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忠誠、山南の愛し方
愛される資格
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学校のボロ車は、この間のことがあってから、カラカラと変な音がするようになっていた。
なるべくその音がしない速度で走ったが、山波はそれにイライラしているようで何度も腕時計を見た。それでも5時には充分、間に合った。
鶴屋が受付を済ませている間もずっと、山波は待合の隅から隅までを歩き回った。
「鶴屋さんー」
名前を呼ばれると手を上げて返事をし、即座に中へ入っていった。
「今日はどうされましたか?」
「とりあえずこいつの診察を・・・那珂先生、山内和人をご存知ですか?」
山波は鶴屋より先に那珂の前にある患者用の椅子に座って、いきなり切り出した。
「ええ・・・あなたは・・・」
「私は山内和人さんの弟、隼人が通っている大学の教師、山波と申します。
大至急、山内和人さんにお聞きしたいことがあって探しているのですが、先生が居場所をご存知と聞いてやってきました。」
「ええ・・・まあ、大学の同級生で何度か新薬の実験データーを彼からもらったりしています。」
「それだけですか?それはいつのことですか?」
あまりの勢いで、前のめりで聞いてくるので那珂は少しのけぞって
「実は・・・山内には口止めされているんですけど・・・今、山内の弟がここにいるんですよ。」
「隼人が・・・」
「ええ、すごくけがをしていて・・・
たぶん暴力を受けたような感じで、一応の手当てはしたんですけど・・・
警察に報告するべきか悩んでいたところなんです。それと、もうひとり、明らかに様子のおかしい患者が一名。
何も手当はしなくていいと強く言われているのですが・・・」
「会わせていただけますか?」
「ええ・・・・」
那珂に案内されて、病室ではない奥の物置のようなところへ連れていかれた。
「ここです。私は中を見るなと言われていますから・・・すいません。ここで失礼します。」
那珂はできれば関わりたくないといった感じに見えたが、山波はここまで案内してもらえただけで十分だと思った。この扉の向こうに如月の手がかりがあるはずだ。
布団や備品が置かれた奥に、一台ベッドがあり、その脇のパイプ椅子に座っていたのは隼人だった。人相が変わるほど顔を酷く腫らし、頭にも包帯を巻き、かわいかった姿は見る影もなかった。
「隼人・・・何があった。」
「先生。どうしてここが分かったのですか?」
「俺を誰だと思っている。如月の助手だぞ。如月を探すためなら何でもする。」
「やっぱり先生はすごいね。僕はだめだ。誰も助けられなかった。」
「何があったのか言いなさい。この傷は山内和人にやられたんだろ。」
「先生はなんでも知っているんだね。でも、僕がまいた種だから、仕方がないんだ。」
「初めから全部言いなさい。隠さずに全部だ。それで一番いい解決方法を見つけよう。」
「先生・・・僕の兄の事、ご存知ですよね。如月教授に勝手に恋して、ご迷惑をおかけして・・・兄はまだ教授の事諦めていなかったんです。
僕にあの学校へ進学するように勧めたのは兄で、通うようになってすぐ、教授を何とか連れて来いって言われていました。けど、僕、そんなことしたくなくて・・・逃げ回っていました。
研究室のお手伝いをさせていただいたり、こんな僕にあずみ君の家庭教師をしないかって誘ってくれたり、みんなの仲間入りができたみたいで本当にうれしかった。でも・・・雅と如月教授がキスしているのを見てしまったんです。
それでカッとなって・・・あずみ君がどこかへつれて行ってくれって言うから、ついそのことを兄に言ってしまったんです。そしたら、あずみ君を・・・」
隼人は言葉を濁らせ、ベッドの上に目を移した。
ベッドにはあずみが手足を四隅に縛られ、虚ろな目で山波を見ていた。
山波は思わず駆け寄りあずみの頬に触れたが、ひきつったような笑いを浮かべるだけで言葉もうまく出ない様子だった。
「ごめんなさい・・・謝っても許されないことはわかっています。
僕、本当に取り返しのつかないことをしたと思っています。兄がどんな薬を使ったのかはわかりません。
ただ、中毒になるような薬を使ったことは確かで、夜になると暴れるんです。
だから・・・薬を使わなくてもいいようにするしかできなくて・・・どうしたらいいでしょうか・・・」
「鶴屋君、那珂先生を呼んできて。ちゃんとした病室に変えてもらおう。
隼人・・・あずみ君をちゃんとお医者さんに診てもらおう。そして、君もちゃんと診てもらって傷も心も治すんだ。そして谷中君のところへ行きなさい。」
「僕はもう、雅のところへは行きません。こんな恥ずかしい僕を見られたくはありません。
どんな顔をして会いに行けばいいでしょう。
雅の好きな人を苦しめ、その周囲の人も苦しめ、そんな僕を雅が許すわけもないです。
かといって、僕には警察に駆け込む勇気もありません。
先生、お願いです。雅には僕は留学したと言ってもらえませんか?
