上 下
8 / 8

8

しおりを挟む
朝はすぐ来た。
アニューがコーヒーを3つのカップに入れてカウンターに並べ、1つに生クリームをたっぷりと盛った。

「今日は真っ白だな。」
「俺がコウちゃんのために用意した。最高だろこの景色。」
「ああ・・・キラキラしている・・・」

三人がコーヒーを飲みながら二本目の煙草に火をつけたころ扉が3センチほど開いた。
「おはよう、コウちゃん。」
アニューはその扉を大きく開いて出迎えた。
「おはようございます。お荷物です。」
長生が荷物を手に店に入って来た。
「すいません。事故で道が混んでいて、少し指定の時間に遅れてしましました。」
「構わないよ。コーヒー飲んでいくだろ。」
「はい・・・」
なぜか今日はやけに素直にカウンターに座った。

「おまえさー、もっと早くそうやってここに座ればこんなことにならなかったのに・・・」
ミッチェは長生がかぶっていた運送会社の帽子を取ってテーブルの上に置いた。

「青年、君は煙草は吸わんのかね。一本どうじゃ、この煙草はアニューのだがね。
あ、そうそう、煙草は体に悪いぞ、今日でやめたほうがいい。」
「僕、煙草は吸いません。」
「はい、コーヒー。じゃあ、ゆっくり話そうか。」
「いえ、このコーヒーをいただいたら一度会社に戻ります。お礼を言ってこないと・・・伝票の整理もありますから。」
「そう、じゃあ、行ってこいよ。けど、また戻ってくるだろ。」
「はい・・・制服を返して、全部終わったらここへ来ます。」
「おう!待ってるぜ。行ってこい!」
長生は一口だけコーヒーを飲むと
「まずいですね。このコーヒー。」

と、言い残して店を出て行った。

「そうだろ。俺もそう思う。」
アニューはその後ろ姿に手を振った。

「あそこまですることなかったんじゃない?」
「うるせえ。あいつがごねるからこうなったんだ。契約は済ませたはずだ。」

アニューは新しい煙草をカウンターの上に置き、それをミッチェもフィッシュも1本ずつ取った。

「悪魔と握手なんてするもんじゃないね。彼もあれが契約だったなんて、思ってもみないだろうに。」

「今時珍しい、素直でいい人間だ。実に惜しい。
わしはあの青年の人間としての頑張りを、後3週間は見て見たかった気もするが・・・」

フィッシュは煙草に火をつけ、ながーく煙を吐いた。

「仕方ねえだろ、あの扉を開けたんだ。」
「仕事なんだから仕方ないだろ。」
「俺だってそうだ。俺は、俺の仕事をしたまでだ。
俺は悪くない!
コウちゃんには、明日から“コーヒーへびいちご 8号店”の店長として立派に働いてもらう。二人とも心配するな!」
「24時間営業で休みなしのブラック企業。」
「その代わり、寝なくても、食べなくても働ける悪魔の体をプレゼントで福利厚生はばっちりだ。」
「どうかな・・・やっと正社員になれて喜んで働いていたのに。」
ミッチェも煙草に火をつけてながーく煙を吐いた。

「うるせぇなあ。もうああなっちまったんだから戻せねえよ。おまえらいい人ぶるなよ!
早くノルマをこなせ。全国展開するんだろ。
ミッチェもフィッシュもまだ1店舗しか持ってねえじゃねえか。」

「俺達の仕事は技術がいるからね・・・しかも、人間は死神にはなれない。」

「わしの仕事もそうじゃ。わし自信も20年修業した。まあ、わしの場合は休み休みだったからな・・・それに、気ままな生活に慣れたら、弟子を育てるのが面倒になった。」

「今更なに言い出すんだ。床屋と仕立て屋はそんなに大変なのかよ。
第一、フィッシュは店の終わりは種族の終わりだということ解ってんのかよ。」

「仕立ての仕事自体も減っているしな・・・それでも構わないが・・・」

「諦めるな!もっと勝負しようぜ!」

アニューはフィッシュとミッチェの肩を組んだ。いつになく上機嫌だ。

「フィッシュも若い人間を捕まえて血をチュウチュウ吸えよ!もっともっと長生きしろよ!三人で床屋と仕立て屋とコーヒーでフランチャイズ展開して上場するって言ってたじゃないか!」
「あの日は酔っていたから・・・」
「俺は酔っていない。」
「お前は酒が飲めんのだろう・・・」


三人はカウンターに並んで煙草に火をつけ一斉に煙を吐いた。
アニュー以外は少しため息交じりで・・・
その煙は線のように細ーく長ーく一本の筋を作った。

「あの・・・」

その時、店のドアが15センチくらい開いた。
「おう!コウちゃん!これからよろしくな!仲良くやろうぜ!
まず、干しヘビイチゴの作り方から教えるからな。」

この日、長生晃司 24歳は、短い人間としての生活とさらに短い宅配業者正社員としての日々に終止符を打ち、新たに「コーヒーしょっぷヘビイチゴ」の店長に就任。
悪魔としての第一歩を踏み出した。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい

どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。 記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。 ◆登場人物 ・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。 ・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。 ・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。

望月何某の憂鬱(完結)

有住葉月
キャラ文芸
今連載中の夢は職業婦人のスピンオフです。望月が執筆と戦う姿を描く、大正ロマンのお話です。少し、個性派の小説家を遊ばせてみます。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

AIアイドル活動日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!  そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。

十年後、いつかの君に会いに行く

やしろ慧
キャラ文芸
「月島、学校辞めるってよ」  元野球部のエース、慎吾は同級生から聞かされた言葉に動揺する。 月島薫。いつも背筋の伸びた、大人びたバレリーナを目指す少女は慎吾の憧れで目標だった。夢に向かってひたむきで、夢を掴めそうな、すごいやつ。  月島が目の前からいなくなったら、俺は何を目指したらいいんだろうか。

隣人は甘く囁く~透明な魂と祈りのうた~

奏 みくみ
キャラ文芸
《お隣さんは謎の美麗紳士。彼が引っ越して来たその日から、私は彼岸と此岸の境目、見知らぬ世界へと誘われていく……》 奥村花音は、ごくごく普通の女子大生。学校とバイト先と家を行き来するだけの、平凡で代わり映えのない日々を過ごしている苦学生だ。 そんな花音の隣に美しい男――結城が引っ越してきた。初対面なのにやたらと距離が近く、あやしい色気を放つ結城。花音は訳が分からず彼の態度に困惑。徐々にペースを乱され、結城に振り回され始める。 ――ある日、花音が乗るはずだったバスが多数の犠牲者を出す事故を起こした。偶然から難を逃れたとはいえ、花音の気持ちは複雑に揺れる。 しかしそれは、些細なきっかけに過ぎなかった――。 偶然と必然が交差する毎日。不思議な人々との出会い。それまで平穏だった花音の人生は、静かに、少しづつ崩れ始める。

処理中です...