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夢
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「一ノ宮お兄様!」
小さな子供が自分に向かって手を伸ばしてくる。俺はその子に向かって同じように手を伸ばして抱えた。重い、気がする。
これは夢だ。またあの夢だ。
そう自覚できるほどずっとずっとこの夢を見続けていた。
小さな子供。
―――可愛い一番下の俺の弟。
彼は嬉しそうに俺の胸に顔を寄せてにへらと笑顔を見せた。そんな彼の頭をなでる。
「一ノ宮兄様」
「―――」
知らない男の人。
―――頼りになる一番上の俺の弟。
この二番目の男というのは毎回顔が見えない。一番下ははっきりと分かるというのに。しかし、俺自身がどうして彼らを弟だと思っているのが強い違和感を覚えるのである。
これは自分の記憶ではない。自分の第六感はそう囁いているというのに弟だと思ってしまう。
―――まるで、誰かの記憶を植え付けられているかのよう。
これ以上はだめだ。起きなければ。そう思うのに腕の中の可愛くて小さな弟を手放したくないと思ってしまう。
ずっとここにいたい。
ずっとこのままでーーー。
***
はっと目が覚めた。
また変な夢を見た。ズキズキと頭が痛くて水を飲もうと立ち上がる。まだ空は暗くて夜更けのようだ。
ぼーっとそれを見ていると、不意にかんかんっと音が聞こえてきた。この金音に覚えがあってそっと上に軽く羽織るとそっとその音の方に向かう。
普段は、こんな夜更けに作業するならば防音対策をきちんとしているのだが、今回は少しばかり扉が開いていたようでそこから音と光が漏れていた。
そっと、その隙間から中をのぞくと紫さんが刀を打っていた。赤い鉄の塊を何度も何度も金槌で平らにして、炎の中にそれを入れてもう一度叩いて、その繰り返しである。
何となく、またあの夢を見るのではないかと思って寝付けないのでぼんやりとそれを観察していた。考えてみればこうじっと見るのは初めてかもしれない。
―――いや、どこかでこんなところを見たような……?
ずきりとまた頭が痛くなってぎゅっとこめかみを押さえる。気のせいだと首を振ってもう一度その紫さんの作業姿を見ているとじゅうっと音を立ててその塊を水の中に入れた。それからぐいっと汗を拭って目が合った。
「おわっ!」
「あ……」
静かに見ていたが、気づかれてしまったようだった。紫さんはばつが悪そうな表情をしてこちらに近づいてくる。
「ごめん。ちゃんと閉めてなかったからうるさかったでしょ?」
「いえ、それで目覚めたわけじゃないので……」
慌ててそう言い訳をすると紫さんはじっと俺を見つめる。真意を探っているようだ。
「あ、お邪魔したようでごめんなさい。もう行きますので……」
「いや、寝れないなら付き合うよ。この前皆来た時の残りのお酒があるからそれ飲もう」
「え、いや、お仕事が……」
「あれはいいんだ。仕事のじゃないから」
「そうなんですか……?」
紫さんがそう言って、火の始末をした後にすぐ出てきた。俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだが、まだ一人になりたくなかったのでお言葉に甘えることにした。
紫さんの言ったとおりにお高いお酒をお猪口に入れて貰って二人であおる。
「で、なんで寝れないの? 怖い夢でも見た?」
「怖い夢、ではないんですけど、覚えのない記憶が夢になっているみたいで……」
「覚えのない……。それは変だね。内容を聞いてもいい?」
「はい、と言っても全部覚えてるわけじゃないんですけど」
「良いよ。覚えてる範囲で教えて」
紫さんがそう言うので、俺は覚えているだけその夢について話した。その間、紫さんは時折お酒を飲みながらも耳を傾けてくれる。
そして、話し終えると紫さんは「うん」と一言発した。
「覚えがないなら、忘れれば良いよ」
「え、でも、なんだか、大事な記憶のような気がして……」
「気のせいだよ。少なくとも、その記憶・・を大事にするのはしーちゃんじゃない。しーちゃんのはずがない」
「……そう、なんでしょうか」
「そうだよ」
紫さんの何気ない言葉に反応が遅れる。そんな俺に気づいているのかいないのか、紫さんはニコッと笑顔になった。そして俺のお猪口に酒を注ぐ。
「取り合えず、この瓶一本飲んでお互い寝ようか。お酒飲んだら少しは寝やすくなるでしょ?」
紫さんが、そう言ってお酒を勧めるので俺はじっと彼を見つめた後に同じように笑顔を見せる。
「そうですね」
「そうだよ。それに今日はもうその夢見ないから安心して」
「見ても、忘れることにします」
「……うん、それが良い」
それから、そのお酒を全部飲み終えた。紫さんと別れて、部屋の布団に潜り込む。