あずみ君がよくなったら僕はここからいなくなります。
そしてもう二度と如月教授の前にも雅の前にも現れません。」
「それでいいのか、君は谷中君のことを・・・」
「好きでした。大好きでした。初めて心から安らげる人と穏やかな時間を過ごせました。
今まで耐えて来て、神様が与えてくれた僕へのご褒美だと思いました。
如月教授と雅が抱き合っているところを見た時、またか・・・と思ってしまいました。
また、裏切られたと思いました。けど、試されたんです。本当の愛にふさわしい人間かどうか。
僕はその試験に落ちたんです。本当の愛にふさわしい人間ではなかったんです。
こんなひどいことを平気でするような人間には雅に愛される資格はないんです。」
隼人はあずみの顔を拭きながら涙を流していた。
小さな背中を震わせ、あずみの体をさする姿から言い知れぬ深い後悔がひしひしと伝わった。
「隼人君。私に君のお兄さんのいる場所を教えてもらえるね。私は如月を迎えに行く、そして君を縛る過去のしがらみも切ってくるよ。
安心して谷中君のところへ行きなさい。愛される資格も試験もないよ。
谷中君は君のことが好き、君は谷中君のことが好き。それでいいじゃないか。
それ以外、何もない。愛することも、愛されることも自由なんだよ。」
「ありがとう。先生。僕のことをこんなに気にかけてくれる人がいるなんて本当にうれしです。
これ、兄のところからもってきました。あずみ君をこんな風にした薬です。
如月教授を取り返すのに使ってください。本当にごめんなさい。先生、どうかご無事で。」
「ありがとう。君は絶対幸せになるんだよ。」
「はい・・・・」
山波が肩に優しく触れると、隼人はにっこりと笑った。
顔は腫れあがっていたが、そのにっこりと笑った顔は、やっぱりあの小さくて仔犬のようにかわいい隼人だった。
なるべくその音がしない速度で走ったが、山波はそれにイライラしているようで何度も腕時計を見た。それでも5時には充分、間に合った。
鶴屋が受付を済ませている間もずっと、山波は待合の隅から隅までを歩き回った。
「鶴屋さんー」
名前を呼ばれると手を上げて返事をし、即座に中へ入っていった。
「今日はどうされましたか?」
「とりあえずこいつの診察を・・・那珂先生、山内和人をご存知ですか?」
山波は鶴屋より先に那珂の前にある患者用の椅子に座って、いきなり切り出した。
「ええ・・・あなたは・・・」
「私は山内和人さんの弟、隼人が通っている大学の教師、山波と申します。
大至急、山内和人さんにお聞きしたいことがあって探しているのですが、先生が居場所をご存知と聞いてやってきました。」
「ええ・・・まあ、大学の同級生で何度か新薬の実験データーを彼からもらったりしています。」
「それだけですか?それはいつのことですか?」
あまりの勢いで、前のめりで聞いてくるので那珂は少しのけぞって
「実は・・・山内には口止めされているんですけど・・・今、山内の弟がここにいるんですよ。」
「隼人が・・・」
「ええ、すごくけがをしていて・・・
たぶん暴力を受けたような感じで、一応の手当てはしたんですけど・・・
警察に報告するべきか悩んでいたところなんです。それと、もうひとり、明らかに様子のおかしい患者が一名。
何も手当はしなくていいと強く言われているのですが・・・」
「会わせていただけますか?」
「ええ・・・・」
那珂に案内されて、病室ではない奥の物置のようなところへ連れていかれた。
「ここです。私は中を見るなと言われていますから・・・すいません。ここで失礼します。」
那珂はできれば関わりたくないといった感じに見えたが、山波はここまで案内してもらえただけで十分だと思った。この扉の向こうに如月の手がかりがあるはずだ。
布団や備品が置かれた奥に、一台ベッドがあり、その脇のパイプ椅子に座っていたのは隼人だった。人相が変わるほど顔を酷く腫らし、頭にも包帯を巻き、かわいかった姿は見る影もなかった。
「隼人・・・何があった。」
「先生。どうしてここが分かったのですか?」
「俺を誰だと思っている。如月の助手だぞ。如月を探すためなら何でもする。」
「やっぱり先生はすごいね。僕はだめだ。誰も助けられなかった。」
「何があったのか言いなさい。この傷は山内和人にやられたんだろ。」
