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兆候
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殺したい!あの極悪非道な弟を殺したい!
何もかもを奪われ、何もかも踏みにじられ、最後はこんな場所に閉じ込められた。
村のため?どうして俺がそんなことをしなければいけないんだ?今まで奴らが俺に何かしてくれたか?
ああ、憎い!憎くてたまらない!殺してやりたい!!
肉を斬る感触と泣き叫んで命乞いをする声が聞こえた。
俺はそれを腹を抱えながら笑った。
持っているのはただの鋤。さび付いていて、古くなっている農具だ。扉を押さえるために使われていたようだったが、そんな場所にそんなものを置いていたのが悪い。
人殺し!!
誰かが叫ぶ。俺はその言葉が聞こえた方を見て思わず表情を無くした。
「お前も、人殺しだろ」
「ぼ、僕は違う!!」
「何言ってんの? お前のお告げで生け贄になった奴らがいんだろ!!」
目的の、その弟が逃げようとして俺は転がっていた鎌を投げつけた。ぎゃあっと汚い悲鳴を上げて切れた腕を押さえた。自分で治そうと術を施しているようだが、そんな暇は与えない。すぐに近づいて足に鋤を下ろした。
「ぎ、いいいいいっ!!」
「ははは、ほら早く治さねえと死ぬぞ!!」
骨の部分でその刃は止まりあまりの痛みに涙を流して叫んだ弟に向かってもう一度それを振り下ろした。
彼の術は間に合わずにそのまま死んだ。とてもあっけない、死に様だった。
村にはもう、生きている人はいなくなった。
だから、俺も――。
***
はっと、俺は飛び起きた。冷や汗が流れそっと首を指でなぞる。じっとりと汗ばんで肌に布がついて気持ちが悪い。
まるで、自分が死んだような感覚だった。流れる汗を拭いながら身体を拭こうと立ち上がり、外に出る。
「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」
そこには、見覚えのある男がいた。白い髪のその男。自分だけは出自が違うので容姿はまるで似なかったがとても美しい、大事な弟・だ。
「……二ノ宮?」
「え……?」
「!」
はっと俺は口を押さえる。今自分は目の前の彼を何と呼んだ?
「い、いえすみません雫さん! 少し寝ぼけていて……っ!」
「いえいえ大丈夫ですよ」
雫さんはそう言うが、寝ぼけていても誰かに間違うなんて失礼だ。そう思って自己嫌悪に陥っていると雫さんがふふっと笑い声を上げた。
「寝癖がついてます」
「あ!」
「身支度をととのえた方がよろしいかと」
「い、今すぐに!」
寝起きだったからだが、跳ねた髪を雫さんに撫でられ慌てて俺はそこを押さえて走る。恥ずかしいところを見られてしまった。
手早く身支度を整えた後に人数分の朝餉を作るために厨に向かう。誰でも簡単に食べれるようにおにぎりにしてしまおうと二つの竈でお米を炊く。どれ位食べるか分からないが多めに作っておいて損はないだろう。
「しーちゃんは、料理上手ですね」
「え? ああはい。必要に迫られて」
あんな環境にいれば自分でご飯を作らないと行けないので自然と料理が出来るようになった。とはいえ、恐らく毘沙門という良い家柄だから出来ることで、それ以外の家の子供であれば残り物とかを探して食べていただろう。自分の分が作れるお米や食材があるわけがないし、そんな時間があったら働けとでも言われるかもしれない。
だから、出自に関してはとても感謝している。
「私も手伝います。これでも料理は得意です」
「神様も食事をするんですか?」
「今はしませんが、昔はしてましたよ。他の兄弟はあまり料理が出来ないので自然と」
「へー。雫さんに兄弟いたんですね。何人兄弟ですか?」
雫さんの身の上話を聞いたことがなかったのでつい質問してしまった。すると雫さんはこう答える。
「私を入れて八人です。妹もいましたよ」
「賑やかで良いですね」
「はい、本当に賑やかで、まあ、今となっては末っ子一人しか生きていませんが」
「え……」
雫さんの何気ない言葉に俺は手を止めてしまう。そして彼を見て慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「いえいえ、ずいぶん昔のことですから」
「そんな、でも……」
雫さんの口ぶりからすると俺のように仲違いしていたわけではなさそうだ。だからそんな中が良かった兄、妹、弟を失って悲しくないわけがない。
