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第16話 異国からの訪問者

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「サーニャちゃんチョコレート食べる?」
「これもしかしてローズマリーのチョコレートですか? 私ここのお菓子は大好きなんです。ありがとうございますリーゼお姉様」
 そう言って私に飛びついてくるサーニャちゃん。
「もう可愛いなぁ」
 抱きついてくるサーニャちゃんをギュッと抱きしめながら一緒にお菓子を戴く。

「あらあら、二人はすっかり仲良しね」
「だってサーニャちゃん可愛いんだもん」
「私もリーゼお姉様の事大好きです、もうこのまま本当の妹になりたいぐらいです」
「だったらリーゼがクロード様と結婚すれば、サーニャちゃんは本当の妹になれるわよ」
 ブフッ
「ななな、何言ってるんですかお姉様! 私とクロード様はそんな関係じゃないです。そもそもまだ会ったばかりですよ」
 も、もう何いってるのよお姉様は、私はともかくクロード様はそんな事……

 私は今お姉様とサーニャちゃんの三人で、ブラン家にある私の部屋でお茶とお菓子食べながら女子会を行っている。
 そうここにいるのは三人、正確に言うと給仕をしてくれているティナとお姉様付きのメイドが近くに控えているのだけど、この場にはサーニャちゃんのお兄様であるクロードさんの姿はない。





「お兄様?」
「リーゼ?」
 お姉様に呼びかけられた事によって、ようやくここが何処だったかを思い出す。
 今のは何? 一瞬心臓が止まっていたんじゃないかという勢いで、胸の鼓動が急に激しく動きだす。
 我に返った今でも先ほどの余韻がまだ残っており、自分でも動揺がかくしきれない。さっきまではこの男性の瞳に吸い付けられていたと言うのに、今は恥ずかしくて真面まともにに顔を合わす事も出来ない。

 なんなのこれ、私どうしちゃったの? ウィリアム様でさえ初めで出会った時は、恥ずかしいからとお互いの顔が見れないないって事なんて全くなかった、寧ろ自分を見て欲しいという願望の方が強かったぐらいだ。
 それなにのこの男性には自分を見て欲しいと言う願望も確かにあるが、それ以上に今の自分の姿が変ではないか、髪の毛は跳ねていないかと余計な事ばかりが頭を過ぎってしまう。

「あ、えっと……」
「あ、あの……」
 さっきから何かを話さなきゃって思うが、上手く言葉が出てこない。それは目の前の男性もどうやら私と同じような状態らしく、お互いその気持ちが理解出来てしまうから、余計次の行動に移る事ができないのだ。

「取りあえず場所を移した方がいいかしら? ここでこのまま立ち話と言うのもお店の邪魔になりますし、お互いここで名乗るのも些か問題があるのではないでしょうか?」
 お姉様が何時までも動けない私達を見かねて、場所を変える提案をしてくれる。さっきまでは気付かなかったが、よく見ればこの二人はただ観光だけに来た旅行客とは違うようだ。身なりこそ地味な服装でカモフラージュしているようだけど、一つ一つの仕草が高貴なる身分だと証明している。

「わ、分かりました」
 男性もここで立ち話はマズイと思ったのだろう、お姉様の提案に素直に従ってくれる。結局お祭りの見学はここで一旦中断し、お店の方に騒がせてしまったお詫びをしてその場を後にした。

「お姉様、場所を変えるのはいいですが、どちらでお話をしましょうか?」
 激しく鼓動する心臓を必死に抑えながら人込みの中を進んでいく。
 今日はどこに行ってもお祭り騒ぎだし、カフェか何処かのお店に入るなら私達は帽子を取らなければならないからもちろんダメ。
「そうね、このお祭り騒ぎだとお店ではゆっくりと話も出来ないでしょうし、何処か人が少ない場所でも、お互い一緒にいるところを誰かに見られるのは都合が悪いわよね?」
 ん? お姉様の口ぶりからするとこの人逹の正体を知っている感じがするけど、私には全く心当たりが思い浮かばない。見た感じは私とそれ程年齢は変わらないようだから、恐らく王都の学園以外、例えば自身の領地にある学園にでも通われているのだろう、別に貴族全員が王都の学園に通わなければならないと決められている訳でもないだし。