「先生はなんでも知っているんだね。でも、僕がまいた種だから、仕方がないんだ。」
「初めから全部言いなさい。隠さずに全部だ。それで一番いい解決方法を見つけよう。」
「先生・・・僕の兄の事、ご存知ですよね。如月教授に勝手に恋して、ご迷惑をおかけして・・・兄はまだ教授の事諦めていなかったんです。
僕にあの学校へ進学するように勧めたのは兄で、通うようになってすぐ、教授を何とか連れて来いって言われていました。けど、僕、そんなことしたくなくて・・・逃げ回っていました。
研究室のお手伝いをさせていただいたり、こんな僕にあずみ君の家庭教師をしないかって誘ってくれたり、みんなの仲間入りができたみたいで本当にうれしかった。でも・・・雅と如月教授がキスしているのを見てしまったんです。
それでカッとなって・・・あずみ君がどこかへつれて行ってくれって言うから、ついそのことを兄に言ってしまったんです。そしたら、あずみ君を・・・」
隼人は言葉を濁らせ、ベッドの上に目を移した。
ベッドにはあずみが手足を四隅に縛られ、虚ろな目で山波を見ていた。
山波は思わず駆け寄りあずみの頬に触れたが、ひきつったような笑いを浮かべるだけで言葉もうまく出ない様子だった。
「ごめんなさい・・・謝っても許されないことはわかっています。
僕、本当に取り返しのつかないことをしたと思っています。兄がどんな薬を使ったのかはわかりません。
ただ、中毒になるような薬を使ったことは確かで、夜になると暴れるんです。
だから・・・薬を使わなくてもいいようにするしかできなくて・・・どうしたらいいでしょうか・・・」
「鶴屋君、那珂先生を呼んできて。ちゃんとした病室に変えてもらおう。
隼人・・・あずみ君をちゃんとお医者さんに診てもらおう。そして、君もちゃんと診てもらって傷も心も治すんだ。そして谷中君のところへ行きなさい。」
「僕はもう、雅のところへは行きません。こんな恥ずかしい僕を見られたくはありません。
どんな顔をして会いに行けばいいでしょう。
雅の好きな人を苦しめ、その周囲の人も苦しめ、そんな僕を雅が許すわけもないです。
かといって、僕には警察に駆け込む勇気もありません。
先生、お願いです。雅には僕は留学したと言ってもらえませんか?
あずみ君がよくなったら僕はここからいなくなります。
そしてもう二度と如月教授の前にも雅の前にも現れません。」
「それでいいのか、君は谷中君のことを・・・」
「好きでした。大好きでした。初めて心から安らげる人と穏やかな時間を過ごせました。
今まで耐えて来て、神様が与えてくれた僕へのご褒美だと思いました。
如月教授と雅が抱き合っているところを見た時、またか・・・と思ってしまいました。
また、裏切られたと思いました。けど、試されたんです。本当の愛にふさわしい人間かどうか。
僕はその試験に落ちたんです。本当の愛にふさわしい人間ではなかったんです。
こんなひどいことを平気でするような人間には雅に愛される資格はないんです。」
隼人はあずみの顔を拭きながら涙を流していた。
小さな背中を震わせ、あずみの体をさする姿から言い知れぬ深い後悔がひしひしと伝わった。
「隼人君。私に君のお兄さんのいる場所を教えてもらえるね。私は如月を迎えに行く、そして君を縛る過去のしがらみも切ってくるよ。
安心して谷中君のところへ行きなさい。愛される資格も試験もないよ。
谷中君は君のことが好き、君は谷中君のことが好き。それでいいじゃないか。
それ以外、何もない。愛することも、愛されることも自由なんだよ。」
「ありがとう。先生。僕のことをこんなに気にかけてくれる人がいるなんて本当にうれしです。
これ、兄のところからもってきました。あずみ君をこんな風にした薬です。
如月教授を取り返すのに使ってください。本当にごめんなさい。先生、どうかご無事で。」
「ありがとう。君は絶対幸せになるんだよ。」
「はい・・・・」
山波が肩に優しく触れると、隼人はにっこりと笑った。
顔は腫れあがっていたが、そのにっこりと笑った顔は、やっぱりあの小さくて仔犬のようにかわいい隼人だった。
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