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第5話 暖かな昼のひと時

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 翌朝、徹夜でスケッチ画を描き続けていた事をティナに叱られ、朝食の時に目の下にクマをつくっていたのをお母様に気づかれお説教をされ、余りの眠さについつい欠伸をしたらメイド長のケイトに怒られた。

「うぅ、徹夜したことは悪いと思っているけど、欠伸ぐらいで怒らなくてもいいとは思わない?」
 結局午前中はベットの上で過ごすことになったけれど、午後にはすっかり眠気はさり、庭園でティナの用意したお茶を飲んでいる。
「何言っているんです、ダメに決まっているじゃないですか。お嬢様は伯爵家のご令嬢なんですよ、人前で欠伸するなんて淑女にはあるまじき行為です」
 もう、ティナなら分かってくれると思ったのに思わぬ反撃を食らってしまった。流石は頭の固いケイトの娘だ、その辺りは私への教育と同様にしっかりと躾けられているようだ。

「人前で欠伸も出来ないって、貴族も楽じゃないわね」
「そんな事人前で言ったら笑われてしまいますよ」
「いいじゃない、ここには誰もいないんだもの」
 そう言えばこんなにもゆっくりする事なんて最近ではなかったわね。
 いつからだろう、思い返せば昔はよくティナと二人っきりでお茶をしていた。彼女がメイド服を着るようになるまでは同じテーブルに座り楽しくおしゃべりをしていたのだ。だけど二人が成長していくにつれ、次第にお互いの立ち位置が違うのだと周りの大人達の反応に教えられた。私はドレス、ティナはメイド服へと姿を変え、同じテーブルに座る事も無くなってしまった。
 私としては二人っきりの時ぐらい一緒にお茶を楽しんでもいいと思っているのに、この子ったら頑として同じテーブルに座ってくれないんだもの、全く誰に似たのだか。

 広い庭園に設けられた日よけの東屋ガゼボでティナと一緒に他愛もない会話をしていると、お屋敷の方からメイド達を引き連れ、こちらに向かってくる人影がみえた。
「お姉様?」
 あれ? お帰りは三日後だと伺っていたので、ここにおられるはずはないのだけれど、あれはどう見てもお姉様にしか見えない。
 このお屋敷というか、この王都で私と同じ青みがかった白銀の髪色をしているのはお姉様しかいないのだ。私たちを生んだお母様はサファイアブルーの髪色だし、お父様に至っては王都で良く見かけるブラウンの髪色をしている。
 早い話が私とお姉様の髪色はとにかく何処にいても目立ってしまうのだ。

「リーゼ」
「どうされたのですかお姉様? お戻りは三日後だとお伺いしていたのですけど」
 様子から見ると何だか慌ててこちらに来てくれたようだが、思い当たる節は……ありすぎる。
「どうされたのですかって、貴方が心配だったから慌てて帰って来たのよ」
「そうでしたか、ご心配をお掛けして申し訳ございません」
 使用人の誰かがワザワザブラン領まで知らせに行ってくれたのだろう、お姉様はそれを聞いて慌てて帰って来てくれたようだ。

「お母様には聞いていたけれど、本当に大丈夫なの? 私達に心配させまいと過剰に振舞っているんじゃないの?」
「本当に大丈夫です。ウィリアム様の事なんてこれっぽっちも考えておりませんから、寧ろ自由になれた事を喜んでいるんですよ」
 ん~、やっぱり今までの私ってそれ程ウィリアム様の事を一途に思っていたんだなぁ。自分では良く分かっていないが、周りの反応からして気を使ってもらっている事が肌身を通して分かってしまう。
 だったらケイトも欠伸ぐらいで怒らなくてもいいのに。

「本当に大丈夫なのね? 私が力になれる事があったら何でも言ってね」
「ありがとうございますお姉様、良かったらこのままご一緒にお茶でもしませんか?」
「そうね、慌てて戻ってきちゃったから喉が渇いたわ」
 そう言って私の向かいの椅子へと座られ、ティナがお茶の用意をしてくれる。
「そういえばお義兄様はどうされたのですか? 確かご一緒に領地を見て回られているお伺いしていたのですが」
 二人は数ヶ月後に結婚を控えており、お義兄様はお姉様と共にブラン領を運営していく上で、月に何度か王都と領地を往復されている。
 形式上お義兄様は伯爵になられるのだけれど、その実権は正当な血を引くお姉様に与えられている。これは国が定めている法律で、例えばお二人に子供が出来ず養子をもらう場合、お姉様の家系から選ばれる事になるし、またお姉様が先に亡くなった場合、伯爵の地位は妹の私の元へとやってくる。つまりお姉様が居なければお義兄様が伯爵で居続けることは出来ない仕組みになっているのだ。

