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二ノ宮は、体を動かすのがあまり得意ではない。
彼が得意としているのは式神を作ることやそれに派生して死体を利用して傀儡にすることだ。最近では、成長させることも可能となりその研究に勤しんでいた。
しかし、そうも言っていられない状況になった。
二ノ宮はそう思いつつ、剣術の稽古で景気よく一ノ宮に吹っ飛ばされた。
「うぐっ!」
「受け身は上手になったな。にしても、なんでこんな急に稽古して欲しいって言ってきたの? 俺と違って二ノ宮は法術があるじゃん」
一ノ宮は、木刀を軽く振るいながら起き上がってくる二ノ宮にそう聞いた。
特に、二ノ宮は真面目で仕事熱心だが運動に関しては最低限の鍛錬のみだった。だから、突然剣術を教えて欲しいなんて言うお願いは一ノ宮にとって青天の霹靂だった。
二ノ宮は、首を傾げて分かっていない一ノ宮を恨めしげに見つつもはあっと息を吐くことしかできない。
「のっぴきならない事情があるんです。とりあえず、一ノ宮お兄様ぐらいには剣術が上達しないと」
「いや、俺ほどって目標高すぎ。四ノ宮ぐらいにしとこ?」
「貴方と一緒じゃないと意味がない!」
二ノ宮はそう叫んだ。
そう、二ノ宮にはあの日を境に大きな目標ができたのだ。
我が末っ子を悪の道に進ませないためにも。
あの日の願望は、八ノ宮にとって何にかえても叶えたいものだろう。あんなに必死になって、一ノ宮が大好きで特別で、でも、叶えられない夢。
かといって、この二人を別れさせようなんて考えは二ノ宮にはない。
だから、二ノ宮は自分が一ノ宮になることに決めた。
目下、とりあえず剣術で最強を目指す。
「?? お前、そんなに俺のこと好きだっけ?」
「何気持ち悪いこと言ってるんですか貴方」
「ばっちり二ノ宮だったわ。お兄様にそんなこと言うのはこいつしかいない」
二ノ宮はせめて一本取ろうと不意打ちで一ノ宮に襲いかかる。しかし、あっさりそれを読まれて避けられてしまった。ついでに足を引っかけられてすてーん!と綺麗に転んでひっくり返る。
「……」
「俺に不意打ちは百年早いね」
「今に見てろ……」
「はいはい、頑張れ頑張れ」
くそっと悪態をつくとけらけらと一ノ宮は愉快そうに笑った。するとぱたぱたと複数の足音が聞こえた。そしてひょっこりと稽古場の外から顔を出す人物がいる。
「あー! 二ノ宮お兄様が転んでる~!」
「……二ノ宮お兄様が寝てる~?」
六ノ宮と七ノ宮だ。二人は同じ顔でそろって首を傾げつつ起き上がった二ノ宮に抱きついた。
「終わった? 終わった!?」
「寝てたから終わってる。そうでしょ? 遊ぼ」
「いえ、私はまだ……」
「こら、二人とも。まだ二ノ宮お兄様は稽古中よ。離れなさい」
二人に抱きつかれて二ノ宮が困っていると、彼を助けるべく六ノ宮と七ノ宮の首根っこを掴む女性がいた。四ノ宮だ。
彼女に捕まれて宙ぶらりんになっている二人はそろって不満げな声を出した。
「遊ぼー! ねえ、遊ぼ!!」
「遊びたい。最近ずっと一ノ宮お兄様とばかり遊んでる。ずるい。一姉様も寂しいって言ってた」
「ちょっ! わ、私の話は良いの!」
二ノ宮は、そんな三人の様子を見て各々頭を撫でる。
確かに彼らの言うとおり構ってあげられていなかったのは事実だったのでせめてもの罪滅ぼしだ。
