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「酷い。俺たち抜きで始めるなんて」
「だって兄さんたち遅いんだもん」
「少しは待ってくれても良いと思う」
「少しは待ったけど来なかったから始めたの!」
「二人ともその辺にしとけ」


 七宝の招集で皇宮に行っていた七宝の三人がやってきたのは夕刻だった。今日は俺の帰還祝いなので厨に立つことは出来なかったが、美味しそうな料理が並んでいる。俺は広間で積み上がっていく料理を眺めながら待っていたが、来ないから食べようか、という拓海君の声に皆頷いて食べ始めたのだ。
 お酒も出る宴会だったので月彦君が一口飲んで撃沈していた。それをげらげらと小夜ちゃんが笑っており、柊さんはべそべそ泣いている。平気だったのは俺と拓海君と駆君、叢雲さん、紫さんだった。  
 そんな中、駆君は梓さんが来た瞬間にしなだれて酔っ払っちゃった~と甘えだした。変わり身の早さがすごい。
 まあ兎に角、俺が言いたいのは彼らが来る前にすでにできあがっていたということである。


「俺も! しーちゃんにお帰りなさい言いたかったのにこの雰囲気!!」
「言えば良いじゃん」
「ちょ、拓海君それ……」
「しーちゃんお帰りなさい!!」
「あ、た、ただいま」


 拓海君がそう言って升になみなみに注いだ日本酒を漢らしく一気にあおる。そんな彼を止めようとしたが、その前にそーちゃんにぎゅっと正面から抱きしめられた。彼の言葉にそう返すと嬉しそうに笑顔になるのでこっちもそれに釣られて笑顔になる。


「くーちゃんがいたら打ち首だよねあれ」
「そんなことは……ない、はず……」


 そんな俺たちを見て拓海君と尊君がそう言っているのが耳に入る。流石の久遠もこれだけでそんな暴挙には出ないよ。


「そのくーちゃんは来ないの?」
「忙しいらしい」
「そうか~。仕方ないね」


 叢雲さんがそう聞くと梓さんが駆君に膝枕をしながら答えた。その言葉に残念に思いながらも久遠は帝だからこんな場所においそれと参加できるはずがないと思い直す。身分の差は、こういうとき大きな障害になる。特に久遠は都を守るためにも大事な要だから行動も慎重になるだろう。
 そーちゃんの抱擁が終わり、隣にいる柊君を軽く蹴りながらその場所を陣取る。泣いてるからその人に優しくしてあげて……。


「そーちゃんが蹴った!!」
「うるさい酔っ払い。尊のところに行けよ」
「冷たい! 酷い! 尊ぅ~」
「ああ、こっちにこい」


 おいおい泣きながら尊君のところに行って膝の上に乗る。手慣れているので良くある光景なのだろう。それを見ていると尊君と目が合った。


「お帰り、しーちゃん。俺も言えてなかったから」
「只今帰りました」
「うん、無事で良かった」
「……」


 尊君もそーちゃんも駆君と同様に変わってしまった。七宝として選ばれてはいるが、俺とこんなに仲良くなるなんて夢にも思わなかった。いや、もしかしたら、今からでも……。


「ところで、しーちゃんの弟、くそうざいんだけど妖魔退治の時にうっかり消して良い?」
「やめておけ。そうなったら疑われるのはしーちゃんだろ。こういうのはまず周りから潰すのが定石だ」
「周りって言っても風前の灯火でしょ? 本気でしーちゃんを愛人だと思ってる奴らがこの都で生き残れるとでも?」
「無理だな。でも、そういう考えを持てない者が少なくないというわけだ」
「あー、弁財のとこ?」
「べーじゃいでしゅってぇ!?」


 そーちゃんがいきなり物騒なことを言った。尊君が諫めるかと思いきや彼も同じようなことを言い出した。彼らの会話にいつ入ろうかと迷っていたら、小夜ちゃんがその名字に酷く反応を示した。彼女の手には、一升瓶があった。遠いところに置いていたはずなのに一体どうして……。


「いまぁ!! 弁財っていいまひたよね!!?? あの、ごくあくひどーのくそどーてー!!!」
「さ、小夜ちゃん。お酒飲みすぎだよ。お水にしよう……?」
「いいへ! やめまへん!!」


 彼女の口から下品な言葉が聞こえた気がして慌てて駆け寄り、瓶を優しく取り上げる。そしてそっと水の入った湯飲みに変えるとだんっと彼女がそれをちゃぶ台にたたきつけた。


「あんの、おとこは!!! あのかじょくは! わたひの、かーしゃんととーしゃんを、ころそーとしたんれす!!」
「え……」
「まだ、わたひ、三しゃいか四しゃいであいちゅらの、しきん、ひょーたちゅにおやが、いって、それで、あぶないのに、はやくこいってせかして、よりゅにかえろーとしたんれす」