「レオンはまだブランに留まって視察をつづけているわ。私だけ知らせを聞いて先に帰って来たのよ。」
「それは……お義兄様には申し訳ない事をしました」
「いいのよ、私はリーゼの方が心配なんだもの。レオンとは誰も居ないところで仲良くやっているから心配いらないわ」
 お二人は元々学生時代の同級生で、長い恋愛関係の末結婚まで辿りつかれた。両親はそんな二人を温かく迎え入れ、お義兄様のご実家も二人の中を祝福されている。私としてはお姉様が幸せそうにしているならそれだけで十分だし、お義兄様との関係も別段悪くはない。

「領地の方はどうでしたか? 今の季節ですとお花が綺麗に咲き始める頃ではないでしょうか」
 この世界の気候は比較的前世で暮らしていた頃とよく似ている為、咲き誇る花々はほぼ同じと言って良い。
 今は寒い季節からようやく暖かくなってきた次期なので、土の中で眠っていた草花が大地に色好き始めている頃ではないだろうか。
「そうね、ダリルの丘はラベンダーやアルストロメリアのお花がいっぱい咲いてたし、街中の至るところにはマリーゴールドも咲いていたわ」
 マリーゴールドは伯爵家の紋章に描かれている花であり、領民から最も愛されている花でもある。今の季節、街中の家々ではマリーゴールドを軒先に植え、領地繁栄を願う為に黄色い花で埋め尽くされているのだろう。

「うわぁ素敵ですね。私も久々に咲き誇るダリルの丘の風景を見てみたいなぁ」
 ダリルの丘は小さい頃よくお姉様と一緒に遊んだ事のある場所で、草原の一面がお花と香りが漂う素敵なところ。昔は季節ごとに戻っていたのだけれど、私が学園に入ってからはウィリアム様の事や色んなお付き合いが忙しくて、年末に一度戻れればいい方だった。
 せっかく自由の身になれたのだから、たまには戻ってゆっくりするのもいいのかもしれない。

「そうだわ、お土産にブランで採れたイチゴを持って帰ってきたの、リーゼ好きだったでしょ?」
「はい、ありがとうございます」
 領地で採れるイチゴは小ぶりながらも甘くてとても美味しい、毎年この季節になると王都のお屋敷に送ってもらっているいるが、今年はまだ少し早い為今日が始めてとなる。
「お天気もいいから、どうせならこちらで頂きましょう」
 お姉様がそう言うとメイドの一人に指示を出し、イチゴの用意をしに屋敷へと向かわした。

「あの、お姉様。実はお願いしたい事があるのですが」
「私に? 何かしら」
「ティナ、悪いのだけれど私の部屋からアレを持ってきてくれるかしら」
「畏まりましたお嬢様」
 二つ返事で私の意図を汲み取り部屋へと向かっていくティナ。
 今言ったアレと徹夜で描き上げたドレスのスケッチ画の事である。
 お姉様の事だから喜んで引き受けてくれるとは思っているが、本人の好みや理想も聞いておきたいし、お身体のサイズも測っておかないと型紙も作れない。

 しばらく二人で談笑しているとティナがスケッチ画を持って戻ってきたので、それらをお姉様に見てもらう。
「これは新しいドレスのデザインかしら? 少し変わっているわね」
「はい、私が描いたものなんですが、お姉様をイメージしてデザインしたものなんです」
「リーゼが!?」
 私が描くと言うのはそれほど驚く事なのか、後ろに控えているメイド達もお互いの顔を見ながら無言で訴え合っている。
「変、でしょうか?」
「そうじゃないけれど、あなた絵なんて描けたの? それにこのドレス、今まで見た事がないデザインだけど凄く良い思うわ、これも自分で考えたの?」
「そうですが……絵はまだそれ程上手く描けてはいませんが、いかがでしょうか? もしお許し頂けるのでしたら、お姉様の為にドレスを一着作り上げたいと思っているのです」
 私はお父様から出された課題をお姉様に伝えると、少し考えた仕草をしたのち快く引き受けてくれた。

「それにしてもリーゼにこんな才能があったなんてね、これなんて素敵じゃない?」
 そう言って差し出してきたのは私が最初に描き上げた、ハイネックで肩を露出したロンググローブのドレス。
 この世界ではドレスの肩紐は両肩に掛かるようなデザインしか存在していない。そもそも肩を出すと言う行為自体がどう捉われているのか知らないが、多少のバリエーションはあるものの、どれもこれも特徴のあるパフスリーブがデザインされているのだ。
 首元を大きく開けているデザインもあるので、肌を露出するのが悪いと言う訳ではないのだろうが、今のままではこの世界のドレスの形はこれ! って概念が覆る事は難しいだろう。