「でも、そうですね。末っ子しかいないのであの子のお願いごとは叶えてあげたいなと思っているんです。ただ、少し難しくて彼にはずっと待たせてしまっていて……」
「そうなんですね。もし俺にも手伝えることがあれば是非声をかけてください。雫さんにはとてもお世話になっていますから!」
「ありがとうございます、しーちゃん。ではもしそのときが来たらお願いしますね」
「任せてください!」
雫さんに兄弟の話を聞いた負い目もあるが、彼にはたくさんの恩がある。俺みたいな人の力が必要になるときが来るか分からないが少しでも雫さんの助けになれば良いと思う。勿論、お願いされたときは全力で応えるつもりだ。
そのまま御飯が炊き上がり、雫さんにおにぎりを作って貰う。空いた場所で俺が味噌汁を作っていると、続々と彼らが起き上がってきた。寝ぼけた声でおはようと言いながら朝餉の匂いに釣られている。つまみ食いをしようとした拓海君と柊さんには尊君とそーちゃんがひっぱたいて連行されていた。
叢雲さんと紫さんは人数分の湯呑みを運び、こっちの奴は自分でやらせたら?という紫さんの提案により半分はただおひつに入れて持って行った。お陰で手間が省けたので、朝餉の時間が予定よりも早く迎えることが出来た。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
家長である叢雲さんの言葉に続いてそう言った。
そして叢雲さんと紫さんの取り合いが始まった。半分ほどおにぎりにしていたので、彼らに呆気にとられて三人に、経験済みの俺とそーちゃんは手分けして皿に盛っていた。柊君は分からないが、恵比寿の二人はこんな光景に驚いているだろう。今までは、叢雲さんがいなかったから紫さんの此も見たことがないはずだ。
「呆けてると無くなるよ。これ以上欲しかったら自分で取ってね」
「あ!」
いつまで経ってもぼけっとしてるのでそーちゃんがそう言うと三人が我に返る。柊君と尊君はこれで十分だといいゆっくり食べ始めるが、拓海君は面白そうだから入りたいと頑張って二人からおかずを取っていた。俺はそれを見ながら自分の分を確保して食べる。塩加減も良くて美味しい。食べ慣れた味だ。
……食べ慣れた味?俺雫さんの手料理食べたことあったっけ?
ふとした違和感だったが、おにぎりなんて誰が作っても似たような味になるだろうと思うことにした。
何もかもを奪われ、何もかも踏みにじられ、最後はこんな場所に閉じ込められた。
村のため?どうして俺がそんなことをしなければいけないんだ?今まで奴らが俺に何かしてくれたか?
ああ、憎い!憎くてたまらない!殺してやりたい!!
肉を斬る感触と泣き叫んで命乞いをする声が聞こえた。
俺はそれを腹を抱えながら笑った。
持っているのはただの鋤。さび付いていて、古くなっている農具だ。扉を押さえるために使われていたようだったが、そんな場所にそんなものを置いていたのが悪い。
人殺し!!
誰かが叫ぶ。俺はその言葉が聞こえた方を見て思わず表情を無くした。
「お前も、人殺しだろ」
「ぼ、僕は違う!!」
「何言ってんの? お前のお告げで生け贄になった奴らがいんだろ!!」
目的の、その弟が逃げようとして俺は転がっていた鎌を投げつけた。ぎゃあっと汚い悲鳴を上げて切れた腕を押さえた。自分で治そうと術を施しているようだが、そんな暇は与えない。すぐに近づいて足に鋤を下ろした。
「ぎ、いいいいいっ!!」
「ははは、ほら早く治さねえと死ぬぞ!!」
骨の部分でその刃は止まりあまりの痛みに涙を流して叫んだ弟に向かってもう一度それを振り下ろした。
彼の術は間に合わずにそのまま死んだ。とてもあっけない、死に様だった。
村にはもう、生きている人はいなくなった。
だから、俺も――。
***
はっと、俺は飛び起きた。冷や汗が流れそっと首を指でなぞる。じっとりと汗ばんで肌に布がついて気持ちが悪い。
まるで、自分が死んだような感覚だった。流れる汗を拭いながら身体を拭こうと立ち上がり、外に出る。
「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」
そこには、見覚えのある男がいた。白い髪のその男。自分だけは出自が違うので容姿はまるで似なかったがとても美しい、大事な弟・だ。
「……二ノ宮?」
「え……?」
「!」
はっと俺は口を押さえる。今自分は目の前の彼を何と呼んだ?
