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夢のはじまり
第30話 少女の気持ち
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私の名前はリリアナ、リリアナと言う小さな花の名前からきている。
花言葉は『この恋に気づいて』
私はこの言葉が嫌いだ、まるで『この私に気づいて』と言われているようで……。
私は小さな頃から他人の顔色を伺って自分の行動を考える癖がある。
いい意味で言えば他人に気遣いができる、逆に悪い意味で言えば人の顔色を見なければ何もできない臆病者。
このローズマリーで働けるようになっても私のこの癖は直らなかった。
でも店長はそんな私を必要としてくれた、接客業には必要なスキルなのだと。
こんな私でも役に立てる事があるのだと。
「いらっしゃ……いませ。ローズマリーへようこそ」
それは二人組の男性が入ってきた事でスタッフの雰囲気が変わった。
初めに様子がおかしくなったのはエレンさん。
入ってきた二人組の男性の顔をみるなり、動揺で言葉を詰まらせた事から恐らく知っている人物なんだろう、しかも悪い意味で。
すぐ様何事もなかった様に対応したところは、流石店長が選ばれたホールスタッフのチーフだけのことはある。
話ではこの店のオープン当時から働いておられ、店長からの信頼も厚い。
私はエレンさんの顔色の変化に気づき、すぐ様代わり二人の男性を席に案内する。出来るだけ奥の目立たない場所へと。
お水を出しカウンターに戻ると、エレンさんに引き続きグレイさんの顔色も変わっていた。
他の人には恐らく分からないぐらいのほんの僅かな変化、普段から他人の顔色を見ている私にはこの僅かな変化が感じられる。
そして明らかに動揺? いや怒りへの変化が見られるのがエスニアさん。
三人とも明らかにあの二人組の男性の事を知ってる、しかも全員悪い意味でだ。
しばらくして注文内容が決まったのか、スタッフを呼ぶベルが鳴らされた。
「私が伺いますね」
ここは私が率先してこのお客の接客をしよう。そう思い注文を聞きに行ったり、商品を持って行ったりと二人組のまわりのお客様にも積極的に対応した。
そんな時、近くのテーブルを片付けているとスカートが何かに触れた感じがした。
最初はテーブルか椅子かに触れてしまったのかと思い気にしていなかったが、次ぎの瞬間、今度は明らかに私のお尻に何かが触れた。
『痴漢』一瞬私の頭にこの二文字が浮かんだ。だけどここは店内。
まさかそんな事が起こるはずはないと思ったが、私の後ろの方で男性たちのくすみ笑が聞こえてきた。
その気味の悪い笑い声を聞いた瞬間、全身から嫌悪感と吐き気が込み上げてきた。でも、今ここで声を上げるわけにはいかない。店内には他のお客様もいるし触られたという証拠はないのだ。
店長は素敵な女性だと思う。とても同じ歳とは思えないほどしっかりしているし、私たちスタッフの事も大事にしてくれている。そんな人に迷惑は掛けられない。
私はぐっと我慢し素早くテーブルを片付け、この場を逃げ出した。
だけど再び注文の呼びベルが鳴り、仕方なく二人組の男性のもとへと伺う。
明らかに私の事を遊んでいる、ヘラヘラを笑いながら注文する振りをして。
「この店にコーヒーはねぇのかよ」
「話に聞いていたが全くたいした事ねぇじゃねぇか」
この店には現在紅茶とハーブティーしかない。
店長が言うにはコーヒーは今ものすごく高騰しているので、出せたとして料金がケーキ5個分にもなってしまうんだそうだ。
そんな価格の商品を出せるわけもなく、現在この店では取り扱っていないとの事。
そんな事も知る由もない二人組は、店内のお客さんに聞かせるよう大声で叫んでいる。もしコーヒーが好きならば、高騰している事ぐらい分かりそうなものなのに。
私は丁重に謝り別の商品をと案内するも、納得ができないようで何度も頭を下げさせられた。
謝り続けて何回頭を下げただろう、突然私の視覚をついて再び私のお尻を触ってきた。
先程までと違い強引な鷲掴みで。
気持ち悪さと、悔しさと、惨めさと。
ぐるぐると私の感情が混ざり合い、我慢していた涙がついに溢れ出した。
「いい加減石なさい! 貴族だかなんだか知らないけれど何でも自分のいいなりになると思わないで!」
突然背後から私を救い出してくれたのはエスニアさん。
えっ、エスニアさん、今なんて言った? 貴族様?