 小夜ちゃんの家は商家だ。他の都と交易をしているようで良く外に行くというのは聞く。そして弁財の分家だということも。その話を聞くに、本家が金銭問題を抱え、資金繰りに困り圧力をかけたのだろう。そしてせかしたために夜、結界のない都の外にいたようだ。


「あにょとき、よーまのほかに、とーぞくもいて、そっちにねりゃわれて、しを、かくごしたって……」


 ぶわっとそのときを思い出したのか小夜ちゃんがじわりと涙を瞳にためる。


「にぐるまも、うまでかこ、まれてでも、だれかが、たおして、くれて、いまもいきてる。よかった、ほんとうに、よかったぁああああっ!!!」


 そう言って決壊した。わんわん泣き出して俺は優しく、彼女の肩を抱く。彼女にそんな過去があったなんて知らなかった。少しでも慰めになれば良いと頭も撫でるとにっこーっと真正面に座っている拓海君が笑顔を見せた。


「小夜が三歳か四歳だったら、しーちゃんは六歳くらい?」
「? 確かにそれ位だけど、なんで聞くの?」
「いや、その話には続きがあってね、翌日確認のためにその現場に行ったら馬の死体に小さな丸い跡があったんだって」
「残ってたんだ」


 死んだ馬を養分として妖魔が食べるので大概残らないことが多い。だからそう驚くと拓海君も深く頷いてもう一度お酒をあおる。これで、升のお酒を飲んだのを見たのは四回目だ。もうやめた方が良いと思うよ拓海君。


「そーそー。とっさにその馬に妖魔をよけるお香を蒔いたみたいだよ。命の恩人の手がかりになるからって。すごいよね。でさー、しーちゃんって小石で妖魔倒せるんだって?」
「ああ、う……」


 そこまで拓海君に聞かれて漸くそういえば、刀を持っていなくて欲しかったから盗賊を襲ったかもしれない。人を小石で殺すのは無理だと思い、その乗っている馬に小石を投げた気がする。そのとき、荷車を引いていた人たちを見たかもしれない。
 だが、これは結果的に助けただけで意図的にそうしたわけではない。だから、感謝されることではないし……。
 そう思ってとりあえず、へーそうなんだーっと返そうとしたらびしっと指を指された。


「小夜、しーちゃんだよそれ」
「え!? いのひの、おんじん!!!! おかねです!!!」
「!!??」


 拓海君がそう言った瞬間、小夜ちゃんが俺の懐に自分の銭袋をねじ込んだ。俺はぎょっとして慌ててその袋を変えそうとすると彼女が立ち上がって自分の懐をまさぐる。


「にゃい! かんしゃりょー、もっとあげたいのに!!!!」
「も、もう十分だから!!」
「おうち、かーしゃん、と、とーしゅあんにいわにゃきゃ……」
「待って小夜ちゃん! ふらついてるから!! 明日! 明日にしよう!!」
「ほんとー? いにゃくなりゃないー?」
「勿論、いるから、ね?」


 俺がそう言うがぐでーっと小夜ちゃんが正面から抱きついてそのまま腕を回して固定する。転ばないようにと座らせるとすーすーっと寝息が聞こえた。寝たようだ。


「小夜にはそろそろ保護者が来るから、転がしておいて良いよ」
「拓海君……」


 けらけらと彼は笑い声を上げてまたお酒を注ぐのでそーちゃん、とめてくれっと指さすと頷いた彼がさっと彼の手からそれを取り上げた。


「あー、ごめんって~。でも、隠すことでもないじゃぁん?」
「隠すつもりはなかったけど、ひけらかすことでも……」


 俺がそう苦笑を漏らすと拓海君がばんっと机を叩いた。


「良いことをひけらかして何が悪い! 俺は、良いことをしたしーちゃんをとても褒めたい! 偉い!」
「もしや酔ってる?」
「残念、素面」
「いや、飲んでる時点で判断つかないし。とりあえず水飲みなよ」
「はぁい」


 拓海君に水を渡した。本当に酔っていないのかどうか分からない。だが、飲むのが早いし一回の量が多いのでやめさせるべきだ。あとは水で我慢してくれ。
 そのあと、酒が回ってきたのか柊君が寝た。尊君が彼を抱えて隣の一応畳に布団を一面に引いたそこで寝かせて、そのまま彼も寝落ちしていた。そのあと、拓海君も急に落ちてしまい、どうにか顔面を机に強打する事を阻止した。予兆が全くなくて油断していた。
 そーちゃんもほろ酔いぐらいで寝ると言って拓海君を引きずるように隣に。梓さんと駆君は、挨拶もそこそこに帰った。紫さんが月彦君を隣に運んでそのまま自室に戻ったらしい。今いるのは寝ている小夜ちゃんと俺、叢雲さんだ。
 そこで、今朝方の話を思い出す。

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