「というか、二ノ宮お兄様、武闘派じゃないから絶対一ノ宮お兄様ぐらいの実力を身につけるのは無理だと思うんだけど。諦めた方が良いんじゃない?」
「言うじゃないですか五ノ宮」
「ふん」
最後の一人、女性の五ノ宮がそう言うとそっと四ノ宮の隣に並び頭を出す。撫でろという意味であることを言っている二ノ宮は少し笑いながら彼女の頭も撫でる。
「まあ、目標は高くって言うし……」
「何で一ノ宮お兄様が擁護に入ってるんですか! やめさせて! 私だって二ノ宮お兄様と遊びたい!!」
「ええ、乙女心がわからないよお兄様」
「一ノ宮お兄様にそんなの期待してないし」
「え」
「一ノ宮お兄様役に立たない」
「一ノ宮お兄様は役立たず」
「え?」
「ちょ、ちょっと、そんな本当のこと言ったら一ノ宮お兄様が可哀想でしょ!!」
「……」
一ノ宮は無言で顔を手で覆って小さくなった。それを四ノ宮が慌てて慰めるが全て逆効果である。
それを他の三人がめんどくさそうに見つつ、一応慰めようと彼の側に寄った。
それを見ていた二ノ宮はふと視線を感じて顔を上げる。すると影からこちらを見ていた人物がいる事に気がついた。それは二ノ宮の視線に気づいたようで慌てて隠れるが服の裾がばっちり見えている。二ノ宮は少し笑ってそっと彼に近づいた。
「八ノ宮」
「……」
「こっちにおいで」
二ノ宮は両手を広げて彼を受け入れる準備をする。そんな二ノ宮を見て少し恥ずかしそうにした八ノ宮が着物の裾をいじりながらおずおずと腕の中に入った。
「一ノ宮お兄様に会いに来たんですか?」
「……」
「ふふ、一ノ宮お兄様は人気で困りますね」
ぎゅっと八ノ宮が二ノ宮の服を掴んでそれからぐりぐりと額を肩に擦り付ける。
やはり、少しすねているようだ。
まだ諦めきれていない彼の心情を察して二ノ宮は慰めるように頭を撫でる。
「―――兄様も、人気者」
「ん? 一ノ宮お兄様ですか? そうですね」
「……」
そう言った二ノ宮に八ノ宮は答えることなく黙って力を入れて首に抱きついた。これは相当へそを曲げていると察した二ノ宮は、そのまま一ノ宮達の所に行こうとした足を逆方向に向けて歩き出す。
稽古は終わり。
今は八ノ宮を優先すべき。
自室まで八ノ宮を連れて行くと二ノ宮は畳に座って八ノ宮をゆっくり膝に下ろす。
「さてさて、うちの可愛い末っ子君は何が気に入らないのでしょうか?」
「別に」
「本当? 今ならこの私がたくさんいい子いい子しますよ?」
「……」
「もう……。はいはい、分かりました」
話したくないけれど、頭は撫でて欲しい。
その心情を表した八ノ宮はふくれっ面のまま頭をぐいぐい二ノ宮に寄せる。二ノ宮はその様子を見て困ったように笑いながら要望通りに頭を撫でた。
二ノ宮は、努力をした。
料理下手な一ノ宮の真似をするためにその作業工程を見守ろうとしたが最終的に手が出て完璧な料理を作ってしまった。美味しい料理の完成だ。
もれなく匂いにつられてやってきた下の子達にそれをあげて、では次だ、と法術が使えなくなるようにしようと極限まで使ってみた。
ただ疲れただけだった。
そもそも、人であった一ノ宮と作られた二ノ宮では根本から違うのだろう。人間でありながら特別な存在である彼と人よりは特別だけどそれ以上でもない二ノ宮では近づくことすら難しい。
たとえ、生け贄として捧げられた供物であってもそれは変わらない。
そこまで考えて、二ノ宮はふと一ノ宮がどういう経緯でここに来たのか気になった。
聞いても良いことだろうか。どう考えても悪い想像しかできない。