言われてみれば整った顔立ちに清潔な服装、顔色ばかり見ていた私はそこまで気が回らなかった。
それじゃスタッフの皆んなは、この人が貴族だと分かっていたから対応を渋っていたの?
「何だテメェ俺らが何したって言うんだ。この店は客に対して難癖付けようって言うのかよ!」
「なんの騒ぎなの?」
「それがその……、あ、お待ちくださいお嬢様」
恐らく調理場まで怒鳴り声が届いたのだろう、店長がエレンさんを押しのけてこちらにやって来られた。
「エスニア、何があったの?」
二人組の男性に対して涙を流している私と、庇うようにに立ち塞がっているエスニアさんの姿を見て、いつも優しそうな店長の雰囲気が変わっていた。
『ダメです店長、この男性は貴族様です。下手に手を出したら店長はおろかこの店まで何をされるかわかりません』
声に出して止めようとしたけど恐怖のあまり声が出ない。
「このお客がリリアナのお尻を触ったんです」
「……それは本当なの?」
店長の顔が今まで見た事もない程怒っているのがわかる。
私は答える事も頷く事もできず、ただ怯え涙が溢れるばかりだった。
「あぁん、なんだ、どっかで見た顔だと思ったら婚約破棄された挙句、親父に屋敷を追い出された女じゃねぇか。俺様を忘れた訳じゃねぇよな」
えっ!? 店長の知り合い? それに婚約破棄とか追い出されたとかどういう意味?
「誰よあなた」
えぇぇ!? いかにも『俺の事覚えてるよな!』的な事を言われておいて、即答で『誰よあなた』って!
あれだけ啖呵を切っておいて店長に忘れられてるって。
店長美人だからなぁ、今まで沢山の男性をフッて来られたうちの一人なんだろうか。周りのテーブルから笑い声が聞こえてくるのを見ると、私の予想も満更ハズレではないのかもしれない。
「お、お前俺を忘れた訳じゃねぇだろう!」
「………………どこかで会ったかしら?」
自分を必死でアピールしている男性がもはや滑稽にすら見えてくる。
一方考えた挙句やはり思い出せない様子の店長。
二人のやりとりの温度差を見ていたら、私の気持ちも徐々に落ち着いてきた。
「お、お嬢様……」
ついに見るに見かねたエレンさんが店長に耳打ちをされる。
ぽんっ。
「あぁ、あのバカ姉の双子の弟。すっかり忘れてたわね存在自体」
ブフッ。
何だか分かりませんがどうやら思い出されたようです。それにしても存在自体忘れてたって……笑っちゃいけませんが、ちょっと相手が可哀想になるぐらいの言い方です。
「忘れてただぁ!」
「仕方がないじゃない、会ったことないでしょ?」
「いえ、お嬢様。何度も会ってらっしゃいますよ」ぼそっ
「………………」
ここでもすかさずエレンさんのフォローが入ります。
それより店長がバカ姉とか言ってましたがそこは突っ込まれないんですね。
ようやく思い出してもらったのもつかの間、店長の更なぬ追い討ちに、必死で皆さん頑張って笑い声を堪えておられるようですがそろそろ限界のご様子。所々から笑い声が聞こえてきます。
「ま、まぁ、いいじゃない細かいことは。もともと私の眼中に入って無かったんだから会ってないのと一緒よ」
「お嬢様、それフォローになってませんよ」ぼそっ
店長なんだか上手く誤魔化せた感でおられますが結構酷い言い方されてませんか?
