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それは、『一』番目の駒の話

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「一ノ宮お兄様と三ノ宮お兄様が口くっつけて服脱いでたんだけど、二人は何してたの?」
「ごっほっ!!」


 一人の男が駆け寄ってきた小さな男の子にそう問われて勢いよくお茶を噴き出した。そして、ごほごほっと咳き込んでしまう。それを見た子供は慌てて男の背中をさすった。
 自分の発言でこんなに動揺している男は初めて見たと思いながらもそんなに変なことを言ったのだろうかと首を傾げてしまう。
 男は、二ノ宮という。ひどく、誰かに似ている。いや、うり二つの顔をしている男だ。
 二番目の子供だから二ノ宮。それにならい、子供は八番目の子供だから八ノ宮だ。
 暫くして、落ち着きを取り戻した二ノ宮がふーっと深く息を吐いた。どう言えば良いのか悩んでいるようであるが、意を決して八ノ宮に顔をこちらに向ける。


「えーっと、特別に好きな者同士がやることで、八ノ宮にはまだ早い話で……」
「? 僕、一ノ宮お兄様特別に大好き! 僕も一ノ宮お兄様とできる?」


二ノ宮が、小さなここで一番幼い子供である八ノ宮に当たり障りなく説明をするが、どうにもうまく伝わらない。
違うのだ。そういうことではないのだ。
かといって真実を言えるわけもなく、二ノ宮は苦し紛れに言葉を紡ぐ。


「う、うーん、えーっと、一ノ宮お兄様は三ノ宮と特別な関係で……」
「僕も、一ノ宮お兄様と特別!」
「それは―――」


二ノ宮が何か言おうとしたがゆっくりと口を閉ざした。それからそっと頭を撫でてくれる。


「特別にも種類があって、関係が違うんです」


二ノ宮がそう言うと、八ノ宮は口をきゅっと閉じたあとに少し目を伏せた。


「……じゃあ、一ノ宮お兄様は、三ノ宮お兄様のものなの? 僕のものにならないの?」


元来、この子供が賢いことを知っている。二ノ宮は雰囲気からなんとなく察してしまったようだった。


「……そうですねぇ。でも、八ノ宮。一ノ宮お兄様がいなくなるわけではないんですよ。貴方と一ノ宮お兄様の関係性が変わることもない。だから―――」


そんな八ノ宮に、二ノ宮が優しく諭す。しかし、次の瞬間、二ノ宮の予想を裏切る反応を八ノ宮は見せた。


「ううん、分かった。二ノ宮お兄様ありがとう! 僕、僕のお兄様を作ることにする!! この前の、ほら、なんかお願いを叶えてくれるってあの人達言ってた! お願いすればきっと、僕の一ノ宮お兄様をくれる!」


にこっと明るい笑顔でそういった八ノ宮が早速、その人物にお願いしに行こうと走り出すので二ノ宮は慌てて八ノ宮を止めた。


「八ノ宮。いけません」


すると、きょとんとした顔をして八ノ宮が二ノ宮を見る。どうして止められたのか全く分かっていない様子だった。


「? 何が?」
「あれらを信じてはいけません。近づかないで、一ノ宮お兄様も言ってましたが、あれらは危ないものです」
「……でも、僕のお兄様が欲しい」


八ノ宮はそう言って口をとがらせる。
二ノ宮は努めて優しく声を出して笑顔を見せた。


「私じゃ、だめですか?」


そういう二ノ宮に八の宮は首を振って否定する。


「二ノ宮お兄様じゃなくて、一ノ宮お兄様が欲しいの!」
「一ノ宮お兄様は、作れませんよ?」
「作れるよ! 一ノ宮お兄様は剣が凄くて、術が使えない人間で―――」
「×××っ!!!」


びくり、と八ノ宮は体を震わせた。その名前は一ノ宮がつけた特別な名前だ。だから、普段はお互い口にしていないのだが今二ノ宮はその名前を叫んだ。そして、ひどく悲しげな表情で八ノ宮を見る。


「作れません。一ノ宮お兄様は作れないんです」
「……できるもん」
「できないんです。八ノ宮、どうか、分かって」
「できる! 二ノ宮お兄様のばーか!!」
「八ノ宮!!」


