上 下
4 / 8

4

しおりを挟む
そして夜通しミンチは捏ねられ、朝には濃厚トマトジュースのスープが入った小籠包が小さな蒸篭に入ってミッチェとフィッシュの前に出された。

フィッシュはポケットから徐に鏡を取り出し自分の前に置くと、それを見ながらぱくりと食いつき、あんぐりと口を開くと、「そうじゃ・・・これこれ・・・」とヘラヘラ笑いながら食べた。

ミッチェはそんなフィッシュの様を眺めていたら少し吐き気がして、
「俺は昨日の野菜サンドでいいよ。これはフィッシュに進呈するよ。」
と蒸篭をフィッシュのテーブルに置いた。

「野菜サンドは干からびてカピカピになってるぞ。」

「でもそれでいいよ。あと、コーヒーのお代わりを頼むよ。生クリームはなしにしてくれ。」
そう言ってカップをアニューの前に出した。

「そういえば、昨日、彼は結局来なかったね。」
不用意なミッチェの言葉で、コーヒーには、大量の生クリームが投入された。
アニューは決して入れ間違えたわけではなく、ワザと入れた。

「チッ」
ミッチェの舌打ちでさらに生クリームが増量された。

「心配するな。今日も必ず来る。」
アニューは細い指先で煙草ケースから1本煙草を取り出し、窓の外を見ながら静かに微笑み、咥えた煙草に火をつけた。

「又何か買ったの?」

ミッチェもアニューのたばこケースに手を伸ばしたが、アニューはそっと煙草ケースを引き出しに仕舞った。

ミッチェはもう一度「チッ」と舌打ちをした。
アニューは煙草をゆっくり吸ってミッチェに向かって煙を吐き
「俺に会いたいから来るんだよ。」
と言った。

「ミッチェは俺が負けたところを見たいの?」
「そんな風には思ってないよ。アニューは男前だもの、必ず落ちるよ。」
アニューは引出しから煙草ケースをミッチェの前にすっと出した。

ミッチェはそこから素早く1本取り出し、煙草ケースをフィッシュに投げた。
フィッシュもそれを受け取り、1本取り出して加えると内ポケットからマッチを取り出し火をつけた。

「アニューの勝負は早いから好きじゃ。今回も1週間ってところかの・・・」
「5日・・・いや、3日で終わらせたいな。」
「アニューは強引だからな。」

「おいしいものは早めに食べる主義なんだ。バナナだって、ちょっと青いくらいが好きなんだよ。」
「そう。俺は熟しきったほうが好きだな。
芳醇な香りのする、指先で触っただけで果肉が砕け落ちるほど熟した果実のほうがジューシーで甘い。」

「確かに甘いが、熟しきっていない青い果実のほうが歯ごたえがあっていい。あの独特な青臭い香りと苦みがたまらないよ。」
「けど、熟した果実は上を向いて立っているだけであっちから落っこちてくるぜ。」
「それでは面白くないだろ。木に登って、揺すって、自分の手でもぎ取ってこそのあの味だ。」
「アニューはさすがだな。さすがのバイタリティ溢れた言葉じゃ。
だが、わしは果物は苦手じゃ。食べると、喉のあたりがカヒカヒする。
わしはやっぱり血の滴れ落ちるような肉が好きじゃ。あ、でも、最近、熟成肉のうまさも知ってしまって・・・やっぱり肉は最高だ。レアがいいな。デミグラスソースはワインたっぷりで。少し酸味が聞いたソースのほうがわしは好きじゃ。」

三人は煙草をスッと吸うと、同時に煙を吐いた。その煙が雲のようにゆっくりと店内に広がったころ、ドアが10センチほど開いた。

「おはようございます。」

「あ、コウちゃん!」

長生が来た。当然だが、荷物を持って来た。それ以外の用事は長生にはない。
だが、アニューにはある。

「一晩中、待ってたのに・・・どうして来なかったんだ。」
「いや・・・僕も寝てないんすよ・・・配り終わらなくて・・・・」
「そうだったんだ。大変だったね。」
「新人なんで、頑張らないとっす!」
「そうなんだ。偉いね。」

ミッチェは“ぷっ”と吹き出し、アニューに背を向け、必死で笑いを堪えた。
今日の長生は、荷物のおもっきし端っこを指先だけで支えて荷物を差し出した。
その様子を見て、さらにミッチェはまた噴き出した。
アニューは手ではなく、腕を“がしっ”と握った。

「ありがと。疲れただろ。コーヒー飲んでいきなよ。あったかいの。パンも焼きたてがあるぞ。食っていきなよ。」
「さっきコンビニで缶コーヒーと菓子パン買ったんで、朝飯はそれで済ませます。」
「そんなこと言うなよ。うちのコーヒーはすっごく旨いんだ。干し蛇イチゴとコーヒー豆をブレンドしたここでしか飲めない特別なコーヒーなんだ。」
「ほんと!すっごくおいしそうだけど、今度にします。だって、僕、新人だし、早く仕事に戻らないと・・・だからサインを・・・」
「サインはわしがしよう。わしはナポレオンと一緒にエジプトに行ってな、その時ミイラを見つけて・・・なんていう名前のミイラだったか忘れてしまったが・・・」

フィッシュは伝票にサラサラとサインをすると、荷物が長生の手から落っこちそうになり、
咄嗟にミッチェが「あ!」と出した大声に反応して、アニューが長生の腕から手を離し、荷物をナイスキャッチしたところで、ささっと伝票を受け取って長生は店から脱出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい

どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。 記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。 ◆登場人物 ・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。 ・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。 ・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。

望月何某の憂鬱(完結)

有住葉月
キャラ文芸
今連載中の夢は職業婦人のスピンオフです。望月が執筆と戦う姿を描く、大正ロマンのお話です。少し、個性派の小説家を遊ばせてみます。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

AIアイドル活動日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!  そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。

十年後、いつかの君に会いに行く

やしろ慧
キャラ文芸
「月島、学校辞めるってよ」  元野球部のエース、慎吾は同級生から聞かされた言葉に動揺する。 月島薫。いつも背筋の伸びた、大人びたバレリーナを目指す少女は慎吾の憧れで目標だった。夢に向かってひたむきで、夢を掴めそうな、すごいやつ。  月島が目の前からいなくなったら、俺は何を目指したらいいんだろうか。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...