それにエレンさんも先ほどから小さな声でおっしゃってますが、まる聞こえですから。
「おいおいライナス、こんな女ほっとけ。おまえら店長呼んでこい! この店の定員は客に無礼を働いたんだ、タダで済むと思うな!」
「誰よあなた、存在が薄くて気づかなかったわよ」
今まで黙っていたもう一人の男性が、『オラオラ』的に意気がって間に割り込まれましたが店長の塩対応。存在が薄くて気づかなかったって……ウププッ。もうダメです。笑いが……お客様ももう限界超えちゃったみたい、あちらこちらで笑い声が聞こえてきちゃってます。
「お、お前なぁ!」
「とりあえず私が店長よ、街人Aは黙っててもらえるかしら」
「き、き、キサマぁ!」
店長の冷たい対応と、周りから笑い者にされている事に対し顔を真っ赤にさせ、街人Aさん(店長命名)が店長に殴りかかろうとした時。
「これって正当防衛よね」
そう言いながら平然と立っておられる店長の目の前に、突然どこからかあわれた氷の壁が、街人Aさんの拳をまともに捉えた。
いきなりの出来事に素手で氷の壁を殴ってしまわれた街人Aさん。とても痛かったのかその場で蹲 ってしまわれました。手から血がでてますよ。
「俺らの主人に手ぇ出すとはいい度胸じゃねぇか!」
「いい度胸じゃねぇか!」
店長の隣に現れた小さな妖精のような子たち。店長の契約精霊さんだそうで、先ほどの氷の壁もこの子達がやったんでしょう。
この店に来て初めて精霊さんに出会いましたが皆さん店長と仲が良いですからね。
「とりあえずあなた邪魔。風束、氷閉」
店長が邪魔くさそうに何かを口ずさまれると、街人Aさんの周りに風の筋ような拘束と、口元に氷の絡まりが張り付いて喋れなくされました。
「それで話を戻すけどラナイス」
「ライナスだ!」
「…………コホン、話をもどすけどライナス」
あ、今さり気なく無かった事にましたね。
「あなたは私の店のスタッフに無礼を働いたんだから、覚悟はできてるんでしょうね」
「はぁあん? 俺はおまえと違って貴族だぞ! 何言ってんのか分かってるのか?」
「あなたね、貴族の意味を知ってる? 貴族とはね高位の者がそうでない者への奉仕や慈善事業を行い領民を導くために存在しているの。ただ身分が高いからといって無意味に威張っていいわけじゃなのよ? あなた一体今まで何を学んできたの?」
正直店長の言っている意味が全て分かった訳ではなかったけど、私は今まで貴族という言葉の意味を勘違いしていた。
ただ貴族というだけで何をされても仕方がないんだと思っていた、恐らく私の考えは庶民の中では共通の認識だろう。だけど店長は全てを否定した、貴族は民の為にいるのだと。
「な、何偉そうな事言ってんだ! おなえなんかただの泥棒のくせに!」
「私が? 何を取ったっていうのよ?」
「そ、そいつらと勝手に契約しただろうが!」
「あぁ、そう言えばスイとエンのどちらかが貴方と契約するはずだったわね。 どうする? どっちかこのバカと契約したい?」
「却下だな」
「だな」
「って言ってるわよ。あなたも知ってるでしょ? お互いの了承がなければ契約できないって、それにこの二人はロベリアにちゃんと断りを入れたわよ? 本人に確認してみなさい、青いフリフリって言えば思い出すはずよ」
店長の言う青いフリフリの意味は分からなかったけれど、どちらに正当性があるのかはここにいる全員が分かっているはず。
「それじゃ納得した処で取り敢えず、自ら貴族を名乗るならリリアナに謝ってから潔くこの場で腹を切りなさい」
ブフッ、店長腹を切ったら死んじゃいますよ!
「お嬢様、腹を切るのは」
エレンさん、ナイスフォローです!
「店内を血で汚してしまうので出来れば他で」
分かってなかったぁーー!!
