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真剣に事件に取り組む

希望

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結局、その場所で朝を迎えたカツ子は、その足で吉野要の大学へと向かった。

そして、いつものベンチに座り吉野を待った。

いつも通りのごくごく普通の目立たない態に耳にはイヤフォン、ポケットに手を入れ、少し俯き加減で歩いてきた。

「あの・・・先日は・・・」

カツ子が声をかけたのを気づいている風だったが、足を止めることもなく、通り過ぎようとした。


「あの・・・」

カツ子は吉野の腕をつかんで止めた。吉野はイヤフォンの片方を外してカツ子を見た。

「あ、なんでしょうか。」
「先日は・・・ありがとうございました。救急車を呼んでくれたんですよね。」
「あ、あの時の・・・違いますよ。僕じゃないです。じゃあ・・・」

吉野は一瞬だけ微笑むと、カツ子の手を振り切って歩き出した。

「あの・・・」
カツ子は過ぎ去ろうとする吉野の腕をつかんだ。

「なんですか。」
「西門真理音ちゃん。知っていますよね。」

「いえ、知りません。」

「華百合大附属病院、小児科に実習に行っていたでしょ。その時あなたは西門真理音と会ってる。図書館で。」

「おばさん・・・誰?」

「ごめんなさい。私、大柴カツ子と言います。西門さんが通っている華百合高等学校のカウンセラーしています。あなたに少し聞きたいことがあって・・・」

「何をですか?西門さんの事ですか。確かに僕は西門さんと会っています。そしてあそこにいる間何度か会いました。けどもう会っていません。連絡も取れなくなったし・・・僕に何も言わずに退院しちゃうし・・・僕に聞かれてもほぼ何も知りませんよ。
じゃあ、僕、急いでいるんで。」

吉野は落ち着いた優しくわかりやすい口調で、終始にこやかに話した。カツ子には、その姿が少し異様にも感じた。

「じゃあ、私、これから彼女のところ行くからなにか伝言しようか。彼女、あなたに会いたがっているみたいで・・・」

「じゃあ・・・お大事に、と、お伝えください。」

頭を軽く下げ、身をかわし、何事もなかったかのように行き去った。
「はぁ?それだけ。」
吉野の背中に向かってカツ子はそう言うと、もう一度振り返り、相変わらずの微笑みで軽く会釈すると人ごみの中にその姿は消えた・・・・
だが、カツ子が軽く触れた西門の腕に真理音が抱かれている姿がはっきりと残っていた。

「嘘つき・・・」

雑踏の中にのまれてゆく背中を見送りつつ、その食わせ物の男をどうやって調べたらいいのか・・・久しぶりに本気で悩んでいた。



西門真理音のところへは行かなかった。どうしても男の本性を知りたくて、棚橋まどかのところへ聞きに行った。彼女の住所はどんなことをしてもわからず、八太郎に無理やり調べてもらった。

アパートは病院からバスで30分ほど離れた郊外の、粗末な2階建てのアパート。

彼女が何としても見つけてほしくなかった場所だ。そこが見える広場の端っこで彼女が出てくるのを20分ほど待った。そして、彼女が出てくると
「おはよう」
彼女の前に立ちはだかり、そう声をかけた。

棚橋まどかは何も言わず、カツ子の隣を少し早足で通り過ぎようとした。

「ねえ、待って。少しだけ話させてよ。」

「私、何も話すことない。」
「西門さん。退院したよ。」
「知ってる。」
「これから行くけど・・・一緒に行かない?」

「行かない。」
「じゃあ、伝言は?何かあれば伝えるよ。そうすれば西門さんもとても喜ぶと思うんだ。」
「ない!」

「冷たいな・・・友達でしょ。」

「友達?友達なんかじゃない!見たでしょ。あのボロアパート。あそこが私の家よ。あそこで男にだらしない母親と一緒に暮らしてるのよ。学費だって借金、バス代浮かすために歩いて病院までいってるの。あの子とは住む世界が違うの。」

「住む世界は一緒だよ。ただ・・・ないものが違うだけ。あなたにはお金がない・・・あの子には心がない。」

「じゃあ、私にお金を頂戴よ。心なんて幾らでもやるわ。だからお金を頂戴。
あの子の着ていたカーディガン、いくらするか知ってんの?3万よ!たかが高校生のカーディガン1枚が3万。わたしが3万稼ぐのにどれだけ頑張ってるか・・・」

カツ子は棚橋まどかの肩にそっと手を振れた。

まどかは母親とこの部屋に住んでいると言いながらも、幼いころから、ほぼここに放置されている状態で育った。孤独と空腹と恐怖におびえながら、都会の片隅でひっそりと生きていた。

今でさえ、たまに帰ってくる母親に金をせびられ、苦しい生活を送っている。

彼女を支えるものはお金しかない。友人と呼べるものもいない。

彼女は看護師として周囲に優しく接しているが、相手のことは常にお金としか見ていない。見返りのないものには優しさも、微笑みもくれてなんてやらない。それが彼女の本心だった。

その中で、彼女が唯一と言っていいほど大切にしているもの・・・それは吉野要だと言うことも分かった。

「大変だったね・・・」
カツ子は思わずほろりと言葉をかけると
「知った風なこと言わないで。」

そう言うと棚橋まどかは小走りで去って行った。
「また、ご飯一緒に食べに行こ!病院へ迎えに行くから!」

その後ろ姿に声をかけたが、振り向くことはなかった。
カツ子も似たような境遇で育ったが、そのことを言って共感を得るようなそんな気は微塵もなかった。

そんな話をしても彼女は自分に心を開くことはないとわかっていた・・・・
彼女の背負ってきた苦しみを癒せるのは自分ではない事を一番理解していたからだ。
重い気持ちを引きずったまま、カツ子は店に戻った。

とりあえず着替えて・・・化粧を直そう・・・そうすれば又、何か新しい希望が生まれるかもしれない・・・

そう考えていた。
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