そして、やめておこうと首を振る。
そんなものを教えて貰ってどうするのか。知ったとしても過去までは真似できるはずがないのだ。
「お、にい、あっ!」
「おっと」
視界の端でぐらぐらと危なっかしくお盆を持っていた八ノ宮が蹴躓いた。二ノ宮は瞬時に法術で彼の所まで移動して優しく抱きとめる。
「大丈夫ですか、八ノ宮」
「う、うん、あのね、これ……」
「一ノ宮お兄様のところに? 一ノ宮お兄様の部屋はここではありませんよ」
「……」
「仕方ない子ですね。一緒に運んであげますよ。さあこちらに」
二ノ宮は八ノ宮を抱える。お盆の上のものが落ちないように慎重になりながら歩き出すとちょうど一ノ宮が前からやってきた。
二ノ宮は彼の姿を見つけると声をかける。すると声に気づいた一ノ宮がこちらを見たので、二ノ宮は八ノ宮を見た。そして気がつく。
「ど、どうしたんですか、そのように頬を膨らませて……」
「別に」
「最近、それをよく言いますが、本当に何でもないのですか?」
「……」
八ノ宮はぷいっと二ノ宮から顔を背けた。二ノ宮は何が何だか分からずに戸惑う。そんな二人に呼ばれた一ノ宮が駆け寄ると首を傾げてこう聞いた。
「? どうしたの? 八ノ宮の可愛い頬がぱんぱんだ。二ノ宮、お前何かした?」
「いえ、分からなくて……」
「一ノ宮お兄様どうぞ」
「え? お茶?」
ぐいっと八ノ宮はお盆を一ノ宮に渡す。依然として機嫌は良くない。それを感じ取った一ノ宮はそれを受け取りつつもじっと湯呑みを見て合点がいった。
そして二ノ宮を見た。
「二ノ宮、ちゃんと見ろ」
「? はあ……」
二ノ宮は一ノ宮にそう言われて改めてお盆の上のものを見た。一ノ宮にあげるものだろうと思ってちゃんと確認していないが湯呑みがあった気がすると二ノ宮は思案して、あっと声を上げた。
その上に乗っていた湯呑みは、二ノ宮がよく使っているものだった。
つまり、八ノ宮は一ノ宮ではなく二ノ宮に持ってきたのだと気がついて慌てて謝罪を口にする。
「ごめんなさい、八ノ宮。私に持ってきてくれたんですか?」
「……うん」
「うっかりしてました。ありがとう。お兄様、返して貰って良いですか?」
「返すも何もお前のだろ。これに懲りたらちゃんと八ノ宮見るんだぞ」
「……分かりました」
お前が言うか、と二ノ宮は出かかった言葉を飲み込んでそう答える。そして二人一ノ宮の背中を見送り、二ノ宮は八ノ宮にもう一度謝罪をした。
「本当にごめんなさい、八ノ宮。お茶、ありがとうございます。八ノ宮の分は私が淹れましょう」
「お兄様、忙しいんじゃないの?」
「お茶を楽しめないほどではありません。それから、私の部屋には特別なお菓子があるのですが、お茶菓子にして食べてしまいましょう。これは八ノ宮と私の秘密ですよ」
「うん」
漸く、八ノ宮は二ノ宮の首に腕を回した。機嫌が良くなったようだと二ノ宮はそのことにほっとしながら部屋に向かう。
戻った頃には八ノ宮が淹れたお茶は冷めていたが、二ノ宮は自分の淹れてくれたそのお茶を残すことなく飲み干した。八ノ宮は二ノ宮が淹れたお茶を楽しみつつ、特別なお菓子に舌鼓を打つ。
「お兄様」
「はい、どうしましたか」
「お兄様は、僕のこと好き?」
「勿論。私は、ずっと貴方を愛しています」
二ノ宮がそう言うと、八ノ宮はふわりと笑顔を見せた。
「僕もお兄様大好き」
八ノ宮の言葉に二ノ宮も思わず笑みをこぼす。
―――しかして、幸せな日々は突如として崩れ落ちるのである。
