理由も納得ができる

「ハッキリ申せ、その薬草がどうだというのだ」
 グリューンが急かすように言葉を張り上げる。
 私としてもそれほど薬草に詳しいわけではないが、シダの葉の名前は聞いた事がある。
 若い時は騎士としての教育を受けてきたため、遠征で体調を崩したり傷薬を切らした際に幾つかの薬草の知識を学んできた。その中で痛みを和らげる効果があるんだとかで、シダの葉が利用される事がある。
 早い話が騎士の教育を受けていれば誰でも知っている知識で、街の薬剤屋に行っても簡単に手に入る事が出来る為に、一般の認識ではそれほど危険な薬草ではない。ダグラスも王子に頼まれれば何の警戒もせずに普通に取り寄せるだろう。

「実はそのシダの葉はあるものと混合せ、更にお酒と一緒に飲む事によって死に至らしめる効果があるんだとかで……」
「何だと!? それは本当か!」
「ダグラス、そのあるものというのはまさか!」
「はい、王子が一緒に頼まれた滋養強壮薬です」
 なんてことだ、以前薬剤師に薬を酒で飲む事は危険だと聞いた事があるが、その事を陛下が知るはずもないだろう。そもそも薬は医師が直接調合したものしか飲む事はない。
 だが陛下の立場からすれば我が子がワザワザ自分の為に取り寄せた薬、それもただのシダの葉と滋養強壮薬となれば、何の疑いもなく飲まれたのではないだろか。陛下もまさか自分の子に毒など盛られるなど思ってもいないのだから。

「ダグラス、ここまで言うのだから何か証拠があるのだろうな!」
「証拠と言う訳ではございませんが、メイド達が陛下が亡くなった翌日に、寝室のキャビネットからワインが1本無くなっていると申しておりました。それに私が王子の命を受け薬品を取り寄せた事は、近くにいたメイドも聞いております」

 調べれば簡単に分かりそうな事で嘘はつくまいが、そう簡単に信じるほど私は甘くはない。しかしこれがもし本当だとすれば、兼ねてより話し合っていた理想が実現できるかもしれない。勿論本当に実行するのであれば慎重に事を進めなければならないが……。
 グリューン公爵も私と同じ事を考えていたのか、自然と目線が交わってしまう。

「だがそれだけだとまだ十分な証拠だと言えぬのではないか? それに王子が陛下を手にかける動機はどうなる?」
「確かに王子が陛下を手にかける動機が見当たらぬ、遅かれ早かれ王子の元には王位が巡ってくるのだ、それにあの王子が王位に興味があるとも思えんしな」
 グリューン公爵が王子に対してトゲのある言い方をしているのは、恐らくダグラスを揺さぶって真意を見抜こうとしているのだろう。彼とてダグラスの言っている言葉を全て鵜呑みにするはずがない。

「その事ですが、現在ラグナス王国の王子がブラン家のリーゼ嬢に求婚されている事はご存知ですよね?」
「無論だ、我が国としてもラグナス王国と友好を深める為のよい材料となる」
「侯爵家の連中が何かと問題だと言っているそうだが、ミルフィオーレ様の面影は姉の方にも色濃く出ておるのだ、寧ろ今後の為にも象徴は一人の方が何かと都合がよい」
 私も私だが、グリューン公爵の方も中々のタヌキっぷりだ。
 これは二人だけの意見だが、現在ブラン家で最も注意しなければならないのが当主であるブラン伯爵と、次女のリーゼだと我らは考えている。
 元々豊かな土地と公爵領に匹敵するほどの広さを持った領地に、王国誕生の祭に交わした条約によって国は一切手を出す事が出来なくなっており、その上近年では隣国であるレガリアと貿易を通じて親密な関係を気づいている

 これらの事案は今のところ国に害する事でなく、レガリアとの貿易も実際国に収益をもたらしており、ブラン伯爵自身も陛下に忠義を見せていた事から何処からも不安視する言葉は出なかった。
 だが、陛下が亡くなり次に忠義を見せるべき相手があの王子だったどうなる? 彼ではないが、私とて我が身をかけてまで忠義を尽くせるかと問われれば正直言葉に詰まってしまう。

 そして娘のリーゼの方はというと、昨年の春に起こった王子との破局以来、急激にその姿が大きく注目を浴びる事となっている。
 元々母親に似て他の令嬢からズバ抜けた容姿を持っていた上、王子との婚約で国民からも大きく指示され、社交の教育も十分にされている。
 今までは王子をたたせる為に自ら表に立とうとはしなかったようだが、王子という荷物が無くなってからは店を始めたり、誕生祭ではアージェント家の娘を前にしても一歩も引こうともせず、あまつさええアデリナに力添するようにまで振舞ってみせた。

 私としては王子自ら恋人だと言っているアージェント家の娘より、ブラン家のリーゼの方が余程脅威に感じている。
 今のところ本人には野心はないのだろうが、一度敵に回すと厄介な存在になる事な間違いないだろう。
 そんな彼女が自ら国を出て行こうとしている上、ラグナス王国との友好という土産まで置いて行ってくれるのだ。貴族の中にはブラン家がこれ以上力を持つのはどうかと言う意見も出ていたが、温厚な性格である姉の方ならばそれ程心配する事もないのではと、我ら二人は考えている。

「実は……」
 ダグラスは一つため息をついた後に話し出す。
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