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夢のはじまり

第37話 再会、そして次への一歩

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 二号店となる屋敷を購入してから約一ヶ月、店舗用にリフォームをしてもらっていたのが今日ようやく完成した。

 調理場やカフェエリアはディオンやエレンの意見を取り入れたりしていたので、思った以上に日数が掛かってしまったが、私としても満足がいく仕上がりになっている。
 特に調理場にはケーキ用の石窯とは別に中型の石窯を二つ用意し、地下の貯蔵庫には氷を使った保存庫も用意した。

 なぜケーキ用とは別に中型の石窯を用意しているかと言うと、ある商品を新たに販売展開する為。
 大型の石窯だと温度を上げるのに時間が掛かるのと、窯の中に置いた場所により燒きムラが出てしまうので、あえて中型の窯を二つ用意したと言うわけ。とはいえ、こちらはまだ研究途中の材料があるので、稼働させるにはもう少し先になってしまうのだが。

 保存庫はもともとこの国では地下を冷蔵庫として使うのが一般的で、お屋敷クラスや飲食店をしているお店では、大概どこも地下室を用意してある。

 一号店でも小さな地下室はあったが、こちらの二号店では以前ワインの保存でもしていたのか、思った以上の広さを持った地下室があったのだ。
 その為せっかくの広さを利用して小部屋を二つ作ってもらい、より確かな保存が出来るよう壁の周りを氷で覆い、冷凍庫と冷蔵庫を作った。

 冷蔵庫は地下にあるうえ氷で冷やすだけなので別段心配はいらないが、冷凍庫は所詮は氷の壁で覆っているだけなので、完全に凍らす長期保存は出来ない。
 当店の場合冷凍庫として使用する意味は、パフェ用のアイスを作ったり一時保存するぐらいなので、この辺りはすでに一号店で実証済みなので問題はないだろう。

 工事としての準備はこれで整ったが、長年使われていなかったせいでホコリや汚れがかなり目立つ。
 この屋敷全部の清掃と庭園の手入れにはまだもう少し時間が必要だ。
 あとは人員の問題だけなのだけれど……。

 一号店の人員募集はすでに終わっておりホールに若い女の子を一人と、調理場に調理経験のある男性を二人入れ、現在研修をしてもらっている。

 そして二号店のスタッフは今グレイが集めてくれているのだが、正直今の私の心境は穏やかではない。
 予定では今日の午後から来てくれるはずなのだが、朝からまったく落ち着かず私はうっかりミスを連発してしまい、見るに見かねたディオンとエスニアに調理場から追い出されてしまった。

「うぅ、何をやってるんだろう私は……」
 新人スタッフに店長としての威厳を見せつけなきゃいけない時に、不甲斐ない姿ばかり見せてしまった。

「大丈夫ですよお嬢様。ディオンさんとエスニアさんがちゃんとフォローされてますし、お二人とも今のお嬢様の心境をご存知なんですから」
 今の私の状態を心配したスタッフが、エレンを無理やり付き添いにしてくれたのだ。
 そこまで心配されるほどボロボロだったのかと思う一方、周りの暖かな心に救われ不謹慎だが嬉しくもあった。

「もうすぐよね、そろそろお屋敷の方へ行った方がいいかしら?」
「お嬢様、何度目ですか? まだ二時間近くもありますよ、もう少し落ち着いてください」
 うぅ、落ち着かない。先ほどからエレンと同じ会話を何度繰り返した事か。

 先ほどから何度も時計を見ているけれど、時間が経つのが遅く感じられる。
 例えるならカップラーメンを待つ3分を想像してもらえれば少しは分かるんではないだろうか。この世界にカップラーメンなんてないけどね。

 なぜ私がこれほどまでに落ち着かないかと言うと、お気づきかもしれないが二号店のスタッフに関係する。
 つまり、『元アンテーゼの屋敷で働いてくれていた使用人達』である。

 私の計画の最終段階、叔父夫婦に言われなき理由で辞めされられた使用人達の起用。
 屋敷を辞めさせられてから一年から二年近くも経っている為、ほとんどの者が別のお屋敷や商店などで働いているらしいが、グレイにお願いして定期的に生活に困っていないか様子を見に行ってもらっていた。

 辞めさせられた使用人達には計画の最終段階の事は話してはいない。
 勝算はあったとしても一号店が上手く行くとは限らなかったし、そんな賭けのような計画に使用人達を待たすなんて事は出来なかった。
 そのため二号店のオープンに合わせて戻って来てほしいとお願いしたのは一ヶ月ほど前なのだ。

 私が朝から落ち着かない理由はまさにこれで、グレイからは何名の使用人が戻って来てくれるかは聞かされていないので、もし誰一人戻ってきてくれなかったらと思うと気が気ではないのだ。
 常識で考えれば折角今の生活に慣れてきたのに今更誰が戻りたいと思うのか、そんな事ばかり考えてしまい全く何も手が付かない状態となってしまった。

