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ぱんっと、またしてもあのときと同じような感覚を覚えた。結界が張り直されるために一時的に消えたのだ。無事に張られるようにと待っていたが数刻経っても結界が張られる気配はない。こんなに長くかかるのはおかしいとその場にいる全員が思ったその時だ。荒々しく障子が開かれて、尊君が久遠を運び、横で絶えずそーちゃんが法術をかけている。


「医師を!! 帝様がっ!!」
「ごほっ、げほっ!」


 尊君がそう言った瞬間、久遠が咳き込んで血を吐き出した。すぐさま拓海君が久遠の容態を確認する。その間にも久遠は苦しそうに呼吸をしていて吐血を繰り返していた。


「毒、か!? 一体どこから!!」
「杯に毒が仕込まれていたようだ。新しいものを用意するには時間がかかると九郎様が……」


 尊君がそう説明をする。その間に布で覆った何かを持った九郎が走り去った。彼の手の中には例の杯が入っているのだろう。


「九郎様!」
「鉄二、俺は良いから門を守れ!」
「はっ!」


 短くこの場で一番適役の彼にそう指示を飛ばす九郎。それに答えた鉄二さんが、この場にいる者に素早く指示を出す。いつもならば、何かしらいがみ合いを起こす家門であるが、都の危機にそうも言っていられない。慌てて散り散りになっていくが、役に立たない者もいた。


「ど、どういうことだ! やはりそいつが帝様に何かしたのか!!」


 毘沙門の当主だ。そう言って俺に指さすが、鉄二さんがそんな彼を殴りつける。殴られた頬を彼は押さえて信じられないと言った表情を浮かべるがもう一発殴られてしまった。


「そんなこと言ってる暇があったら動け!! 死にたいのか!!」
「ひ、ひぃいいいっ!!」


 鉄二さんの剣幕に当主様は悲鳴を上げて逃げ出した。役立たずがっ!と軽く悪態をついた後にぎろっとまだ動けていない者を見ると鉄二さんはじろっと睨みつけた。すると彼らはぴゅーっと蜘蛛の子を散らすようにして去って行く。
 鉄二さんの指示と、事前の策のお陰で都に妖魔は今のところ入ってきていないだろう。しかしそれも時間の問題だ。

 杯のことや、何より結界の要である帝。

 ひゅーひゅーっとか細く呼吸を繰り返している久遠を見て、俺はふらりと歩き出した。
 いろいろなことが起こり、誰がいて、誰がいないかだとか全く気にしていないようだが、俺は違う。


 俺は知っている。まだ、あの場所から上がってきていない人物が一人いることに気づいている。
 石の階段をゆっくりと降りて、昔に久臣さんが連れてきてくれたその場所に足を踏み入れた。湖の真ん中、そこにあいつがいる。


「あれ、兄さんなんで来たの?」
「理央……っ!」


 そこであいつは笑っていた。にこやかな笑みを浮かべてただこちらを見ている。
 何を笑っているのだろうかと殺意が湧く。


「何を、何をしたっ!!」
「わあ、兄さんそんな声出せたんだ。うるさ」
「答えろ!!」


 自分でも信じられないくらい大きな声で苛立ちを露わにした。俺の心情を表すかのように湖に激しく波紋が広がる。ふーふーっと怒りのままに刀を抜くとびくりっと弟がそれに怯えた。そしてゆっくりと俺を指さして叫ぶ。


「そんなの、お前が僕を殺すからだろ!! これは正当防衛だ! お前が僕を殺したからいけないんだ!!」
「何、言ってるんだお前」


 俺が弟を殺していたら、今いるお前は誰だ?
 彼の妄言にはっと鼻で笑ってしまう。


「お前の妄想に久遠を巻き込んだのか!!」
「妄想? 違うね! お前は僕を殺す! 絶対に殺すんだ! だから僕は今まで穏便にお前が僕を殺す事がないように恐怖を与えた! なのにどうして!! どうしてお前は僕にそれを向ける!!」
「ふざけるなっ!!!」


 今まで以上に話が通じない弟にこれ以上のはなしは聞いていられないと大きく足を踏み込んで刀を振るう。感情が高ぶって、いつもの感覚で振るったそれは目標をそれて社を斬ってしまった。それもそうだ。この刀はいつものものではなく、紫さんが作った刀なのだから勝手が違う。
攻撃を受けた弟が、悲鳴を上げる。そして俺に向かって法術を繰り出すが、目をつぶっているので当たらない。

 ふざけている。馬鹿げている。

 この男の被害妄想で久遠が死にかけている。そう思うのに、不意に刀の陰に人影が映った。磨かれたその刀にはしっかりとその人物を捕らえていた。


「し、ずくさん……?」


 振り返った。弟しか見えなくていたことにすら気づかなかった。心臓が嫌な音を立てる。
 そこには壁にもたれかかっている雫さんがいた。


「な、なんで、どうして……?」


 俺は信じられなくて雫さんに少しずつ近づいていく。

 雫さんがここにいた。そうだ、じゃあなんで久遠を助けてくれないの?俺の大事な人だって分かってるのに、どうして止めてくれなかったの?

 そんな疑問が次々に溢れてきて、信じたくなくて彼にすがりつくような視線を向けると不意に彼が微笑んだ。


「しーちゃん、私が言った事覚えていますか?」
「え……?」
「末っ子のお願いを叶えたいという話です」


 雫さんにそう言われて記憶を呼び起こす。確か、兄弟がいたけれど、今は一番下の子しかいないという話で……。


「そのお願いを叶えるためなんです」
「は」


 雫さんの言葉に何を言われたか俺は一瞬分からなかった。すると、とんっと俺の額に雫さんの指が置かれる。そして、強制的に誰かの記憶が流れ込んできた。
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