彼が得意としているのは式神を作ることやそれに派生して死体を利用して傀儡にすることだ。最近では、成長させることも可能となりその研究に勤しんでいた。
しかし、そうも言っていられない状況になった。
二ノ宮はそう思いつつ、剣術の稽古で景気よく一ノ宮に吹っ飛ばされた。
「うぐっ!」
「受け身は上手になったな。にしても、なんでこんな急に稽古して欲しいって言ってきたの? 俺と違って二ノ宮は法術があるじゃん」
一ノ宮は、木刀を軽く振るいながら起き上がってくる二ノ宮にそう聞いた。
特に、二ノ宮は真面目で仕事熱心だが運動に関しては最低限の鍛錬のみだった。だから、突然剣術を教えて欲しいなんて言うお願いは一ノ宮にとって青天の霹靂だった。
二ノ宮は、首を傾げて分かっていない一ノ宮を恨めしげに見つつもはあっと息を吐くことしかできない。
「のっぴきならない事情があるんです。とりあえず、一ノ宮お兄様ぐらいには剣術が上達しないと」
「いや、俺ほどって目標高すぎ。四ノ宮ぐらいにしとこ?」
「貴方と一緒じゃないと意味がない!」
二ノ宮はそう叫んだ。
そう、二ノ宮にはあの日を境に大きな目標ができたのだ。
我が末っ子を悪の道に進ませないためにも。
あの日の願望は、八ノ宮にとって何にかえても叶えたいものだろう。あんなに必死になって、一ノ宮が大好きで特別で、でも、叶えられない夢。
かといって、この二人を別れさせようなんて考えは二ノ宮にはない。
だから、二ノ宮は自分が一ノ宮になることに決めた。
目下、とりあえず剣術で最強を目指す。
「?? お前、そんなに俺のこと好きだっけ?」
「何気持ち悪いこと言ってるんですか貴方」
「ばっちり二ノ宮だったわ。お兄様にそんなこと言うのはこいつしかいない」
二ノ宮はせめて一本取ろうと不意打ちで一ノ宮に襲いかかる。しかし、あっさりそれを読まれて避けられてしまった。ついでに足を引っかけられてすてーん!と綺麗に転んでひっくり返る。
「……」
「俺に不意打ちは百年早いね」
「今に見てろ……」
「はいはい、頑張れ頑張れ」
くそっと悪態をつくとけらけらと一ノ宮は愉快そうに笑った。するとぱたぱたと複数の足音が聞こえた。そしてひょっこりと稽古場の外から顔を出す人物がいる。
「あー! 二ノ宮お兄様が転んでる~!」
「……二ノ宮お兄様が寝てる~?」
六ノ宮と七ノ宮だ。二人は同じ顔でそろって首を傾げつつ起き上がった二ノ宮に抱きついた。
「終わった? 終わった!?」
「寝てたから終わってる。そうでしょ? 遊ぼ」
「いえ、私はまだ……」
「こら、二人とも。まだ二ノ宮お兄様は稽古中よ。離れなさい」
二人に抱きつかれて二ノ宮が困っていると、彼を助けるべく六ノ宮と七ノ宮の首根っこを掴む女性がいた。四ノ宮だ。
彼女に捕まれて宙ぶらりんになっている二人はそろって不満げな声を出した。
「遊ぼー! ねえ、遊ぼ!!」
「遊びたい。最近ずっと一ノ宮お兄様とばかり遊んでる。ずるい。一姉様も寂しいって言ってた」
「ちょっ! わ、私の話は良いの!」
二ノ宮は、そんな三人の様子を見て各々頭を撫でる。
確かに彼らの言うとおり構ってあげられていなかったのは事実だったのでせめてもの罪滅ぼしだ。
「というか、二ノ宮お兄様、武闘派じゃないから絶対一ノ宮お兄様ぐらいの実力を身につけるのは無理だと思うんだけど。諦めた方が良いんじゃない?」
「言うじゃないですか五ノ宮」
「ふん」