「お気遣いありがとうございます」
「それじゃ馬車の中と言うのはどうでしょうか? 近くに私達が乗ってきた馬車を止めておりますし、六人乗り用ですから四人でしたらそれ程狭くもありませんから」
「そうね、長話になるならお屋敷にご招待したいところではありますが、それだと色々問題があるんですよね?」
「えぇ、本来ここにいない筈の妹だけなら問題ないのですが、僕は公式に派遣された身でございますので、特定の方々と親しくする事は何かと都合が悪いのです」
 特定の人と親しくするのが都合が悪いって、どういう事? 別に貴族同士が親しくなるのは別段可笑しな話ではないし、伯爵家のと繋がりが出来るのなら寧ろ喜んで寄ってくるのではないだろうか? お姉様はこの人の立場を理解しておられるようだけど、私だけ全く話の流れに着いていけない感じだ。
 結局他に良い提案も浮かばず、私の提案通り馬車の中で話をする事になった。


「改めて自己紹介をさせて頂きます、僕の名前はクロード、妹はサーニャと言います。」
 彼、クロードと名乗った男性はあえてファミリーネームを名乗らなかった。
「初めましてクロード様、サーニャ様。私はオリヴィエでこちらが妹のリーゼです。お互い今は街で偶然出会っただけの友人、という事でよろしいですね」
 えっ、初めまして? どういう事だろうお姉様はこの人の正体を知っている訳ではないの? それともこのクロード様はそれほど有名なお方だというのだろうか。

「えぇ、そうして頂けると助かります」
 クロードさんの話では、午後から開催されるお城のガーデンパーティーに出席するために、地方の街から王都へとやってきたという事だった。それまで時間が空いているという事で、妹のサーニャちゃんと一緒にお祭りを見て回っている最中に、先ほどのアクセサリーを売っていたお姉さんから私たちの噂を聞いたんだそうだ。
 そりゃビックリするわよね、噂をしていた本人が隣にいるんだもの、だからあのお姉さんもあれだけ驚かれていたんだ。

「それじゃ余りゆっくりと話している時間もないんですね」
 クロードさんもお城の行く為の準備をしなければならないから、長話をしている時間は余りないだろう。出会えたばかりだと言うのにもうお別れなんだ、折角一緒にお祭りを見て回れると思っていたのに……って、私何考えているのよ、まだ知り合ってすぐだと言うのに、もう恋人気分になっている、って違うでしょ! 何よ恋人気分て、バカバカ私のバカ。
「どうしたのリーゼ?」
 はっ! 危ない危ない、クロードさんの前で一人問答している姿を見せるところだった。
「だ、大丈夫ですよ、私は至って通常運転です」
「まぁ、あなたがそう言うのならいいけれど……。それでクロード様、この後はどうされるのです?」
「一旦宿に戻り午後からの準備をしなければなりません、お会いしたばかりで申し訳ないのですが、僕たちはそろそろ」
 お別れ、偶然出会っただけの赤の他人、次に偶然出会うなんて奇跡はまず有り得ないだろう。クロードさんは地方の街で暮らしているそうだし、私は王都で暮らしている。どれだけの距離があるかは分からないけど、王都で暮らしていても偶然街で出会う何て事は滅多にないんだ、これで別れてしまえば二度と出会う事ないのではないか。