「……確かにそうね、じゃ人目のつかないところで一人で腹を切りなさい。それで許してあげるわ」
「お、おまえなぁ!」
あ、怒った。
「紫焔」
流石に街人B、じゃなかったライナスさんも頭にきたのか店長に掴みかかろうとした時、店長の右手に紫色の炎が現れた。
「この紫色の焔は対象者しか燃やさないから安心していいわよ」
いやいや、対象者も燃やしちゃダメでしょ。
でもライナスさんには効果があったみたい。先ほどの街人Aさんの事もあり店長の右手の炎にかなり怯えておられます。
「ふ、ふざけんなよ。そんなもんでビビると思ってんのか」
言葉は立派ですが完全に腰が引けてますよ。
「私は至って真面目よ。女の子に不埒な真似をするような輩に容赦はしないわ、気付いてないかもしれないけど、店内にいる女性は全員あなた達の事を軽蔑しているのがわからない?」
店長が言っている事は恐らく正解だろう。店内にいる男性はこの二人組の他に一人だけで他は全員女性だ。おまけに全席埋まっているのでそれなりの大人数がこのやり取りを見守っている。
笑は確かにあるけどそれは店長が相手をバカにしているだけであって、女性に手をだす男性なんて共通の敵である事には違いない。ましてや貴族の地位を理由に喚くバカには特にだ。
「勝手に決め付けるな! お前が勝手に言ってるだけだろ! そんな事誰が思ってるって言うんだ俺は貴族だぞ! 俺に逆らえばどうなる分かってるんだろな。……あぁそうか、婚約を破棄されて男に飢えてるんだろう。な、なんだったら俺が相手をしてやるぜ」
…………終わった。
恐らくこの店内にいる全員がそう思ったに違いない。
それほどこの男は女性に対して言ってはいけない言葉を言ってしまった。
「それは聞き捨てならないわね」
これから起こるであろう制裁な現状を誰もが想像していたと思う。そんな時一人の女性、いや少女が口を挟んできた。
「この場にいる女性は先ほど店長が仰られた言葉の通り、誰もが同じ気持ちよ。あなた達のように女性を物のようにしか考えていない輩に、味方がいるとは思わない事ね」
少女の言葉にいつしか店内の女性が全員頷き、中には睨みすらしている人もいる。
「それに婚約を破棄されたですって? 婚約すらしていないのにどうやって破棄が出来るんですか?」
「あぁん? 部外者が立ち入んな! こいつは自分が好きだった男と婚約して、たった数日で破棄されてんだ。何も知らねぇガキがすっこんどけ!」
「何も知らないのはお前の方だ、一度も会った事がない相手をどうやって好きになれるんだ?」
「お、お兄様!?」
少女の前に立ちふさがったのは先ほどまで一緒のテーブルにおられた男性の方。
お兄様とおっしゃっているところを見れば恐らくご兄妹なのだろう。
「婚約の話にしてもそっちが勝手に決めて進めていただけだろう? ハルジオン家は婚約の話を含め一切認めてないし、当然破棄の話も持ち出していない」
先ほどから店長の婚約がどうの話はよくわかりませんが、男性の方がおっしゃっている意味はわかります。
早い話がライナスさん側が勝手に言いふらしているだけで、ただの誤解という事。
これでますます形成が不利になったご様子です。
「な、なんなんだよお前は!」
「俺か? 俺はジーク・ハルジオン、ハルジオン公爵家の嫡子だ」
花言葉は『この恋に気づいて』
私はこの言葉が嫌いだ、まるで『この私に気づいて』と言われているようで……。
私は小さな頃から他人の顔色を伺って自分の行動を考える癖がある。
いい意味で言えば他人に気遣いができる、逆に悪い意味で言えば人の顔色を見なければ何もできない臆病者。
このローズマリーで働けるようになっても私のこの癖は直らなかった。
でも店長はそんな私を必要としてくれた、接客業には必要なスキルなのだと。
こんな私でも役に立てる事があるのだと。
「いらっしゃ……いませ。ローズマリーへようこそ」
それは二人組の男性が入ってきた事でスタッフの雰囲気が変わった。
初めに様子がおかしくなったのはエレンさん。
入ってきた二人組の男性の顔をみるなり、動揺で言葉を詰まらせた事から恐らく知っている人物なんだろう、しかも悪い意味で。
すぐ様何事もなかった様に対応したところは、流石店長が選ばれたホールスタッフのチーフだけのことはある。
話ではこの店のオープン当時から働いておられ、店長からの信頼も厚い。
私はエレンさんの顔色の変化に気づき、すぐ様代わり二人の男性を席に案内する。出来るだけ奥の目立たない場所へと。