最後の一人、女性の五ノ宮がそう言うとそっと四ノ宮の隣に並び頭を出す。撫でろという意味であることを言っている二ノ宮は少し笑いながら彼女の頭も撫でる。
「まあ、目標は高くって言うし……」
「何で一ノ宮お兄様が擁護に入ってるんですか! やめさせて! 私だって二ノ宮お兄様と遊びたい!!」
「ええ、乙女心がわからないよお兄様」
「一ノ宮お兄様にそんなの期待してないし」
「え」
「一ノ宮お兄様役に立たない」
「一ノ宮お兄様は役立たず」
「え?」
「ちょ、ちょっと、そんな本当のこと言ったら一ノ宮お兄様が可哀想でしょ!!」
「……」
一ノ宮は無言で顔を手で覆って小さくなった。それを四ノ宮が慌てて慰めるが全て逆効果である。
それを他の三人がめんどくさそうに見つつ、一応慰めようと彼の側に寄った。
それを見ていた二ノ宮はふと視線を感じて顔を上げる。すると影からこちらを見ていた人物がいる事に気がついた。それは二ノ宮の視線に気づいたようで慌てて隠れるが服の裾がばっちり見えている。二ノ宮は少し笑ってそっと彼に近づいた。
「八ノ宮」
「……」
「こっちにおいで」
二ノ宮は両手を広げて彼を受け入れる準備をする。そんな二ノ宮を見て少し恥ずかしそうにした八ノ宮が着物の裾をいじりながらおずおずと腕の中に入った。
「一ノ宮お兄様に会いに来たんですか?」
「……」
「ふふ、一ノ宮お兄様は人気で困りますね」
ぎゅっと八ノ宮が二ノ宮の服を掴んでそれからぐりぐりと額を肩に擦り付ける。
やはり、少しすねているようだ。
まだ諦めきれていない彼の心情を察して二ノ宮は慰めるように頭を撫でる。
「―――兄様も、人気者」
「ん? 一ノ宮お兄様ですか? そうですね」
「……」
そう言った二ノ宮に八ノ宮は答えることなく黙って力を入れて首に抱きついた。これは相当へそを曲げていると察した二ノ宮は、そのまま一ノ宮達の所に行こうとした足を逆方向に向けて歩き出す。
稽古は終わり。
今は八ノ宮を優先すべき。
自室まで八ノ宮を連れて行くと二ノ宮は畳に座って八ノ宮をゆっくり膝に下ろす。
「さてさて、うちの可愛い末っ子君は何が気に入らないのでしょうか?」
「別に」
「本当? 今ならこの私がたくさんいい子いい子しますよ?」
「……」
「もう……。はいはい、分かりました」
話したくないけれど、頭は撫でて欲しい。
その心情を表した八ノ宮はふくれっ面のまま頭をぐいぐい二ノ宮に寄せる。二ノ宮はその様子を見て困ったように笑いながら要望通りに頭を撫でた。
二ノ宮は、努力をした。
料理下手な一ノ宮の真似をするためにその作業工程を見守ろうとしたが最終的に手が出て完璧な料理を作ってしまった。美味しい料理の完成だ。
もれなく匂いにつられてやってきた下の子達にそれをあげて、では次だ、と法術が使えなくなるようにしようと極限まで使ってみた。
ただ疲れただけだった。
そもそも、人であった一ノ宮と作られた二ノ宮では根本から違うのだろう。人間でありながら特別な存在である彼と人よりは特別だけどそれ以上でもない二ノ宮では近づくことすら難しい。
たとえ、生け贄として捧げられた供物であってもそれは変わらない。
そこまで考えて、二ノ宮はふと一ノ宮がどういう経緯でここに来たのか気になった。
聞いても良いことだろうか。どう考えても悪い想像しかできない。
そして、やめておこうと首を振る。
そんなものを教えて貰ってどうするのか。知ったとしても過去までは真似できるはずがないのだ。