「お兄様、私ももっとリーゼお姉様と一緒にいたいです」
 そう言ってクロードさんを困らすサーニャちゃん、でもリーゼお姉様ってなんかすごくいい! 私は昔から妹か弟が欲しかったのだ、サーニャちゃんは人懐っこくて先ほどから私にくっついて離れてくれない。うん、やっぱ可愛い。
「サーニャ、リーゼさんを困らせるな、パーティーに行っている間は宿で留守番すると言ったから連れてきたんだぞ」
「えっ? サーニャちゃんはお城のパーティーには出席しないんですか?」
「元々僕一人で参加すると予定だったので、サーニャの事は伝えていないんです」
 って事はサーニャちゃんは一緒にいても良いって事よね? だったらそれを理由にもう一度クロードさんと出会う事も……って違うでしょ。

「あら、でしたらクロード様がお城に行かれている間は私達がお預かりしていましょうか? その方がサーニャさんも寂しい思いをしなくて済みますし、安全の面でも保証させて頂きます」
 ナイスですお姉様! これならごく自然に次に会う約束が出来るというもんです。
「ですがそれではご迷惑をお掛けしてしまう事に」
「大丈夫ですクロードさん、サーニャちゃんはしっかり私がお預かりしますので。それでいいかな?」
「ありがとうございますリーゼお姉様、オリヴィエお姉様」
 うん、やっぱ可愛いよ。

「ご心配でしたらそちらの護衛の方か、付き添いの方もご一緒してくださってかまいませんし、帰りは伯爵家所有の馬車と分からないように宿までお送りさせていただきますので」
「……わかりました、それではお言葉に甘えさせて頂きます」




 と言う事で、現在サーニャちゃんだけブラン家にご招待したと言うわけ。
「あのーお伺いしてもいいですか?」
「どうしたのサーニャちゃん」
「リーゼお姉様はこの国の王子様とご結婚されるんですよね? 先ほどのアクセサリーを売っておられたお姉さんがそんな事を言われていたのですが、オリヴィエお姉様が今お兄様と結婚すればとおっしゃったので」
「けけけ結婚って、サーニャちゃんまで何言っているのよ」
「それは少し違うわね、まだ正式に発表されていないから詳しい事は言えないけど、リーゼは現在フリーで恋人募集中よ。クロード様にもそう伝えておいてくれる?」
「ちょ、お姉様も何言っているんですが、クロード様みたいな方だと既に心に決めた方がおられますって」
 って何言ってるのよ私は!
「大丈夫ですよリーゼお姉様、お兄様はあれでもモテモテですが、好きな人はまだおられませんからチャンスは全然あると思いますよ。寧ろこのまま恋人になって下されば私も両親も大喜びで歓迎しちゃいます」
 も、もう何いってるのよ二人とも。私は二度と人を好きにならないと決めたの、あんな思いをするぐらいなら恋なんてしなくてもいい。
 そうよ、これは恋心じゃない、ただちょっと心臓が驚いただけなんだ。うん、そうに決まってる。


 その後サーニャちゃんを連れてもう一度あのアクセサリー屋さんに行き、お揃いのイヤリング買った。お店のお姉さんはビックリされていたけど、お祭りを三人で満喫する事ができ、日が沈み始めた頃にサーニャちゃんを宿へと送って行った。残念な事にまだクロードさんは帰ってはおられなかったけど、今度王都に来るような機会があれば必ずまた会おうって約束が出来たのは、私にとっては嬉しい事だった。
 そして翌日……

「そろそろ王都を出られた頃かなぁ」
 見送りは何故かお姉様に止められてしまった、理由は教えてくれなかったけどクロードさんの立場上特定の貴族と親しくするのはいけないらしく、私達が友達だって事も伏せておかなければならないらしい。
「お嬢様、商会から新しい生地が届いております」
 一人窓辺で空を眺めていたら、メイドのティナが私を呼びに来た。
「分かったわ」
 パンッ! ホッペを叩き気合を入れ直す。今は私の気持ちより仕事の方が大切だ、昨日お母様がすでに何軒かのオーダードレスの受注を受けてきたそうで、この後お客様が訪ねてくる予定になっている。こんな暗い顔で出て行ったら逆に心配されちゃうじゃない。