 ディオンやエスニアに追い出されるのも当然よね。




「お嬢様、只今戻りました」
 そわそわしながらも休憩室で待っていると、予定よりもかなり早くグレイが戻ってきた。

「どうしたのグレイ? まだ一時間以上も早いけど。もしかして誰も戻ってきてくれなかったとか?」
 グレイには使用人達を馬車で迎えに行ってもらっていたのだけど、いくらなんでも早すぎる。
 不安と絶望の中で私の心臓はすでに悲鳴を上げていた。もういっその事、諦めさせてくれる言葉でもいいから聞かせてほしい、そんな状況まで落ち入っていた。

「予定より早かったのは事前に何名かの者はすでにこちらへ向かってくれており、その関係で馬車での迎えに時間が掛からなかった為です。すでに皆様が新しいお屋敷でお待ちでございます」
「何人かは戻ってきてくれたのね! わかったわ、すぐに向かうわ。エレン急ぐわよ」
 よかった、例え一人でも戻ってきてくれただけで私は救われる気がする。

 これはただの自己満足にしか過ぎない。こんな事で私が犯した罪が許されるなんて思ってはいないけれど、これで一歩だけ前に進める。まだ全てを償うには先は長いけれど、だけど今だけは……。

 エレンとグレイを引き連れて急ぎ二号店の屋敷へと向かう。
 小走りというかすでに走ってしまっているが、グレイ達は咎めようとしない。 長い付き合いだから私の気持ちを分ってくれているのだろう。

 息を切らし屋敷の扉を勢い良く開くと、そこには懐かしい使用人達の姿があった。
『お嬢様!』
「皆んな……」
 思わず涙が込み上げてくる。
 そこには想像していた以上の使用人達が私を迎えてくれた。

「こんなにも……こんなにも戻って来てくれたの……?」
 もう嬉しさのあまり涙が止まらないほど溢れてくる、皆んなの懐かしい顔がそこに……たしかに存在する。

「お嬢様お久しぶりでございます」
「ノエル、ユリネ。二人も戻って来てくれたの? ありがとう、本当にありがとう」
 もうお互い涙で顔がぐちゃぐちゃだ。

「お嬢様。使用人全てで15名、全員が戻ってまいりました」
「えっ!? 全員! 本当なの?」
 グレイが報告してくれたけど、まさか全員が戻ってきてくれるなんて思ってもいなかった。
 嬉しさを通り越して驚きすらある。でも……。

「まって、15名って一人多くない?」
 以前お屋敷で働いてくれていた使用人はグレイ達を含めて17名、いや18名だった。
 執事のグレイを筆頭に調理場にはディオンを含め3名、メイドはノエルとエレンを含め10名、屋敷の警護兵が3名、それとダンテと言う庭師を含め全員で18名だったのだが、ダンテはあの日お父様達の御者をしていたせいで、一緒に事故に巻き込まれて亡くなってしまったのだ。

 辛うじて生き残ったのは臨時で雇った警護兵が2名、その後二人が事故の連絡をしてくれたおかげで両親達の遺体を速やかに回収する事が出来たのだ。

「初めましてアリス様。庭師をやらせて頂いておりましたダンテの息子、カイエルと申します。この度は亡くなった父の代わりにお仕えしたく参上致しました」
「ダンテの!?」
 ダンテはよく私の遊び相手をしてくれていた。
 私が幼い頃はよく庭園で花を摘んだり花飾りを作って遊んでいた。そんな時はいつもダンテが私の近くにいてくれたのだ。

 それなのに私は……両親が亡くなった衝撃で当時はとても正常とはいえる状態ではなかった。
 そのせいで一緒に亡くなったダンテの事はすっかり頭から消えていたのだ。あれだけ私の事を思っていてくれたのにだ。

 後からグレイにダンテの葬儀費や遺族への補償をお願いしただけで、私自身遺族とは接触していない。
 理由は単純、責められるのが怖かったから。

 彼には私を責める理由もあるし、恨む理由もある。
 過去にもどる事が出来るのならどれほど楽か、だけど今更悔やんでも仕方がない。これは私自身が償うべき問題だ。

「カイエル、ダンテの事はごめんなさい。私の両親の為に亡くなったと言ってもいいのに、それなのに私は貴方達遺族に接触する事が怖くて放置してしまったわ。さぞ私の事を恨んでる事でしょう。でも……」

「お待ちくださいお嬢様。私は、私たち家族は誰一人お嬢様方を恨んでおりません。むしろご当主様方をお守り出来なかった事で責められる立場でございます。
それなのに父の葬儀費はおろか、私たち家族への補償までしてくださって感謝をしている程です。
 どうか、どうかご自分を責める事はお止めくださいませ。お嬢様を泣かせてしまったとあっては私は亡き父に顔向け出来ません」
「カイエル……ありがとう、本当にありがとう」
 私はもう我慢が出来ず声を上げて泣き続けた。

 お父様、お母様。私に皆んなを残してくれてありがとう。



 その日ローズマリー二号店で、ささやかではあるが再会を祝うパーティーを開いた。
 懐かしい顔ぶれと想い出を語り合って一晩中笑い声が絶えなかった。
エリスとユリネは泣きながら再会を祝い、ノエルとエレンは私の話で盛り上がっていた。

 翌日目を覚ました私の顔は、寝不足と涙の跡でとても見れたもんじゃなかったけど、誰一人咎める事はなかった。
 こうして私は新しい一歩を踏み出したのだ。
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