「お、にい、あっ!」
「おっと」
視界の端でぐらぐらと危なっかしくお盆を持っていた八ノ宮が蹴躓いた。二ノ宮は瞬時に法術で彼の所まで移動して優しく抱きとめる。
「大丈夫ですか、八ノ宮」
「う、うん、あのね、これ……」
「一ノ宮お兄様のところに? 一ノ宮お兄様の部屋はここではありませんよ」
「……」
「仕方ない子ですね。一緒に運んであげますよ。さあこちらに」
二ノ宮は八ノ宮を抱える。お盆の上のものが落ちないように慎重になりながら歩き出すとちょうど一ノ宮が前からやってきた。
二ノ宮は彼の姿を見つけると声をかける。すると声に気づいた一ノ宮がこちらを見たので、二ノ宮は八ノ宮を見た。そして気がつく。
「ど、どうしたんですか、そのように頬を膨らませて……」
「別に」
「最近、それをよく言いますが、本当に何でもないのですか?」
「……」
八ノ宮はぷいっと二ノ宮から顔を背けた。二ノ宮は何が何だか分からずに戸惑う。そんな二人に呼ばれた一ノ宮が駆け寄ると首を傾げてこう聞いた。
「? どうしたの? 八ノ宮の可愛い頬がぱんぱんだ。二ノ宮、お前何かした?」
「いえ、分からなくて……」
「一ノ宮お兄様どうぞ」
「え? お茶?」
ぐいっと八ノ宮はお盆を一ノ宮に渡す。依然として機嫌は良くない。それを感じ取った一ノ宮はそれを受け取りつつもじっと湯呑みを見て合点がいった。
そして二ノ宮を見た。
「二ノ宮、ちゃんと見ろ」
「? はあ……」
二ノ宮は一ノ宮にそう言われて改めてお盆の上のものを見た。一ノ宮にあげるものだろうと思ってちゃんと確認していないが湯呑みがあった気がすると二ノ宮は思案して、あっと声を上げた。
その上に乗っていた湯呑みは、二ノ宮がよく使っているものだった。
つまり、八ノ宮は一ノ宮ではなく二ノ宮に持ってきたのだと気がついて慌てて謝罪を口にする。
「ごめんなさい、八ノ宮。私に持ってきてくれたんですか?」
「……うん」
「うっかりしてました。ありがとう。お兄様、返して貰って良いですか?」
「返すも何もお前のだろ。これに懲りたらちゃんと八ノ宮見るんだぞ」
「……分かりました」
お前が言うか、と二ノ宮は出かかった言葉を飲み込んでそう答える。そして二人一ノ宮の背中を見送り、二ノ宮は八ノ宮にもう一度謝罪をした。
「本当にごめんなさい、八ノ宮。お茶、ありがとうございます。八ノ宮の分は私が淹れましょう」
「お兄様、忙しいんじゃないの?」
「お茶を楽しめないほどではありません。それから、私の部屋には特別なお菓子があるのですが、お茶菓子にして食べてしまいましょう。これは八ノ宮と私の秘密ですよ」
「うん」
漸く、八ノ宮は二ノ宮の首に腕を回した。機嫌が良くなったようだと二ノ宮はそのことにほっとしながら部屋に向かう。
戻った頃には八ノ宮が淹れたお茶は冷めていたが、二ノ宮は自分の淹れてくれたそのお茶を残すことなく飲み干した。八ノ宮は二ノ宮が淹れたお茶を楽しみつつ、特別なお菓子に舌鼓を打つ。
「お兄様」
「はい、どうしましたか」
「お兄様は、僕のこと好き?」
「勿論。私は、ずっと貴方を愛しています」
二ノ宮がそう言うと、八ノ宮はふわりと笑顔を見せた。
「僕もお兄様大好き」
八ノ宮の言葉に二ノ宮も思わず笑みをこぼす。
―――しかして、幸せな日々は突如として崩れ落ちるのである。
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