弾かれたように八ノ宮はその場を飛び出した。前をよく見ないで角を曲がるとどんと誰かにぶつかり衝撃で体がふらつく。それをぶつかった人物が手を伸ばして支えた。


「おっと、ごめんね、八ノ宮。そんなに急いでどうしたの? 鬼ごっこ?」
「それならちゃんと前を向いて走りなよ。八ノ宮は小さいんだからまた誰かにぶつかるよ?」


一ノ宮と三ノ宮がそこにいた。二人で仲良く並んで歩いていたようだった。八ノ宮は、固まった。低い身長の彼には、二人が手をつないでいる様がいやでも視界に入ってしまう。


「八ノ宮!!」
「!」


八ノ宮を追いかけて二ノ宮もそろっと角を曲がり、そして息をのむ。八ノ宮は二ノ宮が自分を呼ぶ声によって我に返り二人の横を通り過ぎて走り出す。


「あれ? 二ノ宮? お前が鬼なの? 珍しいね」
「二ノ宮兄さんが鬼とか絶対に参加したくない」


のんきにそう言って、その上、手までも握っている二人にかっと頭に血が上る。二ノ宮はその衝動のまま叫びそうになって必死にこらえた。
今は、この二人に構っている余裕はない。


「八ノ宮、待ちなさい!!」


二ノ宮が叫ぶが八ノ宮はぴゅーっと走って行ってしまう。それを再び追いかけようとした二ノ宮だったが三ノ宮が彼の行く手を阻んだ。


「いったん落ち着いて二ノ宮兄さん」
「邪魔です。どきなさい、三ノ宮」
「あー、俺八ノ宮捕まえてくるから、よろしく三ノ宮」
「だめだ!!」


二ノ宮の今状態はまさに、興奮して冷静ではないと思われて当然だ。その衝動のまま、何かしら衝突したのであろう八ノ宮と会わせるのは得策ではないと判断するのも納得がいく。
しかし、今、よりにもよって―――。


「だめだ! 貴方はだめだ! 私が行きます! 私が話をします!だから、だから―――っ!!」
「二ノ宮兄さん落ち着いて、ほら、八ノ宮は一ノ宮兄さんが大好きだから大丈夫だって」
「違う! そうじゃない!!」
「もう、落ち着いて。二ノ宮兄さんがこんなに取り乱すなんて、八ノ宮もやるなぁ」


暢気、楽観的。
いや違う。
お互い好き合って、漸く付き合えた仲だということを二ノ宮は知っている。お互い、なんで私に相談するんだこいつら、と鬱陶しいくらいに恋愛相談をされたのを覚えている。
だから、彼らが浮かれるのはよく分かる。


「八、ノ宮……っ」
「二ノ宮兄さん……?」
「八ノ宮、八ノ宮、ごめんなさい! ごめんなさい……っ!!」


目の前いる三ノ宮に縋り付くようにして二ノ宮は泣きながら崩れ落ちた。

彼がどれだけ一ノ宮に恋い焦がれていたか。そんなことを考えもせずに幼いから、小さいからという理由で勝手に決めつけていた己がどれだけ傲慢で残酷なことをしたか痛感する。

二ノ宮は、みっともなく泣きながらその場でうずくまると「にの、みや、おにぃさま……」と声が聞こえた。
二ノ宮はそのか細くしゃくり上げている声に向かって顔を上げた。そこには一ノ宮に抱えられてべそべそに泣いている八ノ宮がいて、二ノ宮と目が合うとぶわあっと大きな瞳にもう一度涙をためて泣き出した。


「ごめんなざい~~~~っ!!」


そう言って一ノ宮の腕から降りた八ノ宮が二ノ宮に手を伸ばす。二ノ宮は八ノ宮を包み込むように抱きしめて優しく、優しく頭を撫でる。


「八ノ宮、八ノ宮! わ、私こそ、ごめんなさい。貴方のことを、真剣に考えて、いなくて……」
「ちがう~~~~~っ!! 八ノ宮がわるいのぉ~~~~っ!!」


わんわんっと二人で泣き合って、そして泣き疲れた二ノ宮と八ノ宮は一緒に寝床につく。
ぐっすりと、すやすやとお互いをしっかり抱きしめて安らかに眠ったのだ。


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