 お姉様付きのメイド達も後ろで各々の意見を出し合いながら楽しそうに話し合っている。女の子ってオシャレの話をしだすと止まらないのよね。
「少し見慣れないデザインかもしれませんが、大判のショールを羽織れば肩を隠す事も出来ますし、ダンスを踊る際も胸元で留める事によってずれ落ちる可能生は低くなると思います」
「良いわねこれ、スカートの形も素敵だし全体的なシルエットがいいわ」
「スカートはお姉様のスタイルに合わせてAラインにしてみたんです。マーメイドも捨てがたかったのですが、余り見かけない形だったので、最初は無難なシルエットに落ち着かせてみたんです」
 今まで何どか社交界に出た事はあるが、マーメイドラインのドレスを着ている人はほとんど見た事がない、いても精々スレンダーライン止まりで、もしかして細いスカートは好まれていないのかも考え、今回は敢えて避ける事にした。

「リーゼ? 何かしらそのマーメイドやAラインと言うのは」
「えっ?」
 お姉様が不思議そうな顔をしながら尋ねて来られる。周りのメイド達の反応を見ても、誰もが聞き覚えがないのか首を傾げている。
 あれ? もしかしてこの世界にドレスラインって存在していないの?
「ご存知ありませんか? こう言う形がAラインと言われるもので、マーメイドラインがこう言う形なんですが」
 ササッと紙にスカートラインのシルエットを描きながら説明する。
「マーメイドと言うのはスレンダードレスに似ているのね、でもこちらの形の方が素敵ね」
「Aラインと言うのは他国の文字でAの形に似ているところからそう呼ばれているそうで、他にも鐘の形をしたベルラインや、バストの途中からスラット落ちるエンパイアラインなんてものもあるんです」
 この国でもっともポピュラーなものはプリンセスラインとベルラインと言ったところだろうか、プリンセスラインはウエストからスカートに切り替え、スカートがふっくらと膨らんだドレスの王道と言われているものだ。
 もしかして名称自体が違うのかもしれないが、その辺りはよくよく勉強していけばいいだろう。

「詳しいのね、リーゼがドレスに興味があるだなんて知らなかったわ。あなたったら家に居るときは何時も動きやすい服ばかり着ているから、てっきりドレスが嫌いなんじゃないかと思っていたわよ」
 まぁ、その辺りは否定しませんが、ウィリアム様の前ではちゃんとドレスを着こなしていたじゃないですか。
 それも今となって必要が無くなってしまったけれど。
「私がドレスを着ても、お姉様のように着こなす自身はありませんから」
「そんな事はないわ、私はリーゼのドレス姿は大好きよ。どうせなら二人でお揃いのドレスを着て社交界に出てみたいわね」
 いやいや、お姉様とお揃いのドレス上、お隣に並ぶなんて自分が悲しくなってしまう。ここは全力をもってお断りさせてもらおう。

「お言葉は嬉しのですが、今の私は非常に難しい状況に立たされております。今後どのような判断が国から出されるのか分かりませんし、しばらくは社交界やパーティーへの出席は控えておこうと考えております」
 社交界へのデビューは既に済ませてはいるが、それは次期王妃として見られていた処が非常に大きい、ウィリアム様と別れてしまった今では、揚々と社交界に出れば世間から良い笑い者にされてしまうだろう。
 まぁ、そうと言っても伯爵家との付き合い上、すべてのパーティーを断ると言う訳にはいかないが、余計なお誘いは出来るだけお断りする予定をしている。決して社交界に出るのがかったるいと言う訳ではない、ないったらない。

「リーゼの気持ちは分かったわ、お揃いのドレスで出席するのはもう少し後にしましょ。まずはお父様を納得させるだけのドレスを仕上げないとね」
 そんな素敵な笑顔で言われても、お揃いのドレスで出席するような事は絶対に来ないと思うけど、今はお姉様の言う通りお父様を納得させない事には先へと進めない。
 それにこんな処で躓くようなら、この世界で商売を始めるなんて夢のまた夢だろう。

「ありがとうございます。それじゃ型紙を作りたいので、後ほどお身体のサイズを測らせて頂けますか?」
「いいわよ、後で私の部屋に来てくれるかしら」
 無事にお姉様の了承を得る事が出来た、後は生地選びを残すだけだけれど、これには心当たりがあるので何とかなるだろう。
 ブラン領は元々色んな生地を手がける一大名産地なのだ、大地に咲き誇る花々は生地を染める顔料に適しており、糸を紡ぐ為の材料も豊富に存在している。
 有名どころではワタの種子から採れる木綿や羊の毛から採れる洋毛、それほど多くは採れないが、貴重価値の最も高い絹も生産している。

 これらを伯爵家が経営している商会を通し、王都や他国に輸出する役目を担っており、領民の労働場所の確保と、領地整備や新たな施設を建てたりする為の資金に充てている。
 王都にある商会にお願いすれば、色んな生地を見せてもらう事も出来るだろうし、安く購入する事も出きるかもしれない。
 お父様が誰の手を借りてもいいとおっしゃってくださったので、執事のルーベルトにお願いすれば話はつけてくれるだろう。せっかく伯爵令嬢として生まれたのだから、ここは私の夢の為に大いに利用させてもらいたい。

 この後お姉様とイチゴを食べながら、デザインを細かく打ち合わせて最初のドレスとなる原案が出来上がった。
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