お水を出しカウンターに戻ると、エレンさんに引き続きグレイさんの顔色も変わっていた。
他の人には恐らく分からないぐらいのほんの僅かな変化、普段から他人の顔色を見ている私にはこの僅かな変化が感じられる。
そして明らかに動揺? いや怒りへの変化が見られるのがエスニアさん。
三人とも明らかにあの二人組の男性の事を知ってる、しかも全員悪い意味でだ。
しばらくして注文内容が決まったのか、スタッフを呼ぶベルが鳴らされた。
「私が伺いますね」
ここは私が率先してこのお客の接客をしよう。そう思い注文を聞きに行ったり、商品を持って行ったりと二人組のまわりのお客様にも積極的に対応した。
そんな時、近くのテーブルを片付けているとスカートが何かに触れた感じがした。
最初はテーブルか椅子かに触れてしまったのかと思い気にしていなかったが、次ぎの瞬間、今度は明らかに私のお尻に何かが触れた。
『痴漢』一瞬私の頭にこの二文字が浮かんだ。だけどここは店内。
まさかそんな事が起こるはずはないと思ったが、私の後ろの方で男性たちのくすみ笑が聞こえてきた。
その気味の悪い笑い声を聞いた瞬間、全身から嫌悪感と吐き気が込み上げてきた。でも、今ここで声を上げるわけにはいかない。店内には他のお客様もいるし触られたという証拠はないのだ。
店長は素敵な女性だと思う。とても同じ歳とは思えないほどしっかりしているし、私たちスタッフの事も大事にしてくれている。そんな人に迷惑は掛けられない。
私はぐっと我慢し素早くテーブルを片付け、この場を逃げ出した。
だけど再び注文の呼びベルが鳴り、仕方なく二人組の男性のもとへと伺う。
明らかに私の事を遊んでいる、ヘラヘラを笑いながら注文する振りをして。
「この店にコーヒーはねぇのかよ」
「話に聞いていたが全くたいした事ねぇじゃねぇか」
この店には現在紅茶とハーブティーしかない。
店長が言うにはコーヒーは今ものすごく高騰しているので、出せたとして料金がケーキ5個分にもなってしまうんだそうだ。
そんな価格の商品を出せるわけもなく、現在この店では取り扱っていないとの事。
そんな事も知る由もない二人組は、店内のお客さんに聞かせるよう大声で叫んでいる。もしコーヒーが好きならば、高騰している事ぐらい分かりそうなものなのに。
私は丁重に謝り別の商品をと案内するも、納得ができないようで何度も頭を下げさせられた。
謝り続けて何回頭を下げただろう、突然私の視覚をついて再び私のお尻を触ってきた。
先程までと違い強引な鷲掴みで。
気持ち悪さと、悔しさと、惨めさと。
ぐるぐると私の感情が混ざり合い、我慢していた涙がついに溢れ出した。
「いい加減石なさい! 貴族だかなんだか知らないけれど何でも自分のいいなりになると思わないで!」
突然背後から私を救い出してくれたのはエスニアさん。
えっ、エスニアさん、今なんて言った? 貴族様?
言われてみれば整った顔立ちに清潔な服装、顔色ばかり見ていた私はそこまで気が回らなかった。
それじゃスタッフの皆んなは、この人が貴族だと分かっていたから対応を渋っていたの?
「何だテメェ俺らが何したって言うんだ。この店は客に対して難癖付けようって言うのかよ!」
「なんの騒ぎなの?」
「それがその……、あ、お待ちくださいお嬢様」
恐らく調理場まで怒鳴り声が届いたのだろう、店長がエレンさんを押しのけてこちらにやって来られた。
「エスニア、何があったの?」
二人組の男性に対して涙を流している私と、庇うようにに立ち塞がっているエスニアさんの姿を見て、いつも優しそうな店長の雰囲気が変わっていた。
『ダメです店長、この男性は貴族様です。下手に手を出したら店長はおろかこの店まで何をされるかわかりません』
声に出して止めようとしたけど恐怖のあまり声が出ない。
「このお客がリリアナのお尻を触ったんです」
「……それは本当なの?」
店長の顔が今まで見た事もない程怒っているのがわかる。
私は答える事も頷く事もできず、ただ怯え涙が溢れるばかりだった。
「あぁん、なんだ、どっかで見た顔だと思ったら婚約破棄された挙句、親父に屋敷を追い出された女じゃねぇか。俺様を忘れた訳じゃねぇよな」
えっ!? 店長の知り合い? それに婚約破棄とか追い出されたとかどういう意味?
「誰よあなた」
えぇぇ!? いかにも『俺の事覚えてるよな!』的な事を言われておいて、即答で『誰よあなた』って!