彼の言うとおり、その日はその夢を見ることはなかった。
小さな子供が自分に向かって手を伸ばしてくる。俺はその子に向かって同じように手を伸ばして抱えた。重い、気がする。
これは夢だ。またあの夢だ。
そう自覚できるほどずっとずっとこの夢を見続けていた。
小さな子供。
―――可愛い一番下の俺の弟。
彼は嬉しそうに俺の胸に顔を寄せてにへらと笑顔を見せた。そんな彼の頭をなでる。
「一ノ宮兄様」
「―――」
知らない男の人。
―――頼りになる一番上の俺の弟。
この二番目の男というのは毎回顔が見えない。一番下ははっきりと分かるというのに。しかし、俺自身がどうして彼らを弟だと思っているのが強い違和感を覚えるのである。
これは自分の記憶ではない。自分の第六感はそう囁いているというのに弟だと思ってしまう。
―――まるで、誰かの記憶を植え付けられているかのよう。
これ以上はだめだ。起きなければ。そう思うのに腕の中の可愛くて小さな弟を手放したくないと思ってしまう。
ずっとここにいたい。
ずっとこのままでーーー。
***
はっと目が覚めた。
また変な夢を見た。ズキズキと頭が痛くて水を飲もうと立ち上がる。まだ空は暗くて夜更けのようだ。
ぼーっとそれを見ていると、不意にかんかんっと音が聞こえてきた。この金音に覚えがあってそっと上に軽く羽織るとそっとその音の方に向かう。
普段は、こんな夜更けに作業するならば防音対策をきちんとしているのだが、今回は少しばかり扉が開いていたようでそこから音と光が漏れていた。
そっと、その隙間から中をのぞくと紫さんが刀を打っていた。赤い鉄の塊を何度も何度も金槌で平らにして、炎の中にそれを入れてもう一度叩いて、その繰り返しである。
何となく、またあの夢を見るのではないかと思って寝付けないのでぼんやりとそれを観察していた。考えてみればこうじっと見るのは初めてかもしれない。
―――いや、どこかでこんなところを見たような……?
ずきりとまた頭が痛くなってぎゅっとこめかみを押さえる。気のせいだと首を振ってもう一度その紫さんの作業姿を見ているとじゅうっと音を立ててその塊を水の中に入れた。それからぐいっと汗を拭って目が合った。
「おわっ!」
「あ……」
静かに見ていたが、気づかれてしまったようだった。紫さんはばつが悪そうな表情をしてこちらに近づいてくる。
「ごめん。ちゃんと閉めてなかったからうるさかったでしょ?」
「いえ、それで目覚めたわけじゃないので……」
慌ててそう言い訳をすると紫さんはじっと俺を見つめる。真意を探っているようだ。
「あ、お邪魔したようでごめんなさい。もう行きますので……」
「いや、寝れないなら付き合うよ。この前皆来た時の残りのお酒があるからそれ飲もう」
「え、いや、お仕事が……」
「あれはいいんだ。仕事のじゃないから」
「そうなんですか……?」
紫さんがそう言って、火の始末をした後にすぐ出てきた。俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだが、まだ一人になりたくなかったのでお言葉に甘えることにした。
紫さんの言ったとおりにお高いお酒をお猪口に入れて貰って二人であおる。
「で、なんで寝れないの? 怖い夢でも見た?」
「怖い夢、ではないんですけど、覚えのない記憶が夢になっているみたいで……」
「覚えのない……。それは変だね。内容を聞いてもいい?」
「はい、と言っても全部覚えてるわけじゃないんですけど」
「良いよ。覚えてる範囲で教えて」
紫さんがそう言うので、俺は覚えているだけその夢について話した。その間、紫さんは時折お酒を飲みながらも耳を傾けてくれる。
そして、話し終えると紫さんは「うん」と一言発した。
「覚えがないなら、忘れれば良いよ」
「え、でも、なんだか、大事な記憶のような気がして……」
「気のせいだよ。少なくとも、その記憶・・を大事にするのはしーちゃんじゃない。しーちゃんのはずがない」
「……そう、なんでしょうか」
「そうだよ」
紫さんの何気ない言葉に反応が遅れる。そんな俺に気づいているのかいないのか、紫さんはニコッと笑顔になった。そして俺のお猪口に酒を注ぐ。
「取り合えず、この瓶一本飲んでお互い寝ようか。お酒飲んだら少しは寝やすくなるでしょ?」
紫さんが、そう言ってお酒を勧めるので俺はじっと彼を見つめた後に同じように笑顔を見せる。
「そうですね」
「そうだよ。それに今日はもうその夢見ないから安心して」
「見ても、忘れることにします」
「……うん、それが良い」
それから、そのお酒を全部飲み終えた。紫さんと別れて、部屋の布団に潜り込む。
彼の言うとおり、その日はその夢を見ることはなかった。
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