「お、お嬢様、何してるんですか!? もうお顔が赤くなってしまってじゃないですか」
「大丈夫よこのくらい、ティナは心配しすぎなんだって」
 この後ホッペを叩いた事をみっちり叱られました。





「素敵な方でしたね」
「……そうだな」
 今頃彼女は何をしているだろう、あの時出会った瞬間の衝撃は未だ体から離れる事が出来ないでいる。
 彼女の姉君には僕達の正体はバレていたようだが、あの場では自らの名前を名乗るわけにはいかなかった。クロード・エルス・ラグナス、それが僕の本当の名前。
 今のこの国状態で特定の貴族と接触するのは、反乱を企てていると勘違いされかねない、それが分かっているからこそオリヴィエ様もお互い干渉しないよう取り計ってくれたのだ。


 リーゼ・ブランか、我が国と違いメルヴェール王国には王子が一人しかいないと聞いている。するとあの男の妃に彼女がなるのか……
 昨日パーティー出会った王子……確かウィリアムといったか、彼は第一印象は最低の男だった。王子と言う立場なのに礼儀作法がなっていないし、他国からの使者が大勢来ていると言うのに好き勝手に振舞っていた。生憎陛下は所用でご挨拶をする事は叶わなかったが、代わりに代役を立ててきたのがあの王子とは、この国の未来もそう長くないのかもしれない。

「だからか、あの王子では不安だからと言う理由で彼女が王妃に選ばれたのか」
「お兄様?」
 つい考えていた事が口から出ていたようだ。
 だけど僕の考えはあながち間違っている訳では無いのではないか。
「もしかしてお兄様ご存知ないのですか?」
「ん? なんの事だ?」
「今リーゼお姉様の事を考えておられませんでした?」
 一瞬心臓が止まるかと思うほど驚いた、冷静に考えれば僕が口走った内容からリーゼの事だと推察出来るが、それ以上に心の中を覗かれたのではと思うほどの衝撃を受けた。
 どうしたんだ僕は、彼女の事を思うとどうも何時もの冷静さが欠けてしまう。

「多分お兄様が心配されているような事は無いと思いますよ」
「どういうことだ?」
 まさか本当に僕の心の中を覗いたというのか?
「お姉様に聞いたのですが、王子様との婚約は白紙に戻ったそうですよ。理由までは教えて貰えませんでしたが、お姉様自身も王子様に愛想を尽かされていましたよ」
「本当かいそれは!」
「え、えぇ、本当みたいですよ。あとオリヴィエ様がこんな事も言われていました。コホン『リーゼは現在フリーで恋人募集中よ』ってお兄様に伝えるようにと」
「プッ、ふははは、そうか彼女はあの国の王妃にはならないのだな。良かった、あんな王子の妃にならなくて本当によかった」
 昨日から続いていた心のもやがやっと晴れていく感じがする。そうか、彼女は現在フリーか。

「あと今度王都に行くような機会があれば必ずお顔を出すと約束しておきましたので、ご対応よろしくお願いしますねお兄様」
「……ってちょっと待て、何勝手に約束してるんだ。僕の立場も分かっているだろう、僕はラグナス王国の第二……」
「嫌だったのならお断りのお手紙を送りますがいいのですか? あとかん違いしないでください、私はお兄様の為じゃなくお姉様の為にお約束したんです」
「おい、それはどう言う意味だ」
「ここで終了です、後はご自分で頑張ってください。全部言っちゃったら何だか悔しいじゃないですか、私だってリーゼお姉様の事が好きなんですよ」
(もうお兄様もお姉様も奥手なんだから、お互い一目惚れしたのは誰が見ても明らかじゃない、全く周りがフォローしてあげないと自己紹介すら出来ないんだから)

 それから数日後、放っていた密偵からウィリアムの婚約者候補から正式にリーゼの名前が無くなったと知らせが入る。
 国民たちはその事実に嘆き悲しんだと言うが、幸い候補者の中に公爵家の令嬢の名前があった為、それほど大きな混乱にはならなかったそうだ。
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