あれだけ啖呵を切っておいて店長に忘れられてるって。
店長美人だからなぁ、今まで沢山の男性をフッて来られたうちの一人なんだろうか。周りのテーブルから笑い声が聞こえてくるのを見ると、私の予想も満更ハズレではないのかもしれない。
「お、お前俺を忘れた訳じゃねぇだろう!」
「………………どこかで会ったかしら?」
自分を必死でアピールしている男性がもはや滑稽にすら見えてくる。
一方考えた挙句やはり思い出せない様子の店長。
二人のやりとりの温度差を見ていたら、私の気持ちも徐々に落ち着いてきた。
「お、お嬢様……」
ついに見るに見かねたエレンさんが店長に耳打ちをされる。
ぽんっ。
「あぁ、あのバカ姉の双子の弟。すっかり忘れてたわね存在自体」
ブフッ。
何だか分かりませんがどうやら思い出されたようです。それにしても存在自体忘れてたって……笑っちゃいけませんが、ちょっと相手が可哀想になるぐらいの言い方です。
「忘れてただぁ!」
「仕方がないじゃない、会ったことないでしょ?」
「いえ、お嬢様。何度も会ってらっしゃいますよ」ぼそっ
「………………」
ここでもすかさずエレンさんのフォローが入ります。
それより店長がバカ姉とか言ってましたがそこは突っ込まれないんですね。
ようやく思い出してもらったのもつかの間、店長の更なぬ追い討ちに、必死で皆さん頑張って笑い声を堪えておられるようですがそろそろ限界のご様子。所々から笑い声が聞こえてきます。
「ま、まぁ、いいじゃない細かいことは。もともと私の眼中に入って無かったんだから会ってないのと一緒よ」
「お嬢様、それフォローになってませんよ」ぼそっ
店長なんだか上手く誤魔化せた感でおられますが結構酷い言い方されてませんか?
それにエレンさんも先ほどから小さな声でおっしゃってますが、まる聞こえですから。
「おいおいライナス、こんな女ほっとけ。おまえら店長呼んでこい! この店の定員は客に無礼を働いたんだ、タダで済むと思うな!」
「誰よあなた、存在が薄くて気づかなかったわよ」
今まで黙っていたもう一人の男性が、『オラオラ』的に意気がって間に割り込まれましたが店長の塩対応。存在が薄くて気づかなかったって……ウププッ。もうダメです。笑いが……お客様ももう限界超えちゃったみたい、あちらこちらで笑い声が聞こえてきちゃってます。
「お、お前なぁ!」
「とりあえず私が店長よ、街人Aは黙っててもらえるかしら」
「き、き、キサマぁ!」
店長の冷たい対応と、周りから笑い者にされている事に対し顔を真っ赤にさせ、街人Aさん(店長命名)が店長に殴りかかろうとした時。
「これって正当防衛よね」
そう言いながら平然と立っておられる店長の目の前に、突然どこからかあわれた氷の壁が、街人Aさんの拳をまともに捉えた。
いきなりの出来事に素手で氷の壁を殴ってしまわれた街人Aさん。とても痛かったのかその場で蹲 ってしまわれました。手から血がでてますよ。
「俺らの主人に手ぇ出すとはいい度胸じゃねぇか!」
「いい度胸じゃねぇか!」
店長の隣に現れた小さな妖精のような子たち。店長の契約精霊さんだそうで、先ほどの氷の壁もこの子達がやったんでしょう。
この店に来て初めて精霊さんに出会いましたが皆さん店長と仲が良いですからね。
「とりあえずあなた邪魔。風束、氷閉」
店長が邪魔くさそうに何かを口ずさまれると、街人Aさんの周りに風の筋ような拘束と、口元に氷の絡まりが張り付いて喋れなくされました。
「それで話を戻すけどラナイス」
「ライナスだ!」
「…………コホン、話をもどすけどライナス」
あ、今さり気なく無かった事にましたね。
「あなたは私の店のスタッフに無礼を働いたんだから、覚悟はできてるんでしょうね」
「はぁあん? 俺はおまえと違って貴族だぞ! 何言ってんのか分かってるのか?」
「あなたね、貴族の意味を知ってる? 貴族とはね高位の者がそうでない者への奉仕や慈善事業を行い領民を導くために存在しているの。ただ身分が高いからといって無意味に威張っていいわけじゃなのよ? あなた一体今まで何を学んできたの?」
正直店長の言っている意味が全て分かった訳ではなかったけど、私は今まで貴族という言葉の意味を勘違いしていた。
ただ貴族というだけで何をされても仕方がないんだと思っていた、恐らく私の考えは庶民の中では共通の認識だろう。だけど店長は全てを否定した、貴族は民の為にいるのだと。
「な、何偉そうな事言ってんだ! おなえなんかただの泥棒のくせに!」
「私が? 何を取ったっていうのよ?」
「そ、そいつらと勝手に契約しただろうが!」
「あぁ、そう言えばスイとエンのどちらかが貴方と契約するはずだったわね。 どうする? どっちかこのバカと契約したい?」
「却下だな」
「だな」
「って言ってるわよ。あなたも知ってるでしょ? お互いの了承がなければ契約できないって、それにこの二人はロベリアにちゃんと断りを入れたわよ? 本人に確認してみなさい、青いフリフリって言えば思い出すはずよ」
店長の言う青いフリフリの意味は分からなかったけれど、どちらに正当性があるのかはここにいる全員が分かっているはず。
「それじゃ納得した処で取り敢えず、自ら貴族を名乗るならリリアナに謝ってから潔くこの場で腹を切りなさい」
ブフッ、店長腹を切ったら死んじゃいますよ!
