あずみ君は今日も不機嫌

富井

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家出 規夫君宅へ・・・

雅が・・・

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あずみはあの小さな車で屋敷に送ってもらった。
相変わらず車は苦手だった。
「山波さんはどうしてお兄様のところへ戻ってこないのですか?」
「え?」
「大学へ戻らないのですか?先生が好きなんでしょ。」
「そうだね。好きだよ。」
「じゃあ、どうして戻らないの?」
「なぜかな・・・戻りたいけど・・・
もう少し今のままで居たい気もする。今はあまり好きな仕事ではないけれど、定時に帰れるから緑山と過ごす時間が長い。
学校は好きな仕事だけど・・・仕事が忙しすぎて、緑山と過ごす時間が短くなる。
俺は学校より緑山が好きだから、今のままでいいかな・・・と思う。」
それだけかよ。それだけの理由かよ・・・と思った。

「お兄様は一人でとても忙しそうです。出張に行ったきり、もう何日もあっていません。」
「そうなんだよね・・・今の仕事だと出張に行っても頑張れば翌日帰ってこれるんだよね・・緑山が一人で待っていると思うと心配で家を空けられないんだ・・・困った。」
(困ったのはお前のほうだ・・・全くだめだ。二人とも幸せウイルスに侵されていてもうダメだ・・・)

「そ・・そういえば、雅さんが大学院に進んで、助教授の椅子を狙っています・・・」
「え?」
「はい、猛勉強中です。」

「そ・・・そう・・・」

山波は少し口ごもった。あずみとしては、山波の口からもう少しのろけ話を聞きたいところだった。昔は、あー。とか、うー。
とかしかあずみの話に返事を返してこなかった無口で生真面目な男がどんなふうに変わったのか確かめてみたかった。

屋敷の門をくぐると雅の白い車が見えた。

「ゲ、まだいる・・・」あずみは咄嗟に思ったが、

(ダメダメ、平常心。全部終わり・・・あっちは酔っ払ってて何も覚えてないんだから)

そう言い聞かせて玄関の扉を開けた。
「谷中君、久しぶり。」
「山波さん・・・お久しぶりです。」


あずみは思わず、(おやおや・・・おしろい展開に発展しそうかな・・・)と内心わくわくと二人の会話に耳を立てた。
「君、助教授を目指しているんだって。」
「イエ、薫さんを・・・教授を助けたいと思っているだけです。
僕はそこまで有能ではありません。」
「君ならできるよ。わからないことがあったらいつでも質問してくるといいよ。」
「助かります。」
「じゃあ、僕はここで・・・・」
(え・・・・)あずみの期待とは裏腹に山波はそそくさと帰って行った。時計を見たら、後十五分ほどで緑山のバイトが終わる時間だった。小さな車は、キーというタイヤの音を立てて屋敷の坂を下って行った。
「チッ」
あずみは小さく舌打ちをして自分の部屋へダッシュし、ワンピースを脱ぎ捨てて、いつものダルダルのスエットに着替えた。
「ちょっと、あずみ君。」
雅があずみを捕まえようと腕を出し、あずみはそれをかわそうと体をくねらせながら廊下を早足で歩いた。
「鈴木さん。僕、お風呂に入りたい。」

「じゃあ、僕も一緒に入る。風呂に入って話そう。」
「来るな、一人で入る。」
「いいじゃないか、男同士なんだし。」

その言葉が一番嫌いだった。一番ムカついた。
(だったら、何でキスなんかしたんだよこのバカ)
「まったく、お前はどれだけ無神経なんだよ。」
あずみは思い切り・・・割れるのではないかと思うほど、ものすごい音を立て、風呂の扉を閉めた。
「ご、ごめん・・・でも、教授が・・・」
「もう、帰って来たんだからいいだろ。お前も帰れよ。」
「いや、教授からしばらく家にいてあずみ君を見ていてくれって言われたんだ。
だから教授が帰ってくるまでここに住むよ。」
「はあ?」

それはムリです・・・お兄様・・・
あんまりです・・・むごすぎます・・・
今まで悪事の限りをしてきましたが・・・これだけは勘弁してください・・・・

「もう、帰って来たからいいだろ・・・お兄様はいつ帰ってくるの・・・?」

「後、二、三日で帰ってくるって。それまでたまっていた勉強しようね。
ちょうどよかったよ、お料理教室も一緒に行けるしね。」

あずみにとって、雅と過ごす二、三日は結構長い。自分ではありえないと思っていた恋心が芽生えているような・・・錯覚のような・・・もし万が一、恋だとしたなら、如月の手前、緑山の手前、どうしたらいい。

いや、それはもうどうにもならない。


色々考えている間に少し熱くなって、湯船の淵に腰かけた。

雅がどこかへ消えてくれない限りここからは出られない。籠城する場所を誤った。

トイレと風呂はドアが一個だからそこに立たれると逃げ場を失う。
しかも雅は超がつく鈍感だ。

「頼むよ、夜だけでも帰って。」

「だめだよ。かわいいワンピース来てお出かけしちゃうだろ。」

「じゃあ、ワンピースみんな持って帰ればいいだろ。」

「どうしてそんなに嫌がるの・・・」

雅は、少し目を潤ませて風呂の扉を20センチほど開けた。
あずみは慌てて湯船に隠れた。

「く・・・・」

泣きたいのは、コッチだ・・・・こいつまったく解ってない・・・
こいつは自分がした事を薄っすらとも覚えてないのか・・・
あずみは次言葉を考えたが、どれだけ考えても、あまりの事に脳がフリーズしてなにも浮かんでこない。

「う、うるさい!ドアを開けるな。早く締めろ!」

「あずみ君どうして俺にはそんな言い方するの。僕にだけそんな言い方・・・」

「だから・・・おまえの事が嫌いだって言ってるだろ。ドアを閉めろ!」

大きな声をあげて、少しクラっとした。あずみはあまり風呂が得意ではない
あぶないのぼせる、イヤもうほとんどのぼせていた。けれど、懸命に悠々たる状況を保とうとわずかに残った気力を奮い立たせていた。

「やっぱり俺も入るよ。お風呂の中で話そう。ごはんの時、ビール飲みたいし。」

「バカ…か…いいか…げんに…し……」
あずみは湯船にあえなく沈んだ。
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