「い、いえすみません雫さん! 少し寝ぼけていて……っ!」
「いえいえ大丈夫ですよ」
雫さんはそう言うが、寝ぼけていても誰かに間違うなんて失礼だ。そう思って自己嫌悪に陥っていると雫さんがふふっと笑い声を上げた。
「寝癖がついてます」
「あ!」
「身支度をととのえた方がよろしいかと」
「い、今すぐに!」
寝起きだったからだが、跳ねた髪を雫さんに撫でられ慌てて俺はそこを押さえて走る。恥ずかしいところを見られてしまった。
手早く身支度を整えた後に人数分の朝餉を作るために厨に向かう。誰でも簡単に食べれるようにおにぎりにしてしまおうと二つの竈でお米を炊く。どれ位食べるか分からないが多めに作っておいて損はないだろう。
「しーちゃんは、料理上手ですね」
「え? ああはい。必要に迫られて」
あんな環境にいれば自分でご飯を作らないと行けないので自然と料理が出来るようになった。とはいえ、恐らく毘沙門という良い家柄だから出来ることで、それ以外の家の子供であれば残り物とかを探して食べていただろう。自分の分が作れるお米や食材があるわけがないし、そんな時間があったら働けとでも言われるかもしれない。
だから、出自に関してはとても感謝している。
「私も手伝います。これでも料理は得意です」
「神様も食事をするんですか?」
「今はしませんが、昔はしてましたよ。他の兄弟はあまり料理が出来ないので自然と」
「へー。雫さんに兄弟いたんですね。何人兄弟ですか?」
雫さんの身の上話を聞いたことがなかったのでつい質問してしまった。すると雫さんはこう答える。
「私を入れて八人です。妹もいましたよ」
「賑やかで良いですね」
「はい、本当に賑やかで、まあ、今となっては末っ子一人しか生きていませんが」
「え……」
雫さんの何気ない言葉に俺は手を止めてしまう。そして彼を見て慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「いえいえ、ずいぶん昔のことですから」
「そんな、でも……」
雫さんの口ぶりからすると俺のように仲違いしていたわけではなさそうだ。だからそんな中が良かった兄、妹、弟を失って悲しくないわけがない。
「でも、そうですね。末っ子しかいないのであの子のお願いごとは叶えてあげたいなと思っているんです。ただ、少し難しくて彼にはずっと待たせてしまっていて……」
「そうなんですね。もし俺にも手伝えることがあれば是非声をかけてください。雫さんにはとてもお世話になっていますから!」
「ありがとうございます、しーちゃん。ではもしそのときが来たらお願いしますね」
「任せてください!」
雫さんに兄弟の話を聞いた負い目もあるが、彼にはたくさんの恩がある。俺みたいな人の力が必要になるときが来るか分からないが少しでも雫さんの助けになれば良いと思う。勿論、お願いされたときは全力で応えるつもりだ。
そのまま御飯が炊き上がり、雫さんにおにぎりを作って貰う。空いた場所で俺が味噌汁を作っていると、続々と彼らが起き上がってきた。寝ぼけた声でおはようと言いながら朝餉の匂いに釣られている。つまみ食いをしようとした拓海君と柊さんには尊君とそーちゃんがひっぱたいて連行されていた。
叢雲さんと紫さんは人数分の湯呑みを運び、こっちの奴は自分でやらせたら?という紫さんの提案により半分はただおひつに入れて持って行った。お陰で手間が省けたので、朝餉の時間が予定よりも早く迎えることが出来た。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
家長である叢雲さんの言葉に続いてそう言った。
そして叢雲さんと紫さんの取り合いが始まった。半分ほどおにぎりにしていたので、彼らに呆気にとられて三人に、経験済みの俺とそーちゃんは手分けして皿に盛っていた。柊君は分からないが、恵比寿の二人はこんな光景に驚いているだろう。今までは、叢雲さんがいなかったから紫さんの此も見たことがないはずだ。
「呆けてると無くなるよ。これ以上欲しかったら自分で取ってね」
「あ!」
いつまで経ってもぼけっとしてるのでそーちゃんがそう言うと三人が我に返る。柊君と尊君はこれで十分だといいゆっくり食べ始めるが、拓海君は面白そうだから入りたいと頑張って二人からおかずを取っていた。俺はそれを見ながら自分の分を確保して食べる。塩加減も良くて美味しい。食べ慣れた味だ。
……食べ慣れた味?俺雫さんの手料理食べたことあったっけ?
ふとした違和感だったが、おにぎりなんて誰が作っても似たような味になるだろうと思うことにした。
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