「お嬢様、腹を切るのは」
エレンさん、ナイスフォローです!
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分かってなかったぁーー!!
「……確かにそうね、じゃ人目のつかないところで一人で腹を切りなさい。それで許してあげるわ」
「お、おまえなぁ!」
あ、怒った。
「紫焔」
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言葉は立派ですが完全に腰が引けてますよ。
「私は至って真面目よ。女の子に不埒な真似をするような輩に容赦はしないわ、気付いてないかもしれないけど、店内にいる女性は全員あなた達の事を軽蔑しているのがわからない?」
店長が言っている事は恐らく正解だろう。店内にいる男性はこの二人組の他に一人だけで他は全員女性だ。おまけに全席埋まっているのでそれなりの大人数がこのやり取りを見守っている。
笑は確かにあるけどそれは店長が相手をバカにしているだけであって、女性に手をだす男性なんて共通の敵である事には違いない。ましてや貴族の地位を理由に喚くバカには特にだ。
「勝手に決め付けるな! お前が勝手に言ってるだけだろ! そんな事誰が思ってるって言うんだ俺は貴族だぞ! 俺に逆らえばどうなる分かってるんだろな。……あぁそうか、婚約を破棄されて男に飢えてるんだろう。な、なんだったら俺が相手をしてやるぜ」
…………終わった。
恐らくこの店内にいる全員がそう思ったに違いない。
それほどこの男は女性に対して言ってはいけない言葉を言ってしまった。
「それは聞き捨てならないわね」
これから起こるであろう制裁な現状を誰もが想像していたと思う。そんな時一人の女性、いや少女が口を挟んできた。
「この場にいる女性は先ほど店長が仰られた言葉の通り、誰もが同じ気持ちよ。あなた達のように女性を物のようにしか考えていない輩に、味方がいるとは思わない事ね」
少女の言葉にいつしか店内の女性が全員頷き、中には睨みすらしている人もいる。
「それに婚約を破棄されたですって? 婚約すらしていないのにどうやって破棄が出来るんですか?」
「あぁん? 部外者が立ち入んな! こいつは自分が好きだった男と婚約して、たった数日で破棄されてんだ。何も知らねぇガキがすっこんどけ!」
「何も知らないのはお前の方だ、一度も会った事がない相手をどうやって好きになれるんだ?」
「お、お兄様!?」
少女の前に立ちふさがったのは先ほどまで一緒のテーブルにおられた男性の方。
お兄様とおっしゃっているところを見れば恐らくご兄妹なのだろう。
「婚約の話にしてもそっちが勝手に決めて進めていただけだろう? ハルジオン家は婚約の話を含め一切認めてないし、当然破棄の話も持ち出していない」
先ほどから店長の婚約がどうの話はよくわかりませんが、男性の方がおっしゃっている意味はわかります。
早い話がライナスさん側が勝手に言いふらしているだけで、ただの誤解という事。
これでますます形成が不利になったご様子です。
「な、なんなんだよお前は!」
「俺か? 俺はジーク・ハルジオン、ハルジオン公爵家